第13話 王立女学院祭(前編)
ついにその日が来た。
「姫様。今日はどのようなデザインのユニフォームをお召しになるんですの?」
肩こう骨が隠れるあたりまで伸びてきたサラサラストレートのボクの髪を、丹念にブラッシングしながらベルが尋ねた。今は朝のお召し替えの時間で、ボクの専用メイドのレーネとカーラがお茶を入れたり朝食のセッティングをしているので、ベルも侍女としての言いまわしだ。
「うん。まだボクも見せてもらっていないんだ。サイズは測ってもらったけど、着る生徒にも当日まで内緒なんだって」
ベルはすいた髪をテキパキといつもの髪型に編んでいく。眉のラインにそろえた前髪と、顔の輪郭にそって左右に垂らした横髪に、ティアラの様に編み込んだカチューシャトップが特徴のポニーテールだ。いまではすっかり定番になって皆から“ランちゃんカット”とか“姫様カット”と呼ばれている。
「聞きましたよ!ユニフォームコレクションに1年生で出るのはシモン侯爵のレアお嬢様以来の快挙だそうですね!」
レーネが目を輝かせながら嬉しそうに言う。
「いや・・・ボクの場合はそういうんじゃなくって行きがかり上やむなくというか・・・」
「どなた様がご覧になっても姫様がお美しいからですよ。ホント奥ゆかしくてらっしゃる」
「そういう慎ましやかなところがまた姫様の魅力ですわ」
「私たちにもどんな衣装だったか後で見せてくださいね!」
「あら、カーラ知らなかったの?会場に放送カメラが入るんですって。生中継されるそうよ!」
「じゃあ、姫様の姿をリアルタイムで見られるのね!」
メイドたちがワイワイ盛り上がるほどに、ボクはだんだん食欲がなくなってきた。というより胃が痛くなってきた。
女学院に着くとキャンパス中が模擬店やコンサートなど屋外イベントの準備で華やいでいた。今日は文化系クラブの活動が中心なんだけど、体育会系のクラブもいくつか出展していて、ボクたちのゲオル部は甘味菓子のブースを出すことになっていた。
ゲオル部のユニフォームに着替えて、仕込みの準備をして開場を待った。今日は全員白いワンピースのユニフォームだ。去年のユニフォームコレクションで第1位の金賞に選ばれた全生徒憧れのデザインなのだ。それだけに今年のゲオル部の新作ユニフォームがどんなデザインになるのか内外から注目が集まっている。それをこのボクがモデルになって着るとなると気が滅入ってくる。お揃いのフリルの付いたピンクのエプロンを締めながら、ボクは段々憂鬱になっていった。
1年部員は裏方で先輩の調理したお菓子を包装する係りだ。うちの部の模擬店は大変な人気店で、去年も行列ができたのだそうだ。お菓子もおいしいんだろうけど、きっと売り子がレア先輩だからなんだろうと思う。宰相閣下まで引き合いに出すアビリタ王国一番の才媛なんだもの。
「“皆さんおはようございます。今年も王立女学院祭の日がやって参りました。生徒のみなさんが日頃どの様に学校生活を過ごしているのか、ご父兄やご来場のみなさん方に見ていただく大切な機会です。今日一日女学院生として恥ずかしくない姿をお見せできるようしっかりお願いしますね”」
学院長のスピーチがキャンパス中に流れていよいよ開場となった。
開門と同時に、父兄や一般来客がどっと入ってきてちょっとした喧噪状態だ。うちの模擬店にもお客さんが押し寄せてきて直ぐに行列ができてしまった。
「あれがシモン伯爵家のレア嬢か」
「なんて優雅な。ほんとお噂通りのお嬢さんですわね」
「生徒会長の上に、ゲオルのエース選手ですって」
「うちの息子の嫁に欲しいわ」
「いやあ、既に王家から縁談が来ているとか・・・」
お客さんたちは男の人も女の人も、可憐な声で応対をしているレア先輩を溜め息をつきながら見ていた。
「それじゃあ、作業の流れもできたので交代で模擬店巡りすることにしようか」
