第16話 追出しコンペ(前編)
鮮やかに色づいていた樹々もいつしか葉を落とし、冬支度に堅く身を閉ざした梢の間から高く澄んだ青い空が望める季節になった。
「では、姫様行ってらっしゃいませ。お帰りはいつもの時刻にこちらでお待ちいたしておりますね」
ベルに送り出されてボクは、ピンクのリムジンから降り立った。朝の冷気に思わず身震いする。息が白い。
周囲を歩いていた登校途中の生徒たちの視線が一斉に集まる。そう、今日は11月最初の登校日。新しい制服で通学する日なのだ。
「ランさんおはよう!いよいよ今日からなんですね?」
「へえ~上着はいっしょでスカートがミニなんだぁ」
「変わったブーツですねぇ。膝上まであるのね」
よく知らない他のクラスの生徒たちから声を掛けられる。
「そうなの。これから冬に向かうのに、ミニスカートをはかなければならないので、長めのブーツを考えてもらったんです」
ボクは教室に向かいながら、誰にともなく周囲の生徒たちに言い訳した。なにしろ周りは全員パンツルックの制服なのだ。そんな中でミニスカートを穿いていると思うと、男子校にたった一人で紛れ込んでしまった女子生徒の気分になってくる。
「ミニスカートのプリンセ~ス!ついに着てきたわね」
教室に入ると目ざとくミーシャに見つけられてしまった。早速三人娘たちに絡まれる。
「可愛いじゃん。わたしも着ようかなぁ」
パメルがうらやましそうに指をくわえて言った。
「あんたなんか着ても、大きなお尻がミニスカートから太い足出して歩いているようにしか見えないわよ。ランだから似合うの!」
「このぉ!このこのこのぉ!」
「キャッ!なにすんのよ!」
憎まれ口叩いたのはサリナなのに、パメルはミニスカートをめくり上げるとボクのヒップを叩いた。
「なんかニクたらしいんだもん。でも、ミニスカートってメクりやすくて便利だね」
「べ、便利じゃない!」
ボクは涙目でお尻を撫でながら言った。
「あれ?ランあんた、なんか背高くなってない?」
「ほら!ヒールがこんなに高いもの」
「そうか!その方が足がスラッと見えるもんね」
「あ、いや。ボクちびだから・・・」
「クラスで一番チビ助のくせに張り合おうっていうの?」
と言うやまたスカートをめくられてヒップを叩かれてしまった。ひとりだけこの格好って相当不利だ。
「ラン、始まっちゃったの?」
「え?」
始まっちゃったって・・・何のことだろう?
「ガードル穿いてたじゃない」
ガードル・・・あ!生理のことか。ミーシャは周りのことがよく見えているようだ。
「あ、あれね。始まった訳じゃないんだけど、なんか来そうかなあ来たら困るなあと思って」
「そっか。こんな短いスカート穿いてるんだもんね」
ボクはミニスカートの制服を着ることになって、学校の中で一日どうやって過ごせばいいのか、ベルと対策を練ったのだ。
何しろ睾丸摘出以来すっかり縮んでしまったとはいえ、男性のシンボルは健在なのだ。ここまで来て男だとバレたら元も子もない、すべての努力は水の泡だ。
一番確かなのはヴェーラ博士の仕掛けを使って、体内に折り畳んでしまえばいいのだが、学校で一日過ごす程には保たない。痒くなってしまうのだ。
そこで厚手のガードル作戦となったのだ。お尻の方に折り込んでしまえば、多少の膨らみはできるけど目立つほどじゃないので、十分ガードルだけでカムフラージュできる。
ミニスカートを穿くのはボクだけだし、恥ずかしいから少しでも隠したいと思うのは女の子なら当然で、寒い季節だから別に変には思われないだろう、というのがベルの意見だ。
こういう場合、女の子の心理がどういうものなのかボクには皆目見当がつかない。当の女の子であるベルの意見に反対はない。
「ランさん、とってもお似合いよ!」
放課後、部室でユニフォームに着替えるとき、レア先輩はボクの両肩に置いた手を伸ばすと、小首を傾げながら楽しそうにボクの制服姿を上から下まで何度も眺めながら言った。
