第14話 王立女学院祭(後編)
「“さて最後にご紹介するのは、昨年の金賞受賞ユニフォームクラブです!伝統ある王立女学院体育会ゲオル部に新風を巻き起こす、機能性と美しさを両立させた未来のユニフォーム!モデルは1年部員ラン・キリュウ・ド・サンブランジュ!今年の新作はこれだああ!!”」
ボクは覚悟を決めてステージに飛び出した。
すると、ランウェイを歩む先輩たちへの声援や衣装への感想を言い合うので賑やかだった場内がシーンと静まり返った。
「あれ?」
息を呑む音だけが伝わってくる。
「どうしたんだろう?そんなにこの格好変なのかな?」
それとも・・・ひょっとして男だとバレてしまったのだろうか?照明が眩しくてまわりが何も見えない。ボクは何が起きているのか急激に不安になってきた。
一瞬の後、もの凄い歓声が会場中に響き渡った。
「うわ!なんて短いスカートなの!」
「すごい!足がまる見え!」
「あれはミニ、ミニスカートよ!」
「ミニスカートか・・・実に魅力的な姿だ!」
「かっこいい~!」
「妖精みたい!」
「スレンダーでスラッとした細い足だから似合うのねえ」
「私も痩せた~い」
「スター誕生だ!」
会場は大変な騒動になってしまった。その直後にレア先輩も出てきて、一緒に手をつないでランウェイの先端まで進みフルショットスイングのポーズまで段取りの通りやったんだけど、場内の視線はボクの足に釘付けのままだった。結局、興奮冷めやらずという状況の中、ユニフォームコレクションは終わってしまった。
結局今年もまたゲオル部が第1位の金賞に輝き、次のユニフォームは当然のことながら大差でボクの着ていたものに決まったんだけど、ボクは着替える暇もなく、記者やカメラマンに取り囲まれてしまい、場内係りの先輩たちが何とか輪の中から引き出してくれるまで身動き一つできなかった。
レア先輩に手を引かれて裏から逃げるように屋内競技場の外に出た。
「ランさん、ここまで来ればひとまず大丈夫ですわ」
「レア先輩。ありがとうございました・・・・それから、ご免なさい。すみませんでした」
ボクはペコリと頭を下げた。
「ランさん。何を謝ってらっしゃるの?」
「レア先輩のステージをボクがメチャメチャにしてしまったみたいで・・・」
「あら、そんなこと?うふふ、よろしくってよ。わたくしもユニフォームコレクションで皆さん方があんなに興奮しているのを見たのは初めてです。こんな瞬間に立ち会えるなんて得難い経験ですわ。わたくしも興奮しましたもの・・・それにしてもその衣装、なんて素晴らしいデザインなのかしら。ランさんの体型だからお似合いなのですわ。これからはきっと美しい女性の基準も変わってくると思いましてよ」
レア先輩は改めてボクを頭のてっぺんから爪先まで見つめ直すと言った。
「そんな・・・それよりボク、これを着たままでとっても恥ずかしいんですよ・・・早く着替えたいです」
バタバタと足音がしてゲオル部の部員たちが駆け寄って来た。
「ラン、スッゲー良かったぞ」
「見せて見せて、近くでもっとよく見たいの」
「へえ~ここまで短いのかあ」
「屈むと下着が見えちゃうね」
「やっぱりランみたいに足が細くないとダメよね」
「ランはお痩せのくせに格好よくってずる~い」
「私も細くなりた~い」
「いまやランは新しい時代の可愛らしさ、女性の魅力のシンボルね」
「ラン、これからはもうミニしか着ちゃだめよ」
とんでもないことになってしまった・・・。
男とバレていなかったのはよかったが、これは最も女の子らしい格好がボクのイメージにぴったりだということじゃないか!部員たちですらこの反応なのだから、外の状況は推して知るべし・・・。
