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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第10章 「女子ゴルフか男子ゴルフか」
107/110

第104話 勝利の行方 性別の行方

「“『そうですか。青地さんがご自分で動かれているのですか。でも、キリュウさんは今ではすっかり女性の身体になってしまっているんですよ? 彼女が才能を開花できるのは女子ゴルフのフィールドしかないでしょう。私たち日本女子プロゴルフ連盟としては男子の世界で彼女の才能の芽が摘まれてしまうのを、黙って見過ごすわけにはいかないのです。その前にキリュウさんを救い出し、こちらで世界に通用する女子ゴルファーとして大切に育てたいのです』”」

「“と日本女子プロゴルフ連盟井口緋紗子会長は記者団の質問に答えました”」


夜のニュースショーのスポーツコーナーで、全国放送の方の女子アナが今日の爆弾質問の件を説明している。


「“一方男子の元締め日本プロゴルファー機関の方はどうでしょうか。青地伊佐夫特別顧問にインタビューしましたのでこちらをご覧ください!”」


再びスタジオからVTRに変わると、ゴルフ界の巨星が大写しになった。


「“『なに? 神隠しの男の子のこと? ああ、あの子は何と言っても綺麗だし可愛いよな。若い人だけでなくオジさんオバさんたちにも相当人気あるんじゃないの? いろいろ不幸なこともあったろうけれどさ、彼は若いんだし人生花開くのはこれからだろ。キリュウ君はジュニア時代から男子プロになるのが夢だったって聞いてるよ』”」


そう言うと斜に構えた感じでいた世界の青地プロが真剣な表情に変わった。


「“『だからこそ俺も一肌脱ごうと思ってるわけさ。え? 世界に通用する女子ゴルファーに育てたい? 井口さんがそう言ってたって? 俺もさあ、長年海外で戦ってきているだろ? 伝統伝統と何かにつけ旧態依然とした欧米のゴルフ社会については思うところがあるのよ。だから、女人禁制の名門コースに“男子”として出場して風穴明けてくれたらこんな痛快なことはないって思っているのさ。全英オープンやマスターズに出られるまで俺が責任もって面倒見るから心配すんなって。井口さんにはそう言っておいてよ』”」

「“と男子プロゴルフの方で活躍してもらうのは当然という立場でした”」


再びスタジオに戻ると男性のキャスターが好奇心でいっぱいという表情で言い出した。


「“神隠し少年は引く手あまたなんですねえ!”」

「“そうなんです! 男女両プロゴルフ界の巨頭がこぞってキリュウ君に熱いラブコールを送ってきているんです”」

「“う~ん、でもどうなんですか? 神隠しという話題性やあの素晴らしい容姿は分かりますが、プロが注目するほどのゴルフの才能ってあるのでしょうか?”」

「“確かにそこのところは気になりますよね。キリュウ君はビューティーコンテストに出ればクイーン間違いなしというほどの美形なので、芸能界やファッション界でも相当注目されているようなんですが、彼は決して綺麗で可愛いだけじゃないんです! こちらをご覧ください”」


VTRに写し出されたのは、ボクの練習風景だ。


「“これは神隠し少年がスタート前に練習している様子ですね?”」

「“はい。春高ゴルフ初日のドライバー練習です。続いてこちらが二日目のドライバーの様子。いかがです? 違いが分かりましたか?”」

「“いや、分かりませんね”」

「“そうです! そうなんです! まったく違いはないんですよ。並べて比較したVTRはこちら! 何度打っても完璧に同じタイミングで同じスイングですよね? でも、キリュウ君の場合はそれだけではありません! こちらがその落下地点。初日の印象があまりに強烈だったもので、二日目は定点カメラを用意してみたんです。その映像がこちら!”」

「“あっ コロコロと来て~前に打った球に当たった! す、すごい! 球が同じ場所に集まって行く!”」


男性キャスターが本気で驚いている。


「“そうなんです! キリュウ君は最もコントロールが難しいといわれるドライバーでも、まったくと言っていいくらい誤差のないショットをしていたのです!”」

「“いやあ驚きました。私なんかパターでもあんな真似はできませんよ。確かにプロが注目するわけですね。しかし、いくら正確なショットがあったとしても男子ゴルフと女子ゴルフでは相当違いがあるんじゃありませんか?”」


