第102話 春高ゴルフ開幕!
春霞に煙る琵琶湖の湖面を2羽のトビが追い駆けっこをするように滑空して行く。
穏やかな天気に恵まれて全日本高等学校ゴルフ選手権春季大会、通称「春高ゴルフ」は初日を迎えた。
大会初日は公式練習日だ。ボクは、ピッチングウェッジとパターの2本だけを練習用キャディバッグに入れると、ヤーデージブックとボールペン片手にコースを歩測して歩くことにした。前の日にグリーンキーパーのオジさんが言っていたことを実践してこの大会をクレバーなゴルファーとして戦おうと思ったからだ。
最初、一緒の組の男の子たちは呆気にとられて、ピッチングで110ヤード刻みでしか進まないボクのことを揶揄していた。
≪カシーーン≫
「おいおい頼むよ~。そんなことしてたら日が暮れちゃうよ~」
「ご心配なく。歩くの早いですし打つのも早いですから」
そう言いながらボクは、ティーマークから正確な歩幅で歩きだす。何しろ身軽なので、大きなキャディバッグを抱えた同伴競技者たちよりは移動スピードが格段に速いのだ。
球の停止地点に行って周辺の傾斜や芝の密度をチェックし終えたところに、同伴競技者たちが追いついて来た。
「さっきからいろいろメモに書き込んでいるみたいだけど、大会が終わった後ここでキャディのバイトでもする気かい?」
「そりゃあいいや! ここのキャディさんって制服可愛いからな。キリュウさんだったらきっと似合うぜ」
「鼻の下伸ばしたオヤジ連中から、ご指名が殺到すること間違いなし!」
「あはははっ!」
ボクは、チラッと冷たい視線を送ると素早く次の地点に向けてショットした。
≪カシーーン≫
コースをじっくり観察しながら歩いてみると分かって来ることがある。同じフェアウエーでも芝の状態が良い所もあれば悪い場所もあること、一見すると平らに思える所でも微妙な傾斜面になっていたりすることだ。
ボクは次のショットが打ち易いエリアがどこなのか、そこからグリーンまでの距離はどれほどなのか、綿密にメモして行った。
午前中に練習ラウンドを終えたボクは、着替えずひとりで管理小屋を訪ねた。
「あのお、グリーンキーパーさんはいらっしゃいますか?」
入口で声を掛けると、道具の手入れをしていたお揃いのツナギの人たちが一斉にボクを見た。
≪おおっ!≫
≪こりゃ魂消た!≫
≪オヤっさんにこんな美人の知合いがいたなんてよ~!≫
「うるさいよ、お前たち。やあキリュウ君、よくここが分かったね」
「キャディーマスター室で教えてもらいました」
「そうかい、そうかい」
白い歯を見せながらグリーンキーパーのオジさんが立ち上がって手招きした。
「お仕事中、お邪魔じゃありませんでしたか?」
≪ぜ~んぜん!≫
≪遠慮すんなよ!≫
≪君なら大歓迎だよ!≫
ツナギの人たちから次々に声が上がる。
「だ、そうだ。入りなさい」
「はい。では失礼します」
ボクがオジさんの隣まで入って行くと、木箱を傍に寄せて座る場所を作って勧めてくれた。ボクはミニスカートの裾を整えながら膝を形よく揃えて腰かけた。
「で、練習ラウンドはどうだったね?」
「はい。ヤーデージブックにいっぱいメモが取れました」
と言いながらボクは、お尻のポケットからヤーデージブックを取り出し開いて見せた。
「ほう・・・ふむ・・・これはよく研究している。この辺りの傾斜もチェックしたのか・・・ん?」
感心したようにボクのメモ書きに目を通していたと思ったら、急に怖い顔になった。
「おい! 3番のフェアウエイ入口から75ヤード地点左サイドにクローバーが出ているぞ! ちゃんと見ているのか? 足で調べもしねえで単に機械走らせているだけなんだろ!」
「す、すみません!」
「フェアウェイに雑草があったら、そこはもうフェアウェイじゃねえんだ! しっかりしろ!」
「す、すみません!」