最初のお客さんの波が収まりようやく一息つけるようになったので、キャプテンから指示が出た。ボクたちは交代で順番にブースから出られることになった。
「ラン。いっしょに食べ歩きしようよ!」
「うちの学院祭の模擬店はどれも美味しいって評判なんだから!」
「いや・・・まだボクは今日のお役目が終わっていないので・・・」
「そっか!ランはメインイベントに出るんだったね」
「じゃ、私たちはぐるっと見てくるから」
「初めてだし、ランもそろそろ準備しに行った方がいいんじゃない?」
部員たちのお薦めもあって、ボクは少し早目だけどユニフォームコレクションに出る為の準備をすることにした。
本当はボクだって、惑星ハテロマに限らず女子校の文化祭ってどんな趣向なのか、どんなものを食べさせるのか興味津々なんだけど、朝から緊張してしまって他のことに気がまわらないし食欲も全くない。
いつもは校門の前でリムジンを降りてベルと別れるけれど、今日は一般ゲスト来場OKの日なので、折角だからボクの分まで運転手のユマと文化祭気分を楽しんでくるようにと勧めておいた。本当はそんな姿を見られたくないんだけど「ランさんに何かあると心配なのでユニフォームコレクションも観に行きます」と言っていたから、終わってプレッシャーから解放されたらご褒美にピンポイントでどこか美味しかった模擬店に案内してくれるつもりだと思う。それまでは我慢がまん。
ボクはキャンパスの奥にある図書館の歴史資料棟に向かった。ここは女学院イベントの予定はなく開放日であっても誰も近づかないことを予め調べておいたのだ。
ボクは女性用トイレの個室に入るとしっかり鍵をかけた。何を着るか見当もつかないので念の為に下半身を女の子にしておこうと思ったのだ。
着けていたものを脱ぐと、睾丸切除手術をした際にヴェーラ博士が残された皮膚に埋め込んだ仕掛けを使って、男のシンボルをしっかり隠蔽した。
入浴の際に素っ裸になったボクを見てもベルは全く気がつかなかったと言っていたので、これで衣服を身に着ければ誰にも男だとはバレないだろう。
ただ、もともと外に出ている部分を無理やり包み込んで体内の様に見せかけているので、あまり長い時間になると痒くなってくるのだ。お披露目パーティーのときも、入浴の際には上手くごまかしたけど、その後痒くなってきちゃって、堪らずにもとに戻してしまったんだ。だから寝入ってしまったボクを着換えさせた時にベルは気がついちゃったんだよね。
ユニフォームコレクションの会場は屋内競技場だった。集合場所のステージ前に行ってみると、身長170〜180cm抜群のプロポーションを持つ3年生ばかり。ボクはただひとりの1年生で162cmのおチビちゃんだった。なんだか場違いな所に来てしまった感じだ。
壁面からアリーナ中央に細長く花道のランウェイを張り出してステージにしていた。照明機材や音響機器が配置されて結構本格的な感じだ。これって本当にファッションショーじゃないか!格好いい女の子たちに交じって、女装したボクが大勢の視線にさらされるんだ・・・そう思うと足がブルブル震えて来た。
「ランさん!こちらですわ」
「あ、レア先輩!」
「あら?震えてらっしゃるのね。わたくしもご一緒するのですから大丈夫。ご安心なさいませ」
と隣に並んだボクの肩を優しく抱いてくれた。すると心細さがスーっと消えて気分が落ち着いてきた。
進行係りの先輩から段取りの説明があって、決めポーズは各競技の特徴を活かすものでと指示があった。ゲオル部は一番最後、ボクはレア先輩のひとつ前の出番と決まった。
「採寸の時、キミを見てパーっとイメージが湧いたんだ。これはまさにキミの為のデザインだ!」
ボクにあてがわれたのはフリルの付いたパフ袖の可愛いスポーツシャツに袖なしのフード付ベストとマイクロミニのスカートだった・・・これホントにボクが着るの?
