第15話 ラン、国王陛下に謁見
「国王陛下、王妃殿下のご尊顔を拝し奉り恐悦至極にございます。本日はお召しにより養女を伴いまして参内いたしました」
「公爵久しぶりじゃ」
「公爵殿下ご機嫌麗しゅう」
ボクはまだ顔を伏せてうつむいているので見えないのだが、挨拶を交わしながらボクを見つめている様子だ。
「それが噂の姫か?」
「は。養女のランにございます」
「姫、面を上げよ」
ボクはようやく目の前にいる人たちの顔を見ることができた。男の人と女の人が絢爛豪華な装飾の部屋で背の高い椅子に座っていた。男の方は大柄で立派な口ひげ顎ひげを生やしていたがどうやら公爵と同年輩のようだ。女の人は金髪碧眼で優しく微笑んでいた。
「ランにございます。よろしゅうお見知り置きくださいますようお願い申し上げます」
「姫はいくつになる?」
「15にございます。来春16となります」
「16か。公爵の亡き姫の歳になるか。それにしても似ておるのお。声の感じも生き写しじゃ」
「ほんに。公爵の亡きお妃様の若い頃を彷彿とさせますわ」
ボクは何と答えていいのか分からなかったので何も言わずにじっとしていた。ミニを着ているので内股をくっつけるのを忘れて股間を見せてしまわないか不安だったし。
今日ボクが着ているのは、ピンクでコーディネートされたフォーマルミニドレス。ボクの好みではないのにすっかりイメージカラーにされてしまった。ハイウェストで首肩腕もろ出しのビスチェタイプ。正装の時には必ずチョーカーを付けなければいけないので、女性は必然的にこういう格好になってしまう。スカートの裾はボクの強い要求でバルーンフォルムでふんわり膨らんだ感じになっている。これだと太腿がそんなに目立たない。それと、忘れてはいけないのが帽子。ここ惑星ハテロマでは帽子は女性のアイデンティティなのだ。アップにした髪をドレスとお揃いの淡いピンクの浅いツバ広帽の中に納めて少し斜に被っている。背が低いのを少しでも高く見せられるようにと、足元はピンクのハイヒールだ。
「それが評判の衣装か?」
「はい。さようにございます」
ボクは恥ずかしそうにスカートの裾を押えながら軽く膝を曲げて返事をした。
「なんて短いドレスでしょう!でも姫の御み足が引き立ってとてもお綺麗ですわ。まさに女性の美しさを際立たせる新しい衣装が誕生したのですね。そうして恥ずかし気に隠そうとする仕種がとても愛らしゅう見えます」
「なるほど皆が騒ぐわけじゃな。よし、姫はこれから必ずこの衣装を身につけよ。教育大臣から王立女学院長にも通達させる。制服もその衣装で作ってみよ」
そんな・・・ボクだけミニスカートしか着ちゃいけないなんて!大変なことになってしまった。
「公爵。姫はまだ社交界デビュー前の身であるが、ミニスカートのプリンセスとしての貢献に対し雪花綬勲章を授ける」
「おお!有難き幸せ。サンブランジュ公爵家にとって誠に名誉なことであります。ランお受けするのだ」
ボクは下着が見えないか気になっているので内股のまま、すり足気味に国王陛下の前に進むとスカートの裾を軽くつまみ膝を少し曲げて屈んだ。
「ラン・キリュウ・ド・サンブランジュ。その方に雪花綬勲章を授ける」
国王がボクの胸に雪の結晶をデザインした勲章が載ったリボンを留めてくれた。
「よいよい。姫の胸に雪の結晶が花開いたようじゃな」
「よくお似合いですよ、ラン姫」
「あ・・・ありがとうございます」
「姫は地球から参ったそうじゃな?」
「はい。地球ゲートで気を失っているところをヒムス様に助けられました」
「オスダエルヒムスか。爺は元気か?」
ボクは国王陛下からオスダエルじいちゃんの名を言われて、懐かしい気持ちでいっぱいになった。
