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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第4章 「社交界デビュー」
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第39話 プリンセス・ランの憂鬱な日々

姫様・・・姫様・・・姫様・・・夢うつつの朦朧として白濁した意識の中で、ボクを呼び掛ける声がする。


「姫様、姫様! そろそろお目覚めを」

「う~ん・・・」

「もう時間がありませんよ! 可哀想に思って寝かしておいてあげましたけど、もう限界です」

「ベル・・・か・・・」

「ベルか、じゃございません。直ぐに着替えないとお迎えが来ちゃいますよ」

「もう少しだけえ・・・」

「ダメです!」


と言うなり腕を引っぱったので、ボクは手もなくベッドの上に起こされてしまった。最近のベルはハイヒールを履いたボクより背が高く、ひと回り大きいからいとも簡単に身体の向きを変えられてしまう。ひょっとしたらボクをお姫様抱っこすることだってやりかねない。


「あら~大変! 姫様ったら目の下にくまを作っちゃってますわ」

「だって・・・夕べも遅くまで付きあわされて全然眠れてないんだもん・・・」

「お疲れなのは分かりますよ。でも、姫様の大切なご公務ですから! それと、お言葉、お言葉遣いをお忘れですよ。ご旅行中はどこで誰が聞いているか分かりませんからね」

「あっ・・・そうでした。わたくし、とても疲れてしまったのですわ」

「お大変なのは分かりますけど、一国を代表するお立場です。しっかりなさいませ! それにしてもこのくま、少し濃いめにファンデーションを塗れば隠れるかなあ・・・」


ベルはボクを急き立てると洗面と着替えをさせて、しっかりメイキャップを施した。





「このたびの輸出入の自由化によりアビリタ王国の豊かな自然の恵みである穀物や野菜、果実を、パタフール共和国の国民の皆様にも味わっていただければと願っております」


会場内から大きな拍手があがった。ボクは笑顔でそれに応えながら着席したけれど、気分は最悪だった。

朝から分刻みのスケジュールで移動しながら、次々引き合わされる大勢の人々の視線にさらされ、覚えさせられたステイトメントやスピーチ原稿を喋るだけの毎日が続いていたからだ。

夜は夜で毎晩、晩餐会や公式パーティーに引き出され、知らない偉い人たちのよく分からない大人の会話の中で、予め用意されている当たり障りのない受け答えをしながら、夜遅くまでダンスの相手を務める接待係のホステスでしかなかった。


ボクは自分が、可愛い女の子の格好をさせられ、誰彼なくニコニコ笑顔を振りまく、機械仕掛けの人形の様にしか思えなくなっていた。




「ラン姫、あちらの紳士がパタフール共和国を牛耳る経済界の重鎮ですぞ。さあ、お相手をなさってわが国のファンになってもらいましょうや」


と耳元で囁きながらセナーニ宰相がボクの腕を取り、その人物に紹介する為にエスコートして行く。


閣下は長年アビリタ王国を仕切っている政治家で“鋼の宰相”と呼ばれる強靭な精神を持つやり手なのだ。今回のヤーレ連邦各国歴訪で、これまで暗礁に乗り上げていた経済交渉や領土問題を一気に改善しようと目論んでいる。だからアビリタ王国の“女性”王族であるボクを、友好の象徴として前面に押し出し、自分は随行する立場で影に隠れながらタフな交渉をしている様子だった。




「プリンセス・ランと踊れるとは、長生きはしてみるものですなあ。いやあ、それにしてもお美しい。16歳とか? これからが楽しみですなあ」

「お国の皆様に歓迎していただきまして、わたくしも夏休みに良き経験を積ませていただいておりますわ」

「次の訪問先はお隣のライネリア共和国でしたな?」

「はい。メッセニア共和国を皮切りに、ヴェルゲミル、アールヘイム、ニルバナ、コスタノキア、そしてこちら、パタフール共和国にお招きいただきまして、明日には最後の訪問先としてライネリアに参ります」

