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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第2章 「ミニスカートプリンセス」
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第18話 女の子って、むずかしい

ボクは悲しかった。頬を伝う涙をぬぐうのも忘れて泣き続けていた。

鏡の中では髪の長い綺麗な女の子が、目を真っ赤に泣き腫らして悲しげに肩を震わせていたが、見た目とは違って実際は、好きな女の子に振られてしまった男の子なのだ。心の中は男でも、女性化が進んだ所為なのか、ボクは溢れてくる涙をどうすることもできなかった。


「“ランさん、聞こえてます?ひとりで閉じこもらずベルにも何があったかお話しください!”」

心配そうにベルが扉の外から話しかける。ボクは追出しコンペが終わると着替えもせず、荷物をまとめるや部室を飛び出し、直ぐに迎えのリムジンに乗って宮殿に帰ってきた。レア先輩から決別を宣言されて呆然としていたのだが、部屋に戻ると急に悲しみがこみ上げてきた。嗚咽が止まらなくなり、ボクは慌てて化粧室に飛び込んだのだ。


「“ランさんがそんなに悲しむなんて・・・ミニスカートの制服を着て行って学校で何か嫌な思いをなさったんですか?”」

「ちがう・・・ヒック」

「“じゃあ、ゲオルで試合に負けてしまった?”」

「そんなんじゃない・・・ングッ」

「“ね、いいコだからここを開けてください”」

ボクは鍵を開けると、そっと扉の隙間から顔をのぞかせた。


「ほら、そんなに目を泣き腫らして。可愛いお顔が台無しですよ」

と言いながらベルがハンカチで涙を拭きとってくれた。ボクは堪らなくなってベルの胸に飛び込んだ。ベルは黙ってボクを抱きしめると優しく頭を撫でてくれた。


「とても悲しいことがあったのですね」

「ングッ・・・あのね・・・ボク・・・ボク・・・うっウエーン・・・」

「何も言わなくていいのですよ。いまは気持ちが晴れるまで思いっきりお泣きなさい」

ベルの胸に顔をうずめてボクは泣き続けた。





「姫様。もうお加減はよろしいので?」

公爵家の家政を預かる女官長のリネアさんがボクの顔を覗き込みながら心配そうに尋ねた。まだ目は赤く腫れぼったいし、唇は血の気が薄く、顔色も良くないみたいだ。

昨晩はベルに慰められながら眠ってしまった。「姫様はご気分がすぐれないので今晩はこのままお休みいただく」とベルが言ってくれていたようだが、夕食の席に出なかったことを心配しているのだ。


「公爵様もご心配されておいででしたよ」

公務がないときには公爵とボクは一緒に夕食をとることにしている。近頃は公爵もそれを楽しみにしている様子で、その日あった出来事をボクが話すのを興味深そうに聞いてくれるのだ。


「心配かけてごめんなさい。昨日は少し気分が落ち込んでしまうことがあったの。でも、今は・・・大丈夫だから」

「姫様がお心を痛められる事件があった!これは公爵家にとって一大事です」

「あ、いや、そういう様な話じゃないから」

「いいえ!公爵様はもち論、お仕えする私どもも皆、姫様のお味方、いえ、ファンなのです。姫様の輝くような笑顔、弾んだお声に日々どれほど癒されていることでしょう。いまや姫様のお顔が曇っただけで、宮殿中が暗闇に包まれてしまうのですよ」

「・・・大げさだなあ」

「いいえ!大げさではございません。姫様の悲しみは公爵家全体の悲しみなのでございますよ」

「そんなあ・・・」

「女官頭。姫様も今朝は随分ご回復されたようです。今日は休日ですし、姫様にゆっくりご休息いただくことがなによりかと。まずは侍女であるベルにお任せを」


と言ってベルがリネアさんの追求の矛先をかわしてくれたのでその場は助かった。





「さてとランさん。そろそろ何があったかお話しいただけますか?」

リネアさんが部屋を出て行った後、テラスの籐椅子でボクの好きなハーブティーを勧めながらベルが尋ねた。このハーブはカモミールに少しミントを足した様な香りで、飲むととても気分がリラックスするんだ。


