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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第2章 「ミニスカートプリンセス」
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第19話 公爵領、姫の冬休み

「それでは期末試験の結果を発表します」

校舎のエントランスホールの壁に先生たちが大きな紙を貼り出した。一斉に生徒たちが取り囲み自分の名前を探し始める。


「あ!あった・・・」

「ラン、初めての期末試験どうだった?」

「うん。101番」

「地球から来たコにしてはやるじゃないの」


ミーシャに褒められて少しほっとした。王立女学院は1学年6クラス240人。2学期に編入してきたボクの実力は「中の上」だった。

試験は全教科が対象で実技まである。範囲も広くて知識だけでは通用しない試験のため、直前に暗記する試験対策だけでは点を稼ぐことができない仕組みになっているのだ。そういう意味では何が身についたかを試される本当の実力試験だった。


「ランは裁縫が上手だし、料理も先生褒めてたよね。それに体育ではトップクラスだったし」

「ミーシャ。それって『ランは筆記試験はダメだったろうけど』って言っているよね?」

「その通りじゃないの」

「うう・・・はっきり言われてしまった」


ボクが落ち込んでいると、パメルとサリナも試験結果を見にやって来た。


「102番か。ま、定位置だわな。えーと・・・ランは101番。うぎゃ、負けてしまった!」

「パメル、ボクが勝っちゃいけないの?」

「ほっ。98番よ。勉強しといてよかったわ」

「サリナもボクには負けられないって思っていたの?」

「そりゃそうよ。他の惑星から来たばかりのコに負けられないじゃない」

「ランは勉強できないくせに実技だけは得意なんだもの」

「家庭科の先生が言っていたけど『今すぐにでもお嫁に行ける生徒はランさんだけね』って」

「せめて勉強で勝たないと女としてのプライドが許さないのよ」

「ボク、お嫁になんか行かないもん・・・」


そうなのだ。ハテロマの文字は読み書きできるようになったけれど、それを使って数学や物理などの教科を勉強するとなると、まだまだキツイ。外国語で授業を受ける留学生のようなものかもしれない。ヒムス家でラマーダ母さんに仕込まれた家庭科と、王立スポーツ研究所で叩きこまれた花嫁修業がここに来て相当に役にたっていたのだ。


教室に戻るときに3年生の試験結果の前を通った。見ると最初のところに「1番 レア・ド・シモン」とあった。


「やっぱりレア先輩がトップだ」

「すごいよねえ。学年主席で、生徒会長にしてゲオル部のエース選手だもの」

「妹のランとしては鼻が高い・・・どうしたの?涙目になっているよ?」

「もう・・・ボク、レア先輩の妹じゃなくなったんだ・・・ングッ」

「えええっ!」


当然のことながらこの後、三人娘から根掘り葉掘り厳しく尋問されて、すっかり自白させられたのだった。





「皆さん、冬休みの間もはめを外さず、王立女学院の生徒として恥ずかしくない休暇を過ごしてください。それでは今日はここまで」

担任のソーマ先生が挨拶で締めて今学期は終了した。


「ランは冬休みどうするの?」

「うん。お父様と田舎に帰るんだ」

「ランの家の田舎っていうと・・・サンブランジュ島かぁ!」

「いいなあ!冬でも泳げるんだってね?」

「うん。温暖でいい所らしいんだ。ベルがボクの水着をどんなのにしようかって張り切ってるよ」

「ミニのプリンセスの水着姿かあ。私も見たいなあ」

「や、やめてよ。この制服だって十分恥ずかしいんだから」

「パメル、心配いらないって。ランのことは放っておいてもニュースになるんだから」

「そっか!そうだよね。じゃあ楽しみに待っていようっと」





冬休みに入った最初の日、ボクは機織りをすることにした。ラマーダ母さんに教えられたやり方を思いだすまで少し手間取ったけど、始めてみるとどんどん織り上がる。身体で覚えていたみたいだ。


