第11話 ランの秘密がバレた?
「それでね、第3打地点に行ってみたらレア先輩と同じ所にランの球もあったの。レア先輩はたった300mだったのにランは800mもぐるっと旅してきたのにですよ?レア先輩ったら平気な顔で『ね?ランさん、結構トリッキーだったでしょ?』ですって」
夕食のときボクは女学院であった一日の出来事を話す。
喋るのは一方的にボクばかりで、相変わらず公爵は憂いに満ちた顔をして時々頷くだけなんだけど、ボクと一緒に居るときは少しは心が和んでいる様子だ。
ボクは、公爵一家に起きた悲惨な事故のことを聞いてから、できる限りマリアナ姫の代わりを務めよう、よい娘でいようと思っている。だからちょっと照れくさいんだけど、公爵の前では女の子言葉で可愛く喋るし、仕草も娘らしくするようにしているのだ。
「それで、ランは勝ったのか?」
あれ?珍しく公爵が問いかけてきた。これってよい兆候かも。じゃあ目一杯甘えた声出そうっと。
「そんなあ~!それは無理ですよぉ。初めてまわるフィールドだったし、ランはまだ1年生なのにうちの部でも一番上手な先輩たちの組に入れられたんですよぉ。レア先輩の圧勝でしたの」
「シモン伯爵の令嬢はそんなに上手かね?」
「ええ。とっても上手ですし、とっても素敵なんです。ランもレア先輩みたいになれたらなって憧れちゃいました」
「はは。ランはわが公爵家の姫だ。3年生になる頃にはきっと誰からも憧れられる先輩になるだろう」
よおし!ここはもう一押ししちゃおう。
「その為にはもっと上手にならないと。ねえ、お父様。ランにゲオルを教えてくださいません?いっしょにゲオルしましょうよ」
「予とか?」
「ええ。お父様とってもお上手なんだってリネアさんから伺いました」
「リネアがそんなことを・・・。確かに、昔はよく妃とゲオルをしたものだったが・・・」
公爵はどこか遠くを見るような目で呟いた。きっと幸せだった頃のことを思い出したのかもしれない。
「こう見えてもランは、うちの部で一番の飛ばし屋なんですよ。お父様にだって負けないかも!」
あれ?すごく疑わしそうな、面白がっているような目でボクを見たぞ。
「ほほお。ランの身長はどれほどかな?」
「並んで比べてみましょうよ!ね?」
と言ってボクは公爵の大きな手を取って立ち上がらせた。
こうして改めて傍に立つと見上げるような大男だ。210cmはあるんじゃないだろうか。ボクはプルプルしながらつま先立ちして目一杯背伸びして見せた。
「あはは。ラン、足がふらついておるぞ。こんなおチビさんが、予と張り合おうというのかね?」
「ねえ、いっしょにやりましょうよぉ!」
「ランはしょうのない甘えん坊だな。よし、明日は休みだ、王室ゲオルフィールドに連れていってやろう」
「やった!」
と言ってボクは公爵の首に抱きついて頬を寄せた。すると公爵が笑いながらボクを優しく抱き上げてくれた。壁際で控えていた執事たちがびっくりした表情で顔を見合わせたが、直ぐに笑みに変わった。
「姫様。今日はとっても良いことをなさいましたね」
寝間着に着替えてベッドで、メイドのレーネの給仕でミルクとチョコレートを食べさせられているとき、傍に控えていたベルがポツリと言った。
「なんのこと?」
「公爵様がお笑いになった、それも声を立てて笑われたと執事たちから聞きましたよ」
「明日お父様にゲオルに連れていってもらうことになったの。それが嬉しくって思わず抱きついちゃったんだ。そうしたらお父様が笑ったんだよ」
「うふふ。目に浮かぶようですわ。姫様が来られてからというもの、宮殿中がパアッと明るくなった様です」
そう言えばここに来てから2週間、最初の頃は成り立ての姫だから、宮殿中の人たちがボクの一挙手一投足を厳しい目で観察している感じだったんだけど、この頃は何をするでもなくボクがその場にいるだけで、みんなが笑顔になっている気がする。
