第30話 合宿。ランジェリー事件
王立女学院キャンパスの合宿所に入ったメンバーは、3年がキャプテンのシャペル先輩、シャーロ先輩、トノワ先輩、ユノー先輩。2年は副キャプテンのボクとジルだった。
「それじゃあ部屋割を伝える。1号室はランとジルの2年コンビ。2号室はトノワとユノー、3号室はシャーロと私だ。じゃあ、荷物を整理して30分後に食堂に集合!」
キャプテンの号令で、ボクたちは3週間分の荷物を持って部屋に上がった。
部屋は6畳ほどだろうか、壁際に二段ベッドがひとつと、窓際に勉強机がふたつ並べてあった。衣装ダンスは共用で大き目のがひとつある。ボクが何から手をつけたものかと考えていると、
「ラン、改めましてよろしくね」
と後ろからジルが明るい声で挨拶した。ジルは2年1組でボクとは別のクラスの娘だ。さすがに選手に選ばれるだけあって体格は3年並みにいい。体育会系ということもあってゲオル部では、どちらかというと男の言葉使いに近い話し方をする部員が多いんだけど、ジルは身体は大きいけど性格も声も喋り方も可愛い感じの女の子だ。
「こちらこそ、ジル」
「さて、場所決めしよっか」
「うん。まずは二段ベッドだね。小さいからボクが上の方を使うよ」
「OK。じゃあ、机は奥のを使いなよ。落ち着くよ」
「いや、ボク左利きだからひじがぶつからないように手前の机にするよ」
「あそっか。じゃあそうしよう。ランは姫なのに色々気が回るんだね」
30分後、食堂に全メンバーが集合した。
「じゃあ、これから当番を決めるよ。各部屋をチームとして毎日順番に、炊事、洗濯、掃除の3つの仕事をローテーションするんだ」
「はい! キャプテン」
「なんだ、ジル?」
「洗濯は下着も当番がするんですか?」
「そりゃそうだろ。手間は一度だしな。なんだ、問題があるか?」
「えっと・・・ラ、ランは姫だから可愛い下着を着けているんです!」
「!・・・なんでボク?」
「別にいいじゃないのか?女同士なんだし」
「じゃ、じゃあいいです。いいよね?ラン。可愛い下着はランのだって、皆にも分かるから」
なんでジルはそこのところを強調するんだろうか?確かに今も可愛い下着をベルに着けさせられているので反駁できなかったけれど、ボクは不思議に思った。
「さすがに6人分の洗濯だと結構な量だよ。ハイ、1号室の分。やっぱランのは可愛いな」
と言ってユノー先輩がボクに手渡した。ボクが自分のを選り分けようとしたら、ジルが飛んできた。
「いいからいいから! 私やっておくから」
と言うなりボクの腕から急いで取ろうとしたので、洗濯物を床にばら巻いてしまった。
「あれ? その可愛いのってジルの下着?」
「み、見たな」
「そりゃ、見るでしょう」
ジルが真っ赤になりながら怖い目で睨んだけれど、ボクはジルの少女趣味をしっかり見てしまった。
「そうか、それで皆の前であんなこと言ったのか」
「うう・・・恥ずかしい。ランみたいに華奢で可愛い女の子だったら似合うのに・・・」
「ううん。ジルだって十分可愛いじゃない」
「内緒にしておいてくれる?」
「内緒って・・・もうバレていると思うよ」
とその時、ドアが開いてユノー先輩と相方のトノワ先輩が顔を覗かせた。
「な、言ったとおりだろ?」
「うん。ランにしてはサイズがでかいと思ったんだ」
「うわああ! やめてええ!」
ジルは真っ赤になったまま両耳を押えてうずくまってしまった。
「大丈夫。先輩たちも笑ってなんかいないよ。可愛いのが着たいって女の子だったら普通のことなんだもの。食後のミーティングの時にボクから上手く話してみるよ」
ボクはジルを抱き起こしながら慰めた。ジルは確かめるように周りを見たが、先輩たちが引きつりながらも笑ってはいなかったので安心したみたいだ。
今日の食事当番はボクとジルだった。材料は大きな冷蔵庫の中に学校の方で用意してくれているので買い出しに行く必要はなかったけど、決められた食材の中で何を作れるか、むしろ料理センスの方が求められた。
「へ~え、美味しいじゃない!」
「見た目も綺麗で食欲をそそられるよ」
「栄養的にもよく考えられている」
