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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第3章 「王立女学院2年生」
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第28話 男心と女心、揺れる恋心

「女同士ではお寂しかろうとお誘いに参った次第。この後のご予定がなければご一緒にどうです?」

と言うなりボクの手首を握ると椅子から引き起こした。

「な、なにをするんです!」

ボクは急なことにすっかり動転してしまい、為す術もなく男の腕の中に捉まってしまった。


その時、別の男から声が掛かった。

「不調法はいけませんな」

振りかえるとユージンがいた!意思とは関係なくボクの心臓は突然ドキドキし始めた。


「淑女は優しく丁重に扱わなくては」

と言って、ボクの手首を握っている男の二の腕をギュッとつかみ上げた。

「イテテ!なにしやがる、あ、ユージン!」

思わず手を離した口髭の男が悪態をつく。

「こちらのお嬢さん方とは先約があるのですよ。お引き取りなさい」

スゴスゴと男たちが引き上げて行くのを見届けながら、ユージンはパンパンと手から埃を払う。さりげない仕草にもボクは思わず見とれてしまっていた。


「ラン姫、お怪我はありませんでしたか?」

「は、はい。大丈夫です」

「貴族の子弟の中にもがらの悪い連中はいましてね。方便とはいえ勝手に先約があるなどと言ってすみませんでした。ではこれで」

「お待ちください!よろしければお座りになりません?」

ボクは考えるよりも先に引きとめていた。

「ご一緒してもよろしいので?」


ユージンが座ったのを確認してボクは二人を紹介する。

「こちらは・・・リシュナ侯爵家のユージン様。そしてこちらは」

「レア姫。存じておりますとも。貴族倶楽部に出入りする若者でお二人を知らぬ者はいませんよ。そんなお二人と席を共にできるとは、何とも幸せです」

「まあ、お上手ですこと。それで、ユージン様とランはいつからのお知り合い?」

「お父様に王室ゲオルフィールドに連れて行ってもらった時にご挨拶したんです。あ!お礼を言うのを忘れていました。ユージン様、危ないところをありがとうございました。それからいつもお花をお贈りくださりありがとうございます」

「まあ!ランはユージン様からいつもお花を頂いているんですの?」

「あ、いや、その・・・そうなんです、レア」

「ランにレアか。お二人は姉妹の様に仲がいいんですね」

「うふふ。姉妹ではありませんの。今日は恋人同士なんですよ」

「・・・ほう。こんな美しい恋人たちは見たことがありませんよ」

「ランの心の中には殿方が潜んでいるんですわ」

レア先輩は声を潜めていたずらっ子の様な目をして言った。ユージンがボクの顔を見て、それから頭のてっぺんから爪先まで注意深く何かの兆候を探し求める様に見た。

「・・・どう見ても、綺麗で可愛い女性にしか見えませんよ?」

「それでも潜んでいるのです。だから今日は殿方のランとわたくしのデートなのです」

「・・・なるほど。よくは分かりませんがラン姫・・・いや、ランさんを今は男として見ればよいのですね?」

「その通り!ユージン様って何て心優しい殿方なんでしょう」

「おお!となるとレア姫を前に男がしゃしゃり出ていてはいけませんな。そろそろおいとまを」

と言ってユージンがあわてて席を立とうとした。

「行かないでください!」

ボクは自分でも自分の口にした言葉が信じられなかった。

「おや?お邪魔ではないのですか?」

「い、いいえ。ユージン様と・・・そ、そうだ。レアの前でボクと勝負してください!」

あれ?ボク、何でそんなことを言ってしまったんだろう。レア先輩も大きな目を更に大きく見開いてなりゆきにびっくりしている。

「勝負?いいでしょう。何で勝負しますか?」

「ええと・・・・か、駆けっこでお願いします」

「駆けっこ?よし、受けました」


ボクは支配人にお願いして、スポーツジム用の女性用の貸出ウェアと運動靴を借りて更衣室で着替えた。髪はアップをほどきシュシュで括りいつものポニーテールに直している。ジョギングコースのスタート地点に出てみると、既にユージンが準備運動をして身体をほぐしていた。


