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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第3章 「王立女学院2年生」
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第33話 王都学園選手権大会(後編)

ついに姉妹対決の日が来た。


「“それでは第1組をご紹介します。王立女子大学チーム4年テレサさん、1年レアさん。対する王立女学院高等部チームは3年ユノーさん、2年ランさん。先攻は王立女学院。スタートをお願いします”」


スタート地点のティーグラウンドで紹介アナウンスされると、ギャラリーから大きな拍手が起きた。「レア様~あ!」「ラン姫~え!」と声援も聞こえてくる。これまでと違って、準決勝には一般の観戦者が相当来ている様子だ。


「ラン~♪」

レア先輩が歌う様な呼びかけで手招きしたので傍に行くと、肩に手をかけてボクは後を向かされた。そして帽子からこぼれて風で乱れていた髪を、手櫛でやさしくなでつけ形よく整えてくれる。ボクの顔を細くしなやかな両手で挟みながら、覗きこむ様にして仕上がりを確認する。


「さあ、これでいいですわ。国民の皆様が見ているのです。ランは公爵家姫君として綺麗に輝いていなくてはいけませんわ」

と言って、頬を寄せ軽く抱きしめた。女の子の世界に入って最初の頃はこういうスキンシップに戸惑い、そのたびにドキドキしたものだけど、今では普通のことなのだと理解できるようになった。それでも、周りを見るとボクたちのやり取りを眺めてうっとりしたり赤くなったりしている。


「いいよなあ女の子って」

「いや、女の子っていうより綺麗な女の子は、だな」

「あのふたりが一緒にいるだけで、別の空間に見えてくるよ」

「さあて、問題はこれからだ。その少女たちが牙をむき爪を立てて戦うんだ」

「あの娘たちにだったら咬まれたい! 引っかかれてもいい!」

「いいかげんにしなさいよ! ホント男ってバカなんだから」



ボクはティーグラウンドに立つと、1番ホール『立春』の構造をもう一度チェックし直した。全長650m打ち下ろし。グリーンまで真っ直ぐフェアウエイが伸びている。障害物は両側の鬱蒼とした森と、グリーン周りの深いバンカーだけだ。曲げなければ楽なホールと言える。


「ラン、最初から勝負だ。こちらの武器である飛距離を目いっぱい見せつけてやれ」

「ラジャー!」


ボクはユノー先輩の指示もあって、初戦で成功したワンオンを狙うことにした。ティーポジションに金属球をセットしながらグリーンの方を見やると、上空には白い鳥が大きな羽を広げてゆったりと旋回している。晴天だけど少し湿り気のある空気、嵐の前触れなのか少し風も出てきているみたいだ。ゴルフと同じでゲオルは自然との戦い、今日は波乱含みの試合になりそうだ。


「おおっ!」

「ひゅ~ひゅ~!」


その時、ギャラリーから歓声が上がった。そうか・・・ミニスカートをはいていたんだっけ。しっかり見えちゃった、かも。『ブオンッ』上気しながらもボクはソードラケットを起動した。


さてと、地平線の彼方に飛ばすイメージでと。愛機タリスマンを構えると、『シュルル』とグリップが手を包み込むように変形し、身体の一部に同化したみたいになった。シャフトは細く長く最大長まで伸びきり、ヘッドの形状は惚れ惚れするくらいに流麗な、紡錘状に変化した。

『ギュルギュル・・・ギュイーン』シャフト内の回転軸が次第に高速回転するにつれて、ソードラケット全体がプラチナホワイトに輝き始める。ボクはイメージと愛機の発する波動が一致した瞬間に金属球を振り抜いた。

『シュパーンッ!』低い弾道で飛び出した球は100m先でホップし急激に高度を上げると、摩擦熱で白く輝きながらフェアウェイの彼方に消えていった。


「おおッ!」

「すげーッ!」

「女神降臨だッ!」


ひと呼吸あって、遙か彼方のグリーンの方から歓声と拍手が聞こえてきた。


「どうやら乗ったみたいね」

「はい、ユノー先輩。イメージ通りに打てました。」

「お見事。相変わらずランは飛ばしますわね」

「ありがとう、レア。ようやくタリスマンHD-3500Sが手に馴染んできたみたいです」

「高校生が、よくまあこんな難しい道具を使いこなすもんだわ。まあ、大学にはそれなりの攻め方があるってところを見せないとね」


と言いながら王立女子大学4年のテレサさんが構えに入った。『パシーンッ!』と振り抜いた球は軽く左旋回(ドロー)しながら落下し、勢いよく転がって380m地点のフェアウェイ中央に止まった。女性選手にしては飛ばし屋だ。


