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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第10章 「女子ゴルフか男子ゴルフか」
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第103話 予選最終日 思いがけない出来事

まだ星の瞬く天空に向かって聳える樹林の隙間から朝日が顔を出した。

朝露に濡れた新緑のフェアウェイにも黄金色の光の帯が広がり、朝靄が滑るように流れはじめる。春高ゴルフ予選ラウンド2日目の朝も春らしい穏やかな天気になった。


「いよいよ今日で決勝ラウンドに進めるかどうかが決まる。キリュウは1アンダーで3位タイ、佐久間は3オーバーの22位グループ。大崩れしなければ予選突破は確実だろう。だが今日一日は欲をかかずいつも通り自分のゴルフをしろ」


監督の大多はスタート前のショット練習を終えたボクたちに指示を与える。


「それとだ。キリュウには今日もテレビやスポーツ紙などマスコミ取材がつくから、そのつもりでな」

「なっ、て言われても・・・」

「お前たちが練習している間にな、俺のところへテレビ局や新聞雑誌の記者が取材申し込みにきたんだ。ざっと15社はいたぞ!」

「そんなに大勢の人たちがくっついて来るんじゃボク、試合に集中できなくなります」


ボクは当然だけど承知しかねるという態度になる。


「なんにも分かっとらんな、キリュウは」

「そうよ。キリュウ君はマスコミにとって注目のまとなの! 昨晩のスポーツニュースで予選初日の様子が流れたでしょ? 春高ゴルフは一躍全国的に有名大会になってしまったわけ。なにしろ紅一点のキリュウ君が男子大会で優勝を狙える位置にいるんだもの!」

「マスコミをプレッシャーと考えず応援と考えればいいんだ!」


保健の水沢もまるで自分のことの様に自慢口調だ。


「ともかくだ。人気者の宿命、スターへの階段だと割切れ、キリュウ!」

「それじゃあキリュウ君。行こうか?」

「え? どこへですか?」

「決まってるじゃないの。ミス麗慶高校としての準備よ!」


と言うと、保健の水沢がボクの手を掴んでクラブハウスへと引っ張って行った。






「お母様、こんな感じでいかがでしょうか?」

「“う~ん。右サイドをもう少しふんわりと。前髪はひたいの前にそろえた方が可愛いわね”」

「なるほど! じゃあ、ちょっとやってみますね」


ボクは女子ロッカーの中で、携帯のテレビ電話機能を使ったヘアメイク講習のモデルをやらされていた。もちろん電話の向こうはボクの母さんで、水沢がにわか美容師だ。


「“そうそう! そ~んな感じ。可愛いわ~あ。後はメイクね”」

「メイクはしないよ! 禁止されているんだもの、そんなことしたら失格になっちゃうよ!」


ボクは慌てて反対した。


「“メイクっていってもお肌のケアなら文句は出ないわよ。アラシは肌が繊細なんだからスッピンじゃ日に焼けちゃうでしょ? UVカットのファンデは塗っておくべきなの。なにしろ日本中にアラシの可愛い姿が映るんですもの”」

「いやだ」

「“あら? アラシはお母さんの着せ替え人形になってくれるっていう約束だったでしょ? 女の子の格好をするときには母さんに任せてくれるって、思いっきり可愛くしていいって言ってたんじゃなかったかしら~あ?”」

「うっ・・・」

「“ということですから、水沢先生メイクの方もよろしくお願いしますわね”」

「喜んで!」






≪おお~ッ!≫


ボクが、ティーグラウンドに上がった途端に歓声が上がった。

スクールカラーのサンバイザーから覗く髪は丹念に編み込んでティアラのようにしたバレリーナ風。日焼け防止とはいえ綺麗にファンデーションを塗られた上に軽くチークした頬。薄く引いたリップグロスが唇をとても発色よく健康的に見せている。


「キリュウ君。キミは化粧をしているのかね?」


スタートホールに設置された役員テントに座る競技委員から尋ねられる。


「大会規定では化粧は認められていないことを知っているね?」

「はい・・・いえ・・・その・・・ボクは肌が弱いので日焼け止めを塗ったんですが・・・」


ボクは自分でも自信をもてないことなのでしどろもどろになってしまう。


「う~む。そうは言ってもキミは頬紅を注しているように見える。それに口紅も塗っていないか?」


声の調子が厳しくなり段々追及姿勢に変わってきた。


「その程度であればよろしいんじゃないですかな?」


ボクの後ろから声が掛かった。振り返ると恰幅のいいオジさんがニコニコとボクに笑いかけている。胸にエンブレムの付いたお揃いのブレザーだからこの人も大会役員なのだろう。