「1号室は料理当番合格!」
「まだ、たっぷりあるのでお代わりしてください」
評判が良かったのでホッとした。実のところ、皮をむいたり、刻んだり、茹で加減をみたり、味加減をみたり、盛り付けしたのは、っていうことは全部か・・・ボクだった。ジルは末っ子で大事にされているのか、あまり料理をしたことがない様子だった。
全員で後片付けを済ました後、食後のお茶を飲みながらミーティングとなった。
「では、明日からの練習スケジュールは以上で行く。他に何かあるか?」
「はい、キャプテン。1号室から提案があります」
「ラン、何かな?」
「今回の合宿は王都学園選手権に向けたチームワーク作りが目的です。そこで、お揃いを着ることにしてはどうでしょうか?」
「制服は一緒だし、ああランはミニスカートか、まあ同じデザインコンセプトだからいいんじゃないか。今度のユニフォームも一緒だろ?じゃあ普段着のことか?」
「いいえ。下着です!」
「下着?」
「お揃いの下着を身につけることで、一体感を持つようにしてはどうでしょうか?」
「なるほど。でも下着なんざお揃いも何も、だいたい同じ様なもんだろ?」
「いいえ。特徴のないものをお揃いで着ても意味がないので、あえて特徴的なものを一緒に着ることにしたいと思うのです」
「ううむ。趣旨には賛同できるが、イメージが浮かばん。何か意見はあるか?」
特に意見も出なかったのでキャプテンは、一度試してみようと言ってボクたちに任せてくれた。
もち論ボクは、あの後2号室の先輩方に因果を含めて反対しないよう工作していた。ジルが気遅れせずに可愛い下着を身につけられるようになるなら、ボクが先輩たちから少女趣味と言われてもいいと思ったのだ。
翌日、女の子の下着のサイズなんか全く分からないので、ベルに来てもらった。
「ランさん、さすがに代表選手だけあって皆さん立派な体型ですわ」
「そう」
「なんです? 興味ないんですか?」
「だって、どうせ一番チビなのはボクでしょ。それに、鑑賞する側じゃなくて比べられる側にいるんじゃ、胸とかお尻のサイズを聞いてもねえ」
「ま、いいですわ。でもランさんのバランスが一番でしたよ。さあて、そんなナイスバディのランさんにどんな下着を着せちゃおっかなあ」
と言って、早速ベルはいそいそとジルと一緒にランジェリーショップに買い出しに行った。
「・・・ジル。もう少し考えて買ってよ」
ボクは自分のサイズだと渡されたお揃いの下着を手にとって思わず絶句してしまった。何しろ薄手の赤白ボーダーの生地で柔らかくフェミニンな感じに仕立てられているのだ。これを穿いたお尻はまるで可愛い包装紙に包まれたキャンディみたいに見えるだろう。
「だって、これが一番可愛かったんだもん」
「だからって何もこんな・・・」
「ベルさんだって、絶対ランにこれを着せたいって」
と、その時絶叫のような怒鳴り声が合宿所内に響き渡った。ドタドタと足音がして部屋のドアが勢いよく開くと、血相を変えたキャプテンたちが飛び込んできた。
「ラン!! これを着せる気か?」
「なに考えてるんだ!!」
「ほらあ! ジル」
ボクがジルの脇腹をひじで突っついたけど、反応がない。完全にフリーズしているところを見ると、本人的にはこの場から存在を消しているつもりらしい・・・。仕方がない、ボクだってこんな派手なの着たくないけど、乗りかかった船と助けることにした。
「先輩方、今度のうちのユニフォームは世間から注目の的ですよね?そのデビュー戦となる王都学園選手権大会にはマスコミも相当くるみたいですよ」
「そうか・・・でも、それが何だ?」
「ミニスカートからチラチラ覗く下着がお揃いのこれだったら相当にインパクトありますよ。スポーツニュースでうちの学校が絶対取り上げられます!」
「まあ、想像には難くないが」
「そうだ! それにもっといいことには・・・ま、いいか」
「な、なんだ? 何を言い澱んでる?」
「えっと・・・男子チームとも対戦するんですよね?」
「そうだが?」
「これを着けてショットしている姿を見たら、きっと可愛く思うだろうなって」