「へえ、ランさんって意外と器用なんですねえ」

ベルが感嘆して言う。


「本当は糸から染めると好みの色になるんだよね」

「染色もできるんですか?」

「うん。紡いで糸にするのだってできるよ」

「・・・ランさん。キミ冗談ぬきでいいお嫁さんになれますよ」

「それ、あんまり嬉しくない」

ボクは色糸を並べて出来上がりの模様をイメージしながら、少しづつ織り出していき、一枚の布に仕上げていった。





「ラン。あれがサンブランジュ島じゃ」

公爵が指差した先を見ると、窓の外に広がる青い海の向こうに真っ白に輝く高峰が見えた。公爵家の専用飛行車に乗って2時間、いまはアビリタ大陸とサンブランジュ島を隔てる海峡上空を飛んでいるのだ。


「美しいお山ね」

ボクは応える。まだ恥ずかしいんだけど、公爵の前では亡くなったマリアナ姫の代わりでいようと思って、できる限り娘らしい喋り方と立ち居振る舞いをしているのだ。


「ああ。サンブランジュ山は島の盟主だからな。ここからは見えないが、あの山の向こう側にはサンコルタ山とサンレナート山という稜線の見事な山があるのじゃ」

「サンブランジュ山にお父様は登ったことあるの?」

「さすがに頂上までは登っていない。何しろ空気が薄く気温も低いのじゃ、宇宙服を着て行かなければならんからな」


そうか!重力が少ないということは空気の層も薄いということなんだ!5000mもの高さになると殆ど宇宙空間に近いのかも。ボクはここが地球とは違う世界であることを改めて認識した。


「姫様、何か温かい飲み物はいかがですか?」

ボクがそんな高々度の世界に思いを巡らせて、思わずぶるっと身震いしたのを見てベルが心配してくれた。


「ありがとう、ベル。心配しちゃった?ボクは大丈夫だからね」

「ベル、お前はランの心の中まで読めるのか?」

不思議そうにそのやり取りを見ながら公爵が言った。


「お傍に仕えておりますと姫様のお顔を見ているだけでも、どんなお気持ちなのか伝わってくるのです。公爵様」

「そうであったか。ベル、これからも姫のことを頼むぞ」

「もったいないお言葉。姫様がいつもお幸せであるよう仕えるのが私の役目ですから」

ベルは慌てて膝を折ると公爵にお辞儀をした。





「公爵様万歳!姫君様万歳!」

タラップに降り立つと、離着陸場の広場を取り囲んだ群衆からもの凄い歓声が上がった。人の波と大歓声にびっくりしてボクは一瞬たじろいでしまった。


「姫様、お手をお振りになって」

ベルが耳元で囁く。我に返ったボクは、笑顔を作りながら可愛く見えるよう胸元で小さく手を振った。


「おお!なんてお可愛らしい」

「マリアナ姫様に生き写しだ!」

「公爵様も笑顔を浮かべておられるぞ!」

「再びこのような日が訪れようとは・・・長生きはするものじゃ」

「おお!お出迎えの馬車が到着したぞ」

「公爵様の馬車が島を走るのは何年振りじゃろう」


目の前に現れた巨大な馬車にボクは圧倒されてしまった。何しろでかいのだ。吉祥寺の自宅くらいあるんじゃないだろうか。それを牽く馬もでかい。白馬で6頭とも優しい目をしているのだが、地面から頭のてっぺんまで3mはある。ポカンと口を開けて見上げていると、突然ボクの身体が宙に浮いた。公爵が両脇を抱えてそっとボクを馬車の中に下ろしてくれた。


「ランの背丈では、乗降用の踏み板まで足が届かないじゃろ?」

「届くもん。スカートが短いから下着が見えちゃうのでためらっていただけだもん」

「あはは。意地っ張りだな、ランは」

「でも、嬉しかった。ありがとう、お父様」


思えば公爵とボクも随分打ち解けたものだ。宮殿に来たばかりの頃は、無愛想で気難しくてニコリともしなかったのに、今ではこうして抱き上げてくれたり、ボクとのやり取りを面白がって声をたてて笑ってくれるようになったのだから。そんな父娘の様子を、人々が微笑ましそうに見ていた。

