第21話 ラン姫のご褒美
「ラン、これが褒美の馬じゃ」
「か、可愛いい!」
白毛の可愛い目をした馬が、耳をぴんと立て澄んだ瞳でボクを見つめていた。
「名前はなんていうの?」
「花手鞠じゃ」
手鞠とは名ばかりで、馬の背までの高さがボクより少し高い170cmくらいはある。地球でいえばサラブレットサイズか。これでもこの惑星では小型馬のポニーサイズなのだそうだ。
「姫君様のご乗馬にお相応しい牝馬にございます」
花手鞠のくつわをとっていた馬丁が言う。
「ランは乗馬は初めてであったな?」
「はい。乗れるかなあ」
「ランなら直ぐに乗れよう。まずは互いに馴れることからはじめてみよ」
「姫君様、まずはこちらにお越しを」
ボクは花手毬の瞳を見つめながら優しく鼻を撫ぜた。綺麗で優しい青い瞳だ。ポンポンと軽く首筋を叩くと嬉しそうに上下に頭を振った。既に鞍が装着されていたが、片側に張り出す形で足を支える鐙(あぶみ)も1つしかなかった。
「不思議な形の鞍なのね。片側しかないもの」
「これは女鞍じゃ」
「女鞍?」
公爵はヒョイとボクを抱きあげると、鞍の上に横座りに乗せてくれた。
「どうじゃ?これが女性が馬に乗るときの座り方なのだ」
確かにこの方法なら鞍に跨らなくても、両足を揃えて乗ることができる。鐙に外側の左足をしっかり固定し、右手で前鞍の突起をつかむと姿勢が安定した。
「これなら落ちないかも。でも、ランはミニスカートだから走ると風でめくれあがっちゃって恥ずかしいわ」
「そうであろうな。さすがに国王陛下もランが馬に乗るとは思っていなかったろう。予が侍従長を通して陛下にお伺いを立ててみよう」
翌日、素晴らしい朝日の中をボクと公爵は馬を並べて浜辺をトロットで走らせていた。王立スポーツ研究所で教えられた訳でもないのに、横座りの女乗りで乗馬ができてしまう自分が怖い。
「ラン、朝の風が心地よかろう?」
「ええ、とっても。花手鞠がよくランの言うことを聞いてくれるので楽しいの!」
ボクは隣を併走する公爵を見上げながら返事をした。公爵の愛馬は精悍な目をした牡馬で鞍まで2mを超える高さだった。
「やっといつもの笑顔になってくれたの」
「え?」
「アビリターレからこちらに来て、ランはいつもの笑顔ではなかった」
そうか・・・自分では気がついていなかったけれど、レア先輩への傷心とマリアナ姫の代わりになることの重みを引きずってしまっていたみたいだ。たとえ今ボクがマリアナ姫の代わりにはならないと宣言しても、何も良い結果は生まないし、女神杯まではどうにもならないことを自分でもよく理解しているのだ。いつか公爵に本当のことを話さなければならない時が来るだろうけど、それは今ではない。
そんな思いを振り切るように笑顔で応えた。
「お父様、心配掛けてごめんなさい。もう大丈夫だから」
「ランが元気をなくすと皆が心配する。お前は公爵家の太陽なのだから、いつもその輝くような笑顔を見せておくれ」
「はい!花手鞠もだけど、お父様がランの織ったマフラーをしてきて下さってとっても嬉しいの」
「おお、これか?とても肌触りがいいので気に行っているのじゃよ。何しろ愛娘の手織りだから他には代え難い予だけの宝物じゃ」
「うふふ。じゃあまた作ってあげるね。ところで国王陛下から許可を頂いたこの格好だけど、お父様は気にいってらして?」
ボクは自分の着ている衣装に目を落とした。膝上10cmのタイトな皮のミニスカート。中には同丈のスパッツをはいているので捲れても気にならない。上半身はゆったりしたドレープの袖のシフォンブラウス、足元はひざ下までの皮ブーツで固めている。
「とってもチャーミングじゃ。風をはらんでヒラヒラ揺れる女らしいシャツと、皮細工で固めたボーイッシュな下半身の組み合わせが、いかにもランらしくてよいのではないか?」
「ありがとう。ミニの下にスパッツを穿いてもよいことになったから、とっても動きやすいの」
「その代わり王都に帰ったら、国王陛下の前で馬術をご披露しなくちゃならなくなったがな」
「じゃあ、花手鞠をアビリターレに連れて行ってもいいの?」
「もちろんだとも。ランの愛馬だからの。輸送用の飛行車で運ぶよう手配しよう。それと、しばらく使っていない宮殿の厩も整備させないとな」
「わ~い!このコとってもランに懐いているんだもの」
と言ってボクは花手鞠の首筋に手を伸ばしてポンポンと軽く叩いた。
『ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャヴァワワ~ン!』
銅鑼の音が船内に響き渡る。ここは「プリンセスマリアナ号」の操舵室。全長90m、全幅15m、総トン数4000t、地上車や飛行車と同じ仕組みの超電導機関で動く大きな船体はここでコントロールしているのだ。
「姫様出港の準備が整いました。ご指示をお願いします」
船長が促す。
「本船を出港しサンブランジュ島を周回せよ!」
「総員に告ぐ。本船は出港しサンブランジュ島を周回する!姫様、どちら回りがよろしいですか?」
「えっと、キャプテンのお薦めで!」
「畏まりました。では姫様にお楽しみいただける航路で参ります。総員出港にかかれ!」
船はランチと錨を船上に引き上げると、汽笛を鳴らしながら湾外を目指して進み始めた。
ブリッジの大きな窓には冬離宮のある半島の緑と、真っ白な雲が水平線に浮かぶ空と海の青とが、鮮やかなコントラストを描いていた。
