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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第2章 「ミニスカートプリンセス」
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第24話 レア先輩の卒業式

「ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・」


ボクは朝の日課で宮殿の敷地内に造られた1周1kmのトレイルを走っている。


「姫様、いまのラップ3分50秒です!・・・ハア・・・ハア」

ランスがボクに追走しながらラップを告げてくれる。ランスはボクの愛馬、花手鞠の馬丁だけれど体力に自信があると言うので、執事のジノンさんから姫様の運動中の護衛役をするよう命じられたのだ。ついでにトレーニングパートナーも兼ねるようになっていた。サンブランジュ島の野山を駆け回っていたと言うだけあって、この惑星の人間としては相当な健脚だ。


「ありがとう。あと2周ね!」


最初の頃は6分ペースがやっとだったけれど、朝夕5kmづつの走り込みを始めてから2カ月、今では全力でなら3分半を切れるようになっている。もともと地球の重力の2/3しかないのでストライドが稼げるのだ。ヴェーラ博士も言っていたけれど、ボクの筋力はこの惑星に来て1年たった今でも衰えていない。宇宙飛行士が無重力状態で長期間過ごすと筋力が落ちるのと同様、重力の軽い環境にいればボクの筋力も衰えるはずなのだ。理由は分からないけれど、女性化プロジェクトでハテロマ人の女性ホルモンを投与されたことによる副作用みたいなのだ。男性機能を失ってしまったけれど、地球人としての優位性を損なわず維持できていて良かった、ボクは前向きに考えることにした。


「よおし、クールダウン。今朝はここまで」

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・ハア・・・」

「大丈夫?無理しなくてもいいのに」

「いえ、・・・ハア・・・ハア・・・ご、護衛役ですから・・・ハア・・・ハア・・・それにしても姫様はめっぽう足が速いです」

「これなら痴漢に追いかけられても大丈夫?」

「ち、痴漢が陸上競技のランナーでなければ・・・ハア・・・ハア・・・大丈夫かと」

「ランス、何をくだらないこと言ってるの!」


ベルがボクたちにタオルを渡しながら言う。


「さあ、姫様。湯浴みをされてご朝食をとらないと学校に遅れてしまいますよ」

「うん。じゃあ、また夕方にね。ランスありがとう」


ボクはベルに連れられて宮殿へと戻る。


「ランさん。この勢いでいくと姫様は王国記録、いや世界記録も塗り替えるんじゃないかって宮殿の使用人たちが噂していますよ」

「へへえ。じゃあ、宰相閣下に言って種目を変えてもらおうか?」

「そうは参りませんよ。女神杯は別物ですから。苦節36年10大会振りの勝利をアビリタ王国にもたらせるかどうかの瀬戸際なんです。ヤーレにとってもどちらが先に100勝を達成できるかの重い大会なんですもの」

「プレッシャーだなあ・・・」





学校に着くと、正門が綺麗に飾りつけられていた。大きな立て看板には『宇宙暦12012年 王立女学院卒業式』と書かれている。そう、今日は3年生が卒業する日なのだ。


「それでは姫様、行ってらっしゃいませ。お帰りの時刻にこちらでお待ちしております」

「うん。そういえば今日は追っかけカメラマンいなかったね」

「はい。王室警備隊に保護を求めましたので」

「そうなんだ。でも護衛車の姿なんか見えなかったけど?」

「目に見える形ですと仰々しくなって威圧的な感じになりますから、姫様のリムジンが通るコースを通過直前だけ封鎖してもらったのです」

「それで一度も信号に引っかからずに来れたんだ。今朝はやけについているぞと思ったんだよね」

「では一日お元気で」





大講堂に在校生と先生方、父兄が列席する中、3年生が入場し卒業式は始まった。国家斉唱、校歌斉唱に続いて、ひとりひとりに卒業証書が手渡された。皆勤賞や成績優秀者への表彰が済み、女学院長の長い長い贈る言葉、来賓の長い長い挨拶があって、在校生代表の2年生が送辞を述べ終えた。


