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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第2章 「ミニスカートプリンセス」
19/110

第17話 追出しコンペ(後編)

『パシーッ!』

レア先輩の打球は軽く右に旋回しながら正確にコースに沿って飛んでいき、フェアウェイのセンターに止まった。


「ナイスショット!レア」

「レアさん、お見事です!」

3年の先輩方を中心に観戦している部員たちから一斉に拍手と歓声が上がる。いよいよ追出しコンペ最後の一戦、決勝マッチが始まった。


「ラン。姉妹対決だからと言って“お姉さま”に遠慮はいらんぞ」

キャプテンから声が掛かる。どっと部員たちが沸いた。日頃からキャプテンはボクのことを“レアの金魚のフン”と言っているからだ。顧問のソーマ先生も笑っている。


「はい、キャプテン。レア先輩にしっかり付いて行きます」

と言ってやった。部員たちは大笑いだ。そんな中でソードラケットを構えると、ボクは力まずに振り抜いた。

『パシーッ!』

ボクの打球も軽く右に旋回しながらレア先輩の打球を追うように飛んで行く。

「うふふ。ランさんたら!」

レア先輩がボクの球筋を見ながら面白そうに笑って、スイングで乱れたボクのリボンを綺麗に整えてくれた。


第1打の落下地点に行ってみると、レア先輩と並ぶように、それでもちょっとだけ前方にボクの球があった。

「ラン。球筋もだけど落下地点まで一緒だなんて、オマエほんとレアのこと慕っているんだな」


ゴールの鐘からみて遠い方からということで、第2打もレア先輩が先に打った。

左サイドの池を避けるようにコースに沿って左旋回しながら、グリーン手前に落ちた球は花道を転がると鐘に真っ直ぐ向かって行った。鐘の手前1mに付けた。


「おお!さすがレア」

「さっきが右旋回なら今度は左旋回。思い通りに打ち分けるなんて凄すぎ」

「なんてお上手なのかしら」

拍手が沸く。


ボクはスタンスをクロス気味にとって構えると第2打を打った。今度もレア先輩の打った球筋と同一線上、同一高度を飛んでいくと、ほぼ同じ場所でバウンドし花道を転がるとレア先輩の球をかすめてピン手前80cmで止まった。どっと歓声が上がる。


「すごい!ランがまたレアにピッタリ付いて行ったよ」

「ホントに金魚のフンだな、こりゃ」

「これって・・・ひょっとして狙ってやっているんじゃ?」

「え?それはいくらランでも無理だろ」


1ホール目『立春』は次の第3打でふたりとも鐘に当てたので引き分けとなった。





2ホール目は『春分』、全長130m。距離は短いが周囲を高い森に囲まれていて少しでも曲げると大トラブルになる。

更にここを難しくしているのが両側から大きく張りだした枝だ。スタート地点のティーグラウンドから、間近にゴールの鐘は見えるのだが、クモの巣の様に入り組んだ枝が邪魔なので、限られた隙間を通さなければならないのだ。


レア先輩は、低目の弾道で針の穴に糸を通すように、巧みに枝と枝の間の隙間を抜いてグリーン手前から頃がして鐘の横2mに付けた。


「おお!素晴らしい!」

「いつ見てもここ『春分』のレアのショットは正確無比だわ」

「ランは今度もレアさんに付いていくつもりかな?」

「なにせ金魚のフンだものね」


部員たちが興味津々で見ている。ボクはティーグラウンドで、レア先輩と全く同じ場所に球をセットした。ゲオルの球はゴルフボールよりひと回り大きい金属球だ。今日のレア先輩は白い球、ボクはピンク。イメージカラーなのだからこれにしなさいと言われて嫌々ピンクの球を使っている。


ボクが構えると、観戦している部員たちのお喋りが止んだ。ソードラケットから低く回転音が響き始めた。これから使う人間の意識を反映して形状変化するのだ。ボクが集中力を高めていったその時、サーッと風が吹いた。あおられてフワっとミニスカートがめくれ上がる。ボクは慌てて裾を押さえた。


