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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第10章 「女子ゴルフか男子ゴルフか」
109/110

第106話 勝利の後で

「“『入った! 入った! 入ったあ! アプローチが直接カップイ~ン!! イーグルが決まったあ!! キリュウ君の優勝で~す!!』”」


ニュースのスポーツコーナーで女子アナが絶叫している。


「“『満面の笑みで歓声に応えるキリュウ君! ああっ? きゃ~あ! キリュウ君が! 芝生に両膝をついてそのまま前倒しに!』”」


ズームインしたカメラが、意識を失ったボクに駆けよる日本ゴルフ連盟の河原理事と競技委員の姿を捉えたところでVTRからスタジオに戻った。


「“ウィニングショットを決めたものの、キリュウ君は精も根も尽き果てるまで全力でプレーをした為、気を失ってしまったんです”」

「“神隠し少年、大丈夫だったんですか?”」


男性キャスターが心配そうに尋ねる。


「“ええ。駆け付けた大会関係者の介護で直ぐに意識は取り戻し、ちゃんと自分の足でグリーンに上がってカップからボールを拾い上げました。さもなければ最終ホールでカップインしながら途中棄権にされてしまうところでした。ほほ笑みながら拍手に応えてるこちらのシーンをご覧ください”」


ボクが、ピンが刺さったままのカップから細い指先で球を取り出すシーンが映る。


「“ああ、よかった。ホッとしましたよ。でも顔色が悪いですね。もともと陶器の人形のように色白なのに血の気がまったくないじゃないですか!”」

「“ええ。ホールアウトしてスコアカードを提出した後、直ぐに付添いの先生方に両肩を支えられ、足を引きずりながら救護室に連れて行かれましたから”」

「“やはり神隠し少年には男子大会はキツかったのでしょうね?”」


そう男性キャスターが言ったのを聞くと、例の全国放送の方の女子アナは憮然として一瞬だけど鋭い目で睨んだ。


「“最終日は予選の2日間と違って、急な寒気と強風という最悪のコンディションだったのです。スタートの早かった組はそれほどでもなかったのですが、上位の組ではどの選手も急変する天候で相当体力を奪われたみたいです。なかでもキリュウ君は、大会本部から女子のユニフォームで出場するように言われていましたからね。やはり女子選手はユニフォームがスカートなので足を露出させている分、ズボンをはいている男子選手より負担が大きかったのだと思います”」


いつもと変わらぬ口調に戻ると、冷静に状況を分析してみせた。


「“なるほど、そういうこともあった訳ですか。それにしても春高ゴルフの優勝で、神隠し少年はいよいよゴルフ界注目のマトになりましたね”」

「“はい、その通りなんですよ。先ほどのVTRにも写っていましたが、キリュウ君の組に付いてプレーを視察していた日本ゴルフ連盟女子強化委員長の河原理事にお話を伺いましたのでそちらもご覧下さい”」


VTRになるとクラブハウス前で、河原理事が女子アナの質問に答えていた。


「“『キリュウ君は実に素晴らしい選手です。立場的にはキリュウ君を国際大会で通用する女子アマ選手に育てようと考えていましたが、この悪天候の中であれだけの精神力あれだけのゴルフレベルを示せたとなると、もはや活躍する舞台が違うのかもしれません』”

「“『と言いますと?』”

「“『女子アマはもとより、男子アマでもキリュウ君の才能は勿体ないでしょう』”」


再びスタジオに戻ると男子キャスターが興奮気味に言い出した。


「“というと? というと? 神隠し少年はいきなりプロの世界ですか?”」

「“アマチュアとはいえゴルフ競技の強化責任者の発言ですから実力は折り紙つきと言えます。あとはプロ組織側とキリュウ君本人の意思次第でしょうか”」

「“いやあ今年のゴルフシーズンからは目が離せなくなりましたね。それでは全国のお天気にまいりましょう”」


テレビ画面が天気図に変わると、父さんが言い出した。


「それでアラシ、おまえはどっちに行きたいんだ?」

「もちろん女子よね?」

「そうかなあ。アラシちゃんは女の子の中に混じるより紅一点の方がいいと思うわ」


母さんと姉貴の意見が分かれた。


「アラシ兄・・・アラシちゃんは、高校生なのにプロになっちゃうの?」


とハヤテ。


「みんなの急く気持ちも分からないじゃないけど、今日くらいは優勝の余韻にひたらせておいてくれない? 当の本人としてはさっき家に帰り着いたばっかりなんだもん。疲れちゃったよ」