「アビリターレに参りまして7カ月、お会いすることは適いませんがお手紙ではお元気のご様子です」
「であるか。宰相が言っておったが、姫は爺も認めるゲオルのつかい手だそうだの?」
「いえ、まだまだです」
「公爵、いかがじゃ?」
「陛下、わが養女はこの小さな身体で身どもより飛ばすのです」
「ほほお、これは楽しみになって参った。姫であれば次の女神杯に出場してわがアビリタに念願の勝利をもたらしてくれよう」
王妃殿下も、公爵もうなづいている。この国の国家元首から期待されてしまった事実を前にして、ボクは急にハードルの高さが上がってしまった気がした。ボクの気持ちにはお構いなく、3人は嬉しそうに次の大会のことを語り合っていた。
「姫よ。16の誕生日を迎えたら王室舞踏会に招こうぞ」
「姫がどの様な衣装でデビューするか楽しみにしてますよ」
こうして国王陛下との謁見は無事終了し、公爵とボクは王宮を引きさがった。
公爵の腕につかまりながら王宮の正面階段を降りていくと、パシャッパシャッとカメラの放列から一斉にシャッターが切られた。記者から声が掛かる。
「ラン姫、国王陛下との謁見いかがでしたか?」
「その衣装について陛下から何かご感想はありましたか?」
「公爵、亡きマリアナ姫にそっくりな姫を養女になさったご感想は?」
「あ!姫、その胸元の勲章はどうされたんですか?」
ボクたちは記者の質問には答えず、近衛隊長に案内されて地上車の方へ向かった。
だけど、ボクは乗り込む前に記者たちの方を振り返ると、ニッコリ笑って胸の前で軽く手を振った。途端にパシャッパシャッパシャッとシャッターの嵐になってしまった。
宰相閣下から言われたこともあるけど、王室に良いイメージを持ってもらうのもボクの務めだから。これで好意的な記事にしてもらえて、ニュースを観た人たちに喜んでもらえるのなら、ボクが努力する甲斐もあると思ったんだ。
『ラン姫、ミニを陛下に披露』
『ミニのプリンセス、雪花綬勲章に輝く』
『ミニのプリンセススマイル!陛下を魅了』
『これがミニの正装だ!王室プロトコル革命勃発』
『王立女学院の制服もミニ?ラン姫に陛下厳命』
その日の夕刊とニュース放送には、ボクが手を振っているスマイルシーンとともにこんな具合に載った。王室で革命もないもんだと思ったけど、概ね好意的な扱い方だったのでほっとした。
とはいえ、ボクはミニの代名詞みたいになってしまった。これからはミニしか着られなくなってしまったのだ。なんか憂欝だ・・・。
リネアさんとベルが例のデザイナーにボクの服のデザインを大量に発注したので、早速デザイナーが飛んできた。
「姫様、本日はご機嫌麗しく。また拝謁の栄に浴すことが叶いまして誠に光栄にございます。昨日のご謁見の際には陛下も王妃殿下も姫様のミニドレス姿を大変喜ばれ、また、姫様が雪花綬勲章を授与されたこと、誠にもっておめでとうござりまする。私も姫様の御用デザイナーとして喜びに堪えないのであります。さらには陛下より必ずミニを着るようご命令があったやに聞き及んでおりますこと、姫様とともにミニを生み出した立場として不肖私といたしましてもこの上ない・・・」
「もう、そのくらいでいいんじゃない?それにボク、御用デザイナーにした覚えないし。それよりさあ、デザイン持ってきたんでしょ?早く見せてよ」
「そ、そんな・・・お心にもないことを。ともかく私がいかに姫様のことを考えているかデザインで見ていただきましょう。では、今回一番のお薦め、これなんかいかがですか?」
スケッチブックを広げてボクに差しだされたデザインは、超ミニのワンピースをセパレートにしたへそ出しルックだった。
「あのさあ・・・ひょっとして面白がってない?着る立場にもなってみてよ」