それに答えるように女子アナがフリップボードを取り出し、ゴルフコースの典型的なレイアウトを図面で示しながら説明しはじめた。


「“それは確かにあります。男性にくらべると女性はどうしても飛距離がありませんから、同じ距離でも使用するクラブが違ってきます。ゴルフコースにレディスティーがあるのは、その差を調整して男女が対等にスコアを競えるようにする為です”」


次のボードをめくると数字の並んだ表だった。


「“コースの設定上も目安がありまして、パー3のショートホールは男子が250ヤード以内、女子が210ヤード以内と40ヤードの差”」

「“なるほど女子のショートホールで220ヤードとかはないわけですね”」

「“そうなんです。パー4のミドルだど男子は251~470ヤード、女子は211~400ヤード。パー5のロングになると男子は471ヤード以上、女子は401~575ヤードとなっているのです”」

「“でも、全米プロゴルフ選手権とかで525ヤードのミドルがありましたよね?”」


男性キャスターが指摘する。


「“はい。500ヤード以上のパー4とか、964ヤードパー7とかギネスに登録されているような例外もありますが概ねこの距離で作られているんです”」

「“なるほど”」

「“つまり男性と女性ではミドルやロングで70ヤード以上の差があるわけです。男子の大会で女子選手が戦うということがいかに難しいか、この数字からも分かっていただけると思います”」


ゴルフというスポーツ競技を煎じ詰めれば直径4.3cm重さ45.0gのボールを直径10.8cmの穴に入れるゲームということになる。でも、それが何百メートルも先の穴だから始末に悪いのだ。70ヤードと言えば64メートル。確かに男女の飛距離の差は大きい。


「“いまの説明を聞いてよく分かりました。さあ、明日はいよいよ春高ゴルフの決勝。神隠し少年には是非頑張ってもらいたいものです。では、次は全国のお天気のコーナー”」


スポーツコーナーが終わるとテレビを消しながら水沢が言い出した。


「さあ、テレビはおしまいにして寝る前に少しマッサージしてあげるわね」

「そんな、いいですよ」

「遠慮しな~い遠慮しない。キリュウ君って凄いゴルファーだったのね! 今のを見て先生感動しちゃったわ! こうなると明日の決勝はなんとしても頑張ってもらわないと。先生にできることって言ったらキリュウ君の身体のメンテしかないもの。さ、横になって」

「じゃ、じゃあ・・・」


ボクは布団にうつ伏せになった。


「柔らか~い! こうして触ってみると、キリュウ君の身体って完璧に女の子なのね。いや、普通の女の子以上だわ。でも、このしなやかな筋肉の付き方はやっぱりアスリートね。いま体重何キロだっけ?」

「さっきお風呂で測ったら46kgでしたけど」

「あら痩せちゃった? やっぱり予選2日間ってキツかったのねえ。確かキミ、身長は168cmだったよね? だとするとBMIは16.3かあ。ちょっとやせ過ぎね。こんな細っそい身体でよく男子の中で戦っているわね」

「一応ボクも男子ですから。それにゴルフは格闘技じゃありませんよ」

「でも、飛距離は違うんでしょ?」

「こんな身体になってしまった以上それは仕方のないことです。球が飛ばないならショットの正確さで勝負。そう思ってやっていますよ」

「そっか。ところでさ、キミとしては男子と女子どっちのプロゴルフに出たいの?」


水沢に改めて尋ねられると自分でも分かっていないことに気がついた。ボクは揉んでもらう気持ちよさも手伝ってそのことを考えていくうちに眠ってしまった。






≪パシャッ≫

≪パシャッ パシャッ≫

≪パシャッ≫


カメラのフラッシュが止めどなく光りシャッター音が響き渡る。


「“キリュウ君! いよいよ最終日ね”」

「“青地プロも井口会長も注目している大切な日になるわね!”」

「“キミは男子と女子どちらのオファーを受けたいのかな?”」

「オファーが来てから考えます。いまは試合に集中させてください」


≪パシャッ≫

≪パシャッ パシャッ≫


翌日、監督の大多が運転するレンタカーで春高ゴルフ会場である鳰海におのうみゴルフ倶楽部の車寄せに到着した途端、報道陣が殺到した。ボクも慣れて来ていたので一言だけ答えると、カメラの放列や差し出されたマイクを払いのけるようにしてクラブハウスの中に入って行く。