とボクは、ぐったりした表情でソファに深く身を沈めながら言う。


「そ、そうよ。そんな話は後にしましょ」

「テレビが煽るもんだから。ついついこっちまでその気になってしまったじゃないか」

「それにしても、アラシがこんなにやつれちゃってるなんて思いもしなかったわ」

「テレビって実際より太って写るんだって言ってたけど本当だったのね」

「こんな細っそい華奢な身体で、よく男の子たちと3日間も渡り合ったもんだわ」

「アラシ姉・・・アラシちゃん、ボク足揉んであげるよ」

「こらハヤテ! アラシちゃんに男の手で触らない! マッサージは姉さんがしてあげるんだから」


皆、急に慌てて言い繕いはじめる。いつもながらのわが家の風景に戻ったようだ。


春高ゴルフ最終ホールを終えてスコアカードを提出した後、椅子から立ち上がるのも辛い状態になっていたボクを心配して先生方が救護室へ連れて行ってくれた。

そこでしばらく横になれたおかげで随分回復したのだけれど、それでも表彰式にはフルで参加できずボクは優勝杯授与と記念撮影のところだけ顔を出した。


ボクが表彰式の会場に入ったら一斉にフラッシュが焚かれて、もの凄い数のマスコミが残っていたことが分かった。競技が終了して1時間近く経っているのに取材陣が帰ろうとせず、大会組織委員会は針のムシロだったみたいだ。


強くボクの共同会見を求められていた様子だけれど、ボクの体調があまりに悪そうなのを見てさすがに無理と思ったみたいだ。


テレビのインタビューも断って、会場を後にしたのが16時半。監督の大多の運転するレンタカーで米原駅に出て、新幹線を乗り継いで東京に着いたのが20時過ぎ。カッちゃんに家まで送ってもらって、ようやくさっき帰りついたばかりなのだ。全国放送のスポーツニュースに間に合ってよかったのだけど。


「だから、おみやげを買うヒマはなかったんだ・・・」

「何を言ってるんだ。父さんたちにとってはアラシの優勝が最高のおみやげだよ」

「そうよアラシ。佐久間君が抱えてきてくれたけど、これ優勝杯なんでしょ?」

「うん。そうだよ」

「じゃあ早速、アラシの部屋に飾っておくわね」


≪ポロロロロン♪ ポロロロロン♪ ポロロロロン♪≫


とその時、電話が鳴りだした。母さんが受話器を取る。


「はい、キリュウでございます。はい? あ! 津嶋様。はい、ありがとうございます。ええ、そうなんですよ。はい、今代わります。アラシ、津嶋さんがお話ししたいんですって」