「テレサさん、ナイスショットです!」

「ありがとう、ランさん。アナタほどじゃないけどいい球が打てたわね」

「さあてラン、ここからが勝負ですわ。大学のゴルフをお見せしましょうね」


残り270m。レア先輩は長い髪を耳に掻き上げると、いつもながらの優雅なスイングで第2打を打った。グリーン手前の花道に落下した金属球は真っ直ぐ鐘を目指して転がり、傾斜を受けて軽く右に曲がりながら鐘の手前1mに止まった。


「おおッ!」

「なんて正確なショットなんだ!」

「レア姫もやるなぁ!」


ボクの第1打は風に乗って少し転がり過ぎたのか、グリーン奥18mにあった。ユノー先輩はしっかりフックラインを読んで第2打を打ったけど、下り傾斜で勢いがつき、鐘をかすめて2m先まで転がってしまった。レア先輩が第2打をきっちり鐘に付けてしまったので知らず知らずプレッシャーがかかったのだ。


「あちゃぁ・・・ごめん、ラン。一転してピンチにしちまった・・・」

「いいんですよ。打ちきれずに手前にショートしたのじゃなく、しっかり鐘を狙った結果じゃないですか!」


ボクは慎重に登りラインを読んで、第3打を鐘に当てた。テレサさんも難なく1mを鐘に当てて1ホール目『立春』は引き分けた。


「レア、お見事でした。ゲオルは飛距離だけじゃあ勝てませんね」

「うふふ。追出しコンペでランに敗れてから、わたくしなりに対抗方法を研究しましたのよ。あら?またおぐしが乱れてましてよ」


レア先輩はボクの首筋に手を伸ばすと、はみ出したおくれ毛を優しく撫でつけてくれた。


「ランは、また一段と髪が柔らかく艶やかになっていませんこと?」

「そ、そうですか?」

「ええ。真っ直ぐなストレートヘアが黒々としてとっても綺麗ですわ。わたくしの髪はどうしてもウェーブがかかるのでランが羨ましいですわ」


少しでも早く女の子に見えるようにと、髪の長さばかり気にして来たから、ボクはあまり気づいていなかったけど、女性ホルモンの定期投与とベルの念入りな髪の管理で、傍から見ても羨ましがられるくらい綺麗な髪になっているようなのだ。


けれども、女の子にされてから1年以上経った今でも、ときどき煩わしく思うのは、膨らんだ胸の重さと長い髪の重さなのだ。こればかりはなってみないと分からないと思う。起きている時も寝ている時も常に重みが掛かっているので、相当重い感じがするのだ。本物の女の子は、生まれた時からそのように育つから平気なのだろうか。





その後も飛距離に勝るボクたちと、ずば抜けて正確なショットのレア先輩たちが、持ち前の技を競い合って『春分』『立夏』『夏至』『立秋』『秋分』『立冬』と7ホール続けて引き分けた。そしてついに最終ホール『冬至』まで来てしまった。


830m打ち下ろし。森を見下ろす高台にあるティーグラウンドに立つとポツリポツリと雨粒が落ちてきた。時おりサアーッと巻く様に風が吹き抜けて行く。地平線に浮かぶ雲が稲光で明滅しているのが見える。いよいよ嵐のはじまりだ。


「さあて、ここが勝負どころだな」

「ええ、2打目勝負となりますね。それにしても嫌な雨です」

「嵐が来る前に片づけてしまおう。ラン、目一杯飛ばしてくれ。残りが少しでも短ければそれだけチャンスは広がる。」

「ラジャー!」


ユノー先輩に言われるまでもなく、ボクはこのホールで決着をつけたかった。惑星ハテロマに転移して15カ月、3つある太陽にも、地球の2/3しかない重力にも慣れたのだが、どうもここの雨だけはダメなのだ。アルカリ性雨というのか、地球人であるボクには刺激が強過ぎて、雨に当たると肌がヒリヒリして痛くなるのだ。既にいま水滴が当ったところが赤くなり始めている。ベルたちは「姫様のお肌はまるで赤ちゃんみたい」と日傘雨傘をどこに行くにも必携品にしている。ボクは用意してきた雨傘を広げ、レインウェアと雨用のグローブを身に着けた。


「ラン、大丈夫か? お前、やわ肌だからな」

「ユノー先輩、心配かけてすみません」


気を取り直してボクは構えに入る。雨粒が雨具を打つ音が響く。余計な雑音に気を取られないよう目を閉じて、球筋のイメージとソードラケットの回転音に集中する。ひと際回転音が高まったとき、ボクは目を見開き眩く輝くシャフトを確かめてから、ゆっくり振りあげると力まずに金属球を打ち抜いた。『シュパーンッ!』球は次第に強まる雨の中を、水滴を弾きながら猛烈な勢いで突き進むと、100m先で急激にホップして空高く舞い上がった。これが今のボクに出来るベストショットだった。