グリーンキーパーのオジさんに怒鳴られて、3番ホールの担当らしい若い男の人がうな垂れてしまった。
「な、なんだかボクのメモの所為で怒らしちゃったみたい・・・平らな場所だけどクローバーの葉陰に沈むからスピンが掛けにくいって思っただけなんです」
ボクは、チクったみたいで居たたまれなくなり思わず立ち上がってしまった。
「いいんだいいんだ。まあ、お座りよ。なにも君が気にすることはないんだ。むしろ見落としがあった所をちゃんと指摘してくれたので助かったよ。クローバーって奴は繁殖力が物凄いんだ。俺たちコース管理者にとっちゃ大敵、放っておいたら大変だったよ」
と、グリーンキーパーのオジさんはボクにだけ笑顔を見せて言った。でも、再びボクのメモに目を落とすと厳しい目でページを繰り出す。
「どれどれ・・・む! 他にもあるぞ! 6番、11番、13番! おいおい、ちゃんと担当はチェックしてるのか!」
厳しい声が管理小屋の中に響く。
「おや? キリュウ君、これはどうしたんだい?」
ピーンと張りつめた空気が、急に弛んだ。オジさんは、メモの間に挟んであった四ツ葉のクローバーを摘まむと指先でクルクルと回して悪戯っぽい目でボクを見る。
「あ・・・たまたまクローバーのところで見つけたんです。縁起がいいかなって思って・・・」
≪あははは!≫
みんな一斉に笑い出した。怒られていた若い人たちも思わず吹き出している。
「君は素直で良い子だね。よし、この子のお陰で雑草の繁り出した場所が分かったんだ。お前たちとしても何かお礼をせんといかんだろう。いいか、バックティーから250ヤード近辺のフェアウェイを徹底的に磨き上げるんだ! チリひとつ落ち葉ひとつ残すなんじゃないぞ!」
≪うい~ッス!≫
250ヤード地点と言ったらボクのドライバーの飛距離だ・・・。グリーンキーパーのオジさんはしっかりボクのティーショットの落下地点までチェックしていた。
≪チャポ~ン≫
浴槽に天井から水滴が落ちてきて、風呂場にエコーの掛かった音が響いた。
「ねえキリュウ君。先生、髪洗ってあげようか?」
「い、いいです。自分で洗えます!」
「じゃあ、背中流してあげるわよ」
「け、けっこうです!」
民宿の風呂場でボクは水沢先生からの執拗なお節介を断り続けている。
春の全国大会期間中なものだから近在の宿泊施設はどこもが満室。ボクたちの民宿にも他校の選手や先生方が同宿している状況なのだ。浴室は1ヵ所で、入浴時間を限って交替で入ることになる。何しろ男子の大会だから女性は殆どいない。というかボクと水沢のふたりだけ。となれば、否が応でもいっしょに入浴することになってしまう・・・。
「なに恥ずかしがってるのよ。先生は保健室でキリュウ君のおチンチンだって摘まんだことあるし、初潮だって立ち会っちゃってるのよ?」
「そ、そんなこと大きな声で言わないでください!」
「うふふ。それにしてもキリュウ君てスタイルいいのね。羨ましいわあ、その細い腰と小さなお尻」
「じ、ジロジロ見ないでください!」
「いいじゃないの女同士なんだしぃ減るもんじゃなしぃ」
「か、身体は女かもしれませんけど、心の中はまだ男なんです!」
「そっかぁ。でも、佐久間君に見せてもらったけど、キリュウ君の振袖姿って女の子そのものだったわよ」
うっ・・・いつの間に写メ撮っていたんだろ。カッちゃん油断も隙もないな。
「佐久間君ねえ、やっと知り合いから貰ったんだって言ってたわよ」
「え?」
「凄い人混みだったんだって? 佐久間君、キリュウ君を守るので精一杯で写真を撮らせてもらうことも出来なかったんだってぇ。さ、浴槽に入って身体を温めましょう」
やっぱりカッちゃんはカッちゃんだった。なんかホッとしてしまった。ボクはなんだか急に機嫌がよくなってきたので、水沢とお喋りしながら女の長風呂を楽しんだ。
≪ガラガラガラ≫
≪おお~っ≫