と言いながらボクに手渡した。


「はい、代わりました」

「“キリュウ君おめでとう。見事な勝利だったね”」

「ありがとうございます。ニュースでご覧になったんですか?」

「“ニュースも見たが、インコース9ホールの録画をなにわテレビから回して貰ったんだよ。うちは株主でスポンサーだからね”」

「はあ・・・」

「“それで、直接キミに確かめたいことがあるんだが”」

「なんでしょう?」


津嶋氏は一瞬言い澱んだが、直ぐに言い出した。


「“17番のティーショットと18番のアプローチ。あれは超能力なのか?”」

「は? あははは」


ボクは思わず吹き出してしまった。慌てて言い訳する。


「す、すみません。あんまり思いがけなかったもので。えっと、津嶋さんの仰っている意味は、ボクが超能力を使って球をコントロールしたのかっていう意味ですよね?」

「“そうだ”」


ボクが笑ったので、ちょっと不機嫌な口調になった。


「その意味でしたら答えはNOです」

「“その意味でないとしたら答えはYESということか?”」


どうやらボクの回答が満足のいくものだったのか少し声が明るくなった。津嶋氏はボクのプレーで何が起きたのかの方に気持ちが動いた様子だ。


「はい。今日の17番ホールで突然できるようになったことなので自分でもよく説明できないのですが“見えた”んです」

「“見えた・・・つまり・・・風が読めたということか?”」

「はい。突然イメージが湧いてきて、これからどうショットすればいいか分かったのです。これって超能力なんでしょうか?」


津嶋氏はしばし黙り込んだ。


「“ふうむ・・・一種の予知能力か・・・超能力と言えば言えるが・・・グリーンで芝目を読むのと同じと言えば同じことだ・・・私も未来予測に長けていたからこそビジネスの世界で成功してきている・・・となれば・・・鋭敏に研ぎ澄まされたアスリートの感覚とも言える・・・分かった。ともかくキリュウ君、キミは自分の意思でボールを動かしてはいないのだね?”」

「はい。神に誓って絶対に」


ボクはキッパリと断言した。


「“分かった。安心したよ。あのプレーを見たとき超自然現象が起きたのではと鳥肌が立ったんだ。もしボールを触らずに思いのままに操れるとしたら、それは最早スポーツではない。もしそうだとしたら、私はキミをゴルフ競技の世界から永久に追放するつもりだった”」

「そ、そんな・・・」


ボクは背中をゾッとした怖気が流れるのを感じた。確かに津嶋氏ほどの実力者であれば、ボクを2度とゴルフ競技に出場できなくすることなど容易いに違いない。


「“あはは。心配しなさんな。テレビでもインタビューに答えていたが、さっき河原さんから連絡があってね、キミのことを強く私に推薦してきたよ”」

「推薦?」

「“そうだ。キミがどちらの道を選ぶにせよ、あきつしまグループがスポンサードしようと思う。キリュウ君、うちの所属選手になってもらいたい”」


ボクは、言葉の意味は分かったけれど認識するまでにしばらく時間が必要だった。


「え・・・所属選手って・・・ボク、まだプロじゃありませんよ?」

「“プロになってからでは手遅れなんだよ。キミのようなスター性のある選手は、プロデビューの前に捉まえておくものなんだよ。亜衣ちゃんみたいにね”」


新垣亜衣プロか。でもボクは春高ゴルフで優勝したばかりだったし自分がプロになるという実感もなかったので、気持ちを整理したいからとその場では回答せずに電話を終えた。






翌日、学校に春高ゴルフの結果を報告しに行った。春休み期間中ではあったけれど教員室には先生方が大勢詰め掛けていて、ボクたちは盛大な拍手で迎えられた。カッちゃんも付添いのつもりで来てくれたのだが、思いがけずいっしょに脚光を浴びて気恥ずかしそうだった。でも、全国大会で22位はカッちゃんのゴルフ歴を考えればもの凄く立派だとボクは思う。


「ただいま」


帰宅すると玄関には靴が溢れていた。どれもこれもピッカピカに磨かれた高級そうな靴だ。そういえば家の周辺に外車や運転手付のハイヤーが停まっていたけど・・・。


「アラシ。お客様がお待ちかねよ」

「へ?」


≪おおっ!≫


母さんに手を引かれてリビングに入ると、感嘆のざわめきが湧き上がった。


「あ、あの・・・これはいったい?」


ボクを見つめる大勢の人たちを見回しながら言うと、母さんが説明してくれた。


「こちらの皆さんはね。スポーツマネージメント会社にスポーツ用品メーカー、広告代理店にタレントプロダクション、モデルプロダクションに・・・他にも何だったかしら? そういう方たちなの。アラシが出掛けた後すぐ相継いでいらっしゃって、アラシは不在だから出直すようにってお願いしたのだけれど、どうしてもアラシに会いたいからと外でお待ちになってしまったのよ。黒塗りのハイヤーが並んでご近所からは変な目で見られるし、仕方なく家の中で待っていただくことにしたの。もちろんマスコミ取材だったらお断りしたのだけど」


