第99話 クリスマスの熱き戦い
12月24日。クリスマスイブの朝を迎えた。と言っても外はまだ真っ暗。日の出前に地上を包み込む夜のとばりが一番濃くなる時間帯だ。
「アラシ~♪ こっちいらっしゃい」
「もう出掛ける時間なんだけど。カッちゃんが迎えに来ちゃうよ」
玄関でローファーを履きかけていたボクの手を掴むと、母さんは有無を言わさずリビングに引っ張って行く。
「ほら、腰かけて」
「なにするの?」
「これを付けなくっちゃ~♪」
手に持っていたのは白いポンポンの飾り玉が付いた赤いリボン。
「これで髪を結わえてあげるわ~♪」
「い、いいよぉ」
「そんなこと言わないの。今日はクリスマスイブなんだし、女の子はアラシだけなんでしょ? 無骨な男の子たちがクリスマス気分になれるよう、ちゃんと演出しなくっちゃ~♪ 女の子はいるだけで周りを明るくするのも大切なお役目なのよ~♪」
と言いながら、ボクの髪を真ん中から二つに分けるとそれぞれを絞り込んで根本で結わえはじめた。
≪ピン ポ~ン♪≫
「ほら来ちゃった。もう行くよ?」
「ちょっと待って。もう少しなんだから~~~よ~しこれで、で・き・たっと♪」
≪ガチャッ≫
「ごめん、カッちゃん。すっかり待たせちゃったね」
「いいや、アラシ。おはよ・・・」
そこまで言いかけて、カッちゃんはフリーズした。ボクを見つめたまま瞬きもしない。フルフルって目の前で手を振ってみたが反応がない。仕方ないので、カッちゃんのホッペを指先でツンツンしてみる。すると、大きく息を吐いた。
「どうしたの? カッちゃん」
「いや・・・なんて言うか・・・」
「佐久間君。アラシ可愛いでしょ? せっかくクリスマスイブだからサンタさん風にツインテール作ってみたのよ~♪」
母さんが、玄関から顔を出すと満足そうに言った。
「それじゃあ行ってらっしゃ~い♪ アラシ、男の子相手なんだから頑張り過ぎないのよ。 佐久間君、アラシのこと今日もよろしくね」
母さんはボクの両肩を軽くつかむと、まるで子犬か子猫みたいにカッちゃんの前に差し出した。
≪うわおぉ!≫
≪クリスマスだぁ!≫
≪プレゼントだぁ!≫
集合場所の吉祥寺駅前ロータリーで待つ貸切バスに乗り込んだら、先輩たちの歓声に迎えられてしまった。
「わたし、クリスマスのプレゼントなんかじゃありません!」
「オマエ、そういう髪型にすると小っちゃな女の子みたいで本当に可愛いよなぁ」
「さすがミス麗慶高校だぜぇ!」
「試合前に気持ちが和むぜぇ!」
「こういうのを目の保養って言うんだよなぁ」
と、口々に言いながら楽しそうにボクを見つめる。
きっと本物の女の子なら注目を浴びて恥ずかしそうに喜ぶシチュエーションなのだろうけど、ボクはまんまと母さんの策略にはまってしまった感じがして、プ~ッと頬を膨らますと不機嫌そうに座った。バスは駅前を出発すると井の頭通りを左折して、高井戸インターのある環八へと向かう。
「クリスマスプレゼント、いいんじゃないか?」
走り出してからしばらくすると監督の大多が言い出した。
「監督。それどういう意味ですか? またわたしの不利になること思いついたんでしょう?」
結局、女子のユニフォームを着ることになったのだって大多の所為なのだ。ボクは不信感いっぱいになって訊く。
「キリュウ、まあそう言うな。これから2日間、競技で皆がやる気を起こす手を考え付いたんだ」
「え? 優勝したらキリュウとデートできるとかですか?」
な! ボクが男、それも先輩とデート? そんなの嫌に決まってるじゃないか! カッちゃんとならともかく・・・。
「いやです! わたし、ぜったい嫌ですからね!」
「関東大会で優勝できるならそれくらい構わんだろうが、ハードル高すぎだぞ。オマエたちの実力では相当厳しいだろう?」
「じゃあ、どういう勝負なんですか?」
「うむ。われながら好い手を思いついたと思ってな。オマエたち3年は、頑張ったとしても春の全国大会には出ることは叶わないだろ? なにしろその前に卒業だからな」
そこで言葉を切ると、大多は反応を楽しむように見回しながら続けた。
「でだ。卒業につきものの伝統的習慣と言ったらなんだ?」
「在校生からの胴上げ!」
「白線流しぃ!」
「先生へのお礼参り!」
「オマエら本当にバカだな。そんなもん賞品にならんだろ?」
呆れたように両手を広げる。
「卒業式につきものと言ったら後輩女子からの『先輩の胸の第2ボタンください』に決まってるじゃないか!」
≪あ!≫
