第42話 追跡者!警察とマスコミ
【滞在2日目 10:30】
「まだ見つからんのか!」
部屋の中をイライラと早足で歩き回りながらセナーニ宰相閣下が、誰彼となく怒鳴り散らしていた。
「はあ。ライネリア政府も警察庁特別機動捜査班を総動員して捜索にあたっているのですが、ようとして姫君の行方はつかめておりません」
「このまま長引けば国王陛下にもご報告せねばならなくなる。何としても今日中に見つけ出すのだ! なにをグズグズしとる! お前たちも捜しに行かんか!」
「土地勘もない連中が右往左往しても物の役には立ちますまい。ここは腰を落ち着けて吉報を・・・」
「バカもん! 姫の年格好が分かっているお前たちであれば、人混みに紛れていても気がつかんとも限らんだろうが! 行け! 直ぐに捜索に加わるのじゃ!」
【滞在2日目 10:40】
「やっぱりここにはいないよなあ。あれから2時間半かあ、どこ行っちゃったんだろ? もしかしたら帰っちゃった? いやいやいやいやいや、昨晩の様子からすればこっそり逃げ出して来た感じだったもん。まだ絶対街の中にいるはず。制服姿に学生帽だったから男子生徒だとばかり思ってしまったのよねえ。あの綺麗な長い髪をくるくるっとまとめて帽子で隠している訳だから、きっと中学生の男の子の振りをしているはずよ! こうなりゃ勘と度胸よ!」
ラヴィは、アラシ少年と分かれた自宅マンションの前の通りで左右を見渡すと
「こっちだ! 女の直感をナメんなよお」
と独りごちながら走り出した。
【滞在2日目 10:50】
「さ、いかがかしら?」
ボクは鏡の中に映るショートヘアになった自分を見つめて、ホッと息を漏らした。
「あらあ? ため息? 気に入らなかったあ?」
「いえ、とても気に入ってます。なんだか嬉しくって感動してしまったんです。どうですか? 男の子に見えますか?」
「ふふふ。すっごい美少年よお! タイプよお! 女の子にしとくのが惜しいわあ。お兄さん惚れちゃいそう!」
「男の子に見えるんですね! よかった。ありがとうございました」
「アナタ、男の子っぽい格好が好きみたいね。パンツルックだし。ということは女のくせに女の子が好きなんでしょ? 残念ねえ、お兄さんは男だけど男が好きなのよ~。そうだ、せっかくイメチェンしてみんなの前に登場するんだから、もっと衝撃が大きくなるよう・・・サングラスをこうしてっと」
「本当だ! これなら誰か分かりませんね!・・・でも・・・」
「なあに? わかった! お代を気にしているのね? これはお兄さんからのプレゼント。客の忘れ物で誰も取りに来ないから店の中でお邪魔虫になっていたのよ。だからアナタは気にしないでいいの。さあ、新しい自分になったんだから楽しんでらっしゃい!」
ボクは、美容師に見送られて再び通りを歩き始めた。内股にしなくてはと歩き方を気にすることなく、大きなストライドで動けるっていうだけで心がウキウキしてくる。やっぱり男はいいなあ。
【滞在2日目 11:00】
「おい。あの娘は違うか?」
「あ! あの恰好は防犯カメラの映像に似てますよ。よし」
捜索車両の扉を開けると、若い捜査員は通りの向かい側に走って行き、細身の女の子に近づきながら声を掛けた。
「ちょっとよろしいですか?」
「アタシぃ? なんなのよ、アンタ。ひとの顔ジロジロ見てぇ」
「違うな、こりゃ」
「何よぉ! 失礼しちゃうわねえ」
若い捜査員は通りの向こう側にいる警部の方を振り返りながら両腕で×印を出した。
【滞在2日目 11:10】
ボクは、並木道ををブラブラと散歩気分で歩いていた。大きな葉を生い茂らせた背の高い街路樹が、真夏の太陽を遮ってくれるので木陰は涼しげで気持ちがいい。
「やっぱり都会はいいなあ。こうして大勢の人が行き来している中を、ひとりで自由に歩けるだけでも幸せなんだよなあ。あ、あんな所に丘が」
丘の上には神殿か寺院のような荘厳な建物がそびえ、通りから頂上まで丘の前面が幅広い階段になって伸びていた。
「こんな大都会の真ん中に・・・きっと古い時代のものなんだろうな」
下に行って見上げてみると、階段は登り降りする為にだけあるのではないらしく、段に腰かけて木陰で本を読んでいる人や、談笑する人の姿が見られた。どうやら、階段状の公園というか広場になっているらしい。
「なんか楽しそうだなあ。ボクも上がってみよう」