「“答辞。卒業生総代レア・ド・シモン”」


座りっぱなしで疲れてウトウトしていたボクは、聞きなれた明るく澄んだ声を聞いた瞬間ハッと我に返った。壇上でレア先輩がスピーチをしていた。卒業生のシンボルである白い花のコサージュが胸を飾り、亜麻色の長い髪が抜けるような白い肌を引きたてている。


「“こちらで過ごした日々、友人と語らった楽しい日々、悔しさ切なさに涙した日々もございました・・・”」


そうだった。ボクも途中編入だったけれど、ミーシャ、パメル、サリナの仲の良いクラスメイトが出来ているし、ゲオル部ではリュンキャプテン、シャペル先輩、シャーロ先輩たちがボクを大切な仲間としてくれている・・・そして、レア先輩も。


「“今日からわたくしたちは、それぞれの進路へと旅立ちます。ひとりひとり王立女学院を卒業したものとしての自覚をもって歩んで参りたいと存じます。先生方、ご父兄の皆さま、ご来賓の皆さま、これからも変わらず、若く至らぬわたくしたちをご指導くださいますようお願い申しあげます”」


盛大な拍手に送られて卒業生たちが大講堂を後にした。


「レア先輩!」


ボクは校庭で記念撮影を終えた卒業生たちの中に、レア先輩を見つけて駆け寄った。かつて姉妹の様だと言われた王立女学院で1、2を争うふたりの美少女が向き合ったのだ、そこだけポッカリ別の空間ができたみたいになった。


「・・・ランさん」

「ご卒業おめでとうございます。どうしてもレア先輩に直接お礼が言いたくて・・・」


ボクはためらいながらも、意を決してレア先輩の両手を握った。レア先輩が手を引っ込めなかったのでホッとした。


「・・・お礼なんて。何もして差し上げていませんわ」

「いいえ。レア先輩が導いてくださらなかったら今のボクはいません。ボクは女の子として半人前だから、王立女学院に転校してきたとき女の子の右も左も分からなかったのです。レア先輩を見習い真似ることでどうにか女の子になれたんです。そしてゲオルも・・・」

「ランさん。あなた、正直でとっても真っ直ぐな娘ですのね。やっぱり・・・・わたくし・・・そういうあなたが嫌いにはなれないんですわ・・・・わたくしも正直に言います。追出しコンペであなたに厳しく当たってしまいましたのは、それは半分は自分を奮い立たせるため、そして半分はあなたの才能に対しての嫉妬でした」

「レア先輩・・・」

「卒業したらゲオルは趣味にして、競技生活からお別れするつもりでした。でも、ランさん、あなたとの戦いで、もっと続けてみたい、いいえ、続けなければいけないと感じたのです。こんな素晴らしいライバルができたんですもの。ランさん、あなたが来るまでの2年半、わたくしは孤独な競技者でした。ランさんと出会い、ランさんと戦って、あなたとならもっともっと高いレベルを目指していける気がしているのです」

「レア先輩・・・ボクはこの惑星に来てからいつも孤独です。でもボクは・・・レア先輩のことを思うだけで・・・一緒にいるだけで・・・孤独じゃなく思えるんです。確かに公爵家の方々は優しくしてくださいますが・・・ボクは・・・どうしても・・・女の子になりきれないんです」


