第25話 男性恐怖症と恋心?
3月15日ボクは16歳になった。
といっても宇宙暦12012年の3月15日だから実際には・・・ボクがこの惑星に来たのは去年の2月・・・地球時間では夏休み前の終業式で7月だったから・・・そうか、本当は去年の国王陛下の謁見の頃に16歳になっていたんだ!・・・女性ホルモンの所為もあったけれど身体つきが女らしくなったって言われたのもその頃からだったっけ・・・少年から大人の男性に、ではなく大人の女性へと成長していたんだ・・・。
「ランさん、それではこちらを向いてくださいな。お背中を流しましょう。今日は誕生会ですので念入りにお肌をお磨きしないと。それにしても最初にいらっしゃった時に比べて随分身体つきも女らしくなりましたねえ。乳房も絶対大きくなってきていますよ、ホラ!」
「ベル、くすぐったいよ!」
「あら、ランさん感じちゃってます?じゃあ、これは?」
「や、やめてってば!」
「これだと?ツンと」
「アン・・・イヤ~ン、じゃないじゃない!絶対ちがう!」
ボクは思わず女の反応をしてしまった自分に嫌悪感を感じ、フルフル頭を振って慌てて否定した。
「真っ白な肌を桜色に染めちゃって!ホント可愛いんだから・・・ランさん、ひょっとして下の方も女性化してきてるんじゃありません?」
ボクの乳房をいじりながらもしっかり股間のイチモツを凝視していたベルが言った。
「な、なんで?」
「ベルはずっとランさんの身体に触ってきているんですよ。ヴェーラ先生の仕掛けを使わずベルの前でも全てをお見せになるようになってから半年、ランさんの男性部分がどういう刺激にどう変化するのか、ランさんよりある意味詳しくなっていますもの。ランさん、ひょっとして立たなくなったんじゃありません?」
「うっ・・・」
「タマもとっちゃってますし、今じゃすっかり萎んで小ちゃくなって、仕掛けを使わなくても殆ど目立たなくなりましたものね」
「・・・ベルは・・・ボクが・・・男に戻れない方がいいと思っているの?」
「そうですねえ、こんなに可愛くて綺麗な女の子はそうそういませんものね。うそうそ!そんな悲しそうなお顔をなさらないでください。ベルだってランさんが宰相閣下とのお約束を果たされて、無事地球にお帰りになってほしいと思っているのですよ。その時には男に戻らなくちゃね」
「姫様のご入場です!」
執事の呼びかけとともに大広間にファンファーレが鳴り響き、開かれた大扉からボクが入っていくと割れるような拍手が起きた。会場には高価そうな衣装で着飾った人々が大勢詰めかけていたけれど、知っている顔は少ない。女官長で今回の誕生会の実行責任者の一人でもあるリネアさんの話では、お披露目パーティーのときはごくごく身内の人たちを呼んだけれど、今回は姫様のエスコート役を選ぶ目的もあるので釣り合う家格から広く青年貴族を招いたのだそうだ。そんな訳で、姫の誕生日にしては同世代の女の子がいない。
「おお!あれが噂のミニのプリンセスか!」
「公爵が自慢されるだけあって凄い美姫だな!」
「シモン伯爵家のレア姫と張るぞ、これは」
「亡きマリアナ姫によく似ているが・・・こっちの姫の方が女っぽいかも」
「なんてったってミニスカートからのぞく足が色っぽいよな」
「いやいや、開いた胸元の谷間からも目が離せなくなったぜ」
「細いのに思っていたより胸もありそうだな」
ボクはネットりとまつわりつくような男たちの好奇の視線に晒されて、ゾワッと全身に鳥肌が立つのが分かった。ボクも男だからいい女を前にした男たちの気持ちは分かるけど、対象となる女の立場に立たされてしまった男としては、同性からの反応は嫌悪を通りこして恐怖にも近い感情だ。ボクは足が痺れたように前に進むことができなくなった。思わず後ずさると背中がぶつかり、転びそうになるのを誰かが両腕をつかんで支えてくれた。