ベルもお披露目パーティーの翌朝から、まるで教育係みたいにボクを厳しく指導する感じだったのだけど、最近はなんだか優しくなった感じがする。
「ベル。これを着るの?」
「これを着た姫様のお姿を見たら、きっと公爵様お喜びになりますよ」
「でも・・・いくら何でも恥ずかしいよ。これ」
「姫様!これは養女としてのお務めでございます。お披露目のビスチェドレスだって、どんなに公爵様が慰められたことでしょう。亡き姫の代わりに、と思ってらっしゃるならお覚悟を」
「分かったよ。もう、ベルの好きなようにして」
ボクは目をつぶって観念したように大きく手を広げた。
「マリアナ!・・・いや、ランなのか?・・・そうか、そうだったな。ラン、とても可愛いよ」
着替え終わったボクがベルに手を引かれて嫌々ロッカールームからロビーに出てきたら、既に準備を済まして待っていた公爵がしばし目を瞬かせたあと、びっくりした様に言った。
「申し上げたとおりでございましょ?姫様」
ベルがこっそり耳打ちした。
ロビーの大きな鏡に映ったボクは、髪を真ん中から二つに分けて耳の上で大きなリボンで括ってお下げにし、フリルのショートパンツにシフォンのフード付ベビードールワンピース、足にはフリルの白いソックス。見るからに女の子らしい、でもちょっと幼い感じの格好だった。
鏡の奥ではロビー中の人たちが一斉にボクを見ていた。こんな可愛い格好恥ずかし過ぎ!ボクは自分の姿を見つめ直して真っ赤になってしまった。
「公爵、今日は姫君とご一緒のラウンドですか?」
「ええ、ランにねだられましてな」
「うらやましい!こんな愛らしい姫君と一緒に回られるとは」
公爵は少し嬉しそうにボクを連れてスタート地点に向かった。
王室ゲオルフィールド最初のホール『立春』は640mの打ち下ろし、正面にゴールである鐘が光っている。
「ランから打ってごらん」
「はい。お父様」
今日のソードラケットは、公爵がこれを使ってみなさいとクラブハウスから試打用の最新型の機種を借りてくれたものだった。使い古された部活のものとは大分違ってピッカピカだ。
ボクがスタンスを取って構えると形状が変化し始めた。
「うむ。素晴らしい集中力だ。同期も完璧。初めて触れた機種とは思えない。距離感もしっかり取れている」
鋭く長く形状が変わり目映い金色に光始めたソードラケットを振り抜くと、低めに飛び出した金属球が100m先でホップしグンと高度を上げると急加速して遙か彼方に飛んでいった。
「おお!これは・・・真っ直ぐ鐘に向かっているぞ・・・お?乗ったか?乗ったんじゃないか?」
公爵が興奮している。後ろで拍手も起きた。振り返るとボクたちの次にスタートする人たちが見ていた。
「公爵、姫はお噂通りまごうことなき女神の再来でしたな!」
「いやあ驚きました。その小さな身体であれだけ飛ばすとは」
「これはリシュナ侯爵。ご子息もご一緒でしたか」
公爵がボクを呼ぶと二人に引き合わせた。リシュナ侯爵と呼ばれた人物は公爵より少し年上の感じの恰幅のいい人だった。子息を見たとき、あれ?ボクいまドキッとした?・・・なんだろ・・・ドキドキしてる・・・どうしたんだろ・・・。
「何かわたしの顔についていますか?」
背の高い青年貴族の爽やかな笑顔から目が離せないでいたことに気がついて、慌てて俯いてしまった。
「ラ、ランです・・・はじめまして」
「こちらこそ。ユージンです。姫とお近づきになれて光栄です」
真っ赤になって下を向いたままボクが片手を差し伸べると、ユージンは軽くボクの震えている指先を受け取るようにして握り返した。
その後、公爵が550m飛ばして、第2打を鐘の手前1mに付けた。ボクは1打目が鐘の横15mに乗っていたけどそこから3打も叩いてしまった。集中力が切れてしまったみたいだ。
その後もフワフワした気持ちのままで8ホール『冬至』まで来てしまった。折角連れてきてもらったけどどんなフィールドだったのかもよく思い出せない。
