第2話 アラシと星間ゲートの謎
ボクは知らずに別の惑星に転位してしまっていた。
ここは惑星ハテロマ。そう、星間ゲートを通って着いた先がここハテロマで、地球から遠く離れた星だったのだ。
ここでは結ばれた先の星の名前でゲートを呼んでいる。だから老人は「地球」って言ったんだ。これってヨーロッパの鉄道駅によくある、そこから出る列車の行き先となる終着地を駅名にするパターンと同じだ。「ここはどこ?」って道で尋ねられて「地球」って答える奴はふつういない。だから尋ねたとき「地球」って答えるのを聞いて「そんなの決まってるじゃん。このオッサンなに言っちゃてるの?」って思っていた。まさか別の星に来てしまったなんて考えもしなかったんだ。
あの後、老人に連れてこられた館は、ボクが倒れていた石の台座からそう遠くないところにあった。
高さ30mはありそうな巨大な木造建築で、イメージで言うとずんぐりした幼児向けのオモチャのロケットを3つくっ着けたような形。真ん中が4段式、両わきが3段式になっている。各段、太い丸太をずらっと立てて並べた外壁に、古びて朽ちた感じの金属瓦の屋根がのっている。特に1段目部分は高さ15mを超える丸太なので、そびえ立つ大きさに圧倒されてしまった。
「身体を温めないと死んでしまうぞ。早くここに入りなさい」
館に着くとすぐに風呂に入れられた。風呂といってもお湯に浸かるわけではない。小部屋の中に屈めばちょうど入れる大きさの箱があり、水蒸気がムンムン吹いている。そこに身体ごと入って蒸されるのだ。なんだか中華まんじゅうになった気分だ。それでもすっかり凍えがとれて芯から温まった。こういうのを生き返った気分というのかもしれない。
ホクホクして箱を出ると小部屋の中に着替えが用意されていた。フード付きの長そでのローブとスパッツみたいな7分丈のズボン、それと下着だろうか伸縮性のある素材でできたボディ部分だけのウェットスーツのようなもの。内側が起毛になった暖かそうなブーツも置いてあった。どことなくボクが着ていたトレーニングウェアに似たスタイルだ。
着方がよく分からないながらも、何とか身につけて部屋を出ると、そこは広くて明るい部屋だった。リビングとダイニングとキッチンを一緒にしたような空間で、老人と、老人によく似た瞳の女の人と女の子がいた。3人とも背が高い。
「気分はどうかな?」
「・・・あ、ありがとう。すっかり温まりました」
「おじいちゃん、このコ、誰?」
女の子が尋ねた。
「まだ聞いておらんじゃったな。キミの名はなんというのかね?」
老人がやさしい目で見つめながら尋ねた。
「ボク・・・ボクはアラシ。キリュウアラシです」
老人は一瞬、目を大きく見開いたが、また元のやさしい表情に戻って、
「やはりな。向こうのヒトの名じゃ」
それから老人はボクの身に起きたことをひとつひとつ尋ねていった。ボクも老人たちのことをいろいろ聞かせてもらった。
老人はオスダエルヒムスと名乗った。名字がヒムスで名前がオスダエルだ。女の人はラマーダヒムス。老人の娘だった。女の子はラマーダさんの子供で老人の孫のラミータヒムス。ボクとほぼ変わらない背丈だがまだ11歳だそうだ。ハヤテと同い年だ。ボクの着替えはラミータの服を貸してくれたのだった。
ボクが向こうから来たこと、どうやって来たのか分からないこと、だから帰る方法も分からないことが明らかになるにつれ、ヒムス家の人たちは銀河系規模で迷子になってしまったボクの身の上をとても案じてくれた。
「アラシちゃん、大丈夫。きっといつか帰れるときがくるわ」
「そうだ。それまでこの館におればよい」
「そうよ。アナタは今からヒムス家の一員よ」
不安でいっぱいになていただけに思わず目頭が熱くなった。
「あ、ありがとう・・・ボク、何でもします。お手伝いさせてください!」
「まだアナタは子供なんだから、おとなを頼っていればいいの」
「いや、ボクもう15歳ですから」
「え?小さいから、てっきりラミータと同い年くらいかと・・・」
3人ともびっくりした顔でボクを足先から頭のてっぺんまで見直した。
「そうか、じゃあヒムス家の年長さんとして手伝いをしてもらおうかの」
「いろいろ家事のこと、教えてあげるわね」
「わ~い。ラミータもいっしょにお手伝いする!」
夕食はサブマリンサンドみたいな、細長いパンの間にいろいろな具を挟んだ食べ物と温かいスープだった。質素な感じだがこれが結構いけた。お腹がペコペコだったこともあってハグハグと食べてしまった。
こうしてハテロマ最初の夜は更け、ボクは3階にあるラミータの子供部屋に寝床をつくってもらっていっしょにに休むことになった。
翌日、聞きなれない鳥の声とまぶしい朝の光で目が覚めた。
窓の外を見ると、館のまわりはすっぽり霧に覆われていたが、次第に明るくなってきた空に梢を伸ばした樹々の先端が輝きはじめていた。そして、ついに雲海の中から太陽が顔を出した。雄大だった。ハテロマの夜明けの美しさに心を奪われていると、
「え?」
2つ目の太陽が出てきた。驚いている間もなく3つ目が昇ってきた。
ここの太陽は3重連星だったんだ。競い合うように黄道を駆け上がる3つの太陽を見て、やはりここが地球ではないということを思い知らされた。
「乳搾りのコツはね、優しく強くていねいにすることなの」
