第20話 姫のお仕事、初めての水着
「“ランさん、いい加減に観念してここから出てらっしゃい!”」
ベルが扉越しにきつい口調で言う。
「いやだ。恥ずかしすぎるよ、これ」
「“そんなことありませんって。ランさんなら綺麗な白い肌が映えて妖精のように見えます”」
「そんなこと言ったって、人前でこんな姿になるなんて・・・」
ボクは化粧室の大鏡に映る自分の姿を見てため息をついた。ボクはいま、生まれて初めて女の子の水着を着せられているのだ。それもセパレートタイプでおへそ丸出しという奴。フリルのひらひらがついたトップと、ショーツの上に同布のミニスカートが付いているボトムになっている。もちろん色はピンクだ。ボクのイメージカラーだから・・・。
「“ランさん、よもや国王陛下のご命令をお忘れではないでしょうね?”」
「・・・分かってるよ」
「“だったら水着もミニじゃなくっちゃダメでしょ?”」
「ミニは仕方がないとしても、どうしてボクがへそを人前でさらさなきゃならないの?」
「“ランさんのナイスバディを見たら皆さん感激しますよ!”」
「ボク、感激させたくない・・・」
「“お客様だけではなく公爵様もお待ちなんです。ごちゃごちゃ言ってないで出てらっしゃい!”」
ボクはベルに手をひかれ、引きずられるようにして会場に入った。そこは冬離宮に隣接した海浜公園の、デッキプロムナードに設えられたパーティー会場だった。
「“ただいま姫君様が会場にご到着されました。おお、な・・・なんとお美しいことでしょう”」
司会者が場内にマイクで告げたもんだから一斉にボクに注目が集まる。水着の上に背ボタンのミニのワンピースを着せられているんだけど、これをここで脱ぐのだと思うとドキドキしてくる。それでも女性化プロジェクトでしっかり仕込まれている所為か、条件反射でニコッと笑顔を作ってしまう。そんな自分に悲しくなる。
「“それでは、公爵様と姫君様のご帰島を祝しまして、祝賀会を始めさせていただきます。まず最初に公爵様からお言葉を賜ります”」
司会の男が開会を告げた。喋り慣れているところを見ると地元の放送局のアナウンサーらしい。
「“ながらく無沙汰をした。皆には心配をかけたが、こうしてまた島に戻ることが叶った。あの不幸から3年、予は喪に服す日々を過ごしておったが、もう亡き妃と姫も許してくれよう。これからはまた、ともに島づくりに励もうぞ”」
うおお!と歓声と拍手が上がった。
「“さて、改めて皆に新しい公爵家の姫を紹介したい。ランこちらへ”」
公爵に呼ばれて、ボクはステージに上がった。スカートの裾から覗く太腿に集まる視線が痛い。
「“皆も知っていようが、国王陛下ご公認のミニスカートのプリンセス、地球から来たランじゃ”」
ボクは笑みを浮かべながらスカートの裾をつまみ、軽く膝を折って会釈した。一斉にフラッシュが焚かれる。相当の数の取材カメラが入っているみたいだ。
「“姫のことをよろしく頼む”」
公爵が挨拶を終えると万雷の拍手が湧いた。すると司会者が言った。
「“姫君様、恐れ入りますがそのままステージにお残りを願います”」
公爵に続いてステージから降りかけていたボクは、足を止めると司会者の方を振り返った。
「“姫君様。ミニスカートプリンセスのご貢献により、雪花綬勲章をお受けになったこと、誠におめでとうございます。そのご栄誉を共に喜び後々まで伝える為、領民一同でご受賞を記念する噴水プールを建設いたしました。それでは姫君様にプール開きをしていただきたいと存じます”」
ステージの袖から水着の、と言ってもひざ丈で身体の線が出ないフリルのついたワンピースなんだけど、女の人たちが出てきてステージの背景になっていた幔幕を一気に引き開けた。すると目の前には大理石の優雅な曲面で作られたプールが水を湛えていた。
「ランさん、お覚悟を!」
と言うや、いつの間にか傍にいたベルがワンピースのボタンを外して、ボクを水着姿にしてしまった。どっと歓声と拍手が起きた。