「キャーッ!だからミニは嫌なのにぃ」

「うんにゃ。その仕草が堪らない。ソソられるなあ」

「あはは。ラン、しっかり見えたよ」

「ランはフリルのついた可愛いのが好きなんだぁ」

「ボーイッシュなのに意外と乙女ね」

「イメージカラーなんだからランジェリーもピンクにしなよ」


さんざん囃し立てられたけど、気を取り直してもう一度セットアップする。因みに下着はボクの趣味じゃない、ベルが選んできたのを着ているだけなのだ。ということは、ベルもボクのことを可愛くしたいのか・・・?いや、いまはそんなことを考えているときではない、集中集中。ソードラケットが銀色に目映く輝き始めた瞬間、ボクはスイングした。


ボクの打球は、レア先輩の球が通った枝の隙間を抜けて、同じように軽くフェードしながら、鐘の手前でバウンドすると転がってレア先輩の球の横にに並ぶように止まった。


「おお!ランの奴やりやがった・・・」

「こうなるとあのコ、完全に狙ってるわね」

「ただの飛ばし屋と思ったけど見直さないといけないかも」

部員たちもざわめき始めた。


「そう・・・お上手ですわ。ランさん」

レア先輩が褒めてくれた。でも少しぎこちない感じがする。


結局、ここも次の打球をふたりとも鐘に当てて引き分けた。

次の『立夏』でも、ボクはレア先輩が打った通りの球筋で、落下地点もほとんど同じ場所に球を打つことができた。白いレースのリボンが揺れる長い髪と白いお揃いのワンピース、身長と髪の色とミニスカートの違いはあったが、傍から見るとボクはレア先輩のコピーだった。





「ランさん。少しわたくしから離れてくださらない?」

4ホール目、最終ホールの『夏至』第3打地点。レア先輩はぴったり追走して離れないボクに、少しイライラしているみたいだ。


「はい。レア先輩」

ボクの球はレア先輩の5mほど先にあるのだが、丁度これから打って行く方向なので、レア先輩の横で待っていたのだ。ボクは視野に入らないところまで下がった。


レア先輩は大きくひとつ息を吐くと、集中力を高めてソードラケットの形状を変化させた。シャフトが黄金色に輝きはじめた瞬間『パシッ!』と打ち抜いた。打球は高々と舞い上がると、風に乗って80m先の樹上に作られた直径5mもない小さなグリーンを目指して飛んでいった。


「お!うまく風に乗っているぞ」

「距離も高さもぴったりじゃない?」

「よし!グリーンに届いた。後はどこまで寄るか・・・」

と言い合っているとき『キーン!』と鐘が鳴り響いた。


「うおお!スゲエ、直接当たっちゃったよ」

「レアさんお見事です!」

「こりゃ勝負あったな」

レア先輩は、にこやかに微笑みながら歓声に応えた。


ボクの番になった。このショットで75m先の樹上の鐘に直接当てなければボクの負けなのだ。

しかもレア先輩のときとは風の向きが変わっている。


「向かい風になってしまったな。今度ばかりはレアの“そっくりさん”も無理だな」

「ですよね。高い球だと逆風で相当戻されてしまうでしょうし」

「それより直接鐘を狙って当たる確率ってどれくらいなんだろう?」

「さあな。でもこの距離でランの腕なら100回に1回は当たりそうだ」


ボクは周りの話し声を耳にしても、気を散らさず集中していくことができた。難しければ難しいほど、それをどうやって解決するか考えるのが楽しくなってきたのだ。こんなこと地球のジュニアゴルフ大会で優勝したときにもなかった。


予選から決勝まで戦ってきて、改めて球を打つ楽しさ、コースを攻略する面白さを満喫することができたのだ。こんな気持ちになったのは、この惑星に転移して女の子にされてから初めてだった。

