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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第4章 「社交界デビュー」
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第36話 王室舞踏会(前編)

7月も半ばが過ぎた。太陽をめいっぱい浴びようと木々が夏空に向かって競うように葉を繁らせている。


惑星ハテロマに来てまもなく1年半。思えば、弟のハヤテとサッカーA代表の試合中継を一緒に観戦したくて、家への近道を急いだときには吉祥寺で暮らす普通の男子高校生だったのだ。それが今では、日本はおろか地球からも飛び出してしまって惑星ハテロマで女の子、それも公爵家のお姫様をしている。

これは現実ではない、絶対夢の中の出来事に違いない、今でもときどきそう思う。でも、鏡の中に映る自分の姿を直視させられると・・・。


「さあ、姫様できましたよ。なんてお美しいのでしょう」

ボクを化粧してくれた侍女のベルが、鏡の中からボクを見つめて微笑んでいる。


「素敵ぃ! 姫様、こんな華麗なデビュッタントは見たことがありませんわ!」

「殿方はきっと、どなたも姫様から目が離せなくなりましてよ!」


専属メイドのレーネとカーラもいつになくはしゃいでいる。


ボクは改めていまの自分の姿を眺めてみる。

鏡の中に映っているのは侍女たちにかしずかれるお姫様。日本だったら大柄な部類に入るのだろうけど、ここでは小柄で細くて華奢な女の子だ。抜けるように白い肌、長いまつ毛と大きな鳶色の瞳。少し翳りのある細い眉とルージュが引き立つふっくりした唇。羨望の眼差しでいつも女性たちに見つめられる形のいい小顔。それを引きたてているアップに巻き上げられた艶やかな長い黒髪と、密やかに咲いた小さな白い花の様な耳。細くて長い首筋から流れるようにラインを描く丸みを帯びた美しい肩。上品なピンクのビロードのドレスに隠された少し小ぶりだが形のいい胸の膨らみ・・・。


心配ごとがあると眉根を寄せてしまう表情は確かにボクなのだが、どこからどう見ても女の子、それもすこぶるつきの美少女だった。やっぱりこれは現実なのだ・・・はあ。


「姫様? 溜息などおつきになって、お気に召しませんでした?」

「・・・あっ、ごめんなさい。知らずに物思いに耽っておりました。綺麗に化粧をして下さってありがとう」

「姫様はお肌がきめ細やかでとってもお化粧のりがよくていらっしゃるから、ベルもして差し上げるのが楽しいですわ」

「姫様、そろそろご出発のお時間です。ご用意をなさらないと」


ボクは、もう一度鏡の中の自分の姿を見直し、意を決っすると化粧台の前から立ち上がった。





「ラン~キリュウ~ド~サ~ンブランジュ~様と~お連れ様の~ご到着う~!」


王宮の奏者番(そうじゃばん)が高らかに歌いあげる様な声でボクたちの到着を告げた。ボクは逞しい腕に、絹の長手袋をした腕を絡め、エスコートされながら巨大な舞踏室に足を踏み入れた。瞬間、ざわついていた会場が静まり返った。


全ての視線がボクたちに集まっている。ボクが強張ったのを感じたのか、腕に絡めたボクの手を大きな手がポンポンッと優しく叩いて「大丈夫だよ」というように励ましてくれた。


とその時、

「国王陛下~王妃殿下~のご到着う~!」

と今晩の主催者の到着が告げられたので、人々の視線は舞踏会場奥の大階段に向かった。





「それでは~本日のデビュッタントの姫君様方は~陛下と妃殿下にご挨拶を~」


再び人々の視線がボクに集まった。今年社交界デビューするお姫様は、ボクを入れて20人程だ。先に到着していた方から順に引き合される。そして最後にボクの番が来た。ボクが前に進み出てご挨拶をしようと口を開きかけたら、


「まあ! なんて愛らしいのでしょう!」

「まことにな。昨年の秋、初めて会った時より更に女ぶりが上がったのではないか?」

「ほんとそうですわ。ますますお綺麗になって、これでは公爵様も悪い虫がつかないかご心配でしょう」

「ラン姫、あなたのお連れは・・・そちらの殿方?」

「はい。左様にございます」


ボクはエスコートをお願いした男の方をチラッと振返ってから返事をした。


「あははは」

「おほほほ」

「やはりのう。まだまだラン姫は乳離れせんようじゃのう、公爵」

「いやはや、誠にもってふつつかな娘にございまして。姫の思い人たる若者は誰か、陛下ならびに妃殿下のお楽しみとご期待にそえず、父親がしゃしゃり出る仕儀と相成りました」