結局その後、部員たちに囲まれているところを見つけられてしまい、来場者とマスコミに追いかけられる破目になってしまった。
ということでその日は着替えもままならず『逃走中』を地で行くような逃亡劇を繰り広げた。
しっかりローブを着込んでクロッシェ帽を深々目が隠れるところまで被り、ゲオル部員たちに守られながら、ベルの待つリムジンに退避できたのは2時間後のことだった。だから何も食べられなかったし見ることもできなかったのだ。
反響はそれだけに留まらなかった。
その晩から映像放送ではボクのミニスカートのことばかり話題として取り上げられ、新聞や週刊誌でも大きく記事として扱われたんだ。
『ミニスカートは女性を束縛してきた社会的障壁からの解放を意味する時代のシグナルだ』
『女性を最も魅力的に見せるかつてないファッションだ』
『伝統文化を破壊する悪しきデザインだ』
『保守的な女性観に対抗する社会的記号だ』
『男性を挑発する堕落したファッションに過ぎない』
『美を追求するのは人類文明の当然の方向、それを見て欲情するのは野蛮人よ』
『これを着て襲われても文句は言えまい』
『女性を性具としか見られぬ男の戯言ね』
『下着姿を見せつられ欲望を抑制する立場にもなってみろ!』
『ミニスカートは下着ではないわ!』
ボクのミニスカート姿は、どうやらファッションだけではなく、この惑星ハテロマの文化を新しい時代にシフトするエポックメイキングな出来事だったらしい。
そういえば、ショートパンツはあってもミニスカートを見かけたことはこれまで一度もなかったっけ。ここはミニスカートのない世界だったんだ・・・。
新聞によると国会でもボクのミニスカートのことが質疑されたみたいだ。
議員「王立女学院で太股を露出した短いスカート姿の女生徒が現れたそうだが、風紀の乱れになりかねない話だ。政府として規制すべきではないのか?」
宰相「教育機関の意思が尊重されるべきであり、政府がとやかく言う話ではない」
議員「その女生徒は王室関係者ということだが、それでも問題ないという認識か?」
宰相「何が問題なのか?王家が率先して美の擁護者、文化の発信者となることは歴史的に見て当然のこと。王家の姫が世界のファッションリーダーとなるのは誠に結構なことではないか」
その新聞記事を読んでいる途中で「親展」の映像通信が来た。
「“キリュウくん、久しぶりだな”」
宰相閣下の立体映像が現れた。
「閣下もお元気そうで」
「“ふん。キミの件で追いまくられとるわい”」
「いま新聞記事で閣下の発言を読んでいたところです」
「“うまく抑えこめたからよかったものの、もしキミが原因となって国会で王室批判が起きたら大変なことになったのだぞ”」
「あれはボクが望んでしたことではないです!」
「“ああ。経緯は学院長から聞いている”」
「だったら、ボクを責めないでくださいよ」
「“今後のこともあるので一応注意喚起ということだ。それより今回の騒動については国王陛下も大いに関心を持っておられてな、近々キミと会いたいそうだ”」
「え?国王陛下がボクと・・・?」
「“そうだ。で、その際にはなんだ・・・その、ミニスカートで来てほしいのだそうだ”」
多分、いま立体映像で宰相閣下の全身像が見えてるのと同様に、向こうからはボクの全身も見えているということに気が付いた。そういえば・・・宰相閣下の視線がボクの脚を見ている様な気配がする。今はミニスカートなんか穿いていないけど嫌〜な感じだ。
「・・・・ッ!」
思わずボクは両膝を手で覆った。宰相閣下の立体像は視線を逸らして「コホン」と空咳をした。女の子が視姦されているっていうのはこういう感じなんだろうか?