「ランさんは色白だから、ブーツとミニの間から覗く素肌が際だって、より女らしく魅力的に見えるんですわ」
「ありがとうございます。でも、恥ずかしいんですよ、ボク」
「うふふ。ランさんしか着ている方がいませんものね。でも国王陛下公認のミニのプリンセスである以上は仕方ありませんよ。むしろこのシチュエーションをお楽しみなさいな」
「楽しめ・・・ませんよぉ」
「皆から注目され、視線を一身に浴びるなんて、女性にとって夢のような話ですよ」
「ボク、見られたくないんだけどなあ・・・」
「ランさんは王家の一員なのです。いつでも見られるお立場ですもの仕方ありませんわ」
ボクはため息をつくと着替え始めた。
「みんな、女学院祭お疲れ様。今年も模擬店は大盛況、ユニフォームコレクションも二連覇達成。ランがちょっとした有名人になっちゃうハプニングはあったけど、今年もゲオル部は王立女学院一のクラブになることができました。それにしても来シーズンのユニフォームは凄いよねえ。先生も10歳若かったら試してみたいわ。3年は縁がなくて残念だろうけどOGとして、これを着て頑張る後輩たちを応援してやってね」
ボクの担任でゲオル部顧問のソーマ先生が挨拶する。
今日のユニフォームは全員お揃いの白いワンピース。だけどボクだけは国王陛下からの命令があるので裾上げした特製ミニなのだ。膝上20cmはある。このシーズンに素足はいくらなんでも寒すぎるので、膝上まである白いハイソックスを穿いている。
「さあて、今日は恒例の追出しコンペ。3年生は卒業までそれぞれ進路によって準備があるから、今日が最後の部活になります。あなたたち3年間本当によくやってくれたわ。今日は最後だからと言って手を抜かずビシビシ後輩を苦しめてやって頂戴。2年生1年生は、今日の結果で来シーズンを選考します。先輩の胸を借りるつもりで全力で戦って善い成果を出してください。競技方法は4節ハーフのマッチプレー。勝ち抜きで最後まで残ったひとの勝ち。それじゃあ組合わせを発表するわね」
そして追出しコンペは始まった。
「ラン、もう1年で残っているのはアナタだけよ」
ベスト8に駒を進められたのは、3年が4人、2年が3人、そしてボクだった。
ボクの準々決勝の対戦相手は2年生の飛ばし屋シャーロ先輩。前に一緒にラウンドしたことがあるので手の内は分かっていたから、2ホール先取で2アップし3ホール目の『立夏』を引き分けて勝利した。
トーナメントを勝ち進んでベスト4まで来れたのは、3年でキャプテンのリュン先輩、同じく3年でエースのレア先輩、2年でエース候補のシャペル先輩とボクだった。ソーマ先生も予想通りという顔をしてトーナメント表を見ている。
準決勝の対戦相手はシャペル先輩だった。
「これが事実上の次期エース決定戦になるわね」
「シャペルはコントロールが抜群だから」
「ランの武器は何と言っても飛距離よね」
「でも試合経験は少ないから神経戦になるとどうかしら・・・」
「私はどっちが勝っても不思議じゃないと思うけどな」
「シャペル先輩、よろしくお願いします!」
「うん。ランもお手柔らかにね」
ハーフ勝負なので準決勝は『立秋』からだ。550m左ドッグレグで、ゴールとなる鐘は池の真ん中の浮島にあった。ボクは第1打を抑え気味に300m先の中央に打った。
「へえ、ランでも目いっぱい振り抜かないことがあるんだ」
と軽口を叩きながらシャペル先輩は右サイド250m地点に打っていった。
シャペル先輩の第2打は、左の林の上を越えて池の手前で止まった。浮島の鐘まで残り80mだ。シャペル先輩は安全に第3打で鐘を狙える位置に球を置いてきたが、どんなにコントロールがいいと言っても1発で当てる可能性は5分5分だろう。ボクは何度かこのコースを回っている間に攻略方法を考えていた。
「風もほとんどない。ここは攻め時だ!」
『パシッ!』
ボクの第2打は地面をかすめるような低い弾道で飛んで行った。
「あっ!やっちゃった」
「いまのミスショットじゃない?」