「お待たせしました」

「さあ、いつでもオッケ・・・ラン・・・さんはそういう格好も似合いますね」

「あ、ありがとう」

「ラン、何を照れて赤くなってらっしゃるの?」

「あ、いや、ボクはレアの為に走ります。見ていてください」

「じゃあ、私はランさんの為に走ることにしますか」

「そ、そんな・・・それでは競争になりません」

「いや、勝負である以上、私は全力を尽くしますよ。獅子はウサギを狩るにも全力を尽くす、と言いますからね」

「ボク、ウサギなんですか?」

「美しく可愛いという点ではウサギでしょう」

「うふふ。ではウサギさんとライオンさんの勝負!周回コースを2周、ランがスタートして10秒後にユージン様がスタート。ランはゴール、ユージン様はランを捕まえたら勝ち。いいですわね?では・・・ヨーイ・・・ドン!」


どういう訳かレア先輩がルールを決めてしまった。これじゃあまるで鬼ごっこだ。周回コースは1kmというから全長2kmの競争。ともかくボクは全力でスタートダッシュした。

芝生の広場から林の中のトレイルに入るコーナーで振り向くと、丁度ユージンがスタートしたところだった。思いのほか引き離されたと思ったのか猛然と追いかけて来る。結構速い!


ボクは道幅を最大限利用しながら、曲がりくねったカーブの最短コースを走り抜けた。再び芝生の広場に戻って来ると人だかりが出来ていた。変化のない貴族倶楽部の日常の中で、女の子が男に挑戦するレースなどそうはない。皆、興味津津なのだ。


「速い!彼女の今のラップは3分そこそこだったぞ」

「ウサギさん頑張って!ライオンさんが迫ってきているわ!あと50mよ、ラン!」

とレア先輩が大きな声で声援してくれた。確かに後方から足音と息遣いが聞こえてきている。


「ライオンさんもランの為に頑張って!」

「OK!頑張ります」

レア先輩の澄んだ声とユージンのそれに対する返事が後方から聞こえて来る。ユージンはまだ余裕がありそうだ。ボクも普段から走り込んでいるから1km程度はオーバーペースで走っても問題ない。


再び林の中のトレイルに入るとボクはこの周回が最後と、更にペースを上げた。ところが、後ろから規則的な息遣いが段々迫ってくる。ユージンにはまだ余裕があるのだろうか?ランスやユマだったらとっくに音をあげているだろう。


前方が明るくなってきた。もう少しで林を抜ける。最後のコーナーを曲がれば芝生の広場でゴールだ。ボクは長距離トレーニングで鍛えているので、まだまだ心肺能力に余裕はあるけれど、短距離並みに疾走し続けている所為か、そろそろ両脚に乳酸が溜まり出したみたいだ。脚が思うように前に出ない。後ろの規則的な息遣いが少し早くなり、迫って来る気配がビンビン背中に伝わってくる。追いかけられ必死に逃げる感覚・・・これってやっぱり鬼ごっこだ・・・この感じ何年振りだろう・・・ボクは気力だけで前へと進みながら、懐かしい様な恥ずかしい様な気分になっていた。目の前にゴールラインが見えてきた・・・