言葉とは裏腹、サンブランジュ公爵は愛娘のボクに、エスコート役をお願いされたことが嬉しくてならない、と言った表情で応える。


「おほほほ。ラン姫の一番好きな殿方は公爵様なのでしょう? そうなのですね? ラン姫」

「はい!」

「あはははっ。これは愉快じゃ! 当分、公爵の苦労の種は尽きそうもないようじゃな」

「まったくもって困った次第でして」

「それにしても見事なお衣装! ラン姫が装いはじめてからというもの、女性たちにミニスカートが大流行していますけれど、やはり “ミニプリ”ちゃんの着こなしが一番。お御足の美しいこと! 女のわたくしから見ても惚れ惚れしてしまいますわ」

「若い姫たちの晴れ姿を眺めるだけでも若返える思いだが、ランのエンジェルの様な姿を見ると長生きできそうじゃ」

「おほほほ。陛下ご長命のお薬になるのでしたら、ラン姫にはこのまま王宮に住んでもらいますかねえ」

「あ、いや。それは、困ります。ランにいなくなられては・・・そう! サンブランジュの領民が反乱を起こしかねません」

「おほほほ。一番お困りになるのは公爵様でございましょ?」

「あ、いや、これはおたわむれを。王妃殿下もお人が悪い」

「ラン姫、お父君を大切になさるのですよ」


王室舞踏会の始まりを告げる最初の曲が奏でられ始めた。今夜社交界にデビューする貴族のお姫様たちが、エスコート役の男に導かれダンスフロアーに進み出ると踊り始めた。ボクも公爵のリードで軽やかにステップを踏む。


この2カ月、この日の為に怖い怖い家庭教師の先生から猛特訓を受けてきたのだ。普段はボクの言葉遣いとか行儀作法に厳しく苦言を呈する先生も「姫様は踊りだけは筋がいい」と褒めてくれたっけ。元が男だから、ステップは思い切りがいい。大きなストライドで踊るとスピーディーで上手に見えるのだ。それと、胸を反らすことも忘れてはいけない。大仰なポーズで少し恥ずかしいのだけど、腰をパートナーの男性に支えられ思いっきり上半身を反らせると女性らしくとっても綺麗に見えるのだ。そんな訳でいかにも上手そうに見えるから、皆が遠慮してスペースを譲ってくれる。


いつの間にかボクたちは輪の中央で踊っていた。公爵は2mを超える長身だ。ボクもあれから少し成長しているけど、今は165cmくらいだろうか。足が綺麗に見えるからといつもより高いヒールのドレスシューズを穿かされているものの、背伸びしてもやっぱり肩までしか届かない。公爵がボクの顔を見下ろしながら感心したように囁く。



「見事じゃ、ラン。デビューしたばかりとは思えぬ踊り上手な姫じゃ。亡き妃と踊った若き頃を思い出すよ」

「お褒めくださってありがとうございます。この2カ月、ランはそれはそれは大変な思いをしたんですよ!」

「あはは。タチアナ先生じゃな? 亡き妃も娘時代には先生に厳しく躾けられたものだと言っておったからな。だがその甲斐あって今日デビューの姫たちの中で一番の踊り手はランじゃ」」


ダンスフロアの周りで見ている人たちも、ボクのことを目で追いかけながら称賛し合っている様子だ。まさかボクが社交ダンスを、しかも上手に踊れるようになろうとは。1年半前には考えもしなかったことだ。今どきワルツを踊れる男なんていないから、地球に帰ったら女の子にモテるだろうって? そうはいかないのだ。だってボクが覚えたのは女性のステップの方なんだから。


その後、テンポの速いクイックステップダンスと一同で踊る組ダンスの2曲を、国王陛下と王妃殿下にご披露。デビュッタントの姫たちは、晴れて大人の世界に仲間入りしたのだった。




社交界デビューの式典が終了して通常の舞踏会に移ったので、公爵とボクはひと休みする為にテーブル席に座った。


「公爵、お寛ぎのところ恐縮ですが、お邪魔をしてよろしいでしょうか?」

「!」


聞き覚えのある声に、ボクの心臓は急にドキドキし始めた。声の方を振り返りながら見上げると、ユージンが微笑みながらボクを見つめていた。


「おお、リシュナ侯爵の若君でしたか。いいですとも、お掛けなさい」

「公爵、ラン姫の社交界デビューおめでとうございます。ラン姫、デビューされたばかりとは思えない実に見事な踊りっぷりでしたよ」

「あ、ありがとうございます・・・そ、そんなことより・・・ユージン様、ごめんなさい!」


ボクは地面と平行になるくらいまで腰を折って謝った。公爵が不思議そうに見ている。


「ラン姫、何をしておられるのです? 私に頭を下げられることなど、何もありませんでしょうに」

「いいえ! あれだけお気遣い下さり、優しくしていただいたにもかかわらず、今日のこの日にランのエスコート役をお頼みしませんでした。本当にごめんなさい!」

「そのことでしたか。そんなことで私にお謝りになることはありませんよ。ラン姫にとって最高の男性はお父君だった、それはご息女として当然のことです。むしろラン姫のお心を掴むことが出来なかった若い男どもの方がだらしないんですよ。私もそのひとりですが、責任はラン姫にではなく、ひとえに私の方にあるのです」