「ちょっと過激だったかな・・・では、こちらなんか?」
次に示されたのは、ボディコンそれもシースルー。
「ふむう・・・普段着でも着なきゃならないんだよボク?女の子がこんな無防備な服を着ちゃって平気だと思う?」
「あ、いや・・・これは男のロマンといいますか、姫様にこれを着せてみたい、着てもらいたい、とまあそういうことでして」
「ボクは着たくないよ」
「では、王立女学院の制服の方をご覧にいれますか。これなんか姫様にお似合いかと」
「なるほどね・・・でもスカート短か過ぎじゃない?これだと身動きする度に下着が見えちゃうよ。丈をもう少し長くし、フレアをやめてタイト気味にするといいと思うけど」
「あ!素晴らしい!さすがはミニのプリンセス、姫様ならではの感性です。早速それをやってみましょう」
「それとね、靴なんだけど、膝上まであるロングブーツにしたいんだ。軍服っぽくて格好よくない?」
「姫様、これは凄いアイデアです!敢えて姫様のスレンダーな御み足を隠すことにより一層フォルムの美しさを際だたせる!これはなかなかできることではありませんぞ。服のことしか考えていませんでしたが、靴職人を呼んでトータルコーディネートしてみましょう」
デザイナーはヒントをもらってイメージが固まったのか、喜び勇んで引き上げていった。
国王陛下のご命令となれば院長先生も断れない。ボクだけミニの制服を着なければならないのであれば、なんとか足を露出しない方法をと思っても仕方ないよね。上手くデザイナーを誘導できたのでホッとした。
翌日、学校に行くと皆の視線が痛い。例の3人組もちょっかいを出してくる。
「あれえ?ラン、ミニスカート穿かなくっていいの?」
「いや、まだ院長先生から指示があったわけではないし・・・」
「ふ~ん。そんなこと言っちゃていいの?勲章もらっちゃったんでしょ?」
「あ、いや、ボクまだデビュー前だし」
「そうそう評判の、ミニのプリンセススマイル見せてよ!」
「・・・勘弁してよ、もう。ボク、短いスカート苦手なんだから」
『ラン・ド・サンブランジュさん。至急院長室までお越しなさい』
そのとき校内放送で呼び出しが掛った。
「ほうら!国王陛下の命令が院長先生のところに来たわよ」
「観念なさい!ミニのプリンセス」
「うう・・・」
部屋に入ると、院長先生が待っていた。
「ランさん。国王陛下との謁見ご苦労様でしたね。わが女学院にとっても大変名誉なことでした。さて、来てもらった理由はもう分かっているわね?」
「はい。国王陛下からのご命令ですよね?」
「そうです。教育大臣閣下から連絡があって、ミニスカートで王立女学院の制服を作りラン姫に着せるように、これは国王陛下のご意思である、とのご指示でした」
「・・・断れないんですよね?」
「もとはと言えば、女学院祭のユニフォームコレクションが発端なのですから、院長であるわたくしとしては快くお話をお受けするのは当然です」
「いっそ全員制服をミニスカートに変えてしまう、というのは?」
「それは時期尚早。親御さんの反対もあるでしょうし、これから直ぐとしても3年生の場合たった半年の為の制服になってしまいますよ」
「ボクの親も反対したら・・・?」
「それはダメよ。アナタの場合、お父様立ち会いのもとで、直接国王陛下からご命令を受けたのでしょ?観念なさい」
「うう・・・分かりましたよ」
ボクは恨みがましい目付きで上目づかいに院長先生を見上げながら渋々返事をした。
その後、デザイナーが王立女学院に行って、院長先生はじめ先生方にしっかりデザインスケッチを説明した結果、原案通り承認されてミニスカ制服の仕立てが始まった。ついにボクが着て登校するのは11月からと決まってしまったのだった。