第12話 ラン女性化進む?
「ランさん。王立女学院に通いはじめて1週間。そろそろ好きな子はできまして?・・・私が言うのも変だけど、キミ、女の子に恋した方がいいと思うの」
ここはボク専用のリムジンの中。運転席との境のガラス窓を閉めているので運転手のユマには聞こえないから、ベルは平気でこういう言い方をする。
「この格好で?そりゃ違う意味にとられるんじゃ・・・」
ボクは自分が着ている王立女学院の制服を見ながら言った。
「いいんですよ、それでも。相手のお嬢様がどう思おうと、ランさんが女の子に夢中になっていることの方が大切なんです」
ボクはベルが言っていることの意味がよく分かった。
「ありがとう、心配してくれて。でも、自分が自分じゃなくなる気がして怖かったんだけど、いまはこうして孤立無縁のひとりぼっちじゃないし大丈夫、と思う」
「・・・とにかく変な気分になったら我慢しないで直ぐに言うんですよ?絶対ひとりで無理しないの!」
ベルは眉をひそめ心配そうにボクを見つめている。
「まるでボクの姉さんだ・・・ベル、ありがとう。好きな子ができたらすぐに言うよ」
女学院に着くと、掲示板の前に人だかりが出来ていてちょっとした騒ぎになっていた。
「どうしたの?」
例の三人娘、ボクの隣の席のクラスメイトたちがいたので
早速声を掛けてみた。
「あ!ラン」
「アナタ大変よ!」
「どうすんのよ?」
とにかく見てみなさいと、腕を引っ張られて掲示板の前に連れていかれた。
「えっと、なになに・・・来月開催される王立女学院祭ユニフォームコレクションの出演者を以下の生徒に決定する。あ!ボクの名前が・・・」
ボクが出演することになったのは、女学院祭恒例のメインイベント『ユニフォームコレクション』だった。
王立女学院祭はいわゆる文化祭で、文化系クラブを主体とする発表会催事なのだが、唯一体育会系クラブが中心となって実施するのがこのイベントなのだ。各メーカーが提案してきた体育会各部向けのユニフォームを、ファッションショー形式で公開し、生徒・教員・来場者の投票で採否を決定するという一大イベントだ。名門女子校のファッションショーだけあって校内に留まらず、一般からの関心も高くマスコミ各社に毎年大きく取り上げられるのだそうだ。
実のところは年頃の良家の娘を品定めする品評会になっているらしい。
「ラン、モデルできるの?」
「う・・・うん。歩き方は教わったことあるけど・・・」
「でもなんでランをご指名なんだろ?」
「まだ1年生なのにね」
「それは・・・週刊誌に書かれちゃったから・・・」
「ああ!ランが実は男の子だったってやつね」
と言うや、いきなり後ろからサリナがボクの両胸に手を伸ばし乳房をモミモミした。
「キャーッ!」
思わずボクは女の子の悲鳴をあげてしまった・・・男なのにぃ。
「私に比べればお粗末だけど、ランだってちゃんとオッパイ付いてるじゃないの」
「チビで発育不全って感じだけど、肌はスベスベだし髪も天使の輪っかが輝いて綺麗だし」
パメルがいきなりボクのヒップを撫でた。
「ヒャーッ!やめてよぉ」
またしてもボクは思わず女の子の反応をしてしまった・・・男なのにぃ。
「まあ、強いて言えばお尻が小さいのが男の子っぽいかな。そこがまた、ボーイッシュで可愛いんだけどねえ」
何ごともなかったように会話を続ける三人娘たち。本人が目の前にいるのにぃ。
教室に入ると今度はクラスメイト全員に取り囲まれてしまった。質問の嵐だったけど、選ばれる立場のボクには拒否権もないしどうすることもできない話ということで、どうにか落ち着いた。
ちょっとだけ分かってきたことは、ユニフォーム・コレクションに出ることは全女生徒たちの強い憧れであり、3年間の学園生活の大きな目標になっているということだった。なんかボクがズルして抜け駆けしたみたいに思っているんだもの。
放課後、部活の前にソーマ先生とキャプテンのリュン先輩につかまった。
「ラン。掲示板は見たわね?」
「はい。でも1年生はボクだけでしたよ?」