「ランさんあなた・・・心の中は男でらっしゃるの?」

「・・・はい・・・実は・・・どんなに女らしく着飾っても、可愛く綺麗にされても、心の中では『違う!違う!』って思っていてちっとも嬉しくないんです」

「そういうことでしたの・・・これまでランさんに感じていた不思議さの理由が分かった気がしますわ」

「こんな姿をしているくせに・・・ボク・・・気持ち悪いですか?」

「うふふ。そういう女の方って普通は男っぽい格好をするものですわ。なのにこんなに可愛いく女の子らしいなんて!女の格好をした男の子、よろしいんじゃありません?」


レア先輩はボクが握っていた両手を、ボクよりひとまわり大きな手で握り返しながら、いかにも愉快そうに言った。


「いいですわランさん。わたくし、あなたの心の中の殿方とお友達になります」

「え?」

「その上で、心の外の女のかたとは対等なライバルとしてお付き合いいただけるかしら?」

「つまり・・・その・・・レア先輩の前ではボク、男の子でいい?」

「ええ」

「そして・・・ゲオルで勝負するときには女同士のライバル?」

「ええ、そう」

「あ、ありがとうございます!ボク、レア先輩のよい弟分になれるように頑張ります!」


ボクは、思いがけない申し出に有頂天になってしまった。


「ラン、レア先輩と何をおしゃべりしていたの?」

「もう妹分じゃなくなったんでしょ?」

「やけに嬉しそうだったじゃん!」


ミーシャたちが早速確認に来た。美少女たちの近寄り難いオーラに皆、遠巻きで見ていたせいか周りの生徒たちにはレア先輩とボクの会話は聞こえていなかったようだ。


「うん。あのね、レア先輩がボクのこと弟分にしてくれるって!」

「弟分?」

「妹分から性転換しちゃったって訳?」

「何はともあれランとレア先輩のヨリが戻ったというわけ?」

「うん!」


ボクは嬉しそうに答えた。3年生の先輩方とは今日でお別れになったけれど、レア先輩とはこれからもずっと一緒に過ごすことができるのだ。





「へえ!ランさん、よろしゅうございましたね」


帰りのリムジンの中で今日の出来事を話すとベルも喜んでくれた。でも少し不服そうなのはなぜだろう?


「となると・・・レアお嬢様の前では男の子に戻るんですね?」

「そうだよ。好きな女の子と、男として会話するんだよ。なんだかドキドキしてきた」

「ランさん。国王陛下とのお約束はお分かりですよね?」

「え?ああミニスカート?」

「会話は男でも姿は女の子でなければなりませんよ。そのことをお忘れなく!」

「分かってるって」

「ランさんがデートされる時にはめいっぱい女らしく可愛くして差し上げないと」

「な、なんで?」

「レアお嬢様がランさんの美しさに嫉妬なさるようにですよ。ふっふっふ」


女の考えることって複雑だ。どうもベルの気持ちが分からない。





「ランや」

「はい、お父様」


夕食の時に公爵が言いだした。


「来週はいよいよランの誕生日じゃな。」

「はい。16歳になります」

「大切な姫の誕生日じゃ、盛大に祝おうと思う」

「もったいのうございます。お父様とふたりでお食事ができれば、それだけで十分幸せです」

「ランはこれからデビューする身じゃ。皆とも知己を得ておかなければならぬでな」

「デビューするときには知合いが必要ということですか?」

「そうじゃ。姫は誰かにエスコートしてもらわねばならぬでな」

「ええっ!男の知り合いが必要なんですか?」

「女が女にエスコートされては変じゃろ?なんじゃランは男が苦手か?」

「い、いいえ。そういう訳では・・・」

「では、盛大に姫の誕生会を開くことにいたそうではないか。ジノン!リネアともよく相談をして手配いたせ」


と言って公爵は侍従のジノンさんに命じた。女官頭のリネアさんにも指示が下りたので、ボクの誕生会は表と奥、公爵家全体を巻き込む一大イベントになったみたいだ。公爵の身内や友人の貴族を中心に、ボクのデビューの時のエスコート役を誰にするかの選考会の様相を呈してきた。


誕生会か・・・母さんに好きなごはんを作ってもらってケーキでお祝いすることはあったけれど、誕生会という形でやったのは・・・幼い頃、母さんが吉祥寺の家で開いてくれた幼稚園の友達を呼んだ誕生会のとき以来かも。年齢も異なるし今回は随分様子が違いそうだ。似ている点があるとすれば、幼稚園の時も今回もボクが女装させられているということかもしれない・・・。あの時は、年少組のボクを年長組の姉貴たちがオモチャにして、ボクの誕生会なのに無理やり女の子にされたんだっけ。そういえば、結婚相手だと指名された翔太君と無理やりキスをさせられたんだ・・・。あの頃からボクは女の子になる運命だったのだろうか・・・ボクには誕生会にいいイメージはないのだ。

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