階段を丘の上まで登ると石畳の広場が広がり、中央に白亜の大きな丸屋根が4本の尖塔を従えて真夏の青空に浮かびあがっていた。後ろを振り向くと、丘を取り囲むように建つ高層ビル群がまるで森の様に連なっている。その中にひときわ高くそびえ立つ摩天楼が2本見えた。一方は曲線で構成された優雅な建物、もう一方は屋根の上にレールを巻き付けていた。
「そうか・・・あっちが抜け出してきたビルで、そっちのビルが窓から見えたジェットコースターなんだ」
レールを巻き付けた方の建物は、昨晩見たときのワクワクする光溢れる鮮やかな感じはなく、白日の下にさらされて色あせて見えた。いかにも、遊興施設をひとまとめにしました、という感じでいかがわしさが外観からも滲み出ている。
「なんだか・・・センター街に歌舞伎町とブクロついでにアキバを併せたみたいな建物だなあ。こんな時間じゃあまだ開いていないかも。夕方までどうしよう・・・」
ボクは階段に腰掛けて頬づえをついた。
【滞在2日目 11:30】
「いた! 私の勘も捨てたもんじゃないぞ。ジャーナリストになくてはならない資質のひとつだって、研修のとき先生が言ってたもんね。よおし、録画スタートと。さて、どういう風に声を掛ければ警戒されないかな」
ラヴィはいかにも通り掛かったという風に、頬づえをついて階段に座る少年の傍を行き過ぎると、急に立ち止まって振返った。
「あら? あらあらあら? キミ、アラシ君じゃない!」
「あ・・・ラヴィさん」
「サングラスなんか掛けているから誰かと思ったわよ。まだ宿舎に帰らなかったんだね、どうしたのかな?」
とその時、丘を駆け登る様に突風が吹き抜けた。あっと思う間もなく、目深に被っていた帽子が吹き飛んで丘の彼方に消えて行ってしまった。
「ああっ! 飛んで行っちゃった! どうしよう・・・返さないといけないのに」
「ああああああああーッ! そ、そのか、か、かッ」
ラヴィは悲鳴とともにアラシの髪を指差した手を下ろして慌てて口を塞ぎ、後に続く言葉を呑み込んだ。
「?」
「いや、ごめんごめん。か、かが、蚊が刺そうとしてたもんだから。へええ、アラシ君ってショートヘアだったんだ」
「そりゃ、男の子ですからね」
「そうか、そうだよね、なに言ってるんだろ私。それにしても似合っているわ、その髪型」
「ありがとう。改めて女の人からそう言われると嬉しいです。ところでラヴィさんお仕事の途中なのでは?」
「あッ・・・と、わ、私のことはいいんだ。問題なのはアラシ君の方でしょ? 学校の方はどうするの? 朝ご飯食べたら帰りなさいって言ったよね?」
「・・・心配かけて、ごめんなさい。旅行中初めて自由になれたもので・・・少しだけ外の空気を吸いたかったんです。もう少しだけ・・・いいでしょ? ね?」
「仕方ないか。よそから来た旅行者、それもこんな可愛い男の子を放ってはおけないわね。よおし、お姉さんがアラシ君の観光ガイドをしてあげるわ」
「ほんとですか? でも、お仕事の方は?」
「後で連絡入れとくから大丈夫よ。今日は休みにしちゃお! それじゃあ、アラシ君。キミが一番したいことは何かな?」
というとラヴィはボクの手をつかんで立ちあがらせ、真正面から顔を覗きこむようにして尋ねた。ボクは向こうに見えるレールを屋根に巻き付けた摩天楼を見やった。
「・・・あのジェットコースターに乗ってみたいな」
「あれかあ。へ~え! アラシ君って絶叫マシンが好きなんだ。これは意外かも。チェックポイントだわ・・・あ、こっちのこと。でも、あそこは夜しかやっていないからなあ。それじゃあ、二番目にやってみたいことは?」
「・・・ボク、一度も繁華街に行ったことがないんです。面白いものがないか店を覗いたり、露店で楽しそうなお菓子を立ち食いしたり、公園のベンチでテイクアウトを食べたり・・・なんか、そういう普通のことがしたいな」
ラヴィは思わず息を呑み込み言葉に詰ってしまってしまった。そうか、そうなのだ。このコは宮殿の奥深くに閉じ込められ、いつも付き人や護衛に取り囲まれ、常に誰かに監視されて生活しているのだ。可哀そうに普通の若い子の楽しみを何も味わうことができずに来たのだ・・・。
「そうか・・・アラシ君はそういうことがしたいんだ。OK、お安いご用よ! ラヴィ姉さんに任せなさい。じゃあ、まずはこの街一番のメインストリートに案内するわね。よおし、しゅっぱあ~つ!」
と言うとラヴィはボクの手を取り、繋いだ手を愉快そうに振りながら丘を下りはじめた。
【滞在2日目 11:55】