浴室の扉を開けると男の子たちがたむろしていた。
「お待たせしちゃったのかな?」
水沢が尋ねると、照れながら一斉に首を横に振った。それでも、洗い髪にジャージ姿のボクを眩しそうに見つめるのだけはやめなかったけど・・・。
「じゃあ、お先にね。キリュウ君行きましょう。そうだ玄関ホールの自動販売機で何か飲んで行こうか? 先生おごってあげるわよ」
「ありがとう、先生」
そう話しながらボクたちが廊下を歩きだした途端、男の子たちが浴室の中に殺到して行った。振り返ってその様子を見ながら水沢は可笑しそうにほほ笑んだ。
「うふふ。やっぱり男の子たちねぇ」
「え?」
「分からない? ほら時刻はまだ19:55分、女風呂の時間なのよ」
「そんなに早くお風呂に入りたかったのかなあ・・・?」
「あはっ! キリュウ君ってほんとに素直ね。あれはねえ、女の子の香りや裸の気配が残る浴室がお目当てなのよ」
「・・・のぞき?」
「そこまでする度胸はないでしょ。だから合法的な範囲で精一杯楽しもうって考えたんでしょうね」
「そっか! 水沢先生は大人の女って感じだから・・・」
「なあに言ってるのよ! 彼たちのお目当てはキリュウ君よ! ひとりで君を宿泊させなくて正解だったわ。安心していいわよ。君のことは先生ががっちりガードしてあげるからね」
「・・・」
その後、水沢はボクの髪を乾かしながら、男の子たちと合宿する際に女の子が注意すべきことを、いろいろな例をあげて説明してくれた。なんだか女の子って気をつけなければいけないことがいっぱいあって大変だ・・・。
ボクは、明日から始まる初日のラウンドに備えて早めに就寝することにした。
≪パパ~ン パン パン パン≫
薄雲たなびく春の空に花火の白い煙が上がった。
「“厳しい地方大会を勝ち抜き全国から集まった高等学校ゴルフ界選りすぐりの精鋭、それが諸君なのです”」
高等学校ゴルフ協会会長の挨拶で、改めてボクは自分が全国大会に出場していることを実感した。ボクは、檀上のオジさんから目を放すと後ろを振り返って見た。ボクは男の子たちに交じれば背が低い方なので、最前列に並んでいる。日に焼けて精悍な顔をした63名の男の子たちが、これから始まる競技を前に緊張した面持ちで整列していた。彼らも自分が全国大会に出られたことを実感しているのかもしれない。
「“今日から3日間、3ラウンド54ホールをこれまで諸君が練習で磨いて来た技術と頭脳の限りを尽くし思う存分戦ってください。それでは全国高等学校ゴルフ選手権春季大会競技を開始します”」
≪おおーーーっ!≫
開会式が終わって解散すると、スタート時間の近い組の選手はスタートホールへ、まだ時間がある組の選手たちは、練習場やパッティンググリーンへと向かい始める。
「キリュウ君、ひさしぶり」
関東大会で取材した女子アナが、ボクに手を振りながら近寄って来た。
「お仕事大変ですね。関西まで取材ですか?」
「そうよ! キリュウ君が全国大会に出ることになった以上は、お茶の間にちゃんとニュースを届けないとね」
「いいんですか? 会場の看板には別のテレビ局の名前が後援で入っていましたけど?」
「ああ地元局さんのこと? いいのいいの。ちゃんと大会本部に取材申請しているんだから」
と言ったところに、マイクを持った別の女の人とカメラクルーが現れた。
「キリュウ君ね? ちょっといいかしら?」
「あら、ナニワ放送さんもキリュウ君の取材をするの?」
「ええ、ウチがこの大会のホスト局ですから」
「例年だとローカルのスポーツコーナーで、最終日の順位テロップだけ見せてるんじゃなかったかしら? それが綺麗なレポーターさんまで出して」
「今日の昼刊で全国大会が始まったニュースを出すんですよ」
「ふ~ん、今年はずいぶん気合い入ってるのね」