それに、大好きなレア先輩と勝負することになったのも飛び上がるほど嬉しかった。これがレア先輩最後の部活なのだから、どうしてもその素晴らしい技術と戦術を学びとりたいと思ったのだ。それで徹底して真似することにしたのだ。


レア先輩が直接鐘を鳴らしたので勝負あったかに見えたが、ボクはまだ諦めていなかった。

アゲンストの風が吹いているということは・・・風に乗せて運んでもらうことはできない・・・ならば発想を変えるか・・・球の勢いを止めるのに利用できるかも・・・レア先輩とは違う球筋になっちゃうけど、鐘に当たれば引き分けで延長に持ち込めるのだ・・・よし、やるだけやってみよう!


最後の1打はレア先輩のコピーではなく自分のショットで勝負することにした。この1打にボクの持てる力と技の全てをかけたのだ。


『ピシッ!』

ボクはピンクの金属球を鋭いスイングで叩いた。飛び出した打球は真っ直ぐ75m先の樹上を目指して駆け上がる。


「やっぱりな。今度の球筋はレアと違う」

「向かい風に負けない強い打球ね。でも強すぎない?」

「いや・・・球足が遅くなってきた。左右に流されずグリーン目がけて真っ直ぐ上昇しているが・・・」

「このままだとグリーン手前で樹の枝に当たらない?」

「こりゃあギリギリだな」

「あ、危ない・・・おお!グリーンの縁を越えたわ!」部員たちが固唾を呑んで見守っていると『キーン!』と鐘の音が鳴り響いた。一拍遅れて歓声が上がる。


「す、凄い!」

「当て返しちゃったよ、ランの奴!」

「ゾワっと毛が逆立っちゃった」

「これは名勝負だわ」


結局ボクが鳴らし返したので同じスコアのまま4節目が終わった。


「レアもランも実に素晴らしかったわ。先生もこんなに凄い試合は見たことない。本来なら決着がつくまで延長戦をしたいところなんだけど」

と言いながら夕焼けの空を指差した。


「日没で最後の太陽も沈んでしまったから今日はここまでとします。今年の追出しコンペ決勝は引き分け!」

顧問のソーマ先生が宣言した。


「うふふ。ランさん、今日は本当によく付いて来ましたわね。いつの間にわたくしの攻め方と打法を身につけてしまったのかしら?」

「いつもレア先輩のお傍近くで見ていましたから」

ボクは褒めてもらえたのが嬉しくってニコニコしながら答えた。


すると急にレア先輩はぎゅっとボクを抱きしめると、頬を寄せて耳元でささやいた。


「ランさん、あなたはわたくしの可愛い妹分でした。でも、これからは最大のライバル、容赦しませんわ」

「え?」

「女神杯の代表枠は渡しません。決して」

「!」


周りから見れば、同じレースのリボンで長い髪を結え同じデザインのワンピースを着た、姉妹とも思える仲のよい先輩後輩が、勝負が終わってお互いに健闘を讃えあっているとしか見えなかっただろう。微笑みながら囁く女の子の唇から発せられた言葉が、冷酷な宣言であるとは思いもしなかったに違いない。


今になって、試合途中からレア先輩が、微笑みを浮かべていても、全然目が笑っていなかったことに気が付きボクはゾッとした。


レア先輩はボクから体を離すと、清楚で品のよい微笑みを浮かべながら、まわりに聞こえるように言った。


「わたくし、王立女子大学に進むことにいたします」

「え?レアは王家から縁談が来ていて卒業したら婚約するんじゃなかったのか?」

「そ、そうなんですか?だったらなぜ大学に?」

「ゲオル部に入り大学チャンピオンを目指すのです」

「縁談があるのにゲオル部に入り大学チャンピオンを目指すなんて・・・」

「なぜだ?レア」

「今日の引き分けの決着をつけてみたくなったのです。ということですからランさんよろしくね」


周りにいた部員たちは、レア先輩とボクの顔を交互に見ながら反応を窺った。

ボクは返す言葉もなく、呆然と立ち尽くした。

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