「“おお!なんとお美しい!これぞミニの水着!ミニスカートプリンセス、万歳!姫君様、万歳!”」
司会者も感極まってしまったみたいだ。フラッシュの数ももの凄い。これ全国に報道されてしまうんだ。パメルたちも大喜びするんだろうな・・・。
「“それでは姫君様、初泳ぎをお願いします!”」
司会者がようやく落ち着きを取り戻して次の段取りを思い出した。
「皆に見られている中でボクが一人で泳ぐの?ベル」
「それがご領主姫君のご公務です。ランさん、もうここまで来た以上はあきらめなさい」
有無を言わせぬ力のこもった目でボクを睨んでいる。口元の笑みがかえって恐怖を感じさせる。このままだとプールに突き落とされかねない。観念してボクがそろっと足から水に浸かると、プールのそこここから盛大に噴水が吹きあがり場内から歓声が上がった。
「姫様、この記事をご覧くださいませ!『美の女神、ラン姫水着を披露』ですって!」
「こちらもですよ。『ミニプリ旋風、サ島席巻』ですよ!」
「姫様のお美しさにあやかりたいという女性たちが続出しているんですって!」
「これから世間では姫様のことをミニプリってお呼びすることになるのかしら?」
ボクがベルに髪をブラッシングされている傍で、専属メイドのレーネとカーラが新聞各紙を手に昨日の出来事がどう論評されているか読み聞かせてくれている。ボクはちらっと横目でベルを睨む。
「姫様、何ですか?ベルにおっしゃりたいことでもあるんですか?」
手を休めることなく丁寧に髪を束ねながら、鏡に映ったボクの目を見つめてベルは言った。他のふたりがいる手前、今は姫君に対する言い回しだ。
「ベルのおかげでまた有名になっちゃった、と思ってさ」
「あら、昨日のはベルの所為ですか?姫様はご自分の魅力をお分かりになっていらっしゃらないんです」
「そうですわ!姫様のキュッとくびれた細いウェストを見た瞬間、私だってときめいてしまいましたもの」
レーナが胸の前で手を合わせて熱っぽく語る。そうなのだ、自分では気がついていなかったのだが、女性化が進んで腰のくびれがしっかり出来ていたのだ。以前なら腰に両手を当てる時には手で押さえてないとずり下がってきたけれど、今は軽く触れていても腰骨が支えてくれるので落ちてこない。胸は大きくないし、お尻だって小さいけれど、腰が細いので、ひとから見るとそれなりに良いスタイルになっているみたいなのだ。
「王都アビリターレで姫様の水着が大評判だそうですよ!『予約殺到でてんてこ舞い!まだ年も明けぬうちから早くも夏の水着作りに追われてます』ラン姫御用デザイナーのオスマル氏は語る、ですって」
あの野郎~ぉ!勝手にボクの御用デザイナーを名乗っている。ミニスカートを穿かされたのは仕方ないとしても、何もセパレート水着にする必要はないじゃないか。アイツ、どんどんボクの肌と身体の線を露出する方向でデザインを進めている。
「そのオスマルに依頼してご滞在用リゾートウェアを沢山用意して参ったのですよ。姫様は期末試験でお忙しくていらっしゃったので、ご覧いただく時間がありませんでしたけど、どれも素晴らしい仕上がりですよ。さあて、今日はどちらをお召しに・・・」
「もういい。どんなのでもベルたちの好きなようにして!」
ボクは無性に腹が立っていたので、すっかり投げやりになってしまった。それがどういう結果を招くことになるのか、よく考えなかったのだ。
「あら!可愛い~い!」
「素敵い~い!」
「姫様、とってもお似合いですわ」
「・・・・ボク、これでゲオルやるの?」
ボクは鏡の中の自分の姿を見て唖然としてしまった。確かにミニスカートを穿くのがボクに課せられた義務だから、3段ティアードの膝上30cmミニを穿かされるのは仕方がない。でも、大きなハートでデザインされたレース編みのノースリーブ・・・なんて言うんだこれ?・・・胸当て、かな・・・をどうして着なくちゃならないのだ?