ボクの目には、女子アナ同士が笑みを浮かべながら睨み合う1メートルほどの空間に暗黒物質が充満して、バチバチ火花が飛び交っているのが見えた。
「こ、これからスタート前の練習をしたいので失礼します。練習風景の撮影でしたらご自由に」
そう言うとボクは、キャディバッグ置き場の方へそそくさと退散した。ただでさえ女子アナに付きまとわれて煩わしいと思っているのに、それが二人に増えてしまった・・・。
「じゃあアラシ、行ってくる」
「カッちゃん、頑張って」
そう言うとボクは、練習グリーンから立ち去るカッちゃんの右拳にグータッチした。
初日のスタートはカッちゃんがアウトコース第5組、ボクはインコースの第12組。スタートホールの場所も時間も別々なのだ。
「お揃いのスクールカラーのユニフォームを着た二人が健闘を誓い合う姿、なんだかとってもいい感じね」
練習グリーンの外でその様子を見ていた全国ネット局の方の女子アナが話しかけて来た。
「春高ゴルフは3日間の長丁場だけど、いけそう?」
ミニのワンピースからのびるボクの足に目を落として言った。
「それ、どういう意味ですか?」
「キリュウ君ってそんなに細いじゃない? 同じ春高ゴルフでも女子の方だったら2日間なのにって思ったのよ」
「ベストを尽くすのみ。いまのボクは予選をクリアすることしか考えていません。それじゃあスタート前にロッカーに寄りたいので失礼します」
と言い切ると、ボクは振り返ることなく急ぎ足でクラブハウスへと向かった。
≪カッコ~~ン≫
「ナイスバーディ!」
「やるねえ!」
初日第1ラウンドのスタートホールで、ボクは2打目できっちりピンそば1メートルにオンすると難なくバーディーをとった。
飛距離的には、同伴競技者の男の子たちに30~50ヤード離されていたのだが、昨日歩測して念入りにチェックした平らな地点からキッチリ打つことができたので、狙い通りに軽いフェードが掛かった球は花道を利用してピン横に止まってくれた。
ライが良かったこともある。男子選手たちが打ったライと明らかに手入れが違っていたのだ。グリーンキーパーさんたちに感謝しなくっちゃ。
「それじゃあバーディオナーさんからどうぞ」
「はい」
インコーススタート組の2ホール目は11番のミドルホールだ。馬の背になったフェアウエイは球が落下してから右か左かに転がり落ちてしまう難コースだ。それでも平らな場所がない訳ではない。ボクは5番ウッドを取り出すと、ボールをティーにセットした。
「おや? ドライバー使わないんだ」
龍門寺高校の佐藤君が言った。身長190センチの巨漢だ。
「飛距離ないのに余裕だねえ」
聖フェデリコ学院の篠原君はシニカルな口調だ。中肉中背で170センチだから、ボクと身長差がないのでライバル視しているのかもしれない。
「ははあ、狙い所があるんだ。歩測しながら傾斜をチェックしていたものなあ」
と分析してみせたのは錦旗学園の東郷君だ。スラッとした長身で、180センチくらいありそう。日焼けした甘いマスクで女の子が騒ぎそうなタイプだ。
ボクは静かに息を整えると、上体を捻りながらコンパクトにトップポジションまで腕を振り上げた。
≪パシーーン≫
真っ直ぐ飛び出した球は馬の背の真ん中に落下すると、トントンと弾みながらフェアウェイセンターで停止した。
「ナイスコントロール」
「だが、飛距離は200ヤード」
「残りを220残しちゃったわけだ」
≪パシーーーーーン≫
≪パシーーーーーン≫
≪パシーーーーーン≫
他の3人は全員ドライバーでフルスイングした。飛距離は280~300ヤードだけど、馬の背の傾斜のせいで右サイドと左サイドのラフまで転がってしまった。
「残り220の平らな所からのセカンドショットと、残り140ヤードで標高差10ヤードの打ち上げショット勝負というわけか・・・」
そう呟きながら、錦旗学園の東郷君はボクに追いつくと一緒にセカンド地点へと歩き出した。