「よっしゃぁ! 追い風に乗った。これは飛んだぞ!」

「ユノー先輩、ありがとうございます。このまま真っ直ぐ行ってくれれば・・・」


そのとき、横殴りに突風が吹き付けた。上昇から落下に転じ、球の勢いが弱くなったタイミングで強い横風を受けたのだ。球は風に煽られて力なく右方向に運ばれて行く。


「ああ・・・森の中に落ちる!」

「森の中に消えた・・・」

『カッコーン!』と音が響いてきた。





球はフェアウェイから50mほど森の中に入った土の上にあった。木が密集して枝が横に広がっているので、高く球を打ち上げて脱出することはできそうもない。出せるとしたら低い弾道で木と木の隙間を通すしかないようだ。


「こんなことになってすみません、ユノー先輩」

「なあに、自然との戦いがゲオルの醍醐味だよ。まだ1打目の飛距離では250m勝っている」

「第2打はここからフェアウェイに出すだけですね」

「うん。出せるのはあの隙間だけか。隙間まで20m、そこからフェアウェイまで30mか」


ユノー先輩は、短いシャフト、ロフトの立った板状のヘッドに変形させたソードラケットで球を低い弾道で打ち出した。球はフェアウェイの真ん中で止まった。残り230m地点だ。


「ナイスリカバリー! やりましたね、ユノー先輩」

「ああ。上手く行った。後は頼んだぞ」


既に第2打を打っていた王立女子大学チームは残り180m地点だ。第3打でどこまで寄せられるかの勝負になった。


雨具から入り込んだ水滴で手首や顔がヒリヒリする。少し熱っぽい。時おり吹く突風に身体が煽られてじっと立っていてもユラユラする。


「可哀そうに、頬や首筋が赤く腫れているじゃないか」

「ラン姫の弱点は、どうやら雨らしいな」

「誰だって雨は嫌なものさ」


次第に強くなる雨脚にもかかわらず、熱心なギャラリーがボクたちの組に付いて観戦してくれている。ボクはソードラケットを構えると、打球のイメージに集中し、気息が整ったと感じた瞬間一気に振り抜いた。


「これは! そうか風に煽られないよう低い球筋の強い打球を打ったのか」

「おお! 花道に真っ直ぐ向かっている」

「風に負けていないぞ!」

「よおし! 転がれ! 駆けあがれ!」

「ラインに乗ったんじゃないか? 当たるぞ! く~惜し~い」


ボクの第3打は鐘を掠めて3m奥で止まった。


「ナイスオンだ、ラン」

「これが精一杯です、ユノー先輩」

「問題は、レア先輩の次のショットだな」


そんなボクの様子を心配そうに見ていたレア先輩は、口もとを引きしめると意を決したように構えに入った。『キーンッ!』周波数がどんどん上がって行く高速回転音とともに、ソードラケットが金色に輝き出す。眩しさで目が眩みそうになった瞬間、素晴らしいスイングフォームで金属球が打ち放たれた。


「むっ。これも低く強い球筋だ!」

「おお! 真っ直ぐ鐘に向かっている」

「花道を駆け上がったぞ! ラインに乗った!」

「さっきより球足が遅い分、曲がりが入っている!」

その直後『キーン!』と高音域の鐘の音がコース中に響き渡った。


「うおおおおおおおッ!」

「直接3打目が当たったぞッ!」

「王立女子大学の勝ちだ!」


いま目の前で起きた出来事の衝撃で、ボクはまばたきするのも忘れてグリーンを見つめていた。肩にそっと手が置かれたのに気が付いて、そちらを見ると微笑みながらレア先輩がいた。


「あッ・・・レア。お見事でした。ボクと同じショットで狙って、最高の結果を出すなんて・・・ボクの完敗です」

「わたくし、ちょっと頑張ってしまいました。勝負に勝とうとするのは当然として、これ以上ランを雨にさらさせておく訳には参りませんものね」

「レア・・・」

「さあ、早くクラブハウスに戻って着替えましょう。こんなに頬を赤く腫らして・・・お肌の手入れもわたくしがして差し上げましょうね。可愛い弟姫」


ボクはレア先輩に肩を抱かれながらコースを後にした。結局、2組目と3組目も大学生チームに完敗、決勝に進むことは叶わなかった。


こうしてボクたちの王都学園選手権大会は終わったのだった。


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