メーカーのデザイナーさんがボクに渡しながら熱っぽく語ったけど、ひざ上何cmというより股下から数えた方が早いような短さだ。ゲオル部のユニフォームは女学院の中でも憧れのまとなんだそうだが、ここまでするのってどうなんだろ。女の子って根は露出狂なんだろうか?こんなの着たがる気持ちが分からない。ショートパンツで膝小僧を出すのとは大違いだ。ただでさえ足下がスースーするのが苦手だというのに、これじゃあ何もはいていないのと変わらない。
レア先輩のは、白のフード付ワンピースで去年の金賞デザインをベースに機能性を進化させたものだった。ボクもこっちの方がいいなあ・・・。
「ランさん、そんなお顔をなさってはいけませんよ。わたくしたちは選ばれた代表なのですからどんな衣装でも着こなさなければなりません」
「・・・はい。でも・・・恥ずかしいです」
「大丈夫。ランさんならきっとお似合いです。直ぐにわたくしもステージに上がりますからゲオル部代表にふさわしく胸を張ってご披露なさい」
自分はワンピースだからそんなこと言ってられるんだよなあ、とこの時ばかりはボクもジト目になってしまった。
そもそもボクの認識では、女の子がミニスカートをはくのは自分の足を一番綺麗に見せることができる服だからだ。これを着て屈んだりすると当然のことながら下に着けているランジェリーが外から見えてしまうことになるので、着ているだけで自然と恥じらう乙女の仕草になる。男がミニスカートを穿いた女の子にドキドキわくわくするのは、その下に隠されている女の子の秘密を連想するからで、恥じらいながら隠そう隠そうとする仕種、見えそうで見えない状況、そのこと自体が男心をそそるのだ。女の子にとってミニスカートは一石二鳥の勝負ツールなのだ。
でも、それをボクがはくとなると話は違ってくる。男なのに男心をそそってしまうボクっていったい・・・。
控室でレア先輩に、薄くお化粧をしてもらい髪を直してもらっていると、屋内競技場のゲートが開けられたのか、場内に大勢の人が集まってきている雰囲気が伝わってきた。
「さあ、いよいよですわ。気を落ち着けて、しっかり頑張りましょうね」
レナ先輩と相談して、最初にボクがステージに出て途中まで進み、そこで振り返るタイミングでレナ先輩が登場、追いついたところで手を繋いで一緒に最先端に進みポーズする段取りを決めた。折角ゲオル部の新作2種を披露するので、決めポーズは会場に向かってのフルショットスイングになった。
段取りを間違えないように頭の中で反芻していると、大音響で音楽と場内アナウンスが始まった。既に場内は手拍子と拍手と歓声で盛り上がっている。
順調にプログラムは進行しゲオル部の出番が近くなった。レア先輩に手を引かれてボクもステージの横に移動した。
「“さて本日最後にご紹介するのは、昨年の金賞受賞ユニフォームクラブです!伝統ある王立女学院体育会ゲオル部に新風を巻き起こす、機能性と美しさを両立させた未来のユニフォーム!モデルは1年部員ラン・キリュウ・ド・サンブランジュ!今年の新作はこれだああ!!”」
「さあ、ランさん頑張って!」
レナ先輩がポンと背中を押した。それにしてもこのミニ短い。下から見上げられたら下着が見えちゃう。できるだけ太股をくっつける様にして、覚悟を決めてボクはステージに飛び出した。
すると、ランウェイを歩む先輩たちへの声援や拍手、衣装への感想を言い合うので賑やかだった場内がシーンと静まり返った。
「あれ?」
照明がまぶしくてまわりが何も見えない。ボクは何が起きているのか急激に不安になってきた。ひょっとしてボクが男だってバレてしまったのだろうか?




