第27話 新しい部活と初デート
「よし!1年はラン副キャプテンに付いて行くように。どれくらい基礎体力があるかチェックする。ゲオルの基本は足腰だ。その足腰を鍛えるには走り込みが一番だからな」
「じゃあ行くよ!」
シャペルキャプテンの指示でボクは1年生を引き連れて走り始めた。入部希望者の中から顧問のソーマ先生が絞り込んだ10名は、ゲオル経験者が半分、他の運動系クラブ出身が半分だった。浮ついた気持ちの希望者ではないだろうが、最初ということもあっていつもより遅いペースで走る。だけど・・・
「ラン先輩!ぺ、ペースが速いです・・・」
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・」
「もう、ダメ」
キャンパス周回コース1周目にして遅れずに付いて来れた者はひとりもいなかった。ボクは後をキャプテンに頼んでいつものペースにアップして2週目に入った。
「小さくて、細くて、可愛いだ?いいか、お前ら。ランを見て分かったろ?あれが女神杯を目指す本物のアスリートの姿なんだよ。エースを目指そうと思うならランにしっかり付いていけるようになれ!」
「はい!」
真っ白なシュシュが映える小柄なポニーテールの少女が遙か彼方の林の中に消えていく。そんな後姿を見ながら1年たちも気持ちを新たにした様子だった。
『パシーッ!』『スパーンッ!』『パシーッ!』2年と3年の部員が思い思いにショット練習をしている。ボクも公爵から誕生日に貰った新しいソードラケットの初使いを、王立女学院のゲオル練習場ですることにした。左利きなので一番端の特設打席でひとり、1球1球グリップやヘッドの感触を確かめているとシャペルキャプテンがやって来た。
「それが噂のタリスマンHD-3500Sか!」
「あ、キャプテン。・・・噂のって?」
「うん。うちの従兄弟がお前の誕生会に出ていたんだよ」
「え!キャプテンの知合いが居たんですか!」
ボクは真っ赤になってしまった。
「なあに赤くなってんだ。ランがとても綺麗だった、ランの手を握って踊ったって自慢してたぞ」
「は、恥ずかしい・・・」
「お前じゃランの相手は無理だって言っておいたがな。それ公爵から貰ったんだろ?女性仕様だがなかなか凄身のあるデザインだな」
「そうなんです。いろいろ試していたんですが思うようにコントロールできなくって・・・」
「プロ用だからなあ。そうだ!その従兄弟ってゲオルのプロ選手なんだ。アドバイスさせようか?」
「・・・嬉しいですけど・・・キャプテンも一緒にいてくれるんですよ、ね?」
「ラン・・・お前、ほんとにオボコなんだな。男性恐怖症を治さんと嫁にも行けんぞ!」
「ボク、お嫁になんか行かなくていいです・・・」
「仕様のない姫様だなあ。分かった、一緒に話は聞いてやるから。それじゃあ従兄弟に連絡しとくぞ」
と言うとキャプテンは首を振りながら、素振りをやっている1年たちの方へと歩いて行った。
「ラン!迎えに来たわよ」
サリナが部室の扉を開けると隙間から顔を出して言った。
「うん。いま着替え中。もうすぐだから」
「なんだ?ランは部活掛け持ちか?」
「ミーシャたちに頼みこまれてしまって・・・スイーツ部に」
「ランがスイーツ部?ぷはっ!そいつはお気の毒」
「お、お気の毒ってどういう意味ですか!シャーロ先輩」
サリナが気色ばむ。顔だけでなく扉から上半身を勢いよく乗り出したのでグラマラスな胸が揺れている。
「いや、なにご卒業されたスイーツ部の先輩方のことを思い出してな。お前たち現役部員のこっちゃない。うちの大事な副キャプテンにあまり無理はさせんでくれよ、頼むわ」
「ボク、転校してきたのでよく分かんないんですけど、どういう先輩方だったんですか?」
「この場にいない人のことをとやかく言うのは好きじゃない。ま、いまスイーツ部には3年部員がいないことで察しろ」
ボクは狐に摘ままれた様な不可解な思いのままスイーツ部の部活に向かった。
「ラン先輩だあ!」
ボクがスイーツ部の部室に入ると、歓声が上がった。部屋の中には甘い匂いが充満し、真ん中のテーブルの上には本日の活動成果だとひと目で分かる菓子が山の様に並んでいた。
