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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第10章 「女子ゴルフか男子ゴルフか」
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第97話 女としての性教育

修学旅行から帰るとまた普段の高校生活が戻ってきた。


「それじゃあお疲れ様ぁ!」


≪キリュウ先輩、ありがとうございました!!≫


「お前たちも片づけたら早く帰れよ」


≪はい! 佐久間キャプテン、お疲れ様でした!!≫


晩秋の夕暮れはつるべ落とし。


後片付けで残る1年生部員たちに見送られて、ボクとカッちゃんはすっかり暗くなった練習ケージを後にする。ちなみに3年の先輩部員は部活には出てくるけど、ゴルフ部男子の新部長はカッちゃんでボクは副部長になっていた。


3年の先輩たちが引き上げた後、ボクとカッちゃんとで手分けして1年生部員たちのフォームを見てやったのでいつもより遅くなっていた。それに今日は女子部員たちが皆、青梅街道沿いのゴルフ練習場に出掛けてしまっているので男子しかいない。ボク? ボクは男子ジュニア登録だからもちろんこっちなのだ。


「それにしてもアラシ。オマエ、本気で男子のユニフォームで出場する気か?」

「うん。悪い?」

「いや。悪くはないが・・・」

「関東大会の選手要綱には『キリュウアラシ選手は女子のユニフォームを着ること』なんて書いてなかったもん」


そうなのだ。今日の部活ミーティングで、今月末に迫った関東大会出場選手への案内が届いたからと、該当する部員に書類一式が配られた。その際、例によって監督の大多が「キリュウには女子のユニフォームを着てもらう」って一方的に命令したものだから、カチンときたボクは要綱をじっくり確認してから拒否をすることにしたのだ。


「しかし、大多も言っていたように主催する関東協会は女子としてのアラシの姿を期待しているんだぞ?」

「そんなの競技と関係ないもん。そうさせたいなら初めから『キリュウアラシ選手が女子のユニフォームを着ない場合には失格とする』って書いておけばいいじゃん!」

「そんな性差別みたいなことを高校スポーツの公式文書に書ける訳ないだろ」

「じゃあ、何をわたしが着ようと勝手でしょ?」

「うむむ・・・」


カッちゃんは、先輩たちや大多からボクを何とか執り成すように言われたらしいけど、ボクは言われれば言われるほど頑なになる性質タチなのだ。特に“女装”については拘りたくもなる。医者からの勧めもあって女の子になりきる生活をしてはいるのだが、いまだに心のどこかで納得していない自分がいるのだ。母さんも父さんにも相当負担を掛けてしまっているし、家族みんなで協力してくれているので普段は決してそんな顔はしないけれど、結構辛くなってきているのだ。男なのに男ではなくなってしまうことへの恐怖・・・カッちゃんは、そんなボクの気持ちが分かったのか、そのまま無言になってしまった。




「アラシ、着替えが終わったら下駄箱の前でな」


カッちゃんは、部室へは遠回りなのに女子更衣室へ続く廊下の前まで送ってくれた。


「うん。急いで着替えてくるね」

「ゆっくりでも構わんって」


今までと変わらない態度でカッちゃんは毎日家までボクを送ってくれている。まあ、2年生の男子部員はボクたちの他いないのだから、部活が終わって一緒に帰るタイミングの部員に選択肢はないのだけど。




「キリュウさん。ちょっといいかしら?」


他の部活の女の子たちに交じって女子更衣室で着替えていると、テニスウェアを着た子から声を掛けられた。クラスは分からないけど確かボクと同じ2年生だったはず。


「はい?」

「アナタ、佐久間君と付き合っているの?」

「え?」

「だって毎日いっしょに下校して行くじゃないの」


やり取りを聞いていた他の女の子たちも着替えの手を止めたまま、ボクがどう返事をするのか固唾を呑んで見守っている。


「あれは家まで送ってもらっているだけで」

「キリュウさんのお家まで?」

「そう。うちの親がうるさくって。学校から一人では帰らせてくれないの」

「ふうん、オンナ男のくせに過保護なんだぁ。でも、本当にそれだけ?」

「そう。それだけ」

「じゃあ、佐久間君はフリーなのね。よかったぁ。じゃあ、遠慮なくアタックさせていただくわ!」


と言うと、挑戦的な目でボクをひと睨みしてから着替えはじめた。




「カッちゃん、お待たせ」

「じゃ、行くか」


カッちゃんは下駄箱の蛍光灯の下でコミックを読んで待っていてくれた。

ボクが学生鞄といっしょに下げていた部活道具の入った重いスポーツバックを、さりげなく手に取ると歩きはじめた。修学旅行から帰ってから、なんだか優しいんだよね。


「ありがとう」

「ん? なにが?」

「わたしのバッグ、持ってくれてるでしょ?」

「ああ、そんなことか。関東大会も近いし重いものをできるだけ持つようにして筋力を鍛えてるだけさ。気にするな」


夜道なので陰になっているから表情は分からないけど、落ち着いた言葉とは裏腹、カッちゃんは照れている気がする。


「あのさ。カッちゃんって背も高いしカッコいいじゃない? 女の子たちから告白されたりするの?」

「!」


見えないけど真っ赤になってしまったのがアリアリと分かる。


「ど、どうしてそんなことを訊くんだ?」

「うん・・・女子更衣室で着替えていたら『アナタ、佐久間君と付き合っているの?』って他の部の2年生に詰め寄られちゃったから」

「!」


急に呼吸が荒くなった。明らかに動揺しているのが分かる。



「こうして毎日いっしょに下校しているから付き合っているに違いないって言うの」

「・・・で、アラシはなんと答えたんだ?」

「うん、ありのまま。『家まで送ってもらっているだけ』って」

「・・・そっか」


なんだか気落ちしたような感じだ。


「あのさ。わたしって・・・カッちゃんの邪魔になっているのかな?」

「!」

「こうして家まで送っているんじゃ“校門で待ち伏せして一緒に!”なんてできないもの」

「アラシ。この際だからはっきり言っておくが、俺はオマエがどうであれ全力でオマエを守る。だから気にするな」

「カッちゃん・・・」


まただ・・・自分の中で何かがトロけて身体がフワッと浮き上がる感じ、“トロ”“フワ”だ。

ボクは、自然に口元がほころんでくるのを止められないまま家に帰り着いた。


「あら~あ♪ アラシったら甘えんぼさんなのねぇ!」

「え?」


母さんが、玄関先で待ち受けていた。宅配便を受け取っていたらしく荷物とハンコを手にニコニコ嬉しそうだ。


「恥ずかしげに頬を染めながら佐久間君に身を寄せてるんだもの」


はっと気がつくと、ボクはカッちゃんの肩に触れそうなくらい近くまで顔を寄せていた。どうりでカッちゃんが急に