「キリュウ君は紅一点、女子のユニフォームを着てこの大会に華を添えてくれているのだし、本人が肌を保護する目的だと言っていることですから」


そう言うと競技委員たちを鋭い目で見回した。


「・・・まあ、そういうことであれば。ではキリュウ君、会長のお口添えもあったことだし化粧ではないということで認めましょう」


高等学校ゴルフ協会の会長さんだったんだ! ボクはほっと安堵の息を吐いた。

それにしても危ない所だった。昨日までのスッピンで髪もポニーテールにまとめただけの飾らない姿に比べたら、明らかに“盛った”感満載なのだから仕方ないだろう。母さんにも困ったものだ。


「キリュウさん、今日は随分めかしこんでるんだね!」


ようやく解放されて同組のプレーヤーたちの方に歩いて行くと、さっそく佐藤君から言われてしまった。ボクの濡れた感じに膨らんだ下唇から目が離せないみたいだ。


「ひょっとしてライバルの目を奪わせて集中力を欠かせようという作戦かい? その手には乗らないぜ・・・っと言いたいところだけどあまり自信はないな」


今日の予選2日目も一緒の組で戦う篠原君もボクの顔を眩しそうに見つめて言う。


「ふ~ん。素顔も美人だとは思ったけど化粧したら一段と映えるんだね。こりゃあゴルファーというより女優かモデルだな」


東郷君も感心したように言った。でも、何か第三者的で冷静な言い回しだ。女の子に不慣れそうなふたりとは違って全然ドギマギなんかしていない。まるでボクを商品チェックするみたいな目で見ている。きっとこいつは普段から女の子に取り巻かれモテまくっているのだろう。


ボクはそんな同伴競技者たちの会話には加わろうとせず、最初のホールをチェックするために遠くを見つめた。






「“それでは第12組の選手をスタート順に紹介します。聖フェデリコ学院 篠原君”」


≪パチパチパチ≫


「“錦旗学園 東郷君”」


≪パチパチパチ≫


「“龍門寺高校 佐藤君”」


≪パチパチパチ≫


「“そして最後が麗慶高校 キリュウ君”」


≪ヒュ~ヒュ~ッ≫

≪パチパチパチパチパチパチ≫


ボクはサンバイザーのひさしを軽く摘まむとギャラリーの方にお辞儀をした。


「“本日のマーカーを発表します。篠原君のマーカーは東郷君。東郷君のは佐藤君。佐藤君のはキリュウ君。キリュウ君のマーカーは篠原君にお願いします。ラウンド終了後各人アテストの上スコアカードを提出してください。それでは次に使用ボールの確認をします・・・”


スタート前の競技委員からの説明と確認が終わるといよいよ競技開始だ。ちなみに競技ゴルフでは自分でスコアをつけない。自分を担当するよう指名された選手がマーカーとなってスコアを記入していくのだ。だから今日の場合、ボクのスコアは聖フェデリコ学院の篠原君がつけ、ボクはマーカーとして龍門寺高校の佐藤君のスコアをつけることになる。


≪パシーーーーーン≫

≪パシーーーーーン≫

≪パシーーーーーン≫


順番に3人が最初のホールのティーショットを打ち終わった。


さあて、ボクの番だ。男の子たちは球を思い切りひっぱたいて距離を稼いでいるけれど、ボクのパワーではそれを真似ることは不可能。どんなに頑張ったとしても280ヤードが限界だ。それだって方向を捨ててどこに飛んでしまうか考えずにぶん回した場合なのだ。きちんとボールコントロールするなら250ヤードがボクのドライバーの最大飛距離だろう。