「それって企業秘密?」
ボクがヤーデージブックに書いたメモを確認していると言った。
「はい。手作りですから」
「君の手作りだったら是非とも“食べて”みたいな」
「はい?」
「じょーだん冗談。競技中にアドバイスしてもらうと2ペナだからね」
「してあげた方もです。でも周知の情報だったら教えますよ?」
「うん。俺もピンポジションとかなら知ってるから。ところでさ、君は男の子なんだって?」
「そうですけど?」
「どう見ても女の子、それも超可愛い女の子にしか見えないけど」
「皆さん、そうおっしゃいます」
「あはは。そうアッケらかんと言われちゃうと二の句が継げないな。でも化粧はしていないんだね」
「大会規則でお化粧は禁止ですから。それにもし許されていたとしても、主催者の希望ですからユニフォームは仕方ないので着ますけれど、メイクするかしないかはボクの自由です」
「ふうん。その胸の膨らみとかは本物なんだよね? いっしょの組だって言うんで『キリュウアラシ』でググったら週刊誌に掲載されたプールサイドの写真が出て来てさ、白いビキニから覗くおっ」
「それ以上言うとセクハラです」
と言ったところでボクの球のある場所に着いた。
「ははあ、ここの一角だけ小さな広場になっているんだ。それに他の所に比べてライがえらくいい感じじゃないの」
ボクはヤーデージブックでもう一度距離を確認すると、風向きを確認してスタンスに入る。
≪カシーーーン≫
ボクの打球は真っ直ぐ飛びだすと、グリーン手前90ヤード地点に落下して2回バウンドした後ピタッと停止した。
「ほう。直接グリーンは狙わないんだ。ここからなら俺だと3番アイアンで乗せられるな」
「ボクのパワーではこのホールは好くてパーですから。そんなことより早く行かないと東郷君の番になりますよ」
そう言うとボクは、キャディバッグを背負って自分の球の方へと向かった。
≪カシーーン≫
≪カシーーン≫
≪カシーーン≫
他の3人がセカンドショットを打ち終わった。
3人とも馬の背から転げ落ちた球は、フェアウェイで止まらずに左右のラフに入ってしまった。そこからグリーンは10ヤードの打ち上げになるのでピンは見えない位置だ。グリーン面が見えない上に、打ち上げで距離感も微妙、さらにはラフからなので球とクラブフェースの間に草が入り込みスピンが掛かりにくくなる。
右サイドから打った聖フェデリコ学院篠原君の球はグリーンに落下したものの、スピンが掛からず奥のバンカーに入ってしまった。
左サイドから打った東郷君は、コントロールの効かないことを予測して高い弾道でグリーンを攻めてピン奥10メーターにオン。
同じく左サイドから龍門寺高校の佐藤君が打ったが、クラブ選択を誤りグリーン手前のラフで止まった。
さて、ボクの第3打だ。
球は狙い通り馬の背の右寄りにある4畳半くらいの平らな面で止まっていた。ここからグリーン中央まで90ヤード。今日のピンポジションは右サイド手前だから85ヤードで、標高差はない。
ボクは58度のウェッジを構えると、いつもより大きめのアークでトップまで引き上げた。
≪カシーン≫
よし! しっかりボールを芯で捉えた。勢いよく飛び出した球は、高い弾道でピンを目指す。
≪トン トッ≫
ピン手前で落下した球は、1度跳ねるとバックスピンが掛かって2度目のバウンドで停止した。ピン手前1メートル、楽々のパーだった。
「いまの攻め方にはちょっと驚いた。君、しっかりコースマネージメントできてるんだね」
「その褒め言葉は素直に嬉しいかも。ありがとう」
なんとなくボクは東郷君と並んで歩く形になってしまった。その後も彼は一緒にボクのボールの落下地点まで付いて来て、どういう攻め方をしているのかをチェックしていた。
「お疲れ様!」
「お疲れ様でした!」