「そうだよ! この中で最上位の者が卒業式当日、全校生徒の前でキリュウから『先輩の胸の第2ボタンください』をやってもらうっていうのはどうだ?」
≪全校一の美少女からの告白・・・≫
≪それもみんなの前で・・・≫
≪のった~~~~~~!!≫
「やだ~あ! わたし、ぜったい嫌です!」
「キリュウ。嫌じゃない。実はバレンタインデーにチョコをとも考えたんだぞ? でも、それじゃあオマエに金銭的な負担が掛かってしまうと思ってな。その点、第2ボタンにすればオマエは出すんじゃなく貰う立場じゃないか。まあ、全校生徒の前で告白することにはなるがな」
「それが嫌だって言っているんです!」
「まあそう言うな。オマエにだって賞品にならずに済むチャンスはあるんだぞ?」
「え?」
「オマエが最上位になればいいだけの話じゃないか!」
「・・・それはそうですけど」
「3年も頑張るし、キリュウも必死になれる。佐久間は蚊帳の外で済まんが、実にいいアイデアだろ?」
≪よっしゃ~~~!≫
≪やるぞ~~~~!≫
と言うことでボクは、先輩たちに勝たないと卒業式で全校生徒を前に恥ずかしい姿を晒さなければならないことになってしまった。う~む、なんか好い様に大多に言いくるめられてしまったかも・・・。
関東大会初日は、初冬とは思えない温暖な気象条件に恵まれた。海風もほとんどなく、選手たちは練習してきた実力をそのまま発揮できる絶好の環境となった。その分、非力なボクには不利なんだけれど・・・。
≪カシーーーーーーン≫
「ナイショッ!」
「いいんじゃないの?」
「フェアウェイセンターのいいポジションですよ!」
同伴競技者たちからお褒めの言葉が上がる。でも、ボクの表情は冴えない。
ティーショットの落下地点に行ってみると、やはり一番手前の球がボクのだった。
自前の卵巣と子宮がしっかり活動を始めたせいでどんどん女体化が進み、日を追うごとにますます飛ばなくなって来ている感じだ。
他の男の子たちの飛距離はほぼ同じくらいで、ボクの球よりは30ヤード先まで飛んでいる。30ヤードということはクラブの番手で3つも違う。それに男の子と今のボクでは、同じ距離でも番手が違ってくる・・・。
ロフトの立ってるクラブじゃないとピンには届かない。そして、ロフトが立っているクラブということはバックスピンが掛かりにくいから止まらない訳だ。なぜゴルフ場にレディスティーがあるのか、身をもって実感する瞬間だ。
横を見ると、昨日からずっとボクに張り付いている女子アナとテレビクルーが、どう攻めるつもりかと興味津々に見ている。
ピンはグリーン手前にあるから、直接グリーンに落として止めるには高い弾道が必要だ。かと言ってバンカーに落とさないよう刻んでは好くてパーだ。きっと今日の天気だったら先輩たちも、相当いい感じでプレーできているんじゃないだろうか・・・。
残り165ヤード・・・ボクは、グリーンが空くのを確認してから5番アイアンを引き抜いた。
「キリュウ君。今日は果敢にピンを攻めていたわね?」
9番ホールを終えて短い休憩に入ったら、さっそく女子アナにマイクを突き付けられた。
「傍から見ていて思ったんだけど、いっしょにラウンドしている男の子たちと戦っているというより、誰かほかの人たちと勝負しているみたいだったわね?」
「それは・・・先輩たちには負けたくありませんから」
「そうか! この大会で3年生が出場しているのは麗慶高校だけなのよね。現役世代として卒業メンバーには負けられないっていうことかしら?」
「まあ、それもありますけど・・・」
ボクは思わず言い澱んでしまったのだが、母さんが結わえてくれたサンタさん風ツインテールに目を奪われた様子で、女子アナはそれ以上追及してこなかった。
「あら~それとっても可愛いのね。キリュウ君にお似合いよ。クリスマスカラーだとは思ったけれど、近くで見るとサンタクロース風なんだ」
「は、母が結わえてくれたんです・・・」
「せっかくのクリスマスイブに試合なんじゃデートもできないしね。クリスマス気分になれるよう考えてくれたわけね。いいお母さんねぇ」
「はあ、まあ・・・」
「うふふ。なんだかキリュウ君そのものがクリスマスのプレゼントみたい! ほら、まわりの男の子たちもキリュウ君に目を奪われちゃってるわよ」
「や、やめてくださいよぉ」
「そうだ! お茶の間で見ている人たちにクリスマスのサービスカットもらえるかしら?」
「え?」
ボクが、何をしていいか分からなくって戸惑っていると女子アナが促す。
「ほら、笑って笑って! 笑顔でひと言、クリスマスメッセージを!」