「ラン!あとちょっとよ!・・・ああ、危ない!」

その瞬間、ボクの背に手が触れた。その直後、ゴールラインを通った。ボクは負けてしまった・・・。

気力で限界まで走り抜いたのでゴールするとボクは芝生の上に大の字に転がってしまった。するとドサッとすぐ隣に音がした。


「ハア、ハア、ハア、ハア、いやあ危なかった・・・ハア、ハア、それにしてもランさん足が速いですね」

「ハア、ハア、ハア、ボクの完全に負けです・・・ハア、ハア、ユージン様もめっぽう足が速いですね」

「ハア、ハア、私は大学の陸上部で短距離ランナーやっているんですよ」

「え?そ、そんなあ・・・うちの護衛が言っていました。痴漢が陸上競技のランナーでない限りは姫様の足なら大丈夫って」

「だとすると私は護衛も想定外の痴漢ですか?あははは、その私に互角で渡り合ったんだからランさん大したもんです。もう1周あったらきっと私が負けていたでしょう」

ユージンの率直で飾らない言葉にボクは素直に頷くことができた。


「 “男同士”の語らいのお邪魔をしますけれど、シャワーを浴びて着替えないとお風邪を召されましてよ」

レア先輩に言われてボクたちは更衣室に向かった。


ボクはレア先輩に手を引かれて女子更衣室に入った。シャワーを浴びて着替えると、レア先輩がボクの髪を丁寧にかして元通りアップにまとめて帽子を乗せ、薄く化粧してくれた。

「ラン、できましてよ」

「ありがとう、レア。・・・今日はごめんなさい」

「あら、どうして謝るのです?」

「レアとデートしているのに、他の人を呼び込んだり、競争なんかしちゃって・・・」

「うふふ、わたくしはとっても楽しゅうございましたわ」

「じゃあ、怒っていませんか?」

「ええ。ランの知らない一面も見ることができましたしね。ランの心の中には殿方と、とっても可愛らしい女の子が同居していましたわ」

「お、女の子・・・」

「ええ。ユージン様がお好きなのですね、ランは」

「え?・・・そ、そうなのかなあ。ボク、自分でも自分の気持ちが分からなくなってきました」

「それでよろしいのではありません?ランの男の子の部分がわたくしを好きになり、女の子の部分がユージン様を好きになる・・・決して不思議なことではありませんよ。うふふ、でもランの恋人であるわたくしとしては、ランの素敵なユージン様とは恋敵になってしまいますけどね」

ボクはレア先輩の鋭い指摘に当惑しながらも、どこかで納得している自分がいることに気が付いた。


「いやあ、やはりランさんはこちらの方がお似合いですね」

ボクたちがサロンに入って行くと、既に着替えて身なりを整えていたユージンが言った。


「あ、ありがとう」

「あら?今度は赤くなりませんのね、ラン」

「え?」

「ということは今は殿方の方ね。ユージン様、こちらは殿方のランさんです」

「あ?・・・ああ、ランさん。先ほどは実にいい勝負でしたよ。また対戦しましょう」

差しのべられた手をボクも握り返した。


「今日はボクの完敗です。勝利の証しとしてボクのリングを差し上げます」

ボクは右手人差指からリングを外すと、ユージンの大きな手の小指にはめた。ボクには少し大きかったけど、ユージンの小指にはちょっときつめだ。でも丁度いい感じのピンキーリングに見えた。


「おお!ラン・・・さんのお手にあったリングを頂けるとは!大切にしますよ」

と言ってボクの両手を掴んだ。

「今度は負けませんから、また勝負をお願い・・・」

大きな手に包まれたボクの白く華奢な手がピンクに染まっていく。

「あら?また赤くなりましたわ。ユージン様、ラン姫ですよ今度は」

「ラン姫・・・ランさんであろうとラン姫のままであろうと、私は変わりませんよ。だからご安心を」


ボクはすっかり真っ赤になってしまっていたけれど、おずおずとユージンを見上げながら、その澄んだ瞳の奥に「安心していいよ」という柔らかな光を感じた。でも、これは当然だけど女の子としてのボクに対するものなのだ。男のボクにはそれがよく分かる。


本当はボクはユージンとは友だちになりたいのだ。でもボク自信が女の子の気持ちでユージンを見てしまっているのだから、ユージンにだけ男同士の友情を求めるのは無理というものだ。


男と女の間に友情は成立するのか、ボクの目の前には人類永遠のテーマが現れていた。


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