「アラシ。オマエ、強くなったな」


そんな様子を見ていたのか、遅れて入って来たカッちゃんがしみじみと言った。


「いつもいつもカッちゃんや先生たちに助けてもらうわけにも行かないでしょ」

「まあな。それにしてもあの輪から上手く抜け出たもんだ」

「うん。なんかコツみたいなものが分かっちゃった」

「へえ?」

「カメラとかマイクって結構高価な機材らしいんだ。だからボクが避けようとせず近づくと、ぶつかる寸前に避けるんだよ。先方はマスコミと言ってもサラリーマンだから壊しでもしたら一大事なんだと思う」

「なるほどな。とはいえ俺が付いている時は頼ってくれて全然構わんからな」

「うん。ありがとう。じゃ、練習場でね」

「ああ。先に行ってる」






カッちゃんと別れ、着替えの為に女子ロッカーに入ると、待ち人がいた・・・。


「久しぶりね。キリュウ君」


日本ゴルフ連盟の河原理事だった。


「どうしたんですか? ここは全国高等学校ゴルフ協会の大会ですよ?」

「アマチュアを統括する立場という点ではいっしょでしょ。まんざら私にも関係がないわけでもないのよ」

「そうは言っても男子の大会ですよ? 確か河原さんは女子の強化委員長でしたよね?」


ボクがそう指摘すると悪戯っぽい笑顔を浮かべて言い出した。


「だってこんな可憐な美少女が出場しているんだもん」

「目的は・・・ボク、ですか」

「そうよ。なんかここのところキミ、凄いことになって来ちゃってるでしょ? マスコミは騒ぐし、男子も女子もプロゴルフが組織立って動きはじめてるし、うちの連盟としても黙って見ているわけにはいかなくなったのよ」


ボクは急に修学旅行で沖縄に行ったときのことを思い出した。


「河原さん。黙って見ているわけにはいかなくなったのって連盟だけですか? 本当は津嶋さんに何か頼まれているんでしょ?」

「うっ・・・」

「沖縄でご一緒したときに聞きましたよ。河原さんって津嶋さんのエージェントなんですよね?」


どう答えたものかと迷っているのか河原理事は黙ってしまった。しばらくしてようやく口を開いた。


「そう来られては仕方ないっか。そうよ。津嶋さんからもキミに会いに行ってくれって頼まれたの。でもエージェントってわけではないわね。津嶋さんとは有望な女子選手を育てていこうという点で方向性が一致していて何かにつけ協力しあっている関係なの」

「河原さんも津嶋さんも、いったいボクをどうしたいと思っているんですか・・・?」


再び河原理事は何も言わずにボクを見つめた。そして考えがまとまったのかしばらくして口を開いた。


「正直に言うわね。初めてキリュウ君を見たとき世界に通用するもの凄い女子ゴルファーが生まれたって思ったの。私の立場は日本ゴルフ連盟の女子強化委員長だからね」

「・・・」

「でも、最初に津嶋さんから見てきて欲しいって言われたときには、男の子が女子選手になれる訳なんてないし、そんなに乗り気じゃなかったんだ。そして実際にキミを見たら姿も声も完璧な女の子、いやそれ以上の類まれな美少女だったじゃない? その上、驚いたことに男子に伍して戦えるゴルフの技量を兼ね備えていた。キリュウ君・・・私ね、キミに夢中になっちゃったのよ」


改めて、ボクを愛でるように見つめながら笑みを浮かべた。


「だから、東京に戻って直ぐに津嶋さんに会いに行って直接報告したの。キリュウアラシは女子ゴルファーとしてならトップになれるって」

「ということは、男子としてはトップにはなれない・・・」

「うん。キミには申し訳ないけど、そういう意図で喋っていたことになるわね」

「だから・・・津嶋さんはボクに『男子ジュニアとしては物足りなかった君の評価が、女の子になったことで一気に変わったんだ』って言ったんだ」


ボクは修学旅行で沖縄に行ったとき急に呼び出されて出場することになったプロアマ戦で、津嶋さんとしたやり取りを思い出した。


「うん、そうね。津嶋さんのようなビジネスエクゼクティヴは自分で全てをチェックする時間はないから、私みたいな専門家アナリストに評価を依頼してそのレポートを通して判断するものなの」