「そりゃそうよ。先生が学院長に相談して無理矢理押し込んだんだもの」
「あのお、これに出ると女の子として認めてもらえるんですか?」
「このイベントは各部の次のユニフォームをどれにするのか選ぶのが目的なんだけど、出演する生徒は王立女学院の3年生の中から選抜された選りすぐりの美少女な訳でしょ?社交界の花、将来のお嫁さん候補を見る機会にもなっているのよ」
「つまりだ、ここに出るということは世間から美しい女性、として認識されるって訳だ。ゲオル部からレアが選ばれたのもそういうことだ。え?どうしてキャプテンは出ないんですかって?」
パシッと後ろ頭を叩かれた。そんなことひと言も言ってないのにぃ。
「3年の為のイベントだから、ランはオマケみたいなもんだけど、誤解を解くためしっかり女やってこい!」
とポンとキャプテンにお尻を叩かれた。
「ランさん、こちらにいらっしゃいな」
放課後の部活でショット練習をしていると、レア先輩がボクを手招きした。傍に行くとボクの髪を手で優しく撫でつけてリボンを形良く直してくれた。
「レア。そうして面倒を見ている姿はホント姉妹だな」
キャプテンがニヤッとしながら言った。
「でしょ?なんだかとってもランさんのことが可愛くって」
と言うやギュッとボクを抱きしめた。レア先輩の胸の膨らみに顔を埋ずめられて、ボクはドキドキ真っ赤になってしまった。
「レア。あんまり過激なことをするとランが鼻血出すぞ」
「うふふ。ランさんって細くて小さくてなんだかお人形さんみたいなんですもの。せっかくユニフォームコレクションにご一緒するのですし、いろいろ可愛くして差し上げたくって」
ボクは放課後で部活のないときには、レア先輩の家に招かれることになった。
シモン侯爵邸は学院から地上車で20分ほどの市街地にある壮麗なファサードの館だった。ここからだと王都の中心にも近く、繁華街も徒歩圏にある。
「じゃあ、今度はこの髪型を試してみましょうよ」
椅子に座らされたボクは、着せかえ人形だった。レア先輩が、御用達の美容師とああでもないこうでもないと話をしながら、次々ボクの髪をいじっているのだ。
「これでいかがでしょうか?」
「あら!可愛い。これが一番可愛いんじゃないかしら」
鏡を見てボクはドキッとしてしまった。なんて可愛い女の子なんだろう!前髪を綺麗に眉のラインにそろえ、サイドは顔の輪郭にそって左右二房おとがいまで垂らし、頭のてっぺんはティアラみたいに編み込み、後ろはポニーテールになっていた。そこに映っているのは自分のはずなのに自分ではない感じだ。
「どう?お気に召して?」
「レア先輩、こんなに可愛くして頂いて!ありがとうございます」
「うふふ、よろしくってよ。わたくしも楽しませて頂きましたもの」
「ランさん・・・可愛いです!その髪型とってもお似合いですよ」
帰りのリムジンの中でまじまじとボクを見ながらベルが言った。
「ベルの言ってた質問に答えるけど、ボクにも好きな子ができた感じなんだよね。でもその子、ボクのことをどんどん可愛い女の子にしちゃうんだ・・・」
「見た目と中身は別の話ですから。どんなに可愛くなっても、ランさんの気持ちが男のままでいればいいんです」
「とは言っても、ボクだって自分の姿を鏡に映して見せられてドキッとしちゃったよ。なんだか可愛く綺麗にされるのが心地よくなってきちゃったし・・・」
「・・・それにしても、うちの姫様をこんなに可愛くなさるなんて。レアお嬢様はなんて素晴らしいセンスをお持ちなのでしょう」
帰ってからも宮殿中で、ボクの髪型がとても可愛いと評判で、夕食のとき公爵も目を細めて喜んでいた。
「きゃあ可愛いい~!」
「あらカワイイ~!」
「かわいい~!」
翌日、登校すると早速注目を浴びてしまった。自分で言うのもなんだけど、今朝もベルに髪をとかしてもらいセットされていく鏡の中の女の子を見ている内に、なんだかドキドキしてきたのだ。なんて可愛いんだろうって。ひょっとしてナルシストになっちゃったのだろうか?