「ランさん、お気を確かに。嫌なのは分かるけど、いつまでも男から逃げている訳にはいかないんですよ?今のアナタは可愛い女の子。皆にちやほやされるのがお仕事なんです。大丈夫、バレやしませんって。ホラ、笑って!」
ベルが耳元でささやく。
ボクは意を決して、顔中の筋肉を総動員して女性化プロジェクトで習った最上級笑顔(キラースマイル)を作った。
「な、なんて可愛いんだ!」
「ま、まるでとろけそうな笑顔だ!」
「た、食べてしまいたい!」
ボクは笑顔に気持ちを集中することでどうにか恐怖心を克服し、男たちの視線の間を抜けて大広間の中央の、公爵が待つところにたどり着くことができた。手のひらがじっとり汗ばんでいる。鼓動もかなり早くてドキドキ音が聞こえてきそうだ。
ボクの顔を見て公爵はちょっといぶかしげな顔をしたけれど、誕生会はまだ始まったばかりなので進行を促した。
「それでは姫様の16歳のお誕生日を祝しまして乾杯をいたしたいと存じます。乾杯のご発声はお父様であらせられる公爵様にお願いいたします」
「ラン。誕生日おめでとう。姫が来てからというもの公爵家にも再び笑い声が戻って参った。お前は予の宝じゃ、これからも楽しませておくれ。さて、姫は今日から花も恥じらう16歳じゃ。ここに姫宛の書状を預かってきておる。そう、国王陛下からの王室舞踏会招待状じゃ。姫は8月に開かれる舞踏会で社交界にデビューすることが決まった。皆も姫のことを引きたててやってくれ。よろしく頼む。ではランの16歳を祝って乾杯じゃ!」
大広間中でグラスを合わせる音と拍手が沸きあがり、室内楽も始まってパーティはスタートした。
「これが国王陛下からの王室舞踏会招待状じゃ。大切に仕舞っておくのじゃぞ」
ボクは手渡された王室の紋章が入った豪華な装丁の封書を見た。宛先には、
「ラン・キリュウ・ド・サンブランジュ姫様とお連れ様・・・」
「そうじゃ。社交界デビューは女が主役なのだよ。だからランが正客でエスコートする男がお付きになる訳だな」
「・・・だから男性のリード役が要るんだ」
ボクは改めて王室舞踏会に招待された意味と、その後に待ちかまえているであろう展開に戸惑いを覚えた。
「さてと。これは、予からの贈り物じゃ」
「・・・あ!お父様ありがとう!開けていい?」
「もちろんじゃとも」
公爵からの誕生プレゼントは、なんとゲオルのソードラケットだった。ボクが包装を解いて取り出したのを見て、取り巻いていた青年貴族たちが評論し始めた。結構詳しそうだ。
「おお!タリスマンHD-3500Sだ!」
「プロ仕様の最新型じゃないか!」
「エッジが立った波動設計になっているから相当シンクロ力が必要になる!」
「左利き仕様になっているぞ!」
「グリップとシャフトが華奢だ。女性仕様だな!」
「塗装が姫のイメージカラーのピンクで、公爵家のエンブレムか。実に魅力的じゃないか!」
プロ仕様か・・・ボクに使いこなせるんだろうか。でも、女神杯を目指すにあたって最高の武器をと心配りしてくれた公爵の気持ちが嬉しい。
「うわい!ランに最高のプレゼントです!お父様ありがとう」
ボクは人目もはばからず公爵の首に抱きついて頬ずりした。いかにも娘らしい愛らしい仕種に男どもからため息が漏れた。
「ランさん、お嫌でしょうけど殿方と踊ってください。お誘いが来たら決して断ってはいけませんからね」
ベルが耳元で指示をささやく。場内に3拍子の踊りのメロディが奏でられ始めたのだ。ほら、背の高い男が早速やって来た。
「姫様、是非一曲踊っていただけませんか?」
ボクは、これも公爵家姫君の公務だと割り切って、男の差し出した掌に手を重ねて踊り始めた。これを手始めにずっと誘われ続けたので踊りっぱなしだ。ちょっと候補者の青年貴族呼び過ぎじゃない?踊りの間中ボクを見つめる顔が目の前にあるので、男たちの自己紹介と自慢話にいかにも興味ある振りをして耳を傾けなければならない。これも相当苦痛だ。だって、ボクは男だぜ?同性に自慢話なんかされても、反発心は起きても「素敵だわ!」っていう気持ちにはならないもの。女装生活も長くなってハイヒールには慣れたけど、こうして次々休む間もなく踊るとさすがに足が痛くなってきた。