「じゃあ、やっぱりお二人ともにボクを女子ゴルフの世界で戦わせたいんだ・・・」

「う~ん、それがねえ。この2日間のキリュウ君を見ていたら、春高ゴルフで優勝を争うところまで来ちゃったじゃない? 私のつもりでは、そこそこのスコアそこそこの順位で大会を終えて、男子の限界を知ってしまったキミに心置きなく女子競技の方にシフトしてもらおうと考えていたわけ」

「優勝争いするとは思ってもいなかったんですね・・・」


ボクは、少し意地悪そうな響きでそう言った。


「うふ。怒らないでよ。でも思っていなかったのは事実だわ。キミがここまでやってくれるとはねえ・・・昨日、津嶋さんから電話があって『河原さん、あなたの調査結果とだいぶ話が違うようだが?』って厳しい声で言われちゃったのよ」

「津嶋さんが・・・」

「そう。で、こうしてキミの決勝ラウンドをもう一度見に来たってわけ」

「じゃあ、まだ津嶋さんはボクを女子ゴルファーにしようって決めているわけじゃないんだ・・・」

「そのようね。私だって、どんなに華奢で可憐な姿をしていたって男子ゴルフで十分通用する男の子を、無理やり女子ゴルファーにはできないわよ」


ボクにとって性別問題は自分でもまだ整理のついていないことなのだ。それを誰かの意思や思惑で勝手に決められることには耐えられない。だからマスコミや周囲のひとたちから女の子として扱われるたびに、ボクはイライラした気分になってしまうのだ。

津嶋さんも、ボクを女子選手にしようとしか考えていないのだと思っていた。ところが・・・。


最終日、ボクは決勝ラウンドをスタートする前に河原さんに会えてよかったと思った。






≪ウオオオオオーーーー!≫


コース内に入ることができるのは大会関係者や取材するマスコミだけなので、一般のギャラリーはいないのだが、それにもかかわらず歓声が上がった。


グリーン手前30ヤード地点から打ったボクの球が、カラーで一度バウンドすると勢いを殺しながらラインに乗って転がり真っ直ぐピンに向かうとそのままカップインしたからだ。


「ナイスバーディ!」

「おいおい直接カップインかよ!」

「勘弁してくれよ。またひとつ差を縮められてしまったぜ」


午後の傾きかけた日差しを浴びながら、ボクは笑顔で軽く同伴競技者たちに挨拶すると、ピンの根元にしっかり収まっている自分の球を拾い上げた。


14番ホール終了時点で、トップは3アンダーの勝野君と東郷君。田中君は2アンダーで3位タイ。ボクはイーブンパーで10位タイだったから、このバーディーで1アンダー6位タイグループに上がったわけだ。


この3日間、天気の変わりやすい時期にもかかわらず雨に降られることもなく好天に恵まれていたが、最終日は大陸から冬型の寒気が張り出したために伊吹山からの冷たい北風が吹きつけて来ていた。


やはり風が強く吹いて来ると昨日まで好調だった選手もスコアを崩してしまう。ボクも堅実なプレーに徹していたにも関わらず思いがけない突風に悩まされ、風のいたずらでミスショットになってしまうケースが相次いだ。


それに、昨日までとは様変わりした肌寒さに保温力の高い機能下着を着ているのだが、筋肉が萎縮してのびのびクラブを振れていない所為もある。寒さや暑さに敏感なのは、女の子の身体になって思い知らされた男との大きな違いだ。


そういうわけで、前半は1番から7番ホールまで苦労しながらも何とかパーを拾い続けたものの、さらに風が強くなって来た頃から連続でトラブルに見舞われてしまい、一時は1オーバーと昨日からスコアを5つも崩してしまった。それを13番バーディーそして今の15番でもバーディーとジリジリと追い上げて1アンダーまで戻したわけだ。


ボクは他の選手がパットをする間、ウィンドブレーカーを羽織りポケットに手を突っ込んで温めながら体温の低下を防いでいた。


結局このホール、2オンした水府中将学園勝野君と錦旗学園東郷君がそれぞれ8メートルと13メートルを2パットで沈めてパー。陸奥高校 田中君はグリーン横から1ピンに寄せてパーを拾った。