「・・・そ、そうか?男たちからそう見えるか?」
「ひょっとしたら、ボクたちに見惚れちゃって競技に集中できなくなるかも」
「・・・そ、それはいい!・・・だが、これ似合うか?」
「うっ・・・と、可愛い格好は女の子の特権。誰だって似合いますよ」
一瞬引きつってしまったけど、女性化プロジェクト鍛錬の賜物、邪心の無い笑顔で先輩方に笑いかけた。それもあってか一応メンバーお揃いで、ジルの選んで来たランジェリーとミニのユニフォームを着て大会に臨むこととなった。そりゃ、いくら大柄で厳つい感じの先輩たちだって根は女の子なんだもん。
「ランは本当に華奢だな」
「と言ってもオッパイだって形のいいのがしっかりあるじゃない」
「腰のくびれが細いからスタイル良く見えるんだよ」
「色白だから乳首が桜色で綺麗なんだよねえ」
「お尻が小さくて羨ましい!あ、赤くなったあ」
ここは合宿所の浴室。それほど大きな風呂場でもないので昨日は部屋単位で交替に入ったのだが、ジルが引き起こした下着事件の手打ちで、メンバー全員で入浴して件の下着を身に付け見せ合うことになってしまったのだ。
ボクはメンバー全員の遠慮のない視線を浴びて、全身を朱に染めていた。いつもベルには裸を見られているけど、こんなに大勢の女の子たち、それも全員一糸まとわぬ裸に囲まれたのは初めてのことだった。以前のボクだったらこんな幸運に有頂天になるところなんだろうけど、自分が鑑賞用の対象物になっているととてもそんな気分ではないのだ。女の子だけどこれも視姦?
「恥ずかしいですよ。そんなに見ないでください」
「股の間の毛も、ランだと可憐な感じだもんな」
「や、やめてくださいよ」
「可愛い声出しちゃって」
「こりゃあ男がほっとかない訳だな」
「うちの従兄弟がランと踊ったんだけどさ、細くて軽くて羽のようだったって」
「キャプテン! もうそれは言わない約束でしょ」
「そうだ、この間貴族倶楽部で女の子が男と勝負した話は聞いたか?」
「うっ・・・」
「それがさあ、結構いい勝負で危うく男が負けるところだったらしい」
「あれ? ラン、どうかしたか?」
この後、その女の子が食事をしていたとき危ない目にあったのを男に助けられたこと、男は結構有名な陸上競技ランナーだったこと、女の子が勝利の証に男にリングをあげたこと、そしてその女の子がボクだったこと、がめいっぱい尾ひれが付いて話されたのだ。ボクは風呂から出るにも出られずすっかりのぼせてしまった。心底女の子の噂話はこわいと思った。
「ね? 可愛いでしょ」
全員お揃いの下着姿を大鏡に映しながらジルが言った。満面に笑みを浮かべ本当に嬉しそうだ、コイツ。
「うーむ・・・やっぱランは似合っているよなあ」
「なんか背中がモゾモゾしてきた」
「だな。こういうのは似合わん。やめとこうか?」
「えええ! やだ・・・やだやだ」
思わずジルが泣き声を上げた。キャプテンとシャーロ先輩が冷たい視線で見る。
「ジル、やっぱ真犯人はお前だったか」
「え? あわわわわわ・・・ラ、ラン助けてぇ!」
「こら2年! ランも同罪だ」
「キャプテン、シャーロ先輩。ボク、ジルをかばっていました。黙っていてごめんなさい。でも、ボクがお揃いにしようと言ったことに嘘はありません。確かに最初は、ジルが可愛い下着が好きで、合宿中も着たいのに恥ずかしいと気遅れしているのを見て、なんとかしてあげたいと思いました。でも先輩たちと共同生活している内に、ユニフォームだけでなく下着までお揃いにしたら凄く楽しいだろうなって思い始めたんです」
「ラン・・・」
「ボクも着てみるまでは、こんな派手なのどうかなって思ってました。でも、実際に身につけてみると何かワクワクしてきちゃったんです。女の子って可愛い格好すると嬉しくなってくるものじゃありません?先輩たちのそうして恥ずかしそうにしている姿、とっても魅力的ですよ」
ジルの少女趣味がメンバー全員の知るところとなったけど、合宿所で一緒に生活し練習するだけではなく、何につけ楽しむこと面白がることも全員で共有しようという気持ちになれたのだった。こうしてランジェリー事件は解決した。




