第10話 ランと部活とレア先輩
「ラン、違う!ゲオルは自然との闘いよ。風を味方につけるか敵にするかで攻略法が大きく変わってくるの。もう1度!」
担任でもあるゲオル部顧問のソーマ先生が厳しい口調でボクのショットにダメ出しをした。
ここは王立女学院のキャンパス内にある、専用ゲオル・フィールド。高い樹木が茂った森の中に各ホールがセパレートされて点在しているので、ただでさえ背丈が低いボクからすればまるで回廊の中でゴルフする様なイメージだ。
「ラン、あなた素晴らしい才能を持っているのよ。それを発揮できないこと自体が罪なんだから!」
他の1年部員たちとは違って、ボクにはもの凄く厳しいんだ。
王立スポーツ研究所では、フィジカル・トレーニング主体で、球を打つのは打ちっ放しのショット練習ばかりだった。
おかげで飛距離とボールコントロールは大分身についたんだけれど、こうして実際のコースを使ったショット練習になると、風や地面のアンジュレーションで、なかなか狙い通りにはいかない。ボクの場合、この惑星の重力に慣れていないというハンデもあるしね。
ゲオルは思った通り、ゴルフの親戚みたいな競技だった。
自然を活かした複雑な地形に、林檎くらいの大きさの鐘が設置され、ソードラケットで金属球を打ち、当てて鳴らすとクリアになるゲームだ。ゴルフ同様に打数は少なければ少ないほどいい。
不思議なのは打数によって音階が変化することだ。ゴルフボールよりひとまわり大きい金属球に、何か仕掛けされているみたいなんだ。
打った数が少なければ少ないほど澄んだ高音域の鐘の音がして、打数が増えるとどんどん低音の鈍い音になる。観戦するギャラリーはその音にも熱狂するみたいだ。
ゴルフ風にいうと1ラウンドは8ホール。
18ホールあるゴルフに比べると随分少ないけれど、距離が100m前後から2km近くまであるので相当タフだ。
ホールの名称は四季の八節で現されている。1ホール目が『立春』2ホール目が『春分』。以下3番『立夏』4番『夏至』5番『立秋』6番『秋分』7番『立冬』8番『冬至』だ。
勝敗はひとつでも『節』を多く取ること、『節』が同じ数の場合には延長戦となり、最初に取った方の勝利となる。ゲオルは何人でもできる競技だけど、ボクが出ることになる女神杯は1体1のマッチプレーで行われる。
「それじゃあ組分けを発表するわね」
今日は仕上げに部員を4人づつ組に分けて実践形式で試合をすることになった。
競技方法は各組ごとのスキンズマッチ、4人の中で一番少ない打数で上がった人がその『節』を取る。同打数の場合には次の『節』に持ち越す。
ボクは2年の飛ばし屋シャーロ先輩、3年でキャプテンのリュン先輩、そして3年でエースのレア先輩と一緒の組だ。
レア先輩は、シモン伯爵家の令嬢で、宰相閣下がボクがお手本にすべき女性と言っていたひとだ。
女学院の生徒会長でもあり才媛中の才媛。光輝く亜麻色の腰まである長い髪を、白いレース編みリボンのカチューシャで上品に押さえ、レース細工のプラチナホワイトの耳飾りを付けて、膝丈の真っ白なフード付ノースリーブワンピースを上品に着こなしている。色白な素肌が際立ち、あんまり綺麗で、仕草も華麗なものだから、ボクも思わず見とれてしまう。
男の子だったら誰だってこんな美少女には思いを寄せたいと思うはずだよ。でも、いまのボクの姿で告白すると、違う意味になっちゃうんだよね。少女体型のボクが、完璧な女性体型のレア先輩に思いを寄せる姿はどうみても“お姉さま”になっちゃう。
ちなみに、今日のボクの格好はレア先輩とお揃いのノースリーブの真っ白なワンピース。何種類かユニフォームがあるんだけど、たまたま趣味が一致したみたいなんだ。髪は白いレースのリボンでポニーテールにして、大きめのひさしのキャップの髪留めの隙間から垂らしている。胸が小さいしお尻も小さいから、レア先輩のようにスポーティーには着こなせないんだけど、皆からレア先輩の妹みたいで可愛いって言われた。