≪パシーーーーーン≫


「ナイショッ!」

「力まない可憐でステディなスイングだ」

「う~ん今日も安定したいいゴルフをしてるね」

「ありがとう。ボクには皆さんと渡りあえるだけのパワーはありませんからね」


と答えながらボクは、キャディバッグを肩にかつぐとフェアウエイへ向かう。東郷君が急ぎ足で追いついてくると並んだ。


「君、“ランちゃん”って呼ばれているんでしょ?」

「・・・どこでそれを」

「そりゃあ麗慶高校関係者や、君の追っかけをやっているファンのブログとかを見れば一目瞭然。なんだって君の情報なら書いてあるもの」

「そうなんだ・・・」

「でさ、俺も“ランちゃん”って呼んでいいかい?」

「嫌ですって言っても呼ぶつもりなんでしょ? 東郷君のご勝手に」

「えへへ。じゃあ、ランちゃん! うん、やっぱりこの方がしっくりくるな」


ボクは、ニヤけた東郷君の顔を冷めた目で見つめた。


「そういうクールな表情も可愛いよ。やっぱ美少女は得だね、ランちゃん!」


ボクは視線を外し無視すると、黙々と第1打のある所まで進んで立ち止まった。

鳰海ゴルフ倶楽部1番ホールは430ヤードPAR4のミドルホール。ほぼグリーンまで平らでフェアウェイも広いから、選手たちは出だしの調子確認も兼ねて思いっきり振り回してくる。


たぶん同伴競技者たちは300ヤード近く飛んでいるだろうから、残りは130とピッチングウエッジの距離だ。ボクは250ヤード地点なので、カップまで実測180ヤード。

幸いにもグリーン手前は花道になっていてハザードはない。キャディバッグの中からユーティリティを引き抜くと、ボクは球を少し右足寄りにセットして構えた。

そしてゆったりとしたタイミングで振り上げると身体の正面でしっかりと球を打ち抜いた。


≪スパーーーン≫


低く飛び出した球は、まるで着陸態勢に入ったジェット旅客機のようにフェアウェイの上を滑空しながら次第に高度を落として行く。


≪トーーン トン トン≫


花道に落下すると2度3度とバウンドしながら勢いよく転がってグリーンを捉える。そして左に旋回しながらスピードを落とすとピン手前8メートル付近に停止した。


「ナイスオン!」

「バーディーチャ~ンス!」

「上空から落とさず球足を使ってグリーンに乗せたわけだ! お見事!」

「ありがとう」






≪カッコ~ン♪≫


ボクのファーストパットは狙い違わず強めに真っ直ぐ転がると直径10.8センチの金属筒の中に吸い込まれた。


「ナイスバーディ!」

「おいおい、参ったな」

「まったく。先に長いのを入れられるとプレッシャーだよ」


3人から声が上がる。まんざら軽口ばかりでもなさそうな様子だ。


「お先に」


と言いながらボクは、軽く両膝を曲げてカップの中から球を拾い上げた。これでボクは2アンダーだ。


他の3人はというと、篠原君は第2打を引っ掛けてしまいグリーンを外して第3打でオン、そこから2パットのボギーでトータル3オーバー。佐藤君は見事なショットでピンそば1.5メートルにオン、1打で沈めてナイスバーディー。トータル1オーバー。東郷君はピン横5メートルからのバーディーパットはずしのパーでトータルイーブンパー。


「最初のホールで2打差がついてしまったか。ランちゃんを見ているとゴルフは飛距離だけじゃないってことが分かるよ」


東郷君が自嘲気味に言った。次のホールへの移動中なので4人前後して歩いていたから、それが聞こえたのか他の二人もしきりに頷いている。


「それにしても素晴らしいボールコントロールだ」

「どうやって身につけたの?」


佐藤君と篠原君が質問してきた。


「えっと、それは・・・」

「それは彼女が神隠しに合っていた間のことなのさ。男の身体を女に変えられてしまったのと同時にボールコントロールも身についたってわけさ」


ボクが答えようとしたら、その前に東郷君が言い出した。


「え・・・じゃ、じゃあ女の身体になればボールコントロールが身につくわけだ!」

「なわけないでしょう」


そんなバカな。ボクは呆れたように否定する。


「ははは、そりゃそうだろう。で、実のところはどうやって覚えたんだい?」


東郷君はこれを聞きたかった様子だ。


「そんなこと・・・どうして尋ねるんですか?」

「単なる練習だけでそんなに上手くなるはずないだろ? それに男から女になったゴルファーってそうはいないから興味があるのさ。キリュウアラシって確かに関東ジュニアで勝った選手だったけれど、今のショットのような“凄み”はなかったみたいだからね」