「ここまで大したミスをせずに済んでいるのはランちゃんのナビゲートのおかげだよ」


東郷君がニヤニヤしながら言った。


そうなのだ、今日の彼は最初のホールからボクがショットした場所と同じ所にストーカーのように打ってきていた。ボクが歩測して調べた場所が芝の状態の良い平らなライだと知って、利用してきているのだ。


「別にボクは構いませんけれど、東郷君のドライバーの飛距離だったらもっとグリーンの近くまで行けるのに、もったいない攻め方なんじゃないですか?」

「必ずしも飛べばいいと言うコースじゃないからね。それにどうせならランちゃんと一緒にいた方が楽しいから。それじゃあバーディー・オナーさんお先にどうぞ」


バーディーを取ったので次の16番ホールはボクの打順が最初になった。


16番は470ヤードの長いミドルホール。ほぼグリーンまで真っ直ぐのレイアウトだが、グリーン手前に大きな池が配置されてセカンドショットで乗せるには相当勇気を試されることになる。


ボクは、ティーマークで結んだラインを確認して、後方2クラブレングスの範囲で傾斜の少ない場所を選びボールをティーアップする。狙う場所はいつも通りの250ヤード地点で平らなところだ。静かに息を整えるとゆっくりトップポジションまで上体を捻る。そして振りほどくようにスイングをした。


≪パシーーン≫


風を避けて低く飛び出したボールは、途中からホップして高度を少し上げると軽く右に旋回しながら目標地点に落下した。


「ナイスショット。3日間まったく同じポジションに持って行ったね。狙い通りだろ?」

「ええ。ボクは非力だから攻め方も限られているもので」

「非力ね。女の子としては立派な飛距離だと思うけど。さあて、俺もランちゃんにあやかるとするか」


と言って東郷君は3番ウッドをキャディバッグから引き抜いた。


≪パシーーーン≫


東郷君の球も低くコントロールされて、ボクの球の停止位置とほぼ同じあたりに落下した。


≪パシーーーン≫

≪パシーーーン≫


続いてショットした勝野君と田中君は、ビッグドライブで風を切り裂く様に290ヤード地点まで飛ばしたが、球の落ち際を強風に持っていかれてラフに入ってしまった。


「なるほどな。田中、俺たちも東郷を見習ってキリュウさんの攻め方で行った方がいいかもな」

「ああ、勝野の言うとおりかも。確かに無理して飛ばしても悪いライからじゃあミスにつながってしまう」

「ボクの真似しようなんて皆さん消極的過ぎですよ」

「ゴルフは上がって何ぼ。スコアが全てなんだよ」


と言うと東郷君は、ボクの肩をポンポンと叩いてセカンド地点へと促した。






ボクの球は、今日も狙い通りフェアウエイ右サイド5メートル四方の平らな場所の真ん中に止まっていた。東郷君の球は、それより3メートル先の少し下り傾斜の入った地点にある。


「しかし凄いボールコントロールだ。ランちゃん、よくこんな狭いポイントに毎度毎度止められるもんだね。俺のは少し飛ばし過ぎて左下がりのショットになってしまってるよ」


球の位置を確認すると東郷君がため息交じりに言った。


とはいえボクは彼より後ろだから先に打たなければならない。歩測した目印から球までの距離と今日のピンポジションをメモで確認する。残り215ヤードか・・・。


このホールは初日2日とも池の手前に刻んで、アプローチでピンそばに寄せてパーだった。でも残りは3ホール・・・。最後がバーディーの取れるロングホールだから、首位を走っているふたりなら確実にスコアを伸ばしてくるに違いない・・・ひょっとしたらイーグルだってあり得ない訳じゃないから、ボクとしては少なくともあと3つ縮めておかないと優勝の目はなくなってしまう。残り3ホールで3アンダー・・・ここは攻めるしかないか。


ボクは、キャディバッグから3番ウッドを引き抜くと、軽くスイングして打球をイメージした。


「ほう? ランちゃん、グリーンを直接狙う気かい? これはまたずい分と強気じゃないの」


少し驚いた声で東郷君が言った。それには答えずボクは足元の芝を摘まんで投げあげてみる。グリーン方向に勢いよく風に流されて行く。追い風だ。これは幸いだ。上手く風に乗せればグリーンまで運んでくれるかもしれない。