「姫様、一曲お願いできますか?」
「ええ、喜んで」
これで20人目かな・・・つま先の痛さに一瞬顔をしかめたけれど、直ぐに笑顔を作って誘いに応じた。ボクは手を引かれてまたダンスフロアに進む。曲が始まり足を斜め前に踏み出した時、つま先に痛みが走った。ボクは思わずかばって直ぐに足を引き寄せた。すると丁度相手の男の足の上だった。慌てて退こうとして今度はバランスを崩す。
「あ、危ない!」
その瞬間、倒れないように男がボクを抱きとめてくれた。男の顔が目の前にある。どこかで見たような・・・。瞬間、ボクの意思には一切関係なく心臓がバクバクいい始めた。
「あなたは・・・ユージン・・・様?」
「姫、覚えていてくださいましたか。光栄だなあ」
そう、この人は王室ゲオルフィールドで挨拶したリシュナ侯爵の息子だ!あの時ボクはこの青年貴族の爽やかな笑顔から目が離せなくなってしまったのだ。その時に感じた気持ち、それは恋心だった。男なのに、男に恋心を抱いてしまったことを思い出して、ボクは真っ赤になってしまった。
「ますますお綺麗になられましたね」
「そ、そんな。あの・・・そろそろお手を離していただけます?」
「おお、失礼を。姫に目を奪われてしまいましたもので」
「姫様、お御足を痛めてらっしゃるご様子ですので、あちらでお休みを」
ベルが直ぐに駆け寄ってきてボクを助け起こした。周りを見ると、いまのアクシデントで明らかにユージンに反感を抱いている視線だ。ボクは改めてユージンに礼を言ってから、ベルに支えられて壁際の席に座った。
「ランさん、大丈夫ですか?」
「爪先がジンジン痛むんだ。ボクもう踊れないよ」
「足じゃなくって、いまランさんを抱きとめていた方のことですよ」
「え?」
「あの方を見つめるランさんの目、ハートになっていましたよ」
「う、うそ・・・」
胸の奥の方で何かが熱く火照っている感じがする。ボクはユージンに恋心を抱き続けていたのだろうか?その時こちらを心配そうに見ているのユージンと目が合った。ドキッとした自分に気がついてボクは急に怖くなってきた。これじゃまるで好きな男の子と目が合ってしまった女の子みたいじゃないか・・・。
「ベル、ボク部屋に帰りたい」
「・・・そうですねえ。ランさんはパーティーの主役ですけど2時間踊り続けましたから・・・。いいですわ。リネア女官長に私から申し上げておきます」
ベルは傍を離れると、奥に知らせに行った。それを見てユージンが近づいてくる。ボクは再びドキドキし始めた自分に気がつく。ユージンが微笑むのを見て、ボクはまた目が離せなくなってしまった。
「姫、お御足は大丈夫でしたか?」
「え、ええ。まだ少し痛むのです」
「それはいけません。少しお相手の申し出が多すぎたみたいですね。私が遠慮すればよかった」
「い、いいえ!ユージン様にお誘いいただいて・・・ランは嬉しゅうございました」
「そうですか!今夜はタイミングが悪かったみたいです。改めてお誘いさせてください」
「!」
「ご迷惑ですか?びっくりされた様ですが」
「い、いいえ。あ、ありがとうございます。ランも・・・楽しみにしております」
「それはよかった!さあ、侍女さんがお迎えに来たようです。ではまた!」
ボクはベルに支えられて大広間を出ると自分の部屋に向かった。途中の廊下でベルが囁くように尋ねる。
「ランさん、本当に大丈夫ですか?」
「何も言わないで!ベル、ボク今、もの凄く混乱しているんだ」
何であんなことを言ってしまったのだろう?あれは明らかにデートの誘いだった・・・ボクは自分でも自分の気持ちが分からなくなっていた。