他の2人からも答えを待って見つめられてしまった。どう返すかなあ・・・。


「男の子の君たちに言っても分からないでしょうけど・・・女の子の身体になって一番困るのは胸なんですよ。だって構えるときに邪魔になるでしょう?」


そう言いながらボクは、自分の胸の膨らみを両手で持ち上げてプルンッと揺すって見せた。3人はまさかボクがそんな行動に出るとは思っていなかったようで、目をくぎ付けにしたまま唾を呑み込んでいる。


「で、どうしているかって言うと、両側から挟み込むときにこうして・・・下に押し下げるか、こんな風に・・・上に持ち上げるか、なんですよ」


とボクが両方の真っ白な二の腕を使って胸の膨らみを歪ませると、3人はその姿からますます目が離せなくなってきた。


「ただね。女の子の胸にだってメリットはあるんです。男だったらクラブを構えると胸の所に空間ができるでしょ? よくここの三角形を崩さないように上体を回転させてスイングしろって言うじゃないですか。ところが女の子はその空間を胸の膨らみで満たしてしまうんです。と言うことはぁ? あれぇ? 答えはないのかなぁ? じゃあ正解を言っちゃいますけど、スイング時に軌道がブレないっていうわけです。女の身体になって上手になった理由って言うとそれのことなのかなあ。でもぉ、男の子でもシリコン入れたらオッパイ作れるそうですからやってみたら?」


ボクは胸の膨らみをもう一度両手で持ち上げながらそう言うと、話は終わったとばかりに2番ホールのティーグラウンドに上がって最初のショットの準備をはじめた。






「後半は20分後のスタートです。5分前にインコースのスタートホールに集合してください」


9番をホールアウトすると競技委員が後半のスタート時間を告げた。

ボクは前半の9ホールを終えて3アンダー。つまり出だしの1番ホールでバーディーを取ったものの後は手堅いゴルフでパーを拾いまくった。他の3人はどうかというと、東郷君は1アンダー、佐藤君は3オーバー、篠原君は4オーバー。3人とも飛ぶだけに残り距離を短く有利にできる反面、怪我も大きく出入りの激しいゴルフをしていた。


「それじゃあ後ほど」


そう言うと、ボクは同伴競技者3人と別れて女子ロッカーを目指した。もちろんトイレ休憩するためだ。急ぎ足で歩くボクを地方局の方の女子アナが追いかけてくる。


「キリュウ君。手元の集計ではキミ、トップタイよ」

「え?」


そう言ったのを聞いて、思わず立ち止まってしまった。思っていたより上位の選手たちが伸び悩んでいるみたいだ・・・。


「それを聞いてどう?」

「・・・びっくりです」

「明日の決勝を入れてあと27ホール。応援しているから後半も頑張ってね!」


ボクは本当にびっくりしていた。こんな女の子の身体になってしまって飛距離では大きく劣っているし勝負できるのはショットの正確さだけと割り切って全力で戦ってはいるけれど、男子競技で優勝を争うことまでは考えていなかったのだ。


「すみません! ひと言もらえますか?」

「こっち! 目線もらえますか?」

「あ、こちらにも目線ください!」


立ち止まっていたら周囲を記者やカメラマンに取り巻かれてしまった。


「す、すみません。まだ試合中なんです。後半のスタート前に用があるので・・・」


そう言って輪の中から逃れようとしたけれどダメだ。他社より先に引くようでは負けになる業界だから仕方ないのかも。そんなことを思いながらも取り囲まれて身動きできないで困っていると大きな声が響いた。


「試合中の選手への取材は遠慮してください!」

「取材ルールはちゃんと守って!」


大会役員の先生たちが近づいてきて記者たちを掻き分けて間に通り道を作ってくれた。


「さ、行きなさい」

「すみません。ありがとうございます」

「試合中は選手に声を掛けたり競技の妨げになることは慎んでください。従わない場合は明日の取材を許可しませんのでそのつもりで!」

「だったら共同取材でいいからキリュウ選手にインタビューできるようにしてくださいよ!」

「そうだそうだ!」


後ろから大会役員と記者とのやりとりが聞こえてきたけれど、ボクはその場を逃れるようにしてクラブハウスへと向かった。






≪パシャッ≫

≪パシャッ パシャッ≫

≪パシャッ≫


ホールアウトしてアテストを終えると、ボクは大会役員に連れられて臨時記者会見の場に引き出されていた。絶え間ないフラッシュの瞬きと、煌々と照らしてくるテレビの撮影ライトが眩しい。