と、すがるような目で母さんはボクを見た。いきなりすがられても困るんだけど・・・。


「事情はわかりました。でも、ボクはまだ何も決めてません!」


≪やった!≫

≪素晴らしい!≫


「だったら是非うちと契約を」

「何を言う! 最初に来ていたのはうちの方ですぞ!」

「最初か後かは関係ないでしょ?」

「アラシ君にとって条件が良いのはうちです!」

「いいえ! うちに決まってます!」


ワーワーと言い合いになってしまった。あっ気にとられて高級そうな服を着た大の大人たちが掴みかからんばかりに喚きあうのを眺めていたけれど、このままでは終結しそうになかったのでボクは宣言することにした。


「ちょっといいですか? ボク、一度しか言いませんからね」


一気に部屋の中が静まった。


「ボクには、神隠しから戻ってきて以来お世話になった方々がいます。だから条件がどうのということだけで何かを決めるつもりはありません。決めるなら、両親とも、そしてその方たちとも相談してからです。ということで今日はどうぞお引き取り下さい」


ボクがそう言い切ったので皆黙ってしまった。


「ひとつお尋ねしてもいいですか?」

「はい?」

「いまアラシ君が言ったお世話になった方たちのことですが、それは津嶋宗徳氏、それから井上沙智江さんのことですね?」

「え・・・ご存知なんですか?」

「それはもちろん。アラシ君のことは詳しく調査していますから。わかりました。今日はご挨拶ということで伺いましたが、当社といたしましてはその方たちとも面談の上、改めて参上させていただきます。では失礼を」


外国人を含む3人連れで来ていた髭の男はそう言うと、ボクと母さんに会釈して出て行った。


「そうか! あきつしまグループが動いていたのか・・・」

「お宅、それすら知らないでここに来たの?」

「うちは津嶋さんのところの広告扱いやってるから先手を打って挨拶に来たのさ」


あきらかに広告業界と思われる男たちだ。


「『アイウエサチエ』がセカンドラインを出した裏にはアラシ君がいたのか・・・」

「週刊誌くらい読みなさいよ」

「ワイドショーもチェックしていないのか」

「その上、あきつしまグループが囲い込んでるとなると手が出せないか・・・」

「グループにはスポーツブランドの『コンピタンスポーツ』だってあるからなあ。これは敵わないかも・・・」


ファッション業界系と思われる人たちも口ぐちに何か言いながら立ち去って行った。






≪ポロロロロン♪ ポロロロロン♪ ポロロロロン♪≫


その夜、夕飯を終えてリビングでゴルフ雑誌を読んでいると電話が鳴った。


「アラシ、電話よ」


母さんが受話器を渡してくれたので出てみると、


「はい、アラシですが?」

「アラシ君、津嶋だ。家の方に連中が押し掛けたって聞いてね」

「連中? ああ! 学校から戻るといっぱい来ていました」

「嗅覚の鋭い連中だからね。大丈夫だったかい?」

「ええ。ボクもずい分マスコミ取材で鍛えられていますから」

「わっはっはっは」


津嶋氏は豪快に笑った。


「今日はボク、津嶋さんの存在の大きさがよく分かりました」

「ほう?」

「津嶋さんの名前を聞くと皆さん態度が変わりましたから。ボク、津嶋さんの手で守られているんですね?」

「ふむ。確かにそういう見方はできるかな。しかし全てはキミ次第なんだよ。私を利用するかしないか、それはキミ自身で決めることなのだから」

「・・・津嶋さんをもうしばらく利用してもいいですか?」


津嶋氏は少し考えるように黙った。


「私のところに所属はしたくないが、弾除けや虫除けには利用したい?」

「そんな言い方しないでください。ボクは、まだ自分がどうしたいのかも分かっていないんですよ? まだ高校2年なんですから」


ボクを心配してくれているのに失礼なことを言ってしまったのに気がついて慌てて弁明する。


「分かってるよ。キリュウ君、キミの人生なのだからキミが十分納得がいくまで考えることだ」

「そうさせてください。お願いします。でも、世の中の仕組みは分からないことだらけだし、父さんも母さんもマネージメントとかスポンサー契約とかは分からないみたいだし・・・」

「なんでも構わない。分からないことがあったら私に相談してくれたまえ。プロになる前の亜衣ちゃんのようにね」

「新垣プロも津嶋さんに?」


そうか、沖縄でプロアマに参加したとき「今では飛ぶ鳥を落とす勢いの新垣亜衣ちゃんだが、私が最初に見つけたときは沖縄で地元の学校に通う普通の女子中学生だったんだよ」って言っていたっけ。