ここは攻めどころ。たとえ失敗して池に入ったとしても、寄せれば悪くてボギー直接カップインすればパーだ。


ボクが優勝すれば、津嶋さんも青地さんも、それから井口会長に河原さんも、ボクが男子ゴルフの世界で戦えると認めてくれるに違いない。ボクにとっては優勝以外は2位でも10位でも同じことだ。やってみるか・・・。


ボクは方向を見定めると慎重にスタンスに入り、球を打つことだけに集中する。ワッグルを繰り返しながら目標を確認し、しっかり狙いをつけると身体を捻りながら右足に体重を移動してトップの位置までクラブを引き上げる。一瞬の静止。耳をくすぐる風の音だけが聞こえてくる。ボクはゆっくり左足を踏み込むと、思いっ切りよく腕を振りほどいた。


≪パシーーン≫


飛び出した打球はぐんぐん上昇しながら勢いよくグリーンを目指して伸びて行く。


≪フッ≫


最高高度に達すると球は力を失った。転じて今度は落下をはじめる。ん? ちょっと上がり過ぎたろうか・・・グリーンに届かない? ボクは瞳を凝らして球の行方を追う。


≪トーン≫

≪ウオオッ!≫


グリーン手前の池の縁との間に作られた狭いフェアウェイに落下したのを見て、大会関係者やマスコミから歓声が上がった。


何とか池を越えたボクの打球はグリーンの中に転がりこんで、ピン横8メートルで停止した。


「ナイスオン! ランちゃんもやるもんだ」

「ありがとう」

「さてさて、今度は俺の番か」


東郷君はそう言いながら、4番アイアンを構えた。やっぱり男の子だと同じような距離でも番手が3つ違う。でも左下がりのライなのか、少し構えにくそうだ。


≪カシーーーン≫


いい当たりだ。難しいライからよくボールにコンタクトしている。低めに出た打球は、そのまま低い弾道で池を越えグリーン上に落下した。しかし勢いが弱まらずピンを過ぎても止まらない。結局、グリーンから転げ落ちて奥のラフに捉まってしまった。


「距離的にはぴったりだったけれど、左傾斜に合わせてクラブフェースを立ててしまった分、奥まで行ってしまったよ。だからと言って5番アイアンを使っていたら、間違いなく池に捉まったろうけどね」

「だったら昨日みたいに刻めばいいのに」

「先にランちゃんにツーオンされちゃった以上、ここは男として攻めないわけにはいかないでしょ」


東郷君は冷静に自己分析ができていた。女の子と見ればチョッカイを出す軽~い感じなのに、意外とあなどれない奴だ。


勝野君は残り180ヤードを6番アイアンで打った。ラフからのショットで球とクラブフェースの間に草を巻き込んでしまった為バックスピンが掛からず、ピン奥20メートルまで転がってしまった。


田中君は残り178ヤードを同じく6番アイアンで打ったが、ラフからにもかかわらず上手く寄せてピンそば3メートルのバーディーチャンス。






16番グリーンに上がると冷たい風が絶え間なく吹き抜けていた。ボクは肩をすくめて両腕を自分で抱きかかえるように擦りながら、他の選手たちがカップに寄せて来るのを待つ。立っているだけでも身体が風で揺れそうになる。



ボクの球からだとカップまでは右傾斜だ。でも風の影響があるのであまり切れないかもしれない。ボクはしっかりスタンスすると狙ったラインにパターのフェースを合わせた。そして静かにストローク・・・。


≪カッ コーン♪≫

≪オオッ!≫

≪ナイスバーディ!≫


8メートルのスライスラインを転がってカップにボクの球が吸い込まれると、グリーンサイドから歓声があがった。これでボクは2アンダーになった。


残り17番と18番の2ホールを残して、トップは3アンダーの勝野君と東郷君、それと今のホールで見事3メートルを沈めてバーディーを取った田中君の3人。そしてボクは2アンダーで単独4位となった。ますます山から吹き下ろしてくる北風が強くなってきているので、ボクたちの前でプレーしている選手たちはジリジリとスコアを落としている。優勝争いは最終組でプレーするボクたち4人に絞られた。


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