馬車行列が出発すると、再び歓声があがったので、ボクは窓から顔を出して沿道に向かって手を振って応えた。それにしてもすごい人出だ。領主だからということもあるのだろうけれど、公爵の地元での人気の凄さに驚かされた。





「ラン、あれが冬離宮じゃ」

公爵に言われて窓の外を見ると、湾の向こう側の突き出た岬に白亜の宮殿があった。コバルトブルーの空をバックに白さが際立っている。王都アビリターレの本宮殿とは違って、空に高くそびえるのではなく、敷地の斜面を活用して広く館が展開していた。


「わあ、綺麗!」

「そうだろう?ここから湾越しに見る冬離宮が一番いい姿なのじゃ。この景色をランに見せたくてな」

「うふふ。お父様、ありがとう」


まだ失恋の、と言っても片思いのひとり相撲だったわけだけど、傷心が完全には癒えてはいなかっただけに、ボクは公爵の気遣いがとても嬉しく心地よかった。


「あそこに停泊している船がみえるか?あれがうちのプリンセスマリアナ号じゃ」

「え?あれがお父様の船?・・・ヨットって言うから、てっきり・・・」


湾内に大きな客船が停泊しているのには気がついていたけれど、まさかあれが公爵家の“ヨット”だったとは!ヨットといえば帆走する小さな船をイメージするけれど、地球でも英国王室はじめ王室所有の大きな船のことも、確かヨットって言っていたっけ。それにしても真っ白な船体にピンクのラインがルージュを引くように描かれていて、実に優雅だ。ピンクのラインといい、船名といい、きっと亡くなったマリアナ姫の誕生を記念して建造されたのだろう。


「あの船の名誉船長はラン、お前なのだよ」

「ええ?ランが名誉・・・船長に?」

「そうとも。亡くなった姫の跡を継ぐのはランなのだからな」


ボクはマリアナ姫の代わりを務めよう、公爵の良い娘になろうと努力してきた。だからドレスもリムジンもイメージカラーも、ボク自信の好みには目をつぶって、言われるがまま、されるがままに身に着けたりしてきたのだ。だからマリアナ姫の跡継ぎとされるのは仕方ないとは思う。でも、このまま進んでいくと姫の役目として継ぐものが増えて行くことになり、地球に帰る段になって退っぴきならない状況になるのではないだろうか。


「・・・あの。お父様、ひとつ聞いてもいい?」

「なんだ?改まって」


ボクはいままで公爵に訊けなかったことを、この機会に質問してみようと思った。


「お父様は、亡くなったマリアナ姫様とランは似ているとお思い?」

「・・・そうよの。ラン、お前が予の前に現れたとき、その声を聞いたとき、マリアナがこの世に戻って来てくれたのかと、喜びと神に対する畏れとで心臓が止まりそうだったのじゃよ」

「そう・・・。セナーニ宰相閣下はお父様に、ランのことを何と言ってご説明をなさって?」

「セナーニが予に言ったことは『地球からゲオルの女神が再来した、これで女神杯に勝利できる』『次回女神杯まで預かってもらいたい』『会えば公爵もきっと喜ぶはず』の3点だった」

「じゃあ・・・ランと宰相閣下とのお約束については、お聞きになっていないのね?」

「それは聞いていない。おや?ラン、何か心配ごとがあるのか?なんでも予に相談なさい」


やはりセナーニ宰相は公爵に何も言っていなかったのだ。確かに“女神杯まで”預かってほしい、とは言っているが、“女神杯が終わったら地球に帰す”とは言っていないのだ。もし知っていたとして、公爵はそれを承知でボクのことを養女にしたりするだろうか?亡きマリアナ姫の、部屋やドレスや公爵家伝来の宝飾やリムジン、そしてヨットまで与えただろうか?


車窓から風光明媚なサンブランジュ島の景色を眺めながら、ボクはひどく当惑していた。



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