「そうだ。ゴルフというスポーツはウェア、クラブやボール、バッグ、靴と様々な種類のアイテムがあるから競合ブランドがどこなのか、結構苦労するんだよ。亜衣ちゃんは私のグループ会社のひとつの所属にして、そこを窓口にマネージメント会社と広告代理店を噛ませることでしっかりアドバイサリー契約やウェア契約が結べたんだよ」


よく分からないながらもボクは、勝手にやってしまうと面倒なことになるということだけは理解できた。


「ところで今度の日曜は空いてる?」

「まだ春休み中なので特に予定はないですけど・・・」

「じゃあ、いっしょにゴルフしよう。キリュウ君は若いから試合疲れも取れている頃だろう? 朝7時に迎えに行ってもらうからその車に乗って」

「はい」


と言うことで急に津嶋さんとのゴルフが決まった。






「ここでゴルフするんだ・・・」


ボクは黒塗りのハイヤーから降り立つと、クラブハウスを見上げながら思わずつぶやいてしまった。


「288ゴルフ倶楽部。噂には聞いていたことあったけど・・・」

「お待ちしておりました、キリュウ様」


声を掛けられて振り向くと、シルバーグレイのブレザーを着た老紳士がニコニコ笑いかけていた。


「あ・・・おはようございます」


ボクが慌ててペコリと頭を下げると、その様子をとても好ましそうに見ていた。

今日のボクは「津嶋さんからのお誘いなんだから綺麗にしていきなさい」と母さんたちから言われたので、『アイウエサチエ』のベージュのスーツに胸元で大きくリボンを結んだパールホワイトのブラウスを合わせた服装だ。腰回りがタイトなのに裾がフレアになっているスカートが少し少女っぽい。同色のツバ広帽子も被らされたので、なんだかどっかのお嬢様みたい。


「当288ゴルフ倶楽部の支配人をやっております樋口と申します。皆さま、既にご到着されていましてキリュウ様をお待ちかねです」


皆様? って他のメンバーは誰なんだろう? お待ちかね? と言ったけど吉祥寺から井の頭通りに出て環八経由で用賀ICで東名高速に乗ってここまで渋滞もなく来ているから、ボクが最後に到着するようにしていたという訳だ・・・。


≪コン コン≫


案内されて部屋に入ると、一斉にボクに視線が集まる。


「ほう、一瞬どちらのレディかと思ったよ。素晴らしい」


津嶋氏にも思いがけなかったことなのか驚いた様子だ。


「こんな綺麗な子が男の子だなんてなあ。青地だ、よろしくな」

「青地さん、男の子じゃありませんよ。こんな美しい少女にゴルフの天分もあるなんて。神様はアナタにだけエコ贔屓したのね。日本女子プロゴルフ連盟の井口です。今日はよろしくね」


今度はボクの方があっ気にとられる番だった。


「そういうわけだ、キリュウ君。キミをプロゴルフの世界に引き込もうとしている両巨頭に引き合わせて直接話をしてもらおうということなんだ」


ボクがポカンと口を開けたままなのを可笑しそうに見ながら津嶋氏は今日の趣旨を説明する。


「何しろ世間から大注目のキリュウ君に、マスコミから動向を注視されているお二人でしょ。都内で食事をするにしても確実に尾行されて何やかや報道される危険があるのだ。その点、ここ288ゴルフ倶楽部ならば機密を保てる。という訳でいっしょのラウンドをセッティングしたわけなんだよ」

「ここは会員数288名オンリー、全員がそうそうたる政財界の方でしたね?」


女子ゴルフの井口会長が尋ねる。


「ええ。都内から車でも1時間、ヘリを使えば15分。いつでも思い立ったとき、時間が空いたときにプレーしたいという政財界のゴルフ愛好家が資金を出し合って設立したコースなんですよ」