「さあ、ラン先輩による品評会をはじめましょう」
部長のミーシャのひと言で、ボクに全員の視線が集まってしまった。
「あの・・・何をすればいいの?」
「さあ、食べて」
ボクはためらいながらも目の前の菓子に手を伸ばそうとした。その瞬間「ゴクリッ」と唾を飲み込む大きな音がして、思わず伸ばした手を引っ込めてしまった。
「な、なんなんですか、いったい?」
「ランが最初に食べるのがどれかに皆注目しているのよ」
「どうして?」
「最初に手を伸ばすということは、それが一番見た目が美味しそうだということじゃない?」
「そ、そっか・・・そんなこと言われると食べられなくなっちゃうよ」
ボクはもう一度テーブルを見まわしてみた。形がいびつなの、焦がし過ぎたもの、得体の知れない灰色っぽいクリーム状のもので包まれたもの、切り口からドロッとしたものが溢れ出ているもの・・・よく見るとどれも不気味だった。仕方なく一番真っ当そうなクッキーを摘まんだ。
「ああ!」
部屋中からため息が漏れた。
「やっぱりミーシャのを選んだわ!部長のだもん仕方ないよね」
パメルがクリクリした瞳で1年生たちを見まわしながら言った。
ボクはそれを口に入れて恐る恐るかじってみた。素朴な感じだが、チーズ風味がしてまあまあいけた。
「うん、美味しいね」
「うふふ。ランの好みって感じがしたのよ、それ」
ミーシャも嬉しそうだ。
「では、今日のトップが決まったから、後は順位づけをしてもらうね」
「え?順位づけ?」
「そうよ。試食してもらって美味しかった方から順に並べ直して頂戴」
「これ・・・全部?」
「そう。それがランの部活じゃないの!」
「ううう・・・」
ボクはテーブルに並ぶ菓子の山を見渡しながら暗澹たる気持ちになった。
「ランさん、今日の夕食はあまり食が進まなかったと執事が言ってましたが、どこかお具合でも?」
「いいや、ベル。部活でいっぱい試食させられたもので、お腹が空いてなかったんだよ」
「ああ、例のスイーツ部でしたか」
「それが、ジャリジャリ言うのやら、えも言われぬ味がするのやら、ひどいのがあってさ」
「うふふ、ランさんも難行苦行ですわね」
「笑い事じゃないよ。これじゃ堪らないと思って、今後は見た目が食べたくなるものじゃなきゃ試食しないと線引きを宣言したんだ」
「でも、ランさんに食べてもらえると思って入部した生徒さんもいるのでしたよね?」
「うん。でもそうでもしなきゃボクが身体壊しちゃうもの。退部するって言ったら諦めちゃったみたい」
「うふふ、ランさんもタフネゴシエイターですこと。これが殿方にも向いてくだされば・・・」
「ベル!ボクは男なの。男同志なら何ともないけど、男と男女の関係で向き合うのは苦手なの」
「はいはい、分かってますって。まずは女性と男女の関係で向き合うことから慣らして参りましょうね」
「さあ、完成しましたよ!」
「まあ!なんてお美しい・・・」
「こんなにお化粧のりがいいとは・・・」
「ボク・・・これで外出するの?」
休みの日の朝。ボクは鏡の中に映っている自分の姿を見て、居たたまれなくなってきた。
今日は大学に進学したレア先輩と、男として初めてデートする日なのだ。ボクが地上車でレア先輩を迎えに行って、一緒に貴族倶楽部でお昼を食べることになっている。ベルたちがボクに着せた服は薄く光沢のあるシルクサテンに透明感のある生地を縫い合わせた長袖のワンピースで、もちろんミニ。微妙に素肌が透けて見えるのが妙に色っぽい。髪はしっかりアップに巻き上げ小さな帽子でまとめられている。細く長く白い首筋が際立ち、抑えめの頬紅とルージュで薄化粧をより清楚な感じに仕上げている。手も念入りに手入れされてパール光沢の淡いピンクの形良い爪が細い指を魅力的に見せていた。
「もちろん外出して頂きますよ。姫様を見て振り向かない殿方はいませんわ」
「ベル、それって・・・」
「きっとレアお嬢様もランさんを見て楽しまれることでしょう」
「今日はボーイッシュでも良かったのに・・・」