「ベル。ボク、前に好きな子ができたって言ったことがあったよね?」

「ええ。ランさんより年上のお嬢様でしたね」

「うん・・・ボク、その子に失恋しちゃったんだ」

宮殿を取り囲む鬱蒼とした森を眺めながら、ボクはポツリと言った。


「・・・そうでしたか。お相手のお嬢様は、もうランさんとはお会いにならないと仰せで?」

「うん。もう妹分じゃない、これからはライバルだって」

「あら?あらあらあら?妹分ですか?・・・そうか。それはそうですよね。ランさんはいま女の子なんですものねぇ」

「何が言いたいの?ベル」

「いえね、お相手のお嬢様はランさんのことを、年下の仲の良いお友達と思われていたのかなと。ランさんがお好きなのと、そのお嬢様がお好きなのとでは、少し意味あいが違うのではありません?」

「ボクはその子と一緒にいるだけで胸がドキドキときめくんだよ?」

「そうですわね。ランさんは異性に恋しているんですもの。でも、そのお嬢様から見るとランさんは年下の同性。同性に恋愛感情をもつこともありますが、ランさんに対しては、きっとそういう感情ではなかったのでしょうね」


ボクは、このランちゃんカットと評判の髪型や、服の組み合わせと化粧の仕方を考えてくれたときのレア先輩のことを思い浮かべた。


「その子はボクのことを『お人形さんみたい』と言ってどんどん可愛くしちゃったんだ・・・」

「ランさんはとてもお美しくて可愛らしいんですもの。ランさんで着せ替え遊びをしたくなるそのお嬢様のお気持ちはベルにも分かりますよ」

「ボクは幼い頃、よく姉のママゴト遊びに巻き込まれてオモチャにされたけど、女の子がどうして人形遊びに夢中になるのか全く分からなかったよ」

「うふふ。女性ってね、小さな女の子の時から母性を持っているんですよ。ランさんはやっぱり男の子ね。ベルは少し安心しましたよ」

「・・・じゃあ、ボクの片思いだったの?」

「そうですねぇ。そのお嬢様は年上のお友達として、小さくて可愛いランさんを保護したい、守ってあげたいと思っていたのでしょうね」


そうか。だからボクがレア先輩の技と攻略法をマスターした追いついた、と思った瞬間、保護の対象からライバルになってしまったんだ・・・。ボクは追い出しコンペ決勝マッチで、何が起こったのかようやく理解できた気がした。


「ベル。女の子は一度ライバルになると、もうそのコとは友達ではいられないものなの?」

「ライバルになる、ということは相手の方の実力を自分と対等と認めた、ということですね。対等なもの同士、お互いに切磋琢磨しあう新しい関係になれば、これまでとは違う友情が生まれるかもしれませんね」

「・・・そうか。そうだよね。・・・でも、大好きでドキドキしちゃう様な女の子と全力で戦うことができるかなあ・・・ボク」

「うふふ。大丈夫ですよ。ランさんがどんなに男気を出して見せても、そのお嬢様から見れば小さくて可愛い女の子のランさんでしかないんですから」

「・・・そうなんだよね。今のボクはミニスカートをこの世界ではくただ一人の女の子でしかないんだよね」


ボクは抜けるように白い素肌の、細くて華奢な自分の手足を、改めて見まわして嘆息した。ミニスカートを強制的に穿かされるようになってから、特に気を配らなくても内股になっているし、階段や坂道の上り下り、それに屈む時にもお尻と股の隙間を自然に隠す仕草が出るようになっちゃったんだよね。学校でも皆から「近頃女っぽくなったんじゃない?」って言われるようになってしまった。

こうしてボクの一方的な恋愛は、一方的な失恋で終わったのだった。





「ラン。新年は冬離宮で迎えることにしよう」

夕食のとき、突然公爵が言い出した。食堂の壁際で控える執事たちから静かなざわめきが起きた。お互いに顔を見合わせている。


「お父様?その・・・冬離宮って何ですか?」

「おお、そうであった。ランはまだわが公爵家の領地を知らないのであったな」


ボクが養女になっているサンブランジュ公爵家は、前国王の弟君を初代として立てられた王家一門の公爵家だ。設立の時に王領からサンブランジュ島を賜り、それを公爵家の姓としている。