「288って中途半端な数ですけど何か意味があるんでしょうか?」


事情が呑み込めてようやく落ち着いて来たので、ボクは気になっていたことを訊いてみた。


「ゴルファーならば思い当たる数字だと思うがね?」

「288・・・2で割ると144・・・さらに2で割れば72! そうかパー72×4日間なんですね!」

「正解だ」


288人って多いようで少ない数だ。きっと欠員を待ちわびている入会希望の偉い人たちがいっぱいいるに違いない。


「私は東京ヘリポートから津嶋さんにごいっしょさせてもらいましたけど、さすがに記者さんたち空までは追いかけて来れませんでした」

「俺は津嶋さんが寄越してくれた運ちゃんが、首都高をぐるぐる抜けて追っ手を振り切ってくれたけどな。大した腕だったぜ」

「彼は私の秘書兼ドライバーでしてレースにも出ている男なんです。青地さんがそう言っていたと聞いたら喜ぶでしょう」


青地さんも井口さんもマスコミに追いかけられたんだ・・・ボクもそうだったのだろうか?


「その点、キリュウ君の方は手配が楽でした。なにしろこの子は警察の監視下にいますので」


そうだった! 姿は見えないけれどボクは常に警察から護衛されているらしいのだ。きっとボクを追跡しようとしたマスコミは途中で検問や職質を受けて追えなかったのだと思う・・・。






1番ホールのティーグラウンドに出てみると、麗らかな春のそよ風が吹いていた。どこかで咲き乱れているのか沈丁花の濃密な香りが漂ってくる。


「今日は前後でプレーをしている組はありませんので気兼ねなくラウンドできるんですよ。ティーはどこからにしますか?」


今日のホスト役でここの会員の津嶋氏が青地プロと井口会長の顔を交互に見ながら尋ねる。


「そうだな。キリュウ君と俺はバックティーにしよう」


と青地プロ。


「じゃあ私はレギュラーティーで」


井口会長が答える。


「となると当然私はレギュラーですな」

「そんな意気地のない! 津嶋さんは片手のシングルプレーヤーでしたな? だったらバックで付き合いなさいよ」


津嶋氏が言ったことを直ぐに青地プロが混ぜっ返した。


「これは手厳しい。OK、私も男の子だ。でも、何か勝負するんでしたらハンデ頂かないと」

「じゃあハンデ通り5枚あげますよ」

「で、何を賭けて勝負するんですか?」

「そりゃあ、キリュウ君に決まってる!」


え・・・ボクを賭けてゴルフで勝負?


「ほう! それは面白い。じゃあ、青地さんが勝ったらキリュウ君は男子プロ、井口さんが勝ったら女子プロ。でも、もし私かキリュウ君が勝った場合はどうします?」

「そういう想定はまったく考えてなかったな・・・」


青地プロは顎に手を当てて少し考える風だ。


「キリュウ君が勝てばキリュウ君の意思、津嶋さんが勝ったら津嶋さんの方針に従う、っていうことでいいんじゃないですか?」

「それだ! 井口さんも、たまにいいこと言うね」

「たまに、ですか?」

「あははは。爺さんになると口が悪くなるんだ、勘弁かんべん。ようし! 燃えて来た。勝負となれば真剣にやるよ、俺」

「私も負けていられなくなりましたよ。久しぶりに血が騒いできちゃった、ほほほっ」


ゴルフ界の伝説ともいえる名選手だった青地プロと井口会長の楽しそうなやり取りを見ながら、ボクは自分ではどうしたいのだろうかと改めて自問するが、まだ答えは見つからない。


「さあ、勝負だ! キリュウ君のショットを生で見せてくれ!」

「はい」


そう答えるとボクは、迷っている自分を断ち切ってプレーに集中した。いまは目の前のショットに全力を尽くすのみ! セットしてゆっくりとトップポジションまでクラブを引き上げると一気に振り下ろした。