「それじゃ、わたくしから行きますわね」
レア先輩が第1打をフィールドの右寄りに打っていった。
次はシャーロ先輩。飛ばし屋だけあってレア先輩より30m先の真ん中。
三番目はキャプテン。レア先輩とほぼ同じ位置だ。
最後はボク。コースに出てゲームできるのが嬉しくって目一杯ソードラケットを振り抜いた。シャーロ先輩から80m先の左側。
「ヒュ~!ランはやっぱ凄いわ」
キャプテンが思わずため息混じりに言った。レア先輩はいつもの微笑みのまま。シャーロ先輩は口惜しそうに唇を噛んでいる。
レア先輩の2打目は花道を転がって鐘をかすめるように1.5m奥で止まった。キャプテンは手前3m。シャーロ先輩は奥5m。
次はボクの番だ。鐘までは70mほどだが、左側からだと手前の池を越えなくてはならなかった。
・・・それで先輩たちは花道の使える右寄りに打っていたんだ。池には落としたくないし、ここはひとつ・・・ボクが弾道をイメージするとソードラケットの形状が変化し、球を当てるフェース面が上を向き、刻まれた溝が深く鋭くなった。全体の長さも振りぬきやすく短くなった。
「ピシッ」
ボクの打った球は、高々と舞い上がると鐘の奥5mに落下した。でもここからが見せ所、強烈なバックスピンがかかって鐘をかすめるように戻ると手前1mに止まった。
「ランさん、お上手!」
レア先輩が褒めてくれた!結局『立春』は、ボクとレア先輩とキャプテンが3打目で鐘を鳴らしたので引き分け、持ち越しとなった。
その後、『春分』『立夏』も引き分けとなり、勝敗のつかないまま4ホール目の『夏至』を迎えた。
「さあ、ここを取れば一気に4節ゲットね」
キャプテンが皆に気合いを入れた。
このホールは全長1030m。遙か彼方に刈りそろえた芝生が伸びているのが見えたが、先の方はよく分からない。
1ホール目に後れをとったシャーロ先輩が最後になっただけで、以後は打順も変わっていない。
レア先輩がソードラケットを構えながら、
「ランさん、ここは結構トリッキーですわよ」
と言って、思い切って振らずに100m辺りに球を転がした。
「そう来たか」
と言いながらキャプテンは、持ち球で280m先の左側に。
ボクの番になった。でも、初めて回るコースだからよく分からない。こういう時はコースなりに・・・とフルショットで500m飛ばしてセンターに。重力が軽いもんだからホント良く飛ぶんだ。
シャーロ先輩は、いつものショットよりは少し控えめに280m先の左側に打った。
「ランさん、ナイスショットでしたわ。でも勝負はこれからね」
長い髪を手櫛で整えながら、ニコッと微笑んでレア先輩が言った。
レア先輩の球のところに行ってみると、右側の林が丁度そこだけ10mほど開いていて、200m先にコースが見えた。なるほど、ここからならショートカットできる訳だ。
但し左右は密な森だ。余程曲げない自信がなければ打てない場所かも。
レア先輩は、全く力みもなく「ピシッ」とショットして200m先に球を持っていった。さすがウチのエースだ。
キャプテンとシャーロ先輩の球のところに行ってみると、右側の林が幾分低くなっていた。二人は果敢に林の向こう側に打っていった。
ボクの球は曲がり角にあった。このコースはゴルフで言うと右ドッグレグという奴だが、なんとヘアピンカーブだったのだ。
ボクは折り返し地点まで球を打って、まるで元の場所に戻るみたいに500m先を狙うことになったというわけ。
両側に林が迫っていて結構狭いので、ボクは正確に打てる限度である300mショットで第2打を打った。
行って見ると丁度レア先輩の球と同じ地点に止まっていた。
「ね?ランさん、結構トリッキーだったでしょ?」