観戦していた部員たちがささやき合う。
「いや、見て!小さな浮島めがけてまっ直ぐに飛んでいるわ」
「でも池の手前では止まらない勢いよ!」
ボクの球は、池の手前で1回バウンドすると飛び石のように水を切りながら浮島に向かって行った。そして最後に浮島の土手にぶつかってポーンと高く跳ね上がると鐘の横30cmで止まった。
「す、凄い!」
「ミラクルショットよ!」
どっと歓声が上がる。
動揺したシャペル先輩は第3打を寄せることができず、このホールはボクが取り1アップとなった。
次の『秋分』と『立冬』は引き分けで、決着は最終ホールに持ち越された。
「この『冬至』を勝つか分ければランの勝ちね」
「ここは1200mと距離があるからランが有利なんじゃ?」
「シャペルはコントロール抜群だし抜け道をよく知っているから分からないわよ」
ボクはスタート地点からコースを見渡した。300m先がこんもり茂った高い樹々の壁になっている。そこから右に曲がって直ぐに左に折れるS字コースになっているのだ。ここも何度か回っているので攻め方は分かっている。ボクは第1打を220m地点中央に置きにいった。
シャペル先輩はフルショットで左サイドの300m地点、壁のすぐ近くに第1打を持っていった。
第2打地点でボクは80m先にそびえ立つ樹々の壁を見上げた。
「樹の高さは30mくらいか。S字の出口まで直線距離で300m。そこまで抜ければ後は鐘まで真っ直ぐだ。幸いにも追い風が吹いている。よし、勝負!」
『パシーッ!』
目いっぱいのフルスイングから飛び出したボクの打球は、真っ直ぐ壁に向かって進んだ。
「あ!危ない」
「ぶつかるわよ!」
観戦していた部員たちから悲鳴が上がる。ボクの打球は壁の手前でホップし急激に高度を上げると、森の上空を彼方に消えて行った。
「おおー!」
「うわー!」
彼方から、どよめきが聞こえてきた。どうやら向こう側に抜けたみたいだ。
シャペル先輩は、壁の下にわずかに開いた隙間に向かって低い弾道の球を打ち出した。
拍手が聞こえてきた。うまく抜けたようだ。
「さすがシャペルね。抜群のコントロールだわ」
「攻め方もレア譲りね」
第3打地点に行ってみるとシャペル先輩の球は、S字の最後の曲がり角にあった。
シャペル先輩は、コースなりの弾道で鐘まで残り150m地点に打って行った。
ボクの球は、S字を越えてコース中央の狙いやすい所に出ていた。残りは300m。ただし鐘が設置されているのは小高い丘の上だった。頂上は平らなのだが丘の周囲は樹木が茂っているのであまり近づき過ぎると真上に打ちあげなければならなくなるのだ。
「ランなら問題なく届く距離だけど・・・」
「丘に打ち込むと取り返しがつかないからなあ・・・」
「ここは安全に、丘の上に球を打ち上げられるポジションに持っていくようね」
「そうね。引き分けでもランの勝ちだもんね」
ボクは時間を掛けて狙いを定めた。ソードラケットの形状が変化し始めた。
鋭く長い形状は遠くを狙うときの姿だが、先端は近距離を狙うときの薄型ヘッドに近い形状に変化した。ソードラケットは使い手がイメージしたことを実現できる姿に形状変化するのだ。ボクがまばゆい白銀色に光始めたソードラケットを振り抜くと、低めに飛び出した球は100m先でホップしグンと高度を上げると急加速して真っ直ぐ丘に向かって飛んでいった。
「うわ、狙っちゃったよ。このコ」
「無茶だわ!」
「あんな狭い丘の上に球を止められるの?」
丘の真上で最高高度に達した球は、急に勢いをなくすと空気抵抗と重力に負けてポトンと落下しはじめた。その直後『クォーン!』と金属音が鳴り響いた。
「うおお!当たった!」
「鐘が鳴った!」
「ゴールよ!」
「ランの勝利よ!」
「ラン。やっぱアンタ凄いよ。完全に私の負けね」
と言うとシャペル先輩はボクを抱きしめて勝利を祝福してくれた。
もうひとつの方の対戦は、レア先輩がキャプテンのリュン先輩に勝利したので、決勝はボクとレア先輩の“姉妹”対決に決まった。