「“ま、その・・・正式には公爵に養女を伴って拝謁するよう宮内省から通達が行くことになるが、くれぐれも服装については陛下のご希望にそうようにな。頼んだぞ”」
と言って一方的に切ってしまった。
ミニスカートか・・・ボクの一番苦手なスタイルを強要されてしまったもんだ。
それにしても国王に謁見するのにそんな格好でいいんだろうか?なんだか面倒なことになりそうなので、リネアさんとベルに宰相閣下の話を伝えた。
「姫様!おめでとうございます」
いつもに比べてベルも興奮気味だ。
「なんと名誉なことでございましょう。王家のお身内とはいえ、陛下おん自ら姫様のためにご対面の機会をわざわざお作りくださるとは!公爵様もさぞやお喜びになることでしょう!」
リネアさんでもこんなに興奮することがあるんだ・・・ボクはそっちの方にびっくりした。
「でね、リネアさん、ベル。宰相閣下が言うんだけど、陛下からの強いご希望で、ボクにはミニスカートで来て欲しいんだって・・・ちょっと場違いというか王宮に初めて行くのにどうかなとも思ったんだけど・・・閣下がどうしてもって」
リネアさんとベルがフリーズしてしまった。たっぷり1分たってから呪縛が解けたのか
「姫様。これは一大事、大変なことにございますよ」
「女官長、いかがいたしましょう?」
「ううむ・・・謁見の衣装は爵位によって厳格に決められている・・・しかし陛下は姫様のミニスカート姿をご所望・・・これは難問」
「競技会に出るユニフォームを着て、陛下にお目にかかるという分けにも参りませんしね」
「いくらティアラとチョーカーを付けても礼式に背くことになってしまう・・・全くもってこれは難問です」
ふたりが困り果てている様子なので、ボクは助け船を出すことにした。
「あのぉ・・・失礼にならないデザインの服をミニスカートの丈の長さで作るんじゃだめなのかな?」
ふたりはびっくりした様に顔を見合わせて、それから飛び上がらんばかりに手を取り合って喜んだ。
「それですわ!」
「それですよ!ドレスをミニスカートにすればよろしいんですよ!ベル、仕立屋をすぐに呼びなさい!それからあのユニフォームのデザイナーもですよ」
ということで急遽、国王陛下に拝謁するためのボクの衣装を作ることになってしまった。
「姫様、こちらへお越しを」
ベルに案内されて応接の間に入ると、例のデザイナーがいた。
「ラン姫様。その節は失礼をいたしました。よもや公爵様の姫君とは思ってもいなかったもので。とはいえ姫君をひと目見たその瞬間、雷に打たれた思いであったことは嘘偽りのない真実。まざまざとあのデザインが思い浮かんで参った次第。良きモデルとの出会いが良きデザインを生むのです。ああ、姫様との出会いがなければ、この様な斬新なイマジネーションの降臨はなかったでしょう・・・私のデザイナー人生にとって一大転機が訪れ、その上・・・」
「あの、あまり時間がないので早速デザインの方を進めてもらえませんか?」
このデザイナー相当なお喋りだ。当分話が終わりそうにもなかったのでさえぎってやった。
「あ?・・・そうですよね。この続きもうちょっとで終わったんだけどなあ、残念だなあ、ブツブツ。では早速、御み足から寸法を採らせていただきます、姫様こちらへ・・・それにしても細いお身体で」
「それって、出るとこ出ないで引っ込むとこが引っ込んでないという意味でしょ?」
「あ、いや、決してその様な。姫様のスレンダーなお身体があってのミニでございまして、私は個人的にも痩せた女性の方が魅力的と思う次第でございます、はい」
「調子のいいこと言っちゃって。今回お願いする衣装は国王陛下に拝謁するときに着るものなんだけど、ミニで作れるかな?」
「なんと!私のデザインするドレスが陛下のお目に触れることに!」
「多分それだけじゃないと思うよ。世間からボク、注目されているからね」
「なんとも楽しみな!承知仕りました。これまで誰も見たことのない儀典用ドレスを作ってご覧にいれます。ああ!姫様をイメージするだけでどんどんデザインが湧いてくるぞ!失礼して早速取りかからせていただきます。じゃ」
と言ってサーッと引き揚げていった。
デザイナーの地上車が宮殿の門から出る時、少し外が騒がしかった。予想されてはいたけれど案の定、ボクの居る宮殿は野次馬とパパラッチに取り囲まれていたのだった。これから通学が大変だ・・・。