「“キリュウ君。予選トップタイ通過おめでとう!”」

「“2日間トータル4アンダーという成績、自分ではどう評価?”」

「“明日はいよいよ決勝ね!”」

「“最終組だけど緊張してる?”」

「“いっしょにラウンドする勝野君、田中君、それから東郷君についてはどう?”」


ばっちりメイクで固めた二人の女子アナが競い合うようにマイクを突き付けてくる。


≪おい、彼女の答えが聞こえないよ!≫

≪女子アナ同士で張り合ってるんじゃねえよ!≫


とたんに周囲の記者たちからクレームが飛ぶ。

矢継ぎ早に質問していた女子アナが黙ったので、ボクは訊かれたことに応える。


「“今日は特に厳しいピンポジションでしたし、ボクはあまり球が飛ばないので冒険せず安全に攻めていったのが良かったのだと思います。明日はいよいよ最終日。最終組でいっしょになる勝野君と田中君はプレーしていないので様子が分かりませんが、予選で2日間いっしょだった東郷君はボクの攻め方を参考にして今日の後半のスコアを伸ばしてきてますからね。ボクも負けないように頑張らないと・・・ともかく明日は今の自分にできることをしっかりやること。それだけを考えて試合に臨むつもりです”」


ボクがそうまとめて話すのを熱心に記者たちがメモしている。後で聞いた話では、全国大会とはいえこれまで一人の選手の為に共同会見をセッティングするようなことは一度もなかったのだそうだ。


「ひとついいかな!」


記者から手が上がった。確かこの人は・・・ボクの地球帰還後最初の試合を取材していたゴルフ専門誌の記者だ。


「キリュウ君をプロのゴルフトーナメントに招待しようという話が起きているのは知っているよね?」


≪えええ~っ≫

≪おおお~っ≫


周りの記者たちが驚いたように質問した男の方を振り返る。そして慌ててメモを取りながらボクがどう回答するかに注目した。


「“え・・・そうなのですか? 知りませんでした”」


≪パシャッ≫

≪パシャッ パシャッ≫


一斉にフラッシュが焚かれる。


「そうか。まだキミの所に話は来ていないか。日本女子プロゴルフ連盟の井口緋紗子会長が来週から始まるJ-LPGAツアーのオープン競技のアマチュア枠に出て貰いたいと言っているよ」

「“ボクが女子プロゴルフに・・・”」


≪パシャッ≫

≪パシャッ パシャッ≫


「“でも、それって無理ですよ。ボク、男性ですから”」


≪パシャッ≫

≪パシャッ パシャッ≫

≪パシャッ パシャッ パシャッ≫


「現状ではそうだろうね。でもね、井口緋紗子会長がキミについては例外規定の適用を考えているんだよ。『出生時に法律上の女性であること』という条項があるけれど、現代社会の状況から言うと必ずしも明快な女性競技の参加資格の定義とは言えなくなっているんだ。特にキリュウ君、キミの場合には内性器が生物学上の女性としての十分な機能を満たしているからね」


ここでゴルフ専門誌の記者は言葉を切って、言ったことの意味がしっかり浸透するのを待った。


「でね。その動きを知って慌てたのは日本プロゴルファー機関ってわけだ。機関としてはキリュウ君が男子登録選手として高校ゴルフで成長してくるのを楽しみに待っているつもりだったのだろうけれど、女子プロ連盟に横取りされかねない状況になったわけだからね。特別顧問の青地伊佐夫プロが乗り出してきて、御大みずからキリュウ君を招待枠で参加できるように選手会と大会主催企業の根回しを開始してるんだ」

「“青地プロが・・・”」

「で、質問なんだけれど。キリュウ君。キミは男子と女子どっちの大会に出たいの?」


≪パシャッ≫

≪パシャッ パシャッ≫

≪パシャッ パシャッ パシャッ≫

≪パシャッ パシャッ≫


男子プロゴルフツアーか女子プロゴルフツアーか・・・そんなことより、優勝72回不滅の最多勝利記録を誇るあの伝説の女子プロ井口緋紗子と、優勝84回日本人として初めて米PGAツアーで優勝しゴルフ界の帝王J.ニックと全米プロで4日間の死闘を演じ準優勝したあの青地伊佐夫が、ボクの為に動いてくれているのだ・・・これは衝撃だった。

それに、今シーズンのトーナメントって・・・まだボクは高校3年生じゃないか。そんなボクがプロの試合に? 突然の爆弾質問にボクは何て答えていいのか分からなかった。


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