「ラン、今日は部活ない日でしょ?帰りにどこか寄ってかない?」
ミーシャから誘われたけど今日は先約があるのだ。
「うん。でも部活がない日はレア先輩の家で、ユニフォームコレクション前の特訓をしてもらっているんだ」
「へえ、そうなんだあ」
「この髪型だってレア先輩にやってもらったんだよね」
「いいなあ~!みんなの憧れレア先輩に面倒みてもらえるなんて幸せすぎだぞ!コラ」
ペシッとどつかれた。
「さあ、できましたわ。ランさん、鏡をご覧なさいな」
そこには生きたビスクドールがいた。鏡の中には、レースに縁取られた真っ赤なベルベットのドレスを着た、陶器のように白い肌を少し上気させた華奢で可愛い女の子がいた。
「き、綺麗・・・これがランなの?」
「ね?わたくしのお選びした服とお化粧の組み合わせの方が、ランさんにはお似合いでしたでしょ?」
「か、可愛い・・・これホントにワタシなの?」
「うふふ。ランさんは色白でお綺麗だからお人形さんより着せ換えが楽しいですわ」
うっとり鏡を見つめている自分と目があった瞬間、ボクはドキッとした。何が起きたのか急に気がついた。これって・・・ボクいま完全に女の子になっていた!
「せ、先輩。今日はこれで失礼します!」
ボクは逃げ出すように慌てて帰宅した。車の中で何があったのか話したらベルも心配してくれて、部屋に戻ると直ぐヴェーラ博士に映像通信することにした。
「ランちゃん。なにかしら?」
「先生。ときどき自分でも分からない内に女の子になっているときがあるんです」
ヴェーラ博士はボクを頭から爪先までじっくり観察して言った。
「今も見た目は完全に女の子ね。それも相当可愛いわよ、キミ」
「いや、そういうんじゃないんです。心の中で分からなくなっちゃうんですよ」
「ふうむ・・・それって女の子でいることが快感になってきた、そうじゃない?」
「うう・・・自分の姿にうっとりしちゃったんです」
「あら、それはご馳走さま。綺麗な女の子 冥利に尽きるわねえ」
「男に戻れなくなる兆候なんじゃないでしょうか?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるわね」
「怖いんです、ボク」
「前にも言ったけど、綺麗な女の子にしか経験できない楽しみっていっぱいあるのよね」
「はい。最近ちょっと理解できた気がしています・・・」
「そう。なら話は早いわ。キミの抱えている問題はね、一種のストレスなの。宰相閣下との約束は地球に戻るまでの間、女の子になることでしょ?精神的に最も負担が少ないのは、嫌々ではなくその状況を肯定的に受け入れることなの」
「でも・・・元に戻れなくなってしまったら?」
「男だろうと、女だろうと、キミはキミでしょ?その時点になってから、自分の気持ちに素直に従えばいいんじゃないのかな?」
「・・・このまま女の子、ということも?」
「それはキミが決めることよ。いま心の中の葛藤がキミの精神を蝕んでいるのね。それを無くすには、自分は自分だと思えるようにすることが必要なの。いいじゃない、女の子のままでも。だけど先生はキミは男の子に戻る道を選ぶと思うな」
「先生・・・ホントにそう思いますか?」
「ええ。どんなに綺麗で可愛くなっちゃってもキミはやっぱりキリュウアラシよ!」
ボクは気持ちが一気に弛んでくるのが分かった。
「えへへ・・・先生と話したら何だか気が楽になりました」
「その意気よ。いつでも連絡してらっしゃい。じゃまたね!」
その日からちょっとだけ自分でもオシャレを楽しめるようになった。女の子言葉も仕草もそんなに恥ずかしがらずにできるようになったのだ。