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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第4章 「社交界デビュー」
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第40話 脱け出した姫君

--- Homage to D.Trumbo & W.Wyler ---

真夏の太陽に炙られた惑星の大気が、深夜になっても冷めることなく耐えがたい熱気をはらんだまま巨大都市をスッポリ包み込んでいた。ここはネオライネリア。ライネリア共和国の首都であると同時に、ヤーレ連邦共和国の首都であった。




【滞在1日目 23:00】


「・・・いつもいつもベルはご公務ご公務って言うばかり! ボクの気持ちなんか全然考えていてくれてないじゃないか!」

「姫様、ランさん、ご気分が乗らないことは分かります。でもこれは公爵家姫君としての大切なご公務なのです。国王陛下のご名代としてアビリタ王国を代表して振舞っていただかなければなりません」

「ボクと宰相閣下との取引は女神杯に勝つこと、それまで男だとバレないことなんだよ! 姫や国王名代は約束に入っていないもん。やだやだやだやだ!もう絶対にいやだ!」

「ほらほらお言葉、お言葉遣いが姫君ではなくなってしまわれていますよ」

「ううっうるそうございます。お黙り遊ばしやがれ! ふ~んだ!」

「まあ! お聞き分けのないことを。今日は一日休む間もなくご公務ばかりでしたからね。疲れて気持ちがたかぶっているんですよ。先生に頼んでお薬をいただきましょう。それを飲んで休めば明日の朝にはすっきりしますよ」


そう言ってベルは手配をしに寝室を出て行った。 


ボクは悔し涙に霞んだ目でその後ろ姿を見送りながら、どうにも堪え切れず、布団の中で嗚咽を漏らした。女の子にされて1年半、自分でも感情の起伏が激しくなっていることには気がついていた。精神状態まで女の子になって来ちゃったのだろうか? 


ボクの体内は、あれから投与され続けてきたハテロマ星人の女性ホルモンで満ち溢れているのだ。自分ではどうしようもなく、感情をコントロール出来なくなる事態が起き始めていた。



【滞在1日目 23:10】


「あらあら、お姫様ったらご機嫌斜めなのねえ」


ヴェーラ博士がボクの額に手を当てて、熱がないか確かめながら言った。ヴェーラ博士はボクの主治医だから姫様付ということで随行メンバーに入っているのだ。見まわすと、随行団副団長の外務卿や、ライネリア共和国駐在大使夫妻も心配そうにこちらを窺っていた。