「お若いうちに旅をされ各地の様子を見聞されることは大事なことですぞ」

「はい。わたくしも大変ありがたい経験と思っておりますわ・・・でも、所詮は籠の鳥ですから・・・」

「おや?」


ボクはこの世界でも色白の方だから、血の気が引くと目立つみたいだ。遠目にも貧血気味になったのが分かったのか宰相閣下が直ぐに近づいてきた。


「おっと、姫君。少しお疲れのご様子、あちらで少し休まれてはいかがですかな? ご歓談中すみませんな」




「ラン姫。今晩がパタフール共和国訪問最後なのだ。まだまだ相手を務めてもらわねばならん要人が大勢おる。わが国に対して良き印象を植え付ける最後の機会なのじゃ。しっかりしてもらわんと困るよ」


宰相閣下はボクを椅子のあるところにエスコートしながら囁く。


「・・・疲れました」

「まだ、お開きまで2時間はある。もう少しの辛抱だ。頑張りたまえ。よし、そこで少し休むといい。誰かに飲み物を持ってこさせよう」

「・・・何も飲みたくありません」

「そういわずに一息入れなさい。そうだ、ベルに何か持ってこさせよう」




「姫様、お水を持って参りました。どうか召し上がってください」

「ああ?・・・ベル。ありがとう」

「大丈夫ですか? とてもお顔の色が悪いですよ」

「・・・ボク、疲れちゃった」

「しっ! 姫様、お言葉遣いにご注意を」

「・・・」

「でも、困りましたねえ。大切なご公務中なのですから今は耐えていただくしかありませんし。このパーティーが終われば、ライネリア共和国に移動する明日の朝まで休めますからね! あとひと踏ん張りです」

「・・・」


ベルに励まされたけど、ボクはフラフラだった。肉体的にというより、精神的な疲労でいっぱいになっていた。




「プリンセス・ランの華奢なお身体を抱いて一緒にステップを踏めるとは、なんともはや至福の時ですなあ。パタフール金融界は、セナーニ閣下ではなく貴女の為にアビリタ国債を追加購入させていただきますぞ! いやあお美しい」


と言いながらボクの腰に当てた手に力を込めた。心持ち手の位置が下がって行くのが気持ち悪い。

踊りの相手はパタフール共和国銀行総裁。偉い人なんだろうけど今のボクにはスケベジジイにしか見えなかった。




「ほほう! プリンセス・ランはゲオルをなさるのでしたか。であれば次回お越しの節には是非うちのコースにお招きしてご一緒にラウンドさせていただきたいですなあ。さぞや魅惑的なスタイルなのでしょうなあ」


と言いながら太った赤ら顔の男は、ドレスから覗くボクの胸元をネットリとまとわりつく様な視線で見下ろした。

セナーニ宰相から「わが国との貿易のキーマンだから念入りにな」と頼まれた人物でパタフール商工会議所会頭をしている。でも今のボクには、女性ゴルファーをゴルフコンパニオンとしか見ないエロ爺さんとしか思えなかった。




「16ですか。私の娘と同い年ですなあ。学校へは? ほう! ミニスカートの制服ですか。それはそれは、そのお姿も拝見したいものですなあ。何といっても女の子の制服姿にはそそられますわい。セナーニ閣下からプリンセス・ランの王立女学院ユニフォームコレクションのことをさんざんっぱら自慢されましてなあ、あははは」


と言いながら、いかにも紳士然とした初老の男が、ミニから覗くボクの足を値踏みするように見下ろした。

この国に本部を置く連邦教育スポーツ科学機構の事務総長だった。ヤーレ連邦各国のスポーツ団体もここの管轄なので、ボクが目指す女神杯の対戦相手を決める立場でもあるらしい。でも、今のボクには、自分の娘と同い年の女の子を性的対象と見るムッツリスケベのロリコン親爺にしか見えなかった。




こうして綺麗に化粧をされて豪華なドレスを着せられ公爵家ゆかりの宝飾を身に付けた姿はお伽の世界のプリンセスそのもの、女の子だったら夢にまで見る憧れのシチュエーションなのだろうけど、ボクは心の中で悲鳴を上げ続けていた。