「背中丸見えなんですけど・・・風邪ひいちゃうよ、ボク」
「大丈夫ですよ。今日はお天気もいいし、ポカポカ陽気ですもの」
「・・・そうじゃなくて、ちょっと肌を露出し過ぎなんじゃ?」
「とっても可愛いですよ!だから構わないんです」
「あ、そうだ!ボク、肌が弱いから日に焼けないよう注意されているんだった」
「ふっふっふ。ヴェーラ先生から姫様専用の日焼け止めクリームを頂いております!」
「ううっ・・・」
ベルたちは何としてもボクにこれを着せるつもりなのだ。こんなことに情熱を傾けて何が楽しいんだろうか。そういえば「ランさんで着せ替え遊びをしたくなるお気持ちは分かりますよ」ってベルが言っていたっけ。どうも女の気持ちは分からない。
「ナイスショット!あ、寄っていく・・・お父様すごい!」
公爵の第2打は鐘の傍にピッタリ寄った。
「これで勝負あったかな?」
にっこり笑いながら公爵は言った。既にボクの打った球はグリーン手前のバンカーにあって、鐘まで10mを残していたのだ。さすがにこのコースを知り尽くしているだけあって、公爵は思いもしなかったルートで鐘を捉えていく。グリーンまで歩く途中、次の手を考えながらボクも言い返す。
「ううん、まだまだ。勝負は下駄を履くまで分からないっていうから」
「おほっ、ランは意地っ張りであるな。そこがまた可愛いくもあるのだが」
「ねえ、勝ったらご褒美に何を下さるおつもり?」
「それは秘密だ。教えてしまっては詰らないだろ?」
「でも、お父様が圧倒的に有利なんだもん。ランに勝ち目はないでしょ?貰えそうもないものなら、先に教えて下さってもいいじゃない?」
「そうであるな。愛娘のたっての願いとなれば致し方なしか。よし、教えてやろう。馬じゃ」
「お馬?」
「そう。ランにぴったりの小型の馬だ。大きい馬では乗りこなせないだろう?」
「うわ~い!俄然やる気が出てきちゃった!」
「おいおい。それを、直接鐘に当てる気か?」
ボクはゴールである鐘の位置を確かめてバンカーに降りると、しっかり砂を踏みしめてスタンスを固めた。急速に回転音が高まるとソードラケットが白く輝き始め、球を砂ごと弾き飛ばす厚めのソール形状に変化する。ボクは振りかぶってコンパクトに振り下すと、砂と一緒に弾き出された球の行方を追った。
「いけ~!そのまま当たっちゃえ!」
「これはラインに乗っている!」
次の瞬間『キーン!』と高く澄んだ音が響き渡った。この後、公爵も短いパットを決めたので結局、最終ホール『夏至』まで戦ったが決着はつかなかった。
「ラン、やるではないか。予も決着がつくまでやりたいところだが、そろそろ疲れが出て参った。今回は引き分けとしよう」
「ええっ?じゃあご褒美はどうなるの?」
「引き分けということは両者ともに勝ったとも言えよう。よし、ランに褒美をやろう」
「うわい!お父様ありがとう」
と言ってボクは公爵に抱きついた。身長162cmのボクが210cmの公爵に抱きつくのだから、どうにか公爵の足にしがみついている感じで、まるで木にとまった蝉みたいだった。でも、見下ろしている公爵の目は嬉しそうに細められていた。
「冬離宮のゲオルフィールドは初めての人には難し過ぎです!」
「あはは。今日は相当に参ったみたいだな。予にとっては幼い頃から遊んできた庭みたいなものであるからな」
公爵とボクは夕食をとりながら今日のラウンドを話題に盛り上がっていた。食後のデザートとお茶になったところで、ボクは包み紙とリボンでラッピングしたプレゼントを取り出した。
「あのね、ランからもお父様にご褒美をあげるわ」
「ほう?ランが予に褒美をくれるのか?開けていいのか?」
公爵はとっても大事なものを扱うようにそっとリボンを解いた。
「おお!サンブランジュ公爵家の紋章が織り込まれたマフラーじゃないか!」
喜んでいる公爵を見て、ボクも嬉しくなった。傍に控えていた公爵の侍従のジノンさんが珍しく会話に割り込んできた。
「公爵様。その御品は姫様のお手作りにございますぞ。姫様の機を織る見事なお手際に、侍女たちもそれはそれは感心しておりましたそうで」
「ランにこの様な才能があったとは知らなかった。再び娘から手作りの品を貰える日がこようとは・・・ありがとう」
ボクを見つめる公爵の瞳に光るものがあった。