「間もなく正午か。ここまで来て何の消息もつかめないとなると・・・」
「想定されるケースは2つ。何者かに連れ去られたか、自らの意思で逃げているか。警部殿はどちらだと思われます?」
「ううむ。ラン姫の関係者から事情を聴取できない状況ではどちらかに決めつける訳にはいかんだろう。先入観を持たず両方のケースを想定して捜索に当たろう」
「あれ? あそこを歩いている二人連れ、あれって確か・・・」
「おお! 直ぐに指令車に連れてこい!」
大型ワンボックス車両から若い捜査員が走り出ると、二人連れに追いつき何か説明をして連れて戻ってきた。
「お呼び立てしてすみません。どうぞお掛けください」
「こちらは?」
「この車はライネリア警察庁特別機動捜査班の捜査車両でして、お国の宰相閣下からご依頼のありました件について陣頭指揮をしているところです。ご挨拶が遅れましたが本官は警部のマグナダルです」
「それで姫様の行方は? どこにおられるのです? もちろんご無事なのでしょうね?」
女は矢継ぎ早に攻め立てるように質問を浴びせかけた。
「まあまあ、落ち着いて。」
「まだ行方が知れないのですね! ああ、こんな時間までいったいどこにいらっしゃるのか・・・」
「その足取りをつかむ為にご協力をお願いしたいのですよ。確かアナタは姫君のお傍におられる方でしたね?」
「え? あ、はい。ラン姫様付き侍女のベルです」
「そちらは?」
「アビリタ大使館員でベル嬢の道案内をしているラプケです」
「なるほど。アナタ方も姫君の探索に出てこられたということですかな?」
「心配で居ても立ってもいられませんもので・・・。あっ! 決してこちらの警察を信頼していない訳ではございません」
警部は冷めた目でジロッとベルと大使館員を見やってから、さり気ない口調で尋ねた。
「ま、いいでしょう。ところで姫君が家出されてしまった理由は何だったのでしょうな?」
「!」
「警察も万能の神ではありませんからな。原因が分からなければ探しようもない」
「・・・ご、ご存知だったのですか?」
警部は一瞬してやったりと言った表情を浮かべた
「まあね。これまでの状況をつぶさに照合すれば出て来る結論ですよ」
渋い顔に戻ると尚も逡巡しているベルにたたみ掛ける様に言った。
「どうでしょう、ベルさん。大統領閣下からの指令は姫君を探し出すことです。ご事情がどういうことであれ、われわれ警察の関知するところではありませんし知りえたことを他に洩らす様なことはないのです。姫君を一刻も早く保護する為に、本当のところをお話いただく訳には参りませんかね?」
ベルは警部をジッと見つめたまま考える様子だったが、ついに口を開くと言った。
「このことは一国のメンツに関わる話です。どうか、どうかマグナダル警部お一人の胸の中に留めてください」
「承知しました。では、ふたりだけにしてもらいましょう。済まんが君たち、しばらく車外に出ていてくれないか。ラプケさん、アナタもお願いします」
一同が車外に出ると、警部は促すようにベルの目を見やった。
【滞在2日目 12:00】
「ここが今この街で一番人気があるお店のひとつなのよ。いつも行列ができちゃっているんだけど、並ぶだけの価値はあるんだから。ま、これもシティライフの楽しみの内よ! ささ、並んだ並んだ」
ボクはラヴィに手を引かれて行列の最後尾に並んだ。街中で食べ物屋の順番待ちをするなんて、吉祥寺で学校近くにあるラーメン○郎に部活帰りにカッちゃんと並んで以来かも。いい匂いが空腹を刺激してなんだかとっても楽しい気分になってきた。いいなあ、こういうのって。
「アラシ君? なんだかとっても嬉しそうね」
「ええ。こうして並んでると、何が食べられるんだろうどんな味なんだろうって、どんどん期待が膨らんできて楽しくなってきちゃったんです」
「うふふ。可愛いとこあるんだね、キミ」
≪ヴィヴィッ ヴィヴィッ ヴィヴィッ ヴィヴィッ ヴィヴィッ≫
と、ラヴィのバッグの中から無線電話の呼び出し音が鳴りだした。ラヴィは発信人を確認すると小さく舌打ちした。
「ごめん。会社から電話入っちゃった。ちょっと話して来るからこのまま順番待ちしててね」
と言うとラヴィは電話に応答しながら行列を離れて、人通りの少ない路地に入って行った。
その様子を見やりながらもボクは、あと10人程でありつける昼飯のことで頭がいっぱいになっていたので、何か興奮した様子で話しながらこちらをチラッと見たラヴィの鋭い一瞥には気がつかなかった。