「ほほう、君は率直な若者じゃな。では、予も率直に話すことにいたそう。ランからエスコート役を頼まれたとき、それはそれは嬉しかった。父親冥利に尽きると思ったものじゃ。もちろん今も嬉しくって心が躍っておるがの」


公爵は優しくボクを見つめながら話を進めた。


「ランはとても優しい娘じゃ。わが家に来て以来、ランは努めて亡きマリアナ姫の代わりになろうとしてくれておるのじゃ。今日のことも予を喜ばす為に考えてくれたことなのじゃよ。マリアナはあの不幸な事故でデビューを果たせなかった・・・今日、ランはマリアナとして予にエスコートされたのじゃよ。当人は決してそうとは認めないだろうがの」

「お父様・・・」

「男性恐怖症のランも、君とは怖がらずに話ができるそうじゃな? どうかね、ランをエスコートして、これからランとして本当の社交界デビューをさせてやっては貰えないかな?」


公爵の思いもかけなかった言葉に、目が潤んで視界がぼやけボクは何も言えなくなってしまった。女性化が進んだのかますます感情の起伏が激しくなっているようだ。ユージンは、そんなボクと公爵を交互に見つめると真面目な顔で言った。


「分かりました。不肖ユージン、慎んでお申し出をお受けいたします。それでは、ラン姫お手をどうぞ」

「はい・・・」


ボクは素直にユージンに手を預けた。大きな手に導かれながら再びダンスフロアへと歩む。人込みの中を抜けて行くのに、何か夢見心地で足元がフワフワしている感じだ。ユージンの身長は195cmくらい。ハイヒールのボクには丁度いい高さだ。公爵のときの様に首が痛くなるほど見上げなくてもちゃんと顔が見える。


「ラン~♪ デビューおめでとう! お久しぶりですこと、ユージン様」

「あ! レア」

「これはレア姫。今日の王室舞踏会で1、2を争われる美女のお二人とご一緒になれるとは」

「うふふ。相変わらずお上手ですこと。ラン、そうしてユージン様に手を引かれ後ろ姿を見つめる目が、すっかり恋する乙女になっていましてよ」

「え?」

「うふふ。好意を寄せる殿方とデビューの日に踊れるなんて、ランはとてもお幸せですわ。2年前のわたくしは幼馴染のお従兄弟いとこでしたでしょ、今日のデビュッタントの姫たちも多かれ少なかれ、同じようなものでございましょう。素直にお父様公爵にエスコートされてデビューしたランは、とてもご立派でしたわ」


そのとき、ヒョイとレア先輩の後ろから男が顔を覗かせた。


「レア。私も仲間に入れてもらえるかい?」

「あら、フランツ。こちらはお友達の・・・」

「知ってるとも、ラン姫でしょう?」

「はい。ランにございます」


ボクは返事をしながら男を観察した。どうやらユージンよりは少し年上で、身長は同じくらい。立派な服装をし勲章を付けていた。この若さで勲章を付けるっていうのは・・・もっともボクだって今日は正装なので国王陛下から貰った雪花綬勲章(せっかじゅくんしょう)を付けているんだけど。


「おお、これはフランツ殿下。私はリシュナ侯爵の嫡男ユージンです」

「よろしく。レアの“可愛い思い人”ラン姫の心をつかんだ男は君なのかい?」

「であれば光栄です。姫とは何度かお目に掛かる機会がありまして、お父君よりお相手を頼まれこれからダンスにお連れするところなのです」

「なるほど。公爵のお許しが出ているのであれば“その日”も近かろう。頑張りたまえ」

「フランツ、わたくしたちも一緒に踊りましょう」


“その日”ってなんだろう、と疑問に思ったけど、それよりフランツ? レア? 呼び捨て? 殿下? そっちの疑問の方が先に立ってしまったので聞き流すことにした。

次の曲の前奏が始まった。ボクたちに続いてレア先輩たちもダンスフロアに出てきた。ボクはレア先輩のカップルがいかにも親し気で楽しそうなのを横目に見ながら、ユージンにリードされて優雅に社交界デビューへの新たなステップを踏み出した。


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