ボクが最後のパットを入れて初日は終わった。ボクは71で1アンダーだった。
「キリュウさん。お見事。練習ラウンドとは打って変わってステディなゴルフだったね」
「東郷君も72の初日パープレーはお見事でした」
「参っちゃうぜ。この二人に引き比べ俺たちは74と出遅れちまったからな」
「飛距離じゃ負けてないってえのに」
「佐藤君も篠原君もショットは安定してたじゃないですか」
「ショットが良くてもゴルフは上がって何ぼだからね」
「くそ~~東郷の奴に言われちまったぜ。おい篠原、これから日が暮れるまでパットの練習だ!」
などと言いながら9番ホールのグリーンから上がって来ると、グリーン横で待ち受けていた地方局の女子アナがさっそくマイクを突き付けて来た。
「キリュウ君、お疲れ様。初日1アンダーすごいじゃない! 全国大会でも結構イケるんじゃない?」
「インタビューは後にしてもらえますか? アテストが終わるまではラウンド中ですから」
と手で制して、ボクは立ち止まることなく同伴競技者たちとスコアカード提出所へ向かう。
「うふふ。アナタな~んにも知らないのね。スコアカードを間違えたり提出しなかったりしたら失格になるのよ? 終わるまで待ってあげなきゃ」
と全国放送の女子アナが腕組みをした余裕のポーズで言った。
「“次はゴルフ!”」
「“はい。今日は神隠し少年のその後をお届けしま~す!”」
「“そうか! いよいよ今日から春高ゴルフなんですね。鮎川さん取材に行ってきたんですか?”」
「“もちろんですよ! 神隠し少年キリュウ君からは絶対目が離せません。明日明後日と東京から往復して取材して参りま~す!”」
その晩、全国ネットのニュースショーに例の女子アナが出ていた。
開会式でボクがただ一人女の子のユニフォームを着て整列しているカットから始まり、ドライビングレンジでの練習風景やカッちゃんとグータッチしている姿など1分ほどのビデオクリップで紹介した。
「“そして今日の第1ラウンドです。スタートとなった10番ホールでいきなりバーディー!”」
「“おおっ!”」
「“飛ばし屋の男の子たちを向こうにまわして着実なゴルフでパーを積み重ねていきます”」
「“無理に飛ばさず確実なショットで攻めてるわけですね?”」
「“そうなんです。女の子にはキツイ距離の残るホールでは無理にパーオンは狙わず、1パット圏内にオン。難しいラインもあったのでパーパットが外れてしまうケースもありましたが、狙えるホールではピンを果敢に攻めて~~~”」
「“ああっ入った!”」
「“ナイスバーディー! 出入りはあったものの結局トータル71の1アンダーで初日を終えたのです!”」
「“ということは?”」
「“もちろん予選突破圏内! それどころか上位入賞も狙える3位タイグループに入りました!”」
「“じゃあ明日明後日次第では優勝も?”」
「“そうですよ~可能性はあるんです!”」
「“なんだかとっても楽しみになって来ましたよ”」
と大いに焚き付けてしまった。
「キリュウ君。全国放送でこんなに取り上げられちゃうなんて凄いわねぇ!」
湯上りに談話室で一緒にテレビを見ていた保健の水沢が嬉しそうに言う。
「明日からボクに対する風当たりが強くなりそう・・・」
ボクは飲みかけていたフルーツ牛乳を唇から放すと浮かない声で言った。
「なあに言っちゃってるのよ。君は向こうの世界でゴルフのチャンピオンなんでしょ?」
「それはそうなんですけど・・・」
確かにボクは“アビリタの超新星 雪よりも白い麗しのプリンセス ラン・キリュウ・ド・サンブランジュ”として“ヤーレの至宝 史上初の3連覇を目指す氷の女王スジャーラ・シフォン”と死闘を繰り広げて第199代女神杯チャンピオンになったのだ・・・ボクは戸惑いながらも、惑星ハテロマで女神杯を賭けてスジャーラと戦ったときのことを思い出していた。