ラマーダ母さんからやり方を教えてもらったけど、体重2トンはありそうな巨体を前にすると怖さが先に立ち、身体がこわばって足が前に出ない。ここの牛?は、背丈が3m近くあってユニコーンのような角が1本はえているんだ。家畜だけあって優しい目はしているんだけど、下にもぐり込んで巨大な乳房を見上げると潰されるのではないかと怖くなる。
「大丈夫よ。このコはとっても聞き分けいいから」
意を決して手を乳首に伸ばす。両手で根元をギュッと締めて、両腕を使って上の方からゆっくり搾っていくと、ピュッとミルクが飛び出してきた。
「そうそう。その調子。とても上手よ」
どうにかジャグ1杯分を絞り終え、ラミータといっしょに牛の世話と後片付けを済まして部屋に戻った。朝食は搾りたてのミルクとパン。これもナチュラルな味でとっても気にいった。
チーズ作りを手伝いながらゲートのことを聞いた。
「私たちのいる天の川銀河にはゲートで結ばれた惑星がいくつもあって、宇宙空間を超えて行き来しながら文化を共有する社会になっているの」
「ボクが通ってきたこの近くのゲートからも行けるんですか?」
「あそこからはダメね」
「どうしてですか?」
「それはね、地球がゲートを閉じてしまったからなの。でもアナタが通ってこれたのだから起動しなくなったわけじゃないわね」
どうやらゲートは橋やトンネルのようなものらしい。ひとつのゲートシステムを使って行くことができるのは向き合う形で結ばれた星に限られる。だから行き先ごとにゲートが必要となるのだそうだ。
ボクたちの惑星、地球にはゲートがひとつだけあって、唯一ここハテロマとだけ繋がっている。なぜ唯一なのかというと、地球は星間ゲートネットワークでも隅のそのまた隅っこにある、言わば行き止まりの星だからだ。
「あのぉ・・・ゲートで結ばれた星の人たちって、その星で進化してきた生物なんですか?」
どうしても聞かずにはいられなくなって尋ねてみた。だってバルタン星人やETみたいな姿を想像してしまったんだもん。
3人とも何を聞かれているのか分からないという感じで顔を見合わせた。
「あ・・・そうね。そうよね。アナタは地球で何も教えられずにきたんだもの」
「そうじゃな。よい機会じゃ、人類の歴史を話すことにしようかの」
「おじいちゃん、ラミータにも分かるように話してよね」
「よしよし。人類が最初に誕生した星のことから話そうかの」
そもそもの発端は、人類が誕生した惑星“はじまりの星”から他の星に移住したことだった。
人類の祖先は“はじまりの星”から、探検船、移民船、居住できる星を探して終わりのない旅を続ける播種船(はしゅせん)で移住した人たちであり、地球人を含めボクたちはその子孫なのだそうだ。
“はじまりの星”から恒星系、恒星系から外宇宙へと居住可能な惑星を求めて長い時間をかけて移り住んで行った。棲めそうな惑星を見つけると、テラフォーム技術を駆使して“はじまりの星”と同じ環境化をして移住してきたんだ。テラフォームは多少困難な環境生態系でも居住を可能にする革新的な技術なのだそうだ。
そうして様々な惑星に人類は棲むようになったけど、惑星間の移動には膨大な時間がかかる為、なかなか行き来することは難しく、歳月とともに移民していった星は次第に孤立無援の独立した世界、独自の歴史文化を歩むことになったんだ。
でも、星間ゲートが発明されて転換期が訪れることになる。
「それはそれは凄い出来事だったのじゃ。これまで宇宙船で数十年数百年かかっていたところを一瞬のうちに着いてしまうのじゃから」
「どういう技術なんですか?」
「宇宙船の速度を速くすることで移動時間を短縮する技術ではなく、空間を折り曲げ距離を無くす技術じゃ」
「宇宙船・・・乗り物ではない・・・とするとどういう姿をしているものなんでしょうか?」
「石の台座じゃ」
「あれ・・・が、そうなんですか?」
ゲートの仕組みについて尋ねたものの難しくてよく分からなかったが、
惑星の地殻下マントル層に円形に埋め込まれた直径50kmに及ぶ共振システムにより中心点の垂直方向に巨大な波動エネルギーが紡錘状に出力され、その波動と共鳴点である地表面の岩磐に乗った利用者の波動が一致し共鳴するとエネルギーが増幅され、素粒子レベルに分解した高エネルギー体となって瞬間転位する仕組みらしい。
地球ではアジアで生まれた古い宗教文化でいまなお伝承される言いまわしに、認識の最果て「金輪際(こんりんざい)」があるが、まさに金輪の最底部に埋め込まれた環状システムこそがゲートの本体。その惑星固有の振動を最大限利用するために考え出された方式であり、人類がテラフォームして何世代にも渡り居住することができた惑星に必ず存在する基本構造ということだ。
「ゲートが各惑星に届けられ設置されると、他の星と自分の星の間を同じ世界のように行き来できるようになったのじゃ」
「でも、素粒子レベルに分解って・・・危ないことはないんですか?」
「そりゃ、新しい発明には事故がつきものじゃからな。消えて無くなった話は数多くある」
「・・・あれ?いま気がついたんだけどボク、左ギッチョになってる!」
「おお!それならよくあることじゃ。やはりアラシはゲートを通ってきたのじゃな」
後で分かったのだが、ここの医者によると内臓の付き方が左右逆になっているのだそうだ。ゲートを通過して転送された際に組成が反転してしまったみたいだ。