サンブランジュ島は、アビリタ大陸から海峡を隔てた周囲800kmもある大きな島だ。島には休火山が3つあって最高峰のサンブランジュ山は5000mを超える。暖かい海流のおかげで平野部の気候は温暖だが、山の上は万年雪を頂き真っ白に輝いている。

公爵家には王都アビリターレの宮殿のほかに、所領であるサンブランジュ島内に高原の夏離宮と海辺の冬離宮があった。


「というわけだ。久しぶりに暖かな冬離宮で新年を迎えようと思ってな。ランにもわが公爵家の領地をゆっくり案内してやりたいしな」

公爵はお妃様と姫様をいっぺんに失うご不幸に遭ってから、その後一度もサンブランジュ島に戻ったことはないのだそうだ。それは亡くなったお二人が夏離宮から首都アビリターレに戻る途中その悲しいご不幸に遭遇したからであり、その悲劇を思い出してしまうことになる離宮には行こうとはしなかったのだ。臣下の人たちにも帰郷を勧めることのないよう申し渡してあったのだそうだ。


それが今回、公爵自らサンブランジュ島に避寒に行くと言い出したものだから、皆びっくりしてしまったのだ。王立女学院で何かがあってボクが深く傷つきひどく落ち込んでいる、ということをリネアさんたちから聞いて、きっと公爵なりにボクの冬休みの過ごし方を気遣ってくれたのだろう。


「嬉しい!冬離宮での楽しみって?どんなことをして遊べるの?」

ボクは自分の気持ちを引きたてるように、できるだけ明るい声で言った。


「そうだな、うちのヨットで船遊びができる。離宮の沖合は豊かな漁場だから新鮮で旨い魚料理を食せよう。それから浜辺で馬を疾らせたり、海や川で水遊びもできよう。もちろんオマエの好きなゲオルもな」

「楽しそう!そうだお父様、またランとゲオルをしてくださいます?」

「あはは、もちろんだとも。飛距離では敵わなくとも、離宮のゲオルフィールドは知り尽くしておるからいい勝負になろう」

「うわーい!じゃあ、もしランが勝ったら何かご褒美を考えてね!」

「よし考えておこう。その代わり予が勝ったらランから褒美をもらうぞ?」

「うーん、予もなんか考えておくぅ」

「あははは!ランから褒美がもらえるのなら頑張らんとな」

執事たちもやり取りを聞いて笑っている。





「冬離宮で公爵様とゲオルで勝負されることになったそうで」

部屋に戻ると早速ベルが尋ねてきた。


「そうなんだ。負けたらボクがお父様にご褒美を出すことになっちゃったんだ」

「うふふ。執事たちも公爵様とランさんのやり取りを面白がっていましたよ」

「ねえベル。ボクに用意できるご褒美って何かあるかなあ?」

「そうですねえ、殿方が女性から貰って嬉しいものと言ったら手作りの品でしょうか」

「手作りの品・・・そうだ、いいこと思いついた!ベルも協力してくれる?」

「いいですとも。でも、ランさんって手芸とかできるんですか?」

「筋がいいって言われたんだぞ、ボク」

「じゃあ、お手並み拝見ですね。必要な材料や道具はご手配しますから。さあて、忙しくなりますわ。レーネとカーラに言って離宮に行く仕度も始めないと。あちらでお過ごしの時にランさんの着る服や水着もご用意しませんとね」

「み、水着?」

「そりゃそうですよ。気候温暖で冬でも泳げるそうですから」

「って言うか、ボクの水着って・・・」

「そりゃもちろん可愛い女性用の水着ですよ。国王陛下のご命令ですからミニスカートのイメージでデザインしてもらわないといけませんね。うふふ。ご領地に行くのは私も初めてなので、なんだかとっても楽しみになってきました」


と言いながらベルは、いそいそと必要なものの書き出しを始めた。

久々の“公爵様お国入り”は宮殿中を活気づかせていた。領地の方でも世間で評判の“ミニの姫君のお国入り”に期待が膨らんでいるみたいだった。

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