「お熱はないわね。ちゃんと食事は摂ってらっしゃるの?」

「・・・」

「それが、姫様は本日の晩餐会でもほとんど召しあがっていらっしゃらないのです」


ボクが不機嫌な顔で黙り込んでいると、ベルが代わりに答える。


「姫様のお口に合わなかったのではないか、とライネリア共和国政府の外務省担当官も大変心配しておりましたぞ」

「・・・」


外務卿が口をはさむ。彼はいつも相手国の立場ばかり気にしている。セナーニ宰相閣下が随行団長なのだけど、実質的には副団長であるこの男が責任者なのだ。


「お部屋に戻られてから、何かお夜食をとお薦めしたんですが、何も口にされず・・・」

「そうなの? 皆さんに心配かけて、いけませんよ。姫様」

「だって・・・だって、食べたくないんだもん!」

「そんなことをおっしゃって。明日からのスピーチやセレモニーを、姫様がスケジュール通りちゃんとやってくれるか、宰相閣下も心配してらしたわよ」


もとはと言えば、セナーニ宰相がボクを引っ張り出したことで、この憂鬱な日々が始まったのだ。ボクは堪え切れなくなって大粒の涙を溢れさせ。再び嗚咽を漏らしはじめた。


「うぐっ・・・うえ~ん・・・スピーチなんかしたくない・・・セレモニーになんか出ないもん・・うえ~ん!」

「だだをこねないの。いつまでもそうしているのなら、宰相閣下をお呼びして叱っていただくわよ!」

「きらいだあ!・・・宰相なんか・・・宰相なんか大っ嫌いだあ!・・・うえ~ん!」


と言ってボクは、身も世もないとばかりに布団を頭まで引っ被って大泣きに泣きはじめた。


「困ったコねえ。仕方ないわねえ、これじゃあ。こんなにやつれちゃって、栄養や水分も足りていないみたいだから、点滴でお薬を差し上げることにしましょう」

「博士。姫君は、明朝までにご回復されそうでしょうか? 先方も受入れ準備がありますのでライネリア外務省の担当官には伝えねばなりませんが」

「明朝までねえ・・・早くご気分がよくなるよう、ちょっと薬の処方を考えるわ。まあ、今晩一晩ゆっくり睡眠をとればきっと落ち着くでしょう」


ヴェーラ博士は、ベルに手伝ってもらいながらボクの腕を捲くりあげて、点滴の針を血管に刺し込むとテープで固定した。





【滞在2日目 1:20】


目が覚めると真っ暗闇だった。


泣き腫はらしたまま寝てしまったので目のまわりがゴワゴワする。擦すろうと手を動かしたら、チクッと刺された様な痛みが走った。そうか・・・ボク、点滴をされているんだった。いま、何時なんだろう? なんか喉が乾いちゃったなあ。


ごそごそと身体を動かしながら、手探りで点滴のチューブを探り当て、腕に巻きついたテープを剥がして針を抜き取った。これでようやく自由に動けるようになったので、起き上がってベッドから両脚を下して腰かけてみた。


なんか気分がいい。あんなに何もかも嫌になってしまって投げやりな気持ちだったのが嘘みたい・・・今なら何でも出来そうな気がする。

暗闇に目が慣れてきてたので、立ち上がるとボクは手探りしながら、ぼんやり薄明かりの見える方へと歩いて行った。窓だ・・・厚手のカーテンの隙間から光が漏れていたのだ。隙間から身体を滑り込ませて窓辺に出ると外の様子が見えた。


すごい! そこから見えたのは何千もの高層ビルが星空に向かって林立する眺めだった。いずれも塔の先端が地球にはない何か幾何学的な形をした摩天楼で、改めてここが他の惑星なのだと実感させられる。ボクが立っている窓は相当な高層階にあるらしく、殆どのビルを見下ろせたけど、通りを数ブロック隔てた巨大なビルは真横に見えた。


何メートルくらいあるんだろ・・・高い所にいるみたいだなあ。さすが国賓が滞在する為の施設は違うって、大使が言ってたっけ。 あれ? なんだろう・・・向こうのビルでチラチラしている光は・・・


よく見ようと目をすがめてみると、尖塔部分を螺旋状に走り回る乗り物が見えた。3両編成の天井のない小さな車両に人がいっぱい乗っているぞ・・・大声を上げてはしゃいでいるみたいだ・・・あんな高い所で! きっとスリル満点なんだろうなあ・・・あれ? そう言えばあれって・・・ジェットコースターじゃないか? この惑星にも遊園地があったんだ!


考えてみれば、この惑星に転移して以来、夢中になって遊んだことってなかったかも。

ヒムス家に拾われた頃は地球に帰る方法を見つけようとそんな余裕はなかったし、王立スポーツ研究所では女の子になる為の準備期間で遊びどころじゃなかった・・・公爵のところに来てからは姫君にされちゃったのでひとりでは何もさせて貰えなくなった・・・そして社交界にデビューして国王の名代になってからは機械仕掛けの人形だ。


ゲオルをするにしろ、馬に乗るにせよ、ランニングするにしろ、いつも誰かの監視の目が光っていたからなあ・・・いつだって籠の鳥で、ボクは自由じゃなかった。今だって籠の鳥なんだもん。

ボクは無性にそこに行ってみたくなった。今なら何でも出来てしまいそうな気がしていた。





足音を忍ばせて寝室を横切り、細く扉を開けてみた・・・誰もいない・・・薄明かりが点っていただけで居間には誰もいなかった。更に部屋を横切って廊下に出る扉を少し開いてみると、煌々と明かりが点り警備の話声が聞こえてきた。


「姫様のお具合はどうかな。あれだけハードなスケジュールでは男だって身が持たんぞ」

「まだ16だと言うのに宰相閣下も酷なことをなさる」

「偉いさん相手に、ていのいい酌婦みたいなもんだからな」


その時どこかでドアの開く音がして、誰かが廊下に入って来た様子だ。


「ご苦労さん。ルームサービスの片づけだな」

「はい、さようです。ワゴンを引取りに参りました」

「姫様は何も召しあがらなかったから、持ってきたまんまになっているはずだ。すまんな」


ボクは目の前にワゴンがあることに気が付いた。


そうだ! これに隠れていれば運んでくれるかも! 調べてみると、ワゴンの上には真っ白なテーブルクロスが敷かれていて、クロッシュを被せた料理と食器やグラスがぎっちり載っている。だけどテーブルクロスの下は空洞になっていてフレームに足を掛けてつかまれば隠れることができそうだ。よおし・・・ここに隠れてしまえ! ボクは喉を潤そうとワゴンの上からボトルに入った水を取ると、急いでテーブルクロスの中に身を滑らせた・・・こういう時は身体が小さくてよかった、かも。


潜り込んだ瞬間、ガチャッと扉が開いてさっきのボーイが入って来た。


「本当だ。手つかずのままになっている。姫君は何も食べてらっしゃらないんだなあ」


と独り言をつぶやきながらワゴンを動かす。


「それでは、失礼いたします」

「ああ、ご苦労さん」


護衛たちは何も疑っていない様子だ。ボクはワゴンの中で支柱につかまりながら、足の下をじゅうたんが流れて行くのを眺めていた。





【滞在2日目 1:45】


ガチャンと音がして、再びワゴンが動き出した。下を見ると何の愛想もない塩ビタイルが流れて行く。業務用のエレベーターで随分長い間降りて来たけど、ここは厨房とかのあるバックヤードの階なのかな? しばらくすると頭の上、ワゴンの天井でカチャカチャ片づける音がした。静かになったのでテーブルクロスの隙間からそっと様子を伺うと、誰もいない。ボクはそっと抜け出すと、這うようにして目の前の扉の中に滑り込んだ。


誰もいないのを確かめてから、ボクは部屋の中を見まわした。ここは・・・洗濯室・・・いっぱい色んな服があるぞ・・・これズボンじゃないか!・・・そうだ! いい考えがある!! ボクは何でもやれそうな気がしていた。





【滞在2日目 2:20】


高層ビルに取り囲まれた通りで、若い女が悪態をついていた。


「ちっ! また乗車拒否だあ。今日はついてないなあ。ミーティング流れで『新しいナイトスポット開拓に行くぞ!』ってボスに連れ出されたのはいいけれど、こんな時間まで付きあわされちゃったもんなあ。新入社員はつらいぜ。さすがにもう一軒は勘弁してもらったけど、終電終わっちゃっていてタクシーが全然つかまらないんだもの。仕方ない、歩いて帰るか。ど深夜にうら若き乙女を人通りのない通りなんか歩かせて平気なのかよお、くそタクシーめ!」


通りを過ぎ去るタクシーに向かって拳を振り上げると、あきらめた様子で歩道をトボトボと歩き始めた。


年の頃は二十歳を少し過ぎたくらい。この惑星の女性にしては背は高い方ではない、というより低い。スレンダーでボーイッシュな感じだが、よく見るとショートヘアの中には整った顔立ちがあった。難をいえば少し上向いた鼻だが、キラキラ光る大きな瞳のお陰で全体的印象をコケティッシュな感じに見せていた。彼女の名前はラヴィ。専門学校を卒業して今年放送局に入社し、現場に配属されたばかりの新人だ。


幹線道路をしばらく進むと高層ビルに囲まれた小公園に差し掛った。中央には噴水があり、それを囲むようにベンチが並んでいる。昼なら近くのオフィスで働くサラリーマンたちがここでランチをとる風景が見られるのだろうけどこの深夜には誰もいなかった、と、その中のひとつに人影が見えた。


「こんな時間に何してるんだろう?」


新入社員研修で「放送人は何事にも好奇心を持て」と指導されていた。どこに特ダネが転がっているとも限らないからだ。講師によると、チャンスの神様は前髪しかないので、通り過ぎたら髪をつかむことはできないのだそうだ。ラヴィは疲れているし眠くてたまらなかったけれど、面倒くさがらずに公園の中に入って行った。


近づいて見ると、思ったより人影は小さかった。


「まだ子供じゃないの! 少年! 起きなさい! こんなところで寝ていたら風邪ひくよ」

「う~ん、まだ寝かせておいて、ベル」

「あはっ! 寝ぼけちゃってるわ。可愛い顔しちゃって。はいはい、ベルですよお! 起きてくださいよお!」

「う~ん、もうダメ。目が開かないもん」

「しょうがないわねえ。ボク、おうちはどこ?」

「う~ん、き・・・吉祥寺」

「キチジョウジイ? どこだ、それ。ほらほら起きて、起きて! こんなところに眠っていたら悪い人にさらわれちゃうかもよ」

「う~ん、眠くて眠くて・・・ぐう」

「しょうがないなあ、もう。いま何時だ? 2時50分かあ。仕方ない、目の前だしうちに泊めてやるか。ほら、お姉さんの肩につかまって。そう、そのまま立ちあがるのよ。」


ラヴィは、少年を抱きかかえるようにして公園からほど遠くない自宅のある高層ビルに向かって歩き出した。こうしてラン姫ことアラシの冒険は始まった。


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