「あんなに飛ばしても結局同じ所になっちゃいましたね。でも、レア先輩といっしょならそれだけで嬉しいです!」
「あらまあ、ランさんたら」
170cmあるレア先輩を少し眩しそうに見上げながらボクは胸がドキドキしていることに気がついた。
「ラン。なあに真っ赤になってんだ?」
シャーロ先輩が居たのを忘れていた。しっかり突っ込まれてしまった。
「ホント真っ赤かだ。でもさあ、こうしてお揃いのワンピ着ているところを見るとまるで姉妹だな」
キャプテンまでチャチャを入れてきた。
「うふふ。ランさんが妹なら大歓迎ですわ」
やった!レア先輩が妹として認めてくれた、ってそうだよね、やっぱりこの格好じゃボク、妹なんだ・・・。でも一緒にいられるなら、それもいいかも。
「レア先輩。ホントに妹にしてもらえますか?」
「ええ、よろしくってよ」
ボクが喜びで飛び上がりそうになりかけたら、キャプテンが面白いものでも見るようにボクを観察しながら冷たく言った。
「レア。ランでお前の妹何人目だ?」
「さあ・・・皆さん、わたくしのことを慕ってくださいますから」
「というわけだ、ラン。レアは人気もんだから独り占めしようなんて思わんことだ。だが、ま、少なくともゲオル部ではオマエが妹だな」
ボクはゲオル部では絶対妹になってレア先輩、もといお姉さまを独り占めしてしまおうと決意を固めた。
結局、3打目をきっちり鐘の傍に付けたレア先輩がこのホールを取って、持ち越しになっていた分と合わせて4節をゲットした。
次の立秋はレア先輩とボクが引き分けた。その結果5ホール目で4節取っているレア先輩が勝利した。
「よし。今日はここまで。お疲れ様」
「お疲れ様でした!!」
「ランとキャプテン、ちょっといいかしら?」
部活を終えて帰り支度をしていると、ソーマ先生に呼び止められた。
3年生でキャプテンのリュン先輩とボクは先生について顧問室に行った。
「これを見て欲しいの」
ソーマ先生はデスクから週刊誌を取り出すと付箋のしてあるページを開いて差し出した。
『女神の再来?王立女学院期待の1年生は男だった!?』
の見出しに、明らかにボクと分かる写真が載っていた。盗み撮りしたものらしく露出の悪い連続写真で数カットあったが、ボクがフードのない服で走っている姿だった。まだ髪も短く膨らみも丸みも少なく少年っぽい。
「これはどういうことかしら?」
「いや・・・これは、スポーツ研究所で・・・そう、ロードワークやった時のものかと・・・」
「ラン。どうして男の服なんか着たの?」
「夜だったし・・・外の空気が無性に吸いたくなって、変装したら抜け出せるかと」
「ランはいつだってマスコミに注目されているのよ。ホント不注意なコね!」
「スミマセン・・・でもボク、お・・・女ですから」
「そんなこと分かってるわよ。身分証も正真正銘女性だしね」
あの時はヴェーダ博士のキツいカリキュラムとホームシックのダブルパンチで気分的に相当参っていたんだよね。
まさか出来心で研究所の外に抜け出した時の写真を撮られていたとは。
公爵も宰相閣下もオスダエルじいちゃんたちも、きっとこれを見ているに違いない。
ここで男であることを明らかにされてしまったら、ボクのこれまでの努力も、喪失した身体の一部も、そして地球への道も、ヒムス家の人々の信頼も、何もかも失ってしまうかもしれない。
「さて、問題はどうやったらこの噂を払拭できるかね」
「先生、キャプテン!女であることを認めてもらう為なら、ボク何でもします!」
「そうだ!来月の女学院祭を利用したらどうでしょうか?」
「女学院祭?・・・そうか!あれならマスコミも文句の付けようがないわね!」
「ラン。アンタが何でもするって言ったんだからね!」
何でもしますと言ったものの、ボクは急に不安になってきた。
こうしてボクを女として世間に認めさせる計画が、ゲオル部全体を巻き込んで進められることになってしまった。