≪パシーーーーーーン≫






暖かい日差しが心地よくフェアウェーを包みこむ午後、ボクたちはホールアウトしてクラブハウスへの小道を歩いていた。


「今日の勝負結果については我々4人だけの秘密、この場限りの話ということでよろしいですな?」

「結構!」

「結構です」


津嶋さんの仕切りに、青地プロと井口会長がうなずいた。


「それにしてもキリュウ君の15番のあのショット。鳥肌が立ったぜ」

「それと17番のあの寄せも。長いことこの世界で戦ってきたけれど、こういう子は敵にまわしたくないって思いましたもの」

「こ、光栄です」


ボクはゴルフ界の巨星ふたりからの賛辞に、何と答えたものかと逡巡しながらやっと言葉にした。


「キリュウ君さあ、その天賦の才能を絶対ムダにするんじゃないぞ?」

「は、はい」

「なんだか途中まで様子見していたというか、いま思えばまるで遊ばれているみたいでしたものね」

「上がり4ホールで一気にギアが入ってドンドン攻めてくるってところがいいよ。勝負師魂をしっかり持ってる」

「あ、ありがとうございます」


ようやく返事をする。優勝84回日本人として初めて米PGAツアーで優勝したあの青地伊佐夫と、優勝72回不滅の最多勝利記録を誇るあの伝説の井口緋紗子とラウンドしたのだ。実のところ、百戦錬磨の二人に遊ばれていたのはボクの方だったと感じている。


「まあ、勝負は勝負。結果が出た以上は俺は従うから、安心しなよ」

「私も結果を受け入れます」

「で、いかがでしたか? キリュウ君の“超能力”の方は」


やっぱり津嶋氏はそれを気にしていたんだ・・・。


「津嶋さん。キリュウ君はゴルフクラブを使わずに1ミリたりとも球を動かしちゃいないよ」

「それは私も断言します」

「そうですか! おふたりのお墨付きをもらえたので私も安心しました」


津嶋氏は嬉しそうだ。


「これで決まった。キリュウ君は今シーズン、プロのオープントーナメントにアマチュアとして出たまえ。プロを相手にどこまでやれるかキミの実力を試してみるんだ。プロになるかどうかはキミ次第、自分の手で答えを出したまえ!」

「はい!」


はい、とは言ったもののプロのオープントーナメントってどの試合のことなのか? 第一、男子なのか女子なのか?


「出るのは男子なのか女子なのかって考えていたみたいだね? そのこともだが、4月から高校3年になるキミの学業のこと、進学のこと、そしてゴルフのこと、全てを考えて提案するから、私に任せてもらえないか?」


そうかボクは高校3年になるんだった。3年と言えば大学進学の大切な年だ。ボクはこんな女の子としても中途半端な身体になってしまったことで一杯いっぱいで、目の前のことと漠然とした将来の夢のことしか考えて来れなかった。こうして伝説の名選手からも褒められて、夢が実現するかもしれない状況になったというのに頭の中も胸の中もゴチャゴチャだ。


プロゴルファーになることは小さい頃からの夢だけど、ボクの人生は果たしてそれだけなのだろうか? 他にやりたいこと、やらなければいけないことってないのだろうか? 大学に進んで勉強したいことってないのだろうか? 津嶋氏は麗慶学園の理事だった。だから進学の心配もしてくれているのかもしれない。そう言えば、ボクがいるから学園の理事を引き受けたって言っていたっけ・・・。


誰かに決めつけられるのは絶対嫌だけど、津嶋氏は“提案する”と言ってくれているのだ。ボクはきちんと向き合って答えを出さなければと思った。


「津嶋さん、お心遣いありがとうございます。家に帰ってから両親とも相談し早めに答えを出したいと思います」

「そうか。お父さんお母さんともよく話し合ってみることだ」

「はい」


こうしてボクの秘密ゴルフ会は終了した。


結果が気になるって? それはヒ・ミ・ツって言いたいところだけど、ご想像通り津嶋氏の圧勝だったのだ。プロとボクはハンデないからね。


何せ五輪にも出場したことのあるアスリート。飛距離もあるしコース攻略も手堅くまとめてくる。さらにはこのゴルフ倶楽部の会員でコースを知り尽くしているんだもの、初見でラウンドするボクたちでは歯が立たなかったのだ。ハンデがあったとはいえ伝説のスーパー選手たちと、いま売出し中のボクが負けたとなると世間的には大問題なので、津嶋氏は「今日の勝負結果については我々4人だけの秘密、この場限りの話ということで」と言ったのだ。


なんだか初めからこういう結果にするつもりで仕組んでいた気がする。さすがに生き馬の目を抜くビジネス界で活躍する人物、ボクたちより1枚も2枚も格が上だった。


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