でも、公爵はいい天気の中で久しぶりにゲオルをプレーし、マリアナ姫に瓜二つのボクと一緒に休日を過ごしたことでとてもリラックスしたみたいだった。
その晩、ボクは悲鳴を聞いて目を覚ました。
「?」
ボクはベッドから落ちかけているところをベルに抱き抱えられていた。
「・・・大丈夫。大丈夫だから。アナタはいまでもちゃんと男の子なんだから」
男の子?・・・いまベルがそう言った?・・・バレた?・・・ベルと目が合った。
「ベル?いま何て言った?・・・ひょっとしてボクの本当のことを知っているの?」
「・・・知ってしまったのです。お披露目パーティーの夜、眠っていたアナタを着替えさせたときに」
「・・・バレてたんだ・・・女装した男がお姫様なんて・・・ボクのことずっと気持ち悪いと思ってたんだね・・・もうここにはいられないや」
「いいえ。秘密は誰にも言っていないし、これからも言いませんよ」
「え?」
「最初は・・・そりゃ驚きましたよ。公爵様をだますなんてとんでもない奴だ、どうにかして懲らしめないとと思いました。でも、アナタが亡きマリアナ姫の代わりを務めようと、それは健気に努力されている姿を見ているうちに考えが変わりました。アナタなら公爵様を再びお幸せにできるのではと」
「黙っていてくれるの?」
「ええ。実はアナタの主治医ヴェーラ先生ともお話しているんです。秘密を守りアナタを助けてくれるなら、と事情を全て話してくださいました」
「そうだったんだ・・・」
「アナタも女性の身体には毎月来るものがあることくらいはご存じでしょ?ヴェーラ先生は、私にそのカムフラージュを依頼されているんです」
そういえば保健体育で習ったけど女の子には生理があるんだった。迂闊にも忘れていた。ボクに生理が来ないと知れば当然みな怪しむことになるのに。
「レイネとカーラはボクのこと怪しんでいるんでしょ?」
「いいえ。あの二人は全く疑っていませんよ。なぜなら、いまアナタの生理は私と同時なんですから。という訳でいまでは私も立派な共犯者」
ベルはいたずらっぽく片目を閉じるとそう言った。
「ありがとうって言った方がいいよね?ベル、ありがとう。・・・そういえば悲鳴が聞こえたけど、あれはベル?」
「いいえ。ランさんアナタの悲鳴です。あなたはウワ事で、女になっちゃう、戻れない、もう戻れない、と悲鳴を上げて叫んでいたんです。メイドたちも駆けつけたんですが、私が看病するからと部屋から出しておきました」
「・・・ボク、どうしてそんな悲鳴を上げてしまったんだろう?」
「アナタは、このところ公爵様の前で女の子になろうと頑張り過ぎたんです。特に今日はとっても無理をね」
「?」
「私がお勧めしたせいもあるんですが、女の子らしい衣装と仕草と言葉遣い、それに女性ホルモンの投与もあって精神的に女性化が進み、何か自分を女だと感じてしまう出来事に遭遇して、男としての自我を見失ってしまったのだろうと思います」
ボクには心当たりがあった・・・ユージンを見た瞬間に感じた気持ち、あれは間違いなく恋する気持ちだった。
あろうことかボクは男性に夢中になってしまったのだ。
あれこそがボクが男であることを見失った瞬間だったのだ。
なんだか急に怖くなってしまった。ボクは両腕で自分を抱きしめながら震えていた。小さいけど自己主張してくる胸の膨らみがこんなに悲しいなんて・・・。
「ランさん、大丈夫ですよ。これからは私がついているんですから。アナタは私の前では男の子でいいんです」
ベルはボクの肩にガウンを掛けながら、優しく抱きしめてくれた。
「ランさんは地球に帰らなければならないんでしょ?その日までは女の子として頑張らなくっちゃならないんでしょ?これからは侍女の私が、男の子だと分かった上でお手伝いするんですから、どんな困難だってどうとでもなりますって!ね?」
ベルの笑顔を見てボクの震えは止まったけど、自分が自分でなくなってしまいそうな恐怖は心の奥底に暗い陰となって残っていた。