操舵室から自分の船室に降りるとベルたちが待ちかまえていた。
「さあて、姫様。無事出港いたしましたし、そろそろお召し変えをしていただきませんと」
「えっ?」
ボクはいま着ている、キャプテン帽と肩章のついた紺のブレザー、下半身は白いミニスカートとブーツ姿を鏡に映しながら言った。
「これでいいよ~ぉ。名誉キャプテンなんだもん」
「そうは参りません。船遊びでございますから、それなりのご衣装をお召しくださいませ」
「それなりって・・・どうゆう」
「これを着ていただきます!」
ベルたちがキッパリ声をそろえて出してきたのは水着だった。
「どうしてボクが水着になんなきゃいけないの?」
「姫様が水着姿で楽しまれることが重要なのでございます」
「『姫様が水着姿で』じゃなく『姫様の水着姿を』なんじゃないの?ボクが楽しむんじゃないでしょ、それ?」
「うっ」
「それにしても、この間より過激になってるんじゃない?」
「姫様お願いですからこれを着て見せてくださいませ!好きにしてよいと仰せだったではありませんか!」
「それは・・・そうだけど。ボク胸ないしお尻も小さいから、そんなブラジャーとひらひらが付いたパンツだけの水着を着せてもつまらないよ?」
「そんなことはございません!寄せて上げれば貧乳の姫様だって・・・」
「貧乳のって・・・・よ、寄せて上げるの?」
「ふふ。お任せくださりませ!」
手をワキワキ言わせながら近づいてきたベルたちに捕まり、結局ボクは着替えさせられてしまった。
「まあ!姫様なんてお綺麗なんでしょ」
「熱帯のお花の髪飾りもお似合いで、まるで人魚のようですわ!」
「胸の膨らみが強調されてとても女らしいですよ!」
ボクは鏡に映った自分の姿を見て驚いた。プロジェクトの効果で体形が女の子らしい感じになってきているとは思っていたけれど、ある程度の大きさで止まっていた乳房に、谷間ができていたのだ。ボクはちょっと感動してしまった。
「これって女のひとみたい・・・」
「うふふ、可笑しなことをおっしゃって。姫様は女性から見てもとっても女らしいんですよ。」
「姫様、嬉しいもんでございましょ?胸が大きいのって」
ボクが満更でもない表情なのを見て、片目をつぶりながらベルが言った。レーネとカーラが居る前では、ボクがいつもの様に言い返せないことを知っているのだ。ベルはボクが男だということを知っている。ボクが女性化で精神的に不安定になったときには心配してくれた。でも、ここのところの動きを見ると、ボクをどんどん女にしようとしていないだろうか・・・。ひょっとして本当の公爵家姫君にしてしまおうと考えているのでは・・・?でも、どんなに上手に姫君の振りをしたとしても、男である以上絶対にボクには世継ぎを産むことはできないのだが・・・。大体、別の惑星の人間が王家の血筋を継いでも問題はないのだろうか・・・?
ボクは不安を抱きながらも、ベルたちに追い立てられるようにして船室を出た。上甲板船尾のデッキに出ると3つの太陽が天頂に輝き、冬とは思えない亜熱帯の気候だった。頬をかすめる海風が心地よい。
「ランか。ほう・・・」
デッキチェアで本を読んでいた公爵が、ボクを見上げて言いかけたまま言葉が途切れた。
「読書のお邪魔をしてごめんなさい。これ、ベルたちがどうしても着なさいっていうから・・・」
「綺麗じゃ・・・とても綺麗じゃ」
「・・・恥ずかしくって」
「いや、見事じゃ。見事、は適切な表現ではないな。そう、とても女らしいぞ」
「あ、ありがとう・・・」
公爵に面と向かって言われボクは真っ赤にに上気してしまった。
「ランは顔だけでなく身体まで赤くなるのじゃな」
ボクはますます赤くなってしまった。ミニスカートで足を見られるのとは違って、胸元から覗く膨らみを見つめられていると思うと、今までとは違う別の恥ずかしさがこみ上げてきたのだ。
ボクは少しでも身体の線を隠そうと公爵の隣のデッキチェアに腰かけることにした。屈もうとした途端、足の付け根と胸元がさらけ出されてしまった。慌てて隠そうと手と腕とでバタバタしていると、そんな様子を興味深そうに見つめる公爵の視線を感じた。女の子って隠さなきゃいけないパーツがたくさん付いているので大変なのだ。
「名誉キャプテン、この船はどういう航路で進むのかね?」
「え?こ、航路ですか?えっとサンブランジュ島周回で、ら、ランを楽しませてくれるコースです」
「ははは。ちゃんとこの船の運航を把握しておったな。よし、褒美に姫のガイドは予がして進ぜよう」
船は既に湾の外に出ていた。西向きに進路をとると次第に速度を上げ、水上に船体を浮かび上がらせてコバルトブルーの水面を滑空しはじめた。飛行機並みの相当なスピードが出ているのだが、何か目に見えない防御壁があるのか、デッキ上では爽やかな海風を感じるだけだった。
「あちらに見える半島は星の岬と言って、最初にサンブランジュ島に入植した人々が降り立った所なのじゃよ。その向こうに見える綺麗な稜線がサンコルタ山じゃ。あの山の名の由来は・・・」
それからボクは、デッキからの素晴らしいサンブラジュ島の眺めを、公爵直々の観光ガイドで楽しませてもらった。あの不幸な事故以来の領地帰還で、公爵も久しぶりに見る島の風景に気持ちがたかぶっているみたいだった。行ったことはないけれどハワイやタヒチってこういう感じなんじゃないだろうか、ここは本当にいい島だと思った。