やるまで解放してくれそうもないくらいの勢いだ。ボクは仕方なく引きつりながらカメラに向かって笑顔を作って言った。
「メリ~クリスマ~ス♪」
「“次は皆さんお待ちかねの神隠し少年のコーナーで~す!”」
テレビ画面の中から、ボクを取材した女子アナが叫んだ。
「まあ! アラシったらスポーツニュースの中でコーナーになっちゃたんだわ!」
「知合いのテレビマンに聞いたんだが昨日の放送、アラシのところで視聴率がうなぎ登りだったらしい。今日も録画はバッチリだ!」
母さんたちが興奮しだしたけど、ボクはひとりで黙々と夕飯を口に運び何も聞こえていない振りをする。
「“待ってました! 関東大会初日はどうだったんですか?”」
「“まずはこれをご覧ください! 出だしの1番ホール”」
「“≪カシーーーーーーン≫”」
「“いいショットですね! フェアウエイセンターだ”」
「“そうなんです。昨日の練習ラウンドで左右に曲げていたのがウソのような綺麗な弾道なんですよ。でも、落下地点に行ってみるとぉ”」
「“あ、相当に引き離されてますね”」
「“女の子になってしまったキリュウ君では、ドライバーで30ヤード近く差がつくんです。問題なのはここから。残り165ヤードのセカンドを5番アイアンでぇ”」
「“≪パシーーン≫”」
「“あああ、止まらない! グリーンオーバーだ”」
「“そうなんです。ミドルアイアンだと女の子のヘッドスピードでは思ったようには球が上がらないんですよ。キリュウ君は絶妙の距離感でバンカーをギリギリ越えたんですが、せっかくグリーンに乗せても球が奥まで転がっちゃったんですねえ”」
「“このケース、男の子だったら何を使うところなんですか?”」
「“そうですねぇ165ヤードだと8番か7番でしょうか”」
「“セカンドが同じ距離でも番手で3つ違うんだ・・・さらにティーショットで30ヤードの差がついているということは・・・”」
「“そうなんです。キリュウ君はクラブの番手で男の子たちと6つ近い差がついてしまうんですよ。ミシェル・ウィーが来日した際に、女子ゴルファーが男子の大会で戦うという意味についてレポートしましたが、今回のキリュウ君を見るとよく分かっていただけると思います”」
「“神隠し少年、よく頑張っていますね。あの細い身体で歯を食いしばりながらプレーしている幼気な姿を見ると、涙が出てきますね”」
「“ええ。初日は77で144名中の65位。40位までに入ると全国大会ですからもう一息なんです。明日の頑張りに期待しましょう! そうそう、今日はクリスマスイブでした。キリュウ君からお茶の間のファンの皆さんにプレゼントで~す!”」
ちらっとテレビを見ると、恥ずかしそうに小首を傾げて当惑しているボクのアップが映っていた。
「“『メリ~クリスマ~ス♪』”」
うっ・・・その場の空気で仕方なくやらされたあのカットだ。
「あら~♪ アラシちゃんったらなんて可愛いのかしら~!」
「頬を染めて照れながら言っている表情がたまらん!」
「アラシ。今のでまたファンが増えちゃったわよ~♪」
ボクは、何も耳に入って来ていないかのように目の前の食事に集中した。
≪おおおぉ!≫
≪今日はクリスマス飾りだぁ!≫
バスに乗り込むと歓声が上がる。ボクはもうすっかり諦めていた。母さんのなすがままだ。母さんがボクの髪をどう結んだのか鏡で確かめなかったけど、どうせクリスマス・オーナメントを髪飾りにして可愛い髪型にしているのだろう。
大事な最終日を控えているのに、身なりのことなんかで煩わされたくはない。先輩たちの歓声を無表情でパスして、空いてる席に深目に腰かける。
「あらら、ランちゃん? どうちゅたの?」
「うちのお姫ちゃま、ご機嫌ななめみたいだぞ?」
「そりゃあ、俺たちとの勝負に負けそうだからじゃないか?」
一日目の結果はボクより上位に3人。元エースが73、元部長が74、それとカッちゃんが76だった。ボクは77だから元エースに4打差のビハインドなのだ。好きでもない男の子に告白なんかできるかって! あれ? 好きでもない男の子・・・うわっ! この考え方って女の子そのものじゃん・・・思わず冷や汗が出てきた。
ボク自身気持ちの整理もついていないっていうのに、身体が女性化して来て勝手に女の子の気持ちにさせているっていうこと? つまり、自分に相応しい雄を見つけたいっていう雌としての衝動に駆られてしまったのだろうか・・・。
「ん? アラシ具合でも悪いのか?」
隣に腰かけたカッちゃんが、身体をブルッと震わせ慌てているボクの様子に気がついたのか心配そうに声を掛けてくれた。
「だ、大丈夫。女の子になろうって努力しているだけだから・・・」
「・・・そうか。俺は何もしてやれないが、男だろうと女だろうとどこまで行ってもアラシはアラシだと思っているからな。あんまり無理するなよ」
「・・・ありがとう、カッちゃん」
バスはボクたちを乗せて、東の空が次第に白んでくる中を朝日を目指して東へとひた走った。
「キリュウ君おはよう。今日も一日いい天気になりそうね」
ユニフォームに着替えて練習場に向かう途中、女子アナにマイクを突き付けられた。毎日朝早くからご苦労なことだ。
「あら~♪ 今日は紅白のリボンに柊の葉っぱと鐘を組み合わせた髪飾り。三つ編みを耳のまわりにクリスマスリースみたいにクルッと輪にしてお星さまのキラキラも付けているのね! いかにもメリ~クリスマスっていう感じで楽しいわぁ!」
早速ボクの髪に目を止めたみたいだ。母さんの作戦勝ちかも。自分の“作品”が全国に放送されるからって今朝は妙に力が入っていたっけ。ボクは、質問されたわけじゃなかったので沈黙を通す。
「聞いたわよ。卒業式のイベントを賭けて勝負しているんですって?」
「え? ・・・いったい誰から」
「内緒。ジャーナリストは情報源は秘匿するものなの。うふふ、ウソウソ。昨日試合が終わって帰りのバスを待つ男の子たちが話しているのが聞こえてきたの。お風呂場でキリュウ君のところの男の子たちが話していたんですって。本当なの?」
「うっ・・・」
「どうやら本当のようね。それでリスクを冒してあんなにピンを攻めていたんだ。えっと、キリュウ君より初日のスコアが良かった卒業メンバーは2人かぁ」
昨日の順位表に目を落としながら女子アナが指摘する。
「今日も攻めのゴルフで行くつもり?」
「負けたくありませんから」
「そうよね。アスリートはどんな勝負であっても勝に拘るもの。それにしても、君から『先輩の胸の第2ボタンください』って言われたら相当嬉しいだろうね。昨日の『メリ~クリスマ~ス♪』だって放送が終わった直後から、次々インターネットの動画サイトにアップされて凄かったんだから! 今日はそっちの勝負にも注目させてもらうわね」
と女子アナが言ったタイミングで練習場に到着した。ボクは、気持ちを吹っ切るようにクラブの感触を確かめることに集中する。
≪カシーーーーーーン≫
「グッショ!」
15番ホール第1打は打ち下しの緩斜面を上手く転がってくれたので、他の同伴競技者の男の子たちと遜色のないところまで飛んだ。
今日のボクはここまで3オーバー。このままのスコア上がることができればトータル152だ。2日間大会だとギリギリ40位以内に入って春の全国大会に出られるかもしれない。でもボクとしては、もう一つの勝負の方が気掛かりだった。
ティーショットを打ち終えてキャディバッグを取ろうとしたとき、ティーグラウンド横に立つ女子アナの姿が見えた。イヤフォンを指で押さえながら頻りとメモを取っている様子だ。ふと彼女が顔を上げたと思ったら、ボクが見ていることに気がついて手で合図を送ってきた。指が3本・・・そうか、ボクよりスコアのいい先輩との差だ。15、16、17、18番の残り4ホールで3打差をひっくり返さなければならない訳だ。
全力を尽くすのみ。ボクはグリーンが空くと、キャディバッグからユーティリティを引き抜いた。
≪スパーーーン≫
ロフト角19度のクラブフェースを少し開いて打ち出した球は、普通より高めに舞い上がる。
「お! いい感じじゃない?」
「軽いフェードでグリーンに向かってるね」
「バンカーを越えた! ナイスオン! ピン奥だけどいいラインだと思うよ」
やはりピンをオーバーしてしまったか・・・でも、残り180ヤードを非力なボクが攻めるにはこの方法しかなかったのだ。
≪スパーン≫
≪スパーン≫
≪スパーン≫
他の男の子たちは、6番アイアンで軽々とグリーンを捉えて行く。高い弾道でバックスピンがしっかり掛かっているから、ピンデッドに攻めることができる。羨ましいけど、女体化してしまったボクのヘッドスピードでは無理な芸当だ。
グリーンに上がってみると、ピンまで8メートルの下りフックラインだった。バックスピンが掛からず球が止まらないから、どうしてもピンより上に着いてしまうのだ。上りラインだったらしっかり打てるけど、下りでは距離と方向を合わせて行くしかない。練習ラウンドから、楽なパットは一度もなかったかも。
≪カッコ~~ン♪≫
「ナイスバーディー!
「お見事!」
「ありがとう」
と言いながらボクは、軽く膝を曲げてカップの中から球を拾い上げる。ふと見上げると、いっしょにラウンドしている男の子たちがミニスカートから覗くボクの太腿を見ていた。練習ラウンドからずっとこうなのだ。ボクとしてはインナーパンツはいているので、スカートの中を見られたって全然平気なんだけどね。
そんなことよりこれで今日は2オーバー、2日間トータルが151になった。ボクよりスコアのいい先輩の状況は分からないけど、さっき女子アナが教えてくれたままのスコアで終われば149だ。あと2打差か・・・なんとかしなくっちゃ。
その後、16番のミドルホールはパー。17番のショートホールはバンカーに落としたものの、うまく寄せることができてパーだった。ボクに残されたチャンスはあと1ホールしかなくなった。
18番ホールは池越えのロングホール、パー5だ。練習ラウンドのときのように上手く行けば、イーグルも狙えるホールだ。ここで2つ縮めることができれば、トータル149で先輩に並ぶはず。ということは攻めるのみ。
≪カシーーーーーーン≫
「ナイショッ!」
「ドライバー安定しているねえ!」
「あの位置ならツーオンも狙えるよ」
また、同伴競技者たちから声が上がった。そう言えばこのラウンド、18ホールまでの間ずっとボクには温かい声援だった。男の子同士だと何も言わなかったりするのだが。同伴競技者たちはお互いに全国大会の出場権を賭けて微妙なスコアだからかも知れない。ん? ということはボクのことをライバルとは思っていないのかも・・・。
地球時間の1年前、まだ男の子だったときのボクってどうだったろう? 女子選手と練習ラウンドするときもあったよな・・・。普通女の子は飛距離が違うからレディースティーから打つところを、練習になるからってボクたち男子部員と同じティーグラウンドを使ったんだった。
やっぱり女の子は飛ばないし、クラブ選択も全然違っちゃって相手にはならなかったけれど、上がってみるとスコアはボクよりよかった・・・。へえ~大したもんだって思ったけど、不思議と焦る気持ちにはならなかったっけ・・・。
そうか! ボクもやっぱり競い合うライバルとは認めていなかったかも知れない・・・。
男の子と女の子、男と女。体格や身体的条件で性差って確かにあるけれど、意識せずに別の人種として線引きしてしまう思い込みの方がそれ以上に問題なのかも。
こんな身体になったから余計にそう感じてしまうのかも知れないが、男性は言葉では言わないが女性のことを絶対自分より見下ろした位置関係の存在だと思っているのだ。たとえそれが“保護している”とか“守っている”とか言っていても、前提となっている根はいっしょに違いない。
う~む、カッちゃんもボクを「全力で守る」って言っていたけど、前提にはそれがあるのだろうか・・・。
歩いている途中、そんな考えが頭の中を過ぎった。このままじゃいけないと、セカンド地点で球の前に立ったときもやもやした思いを振り払う。
ボクの球が停止した位置は練習ラウンドとまったく同じロケーションだった。うまく風と斜面を利用できたのだろう。決勝ラウンドの同じ組には飛ばし屋の男の子が揃っているので今回はボクが最後尾になったけれど、初日の成功イメージがバッチリ残っている地点だ。迷わずボクは3番ウッドを引きぬく。
「やっぱりツーオン狙うんだ?」
「今のスコアでも十分全国大会に出場できるよ?」
「ミスすると大けがして泣いちゃうかも?」
なんか上から目線なんだよね・・・。男の子たちの言っていることなんか百も承知だけど、ここで勝負を賭けなければボクは全校生徒の前で恥ずかしい姿を晒す羽目になってしまうのだ。やるしかない!
≪スパーーーン≫
低めに飛び出した球は、軽く左に旋回しながらグリーンを目指す。完璧にコントロールされた弾道だ。
とその時、海から急に横殴りの突風が吹いた・・・。
「ああっ!」
「風に煽られて球の曲りが深くなったぞ!」
「こりゃあ・・・」
≪パシャッ≫
ボクの第2打はグリーン手前に広がる池の中へ水飛沫を跳ね上げて消えていった。これで逆転のチャンスはなくなった・・・。
その後、ボクはペナルティを1打付加して池の手前から打った。4打目をピン手前1メートルにピタッと寄せ、そこから慎重にパットを決めて何とかパーを拾う。ボクの成績は2日間通算151の7オーバーとなってしまった。
「キリュウ君おめでとう。現在35位グループだから春の全国大会出場は決まりね!」
浮かない顔で18番グリーンからクラブハウスの方に上がって行くと、女子アナにマイクを突き付けられた。
「ありがとうございます。それで・・・他のスコアはどうですか?」
「うふふ。そっちが気になるわよね、やっぱり。キリュウ君の先輩でこれまで上がって来た子たちの中では35位が最高ね。問題はこの後に上がってくる元エース君かな」
「片山先輩はいくつなんですか?」
「17番のショートホールでボギーを叩いてしまったんだけど現在まで6オーバー。君とは1打差よ」
「あのお・・・インタビュー後にしてもらってもいいですか?」
そう言うと、ボクは18番グリーンに急ぎ足で引き返した。
さっきまでボクの直ぐ後ろでプレーしていた組が、まだグリーン上でプレーをしていた。
遥かフェアウエイの方を見るとティーショットを打ち終えた元エースの片山先輩が余裕の構えでノッシノッシと第1打地点に歩いてくるところだった。
「フェアウェイセンターみたいね。それに結構飛んでる様子」
追い付いてボクの隣に立った女子アナが状況を分析する。
「キリュウ君にとってはドキドキね?」
「先輩ですから頑張ってもらわないと・・・」
「でも、卒業式でみんなの前で告白させられるのは嫌?」
「それは・・・そうですよ。好きでもないのにそういうことを言うのって相手に失礼だと思います」
「そうかなあ。キリュウ君にだったら言ってもらえるだけで十分嬉しいと思うわよ? あれ? ひょっとして義理立てぇ? キリュウ君、好きな男の子がいるんでしょ?」
ストレートな質問にドキッとした。一瞬カッちゃんの顔が頭をよぎる。ボクはフルフルッと頭を振るってそのイメージを消す。
「い、いません!」
慌てて答えたけど噛んでしまった。耳まで赤くなっていくのが分かる。
「図星みたいね。うふふ、可愛いんだから。佐伯さん、今の表情ばっちり撮れた?」
ボクを撮影していたカメラマンがファインダー越しにOKサインを出す。
そんなやり取りをしている間にグリーンが空いた。
「さあ、先輩が打つわよ」
≪スパーーーン≫
力強いスイングで打ち抜かれた球は、高々と舞い上がるとグリーン目掛けてグングン伸びてくる。
≪トーン! トントンツツーッ≫
「おおっ!」
「ナイスオン!」
「イーグルチャンス!」
ピン横8メートルに止まった球を見て、ボクは肩を落とす。
「あそこからだと先輩、さすがに4パットはしそうもないわね。これで決まっちゃったかな?」
「・・・」
≪パチ パチ パチ パチ≫
拍手に迎えられて片山先輩がグリーンに上がって来た。ボクと目が合うと軽く手を上げながら尋ねる。
「キリュウ。いくつだ?」
「7オーバーでした・・・」
「そうか。じゃあ、俺の勝ちだな。クリスマスプレゼント~ゲット!」
先輩は鼻歌交じりに最後のプレーの準備に入る。結局、ファーストパットは外したものの難なく次でカップイン。最終ホールをバーディとして、元エースの先輩は通算5オーバー通算149で競技を終了した。ボクの完敗だった・・・。
全国大会出場は決めたけれど、ボクの気持ちは黒雲がかかったように晴れなかった。