「いいえ、国王陛下ご命令のミニのプリンセスですから、どなた様の前でもミニの魅力を示していただかなければならぬお立場です」
ボクはベルのただならぬレア先輩への対抗心にタジタジとなり、見た目はこれまでで最も美しく可愛らしい女装をさせられてしまった。男のボクが見ても、ちょっとドキッとしてしまうくらい目立って気になる格好だった。この日の為にベルは相当研究を重ね、デザイナーのオスマルと準備をしてきたみたいだ。女って怖いかもしれない。
「まあ!ランさん素敵ですわ!」
「あ、ありがとう。でも、ボクが自分で選んで着ている訳じゃないので・・・」
「これぞミニのプリンセスですわ!どなたが選ばれて?」
「侍女のベルがデザイナーのオスマルさんと・・・ちょっと女っぽ過ぎですよね?」
「うふふ。ランさんの中の殿方は照れ臭いのでしょうけれど、外見は女性としてとても素敵ですよ!」
「・・・こんな格好でも一緒に行って貰えますか?」
「もちろんです。わたくし美しい方可愛い方が大好きなの。今日は一日楽しみましょうね」
「じゃあ、お手をどうぞ」
階段から降りるのでボクが手を差し出すと、突然レア先輩はボクの腕に自分の腕を絡めてきた。
「あ!」
「うふふ。今日はランさんの中の殿方と初デートですからね」
レア先輩はいたずらっ子の様に片目をつぶっていかにも楽しそうに笑った。レア先輩の胸の膨らみが腕に当たってドキドキする。もっとも、自分にも膨らみがあるんだけどね。ボクは嬉しくて気持ちよくてフワフワした気分になりながらも、レア先輩が大学に通うようになって少し大人の女性になった気がした。
「予約した、サンブランジ・・・」
「姫様方、お待ちしておりました!どうぞこちらへ」
ボクが入口で名乗る前に、貴族倶楽部の支配人がすつ飛んできて車寄せから館内へと案内した。
ボクとしては折角のデートだし、まだ一度も市街地を歩いたことがなかったので、繁華街の流行のスポットや店を散策したかったんだけど、公爵宮殿警備の責任者からその地区の警察署の協力を求めて訪問先を完全封鎖しなければ駄目だと言われてしまったのだ。仕方なく女官長のリネアさんに相談したら、貴族倶楽部ならば姫様方のお楽しみになれる施設も備わっておりますし警備上も問題ないでしょうと、直ぐに予約してくれたのだ。
「おお!」
「ひゅ~う!」
ボクたちが貴族倶楽部の豪華なロビーに入ると嘆声が上がった。皆から見られている・・・。考えてみれば綺麗な女の子が二人で食事に来たのだから、男にとっては関心を抱かずにはいられないシチュエーションなのだ。
通された席は庭に面したテラスに用意されていた。貴族倶楽部は王宮からほど近い森に面した一角にあって、森を抜けてきた風が頬に当たって心地よい。
「風が気持ちよくていいお席ね、ランさん」
「ええ・・・あの、レア先輩。ランさんではなくランって呼んでくださいませんか」
「あら、じゃあアナタもレアって呼んでくださる?」
「そ、それは。レア先輩は年上じゃないですか」
「ランさんの中の殿方とわたくしは男と女ですわね?」
「・・・はい」
「じゃあ、恋人同士になるかもしれないではありませんの。恋人同士で殿方が彼女を先輩と呼んではおかしゅうございましょ?では参りますわ。ラン」
「は、はい。レア」
「うふふ」
「えへへ」
軽めの昼食は、リネアさんが言っていた通りとても美味しく、自然と会話も弾んだ。ボクたちが楽しげに談笑していると男が二人近づいてきた。
「お嬢さんたち、楽しそうですな」
背の高い、と言ってもこの惑星の人は皆背が高いんだけど、口ひげをはやした痩せ気味の男がニヤニヤ笑いながら言った。
「おや、こちらの美女はミニプリのラン姫ではありませんか!」
びんを長く伸ばした小太りの男がボクの足を見ながら言う。
「何かご用でしょうか?」
ボクは少し腹を立てていたので険のある声だ。
「いや、女同士ではお寂しかろうとお誘いに参った次第。この後のご予定がなければご一緒にどうです?」
と言うなりボクの手首を握ると椅子から引き起こした。
「な、なにをするんです!」
ボクは急なことにすっかり動転してしまい、為す術もなく男の腕の中に捉まってしまった。