ボクは女じゃない! ボクは男だ! 身分証明書では性別を女性にされているけれど、ボクは男だ! 乳房があるけれど、ボクは男だ! 腰がくびれてお尻が目立つ様になったけれど、ボクは男だ! それに・・・睾丸を摘出されてしまったけれど、それでもまだボクは男なのだ! なのに寄ってたかって皆でボクのことを女にしようとする! 女神杯までの2年半、女になることを約束しただけなのに・・・ボクは男なのに・・・男なのに・・・男なのに・・・





姫様・・・姫様・・・姫様・・・夢うつつの朦朧として白濁した意識の中で、ボクを呼び掛ける声がする。 まただ・・・もう起きる時間なの? ベル、疲れちゃった・・・もう少し寝かせておいて・・・


「姫様! お気をお確かに!」

「おお! 気が付かれましたか」

「プリンセス・ラン! 心配しましたぞ」


周りを見回すと、ぐるりとボクを取り囲む顔が見えた。手に冷たい感触が当たる。どうやら床に寝かされているみたいだ。


「いやあ、話をしている途中急に気を失われたので焦りましたぞ。具合はいかがですかな?」


ロリコン親爺がボクの上半身を抱きかかえ、思いがけない僥倖に巡り合ったものだと溢れる喜びを隠しきれない様子ながら、それでも心配そうな表情を作って言った。


「ボク・・・わたくし・・・気を失ってしまったのですね・・・」


ボクはどうにか状況を理解したが、この状態をどうつくろえばよいのか戸惑った。すると輪の外からセナーニ宰相の声がした。


「姫君は少し貧血気味のご体質でしてな、一晩ゆっくりお休みになれば直ぐに回復されましょう。ということで大変残念ではあるが今夜はこれでおいとまさせていただきましょうかな。連邦教育スポーツ科学機構事務総長殿にはご心配をお掛けいたし相済まぬことでしたな」


と言いながらボクをロリコン親爺から受け取ると抱え上げ、パーティーに出席していた人々に目礼しながら大広間の真ん中に開いた道を悠然と進み始めた。 恥ずかしい! ボクは人前で男に抱き上げられている自分の姿を思ってあまりの恥ずかしさに嫌々をしながら抗ってはみたけれど、宰相の大きな腕でガッチリ抱えられてしまったので身動きすらできなかった。


ボクは生まれて初めてお姫様抱っこされながら、改めて自分が女の子にされてしまったことを思い知ったのだった。





「姫様。お加減はいかがですか? まだ少しお顔の色が青白い感じですけど、大分回復されたご様子で」

「ベル・・・あれからボク・・・わたくしはずっと眠っていたの・・・ですか?」

「左様ですわ。この寝室にお運びする時には既にお眠りになってらっしゃいましたもの。長旅でお疲れが溜まっていたのでしょう」

「宰相閣下は?」

「まだパーティーの途中だったのでそれはご立腹でしたけど、姫君に倒れられては致し方がない、今夜一晩ゆっくり休養して明日からのライネリア共和国訪問ではしっかりご公務を果たしていただきたい、との仰せでした」

「そう・・・」

「そんなに落ち込まないで下さいな。今回のご旅行で姫様のご人気はワールドワイドになったのですからね。行く先々で日を重ねるごとに姫様の虜になる人たちが増えているんですよ!」

「わたくしは・・・人気者になんかなりたくありません! わたくしの望みは、女神杯に出場して勝って宰相閣下とのお約束を果たすことだけです!」

「ベルだって分かっておりますって。でもね、姫様。行き掛かりでこうなってしまわれた以上は、嫌々なさるより前向きに楽しまれることが肝要ですよ。こんなご経験はそうそう出来ることではありませんって」

「この・・・機械仕掛けの人形みたいな毎日が?」

「そんなすねたことをおっしゃって! はいはい、お着替えしましょうね。今日もベルが姫様の魅力を最大限引き立てて差し上げますからね」


と言ってベルは話を終わりにしてしまった。ボクの気持ちを何も分かってくれていない、と思うと悲しくなった。





ボクは、鬱々として気分が優れないままだったけど、表情だけは満面に笑みを作り、見送りの人たちの挨拶に手を振り応えながら再び機上の人となった。こうしてボクたちはパタフール共和国に別れを告げ、歴訪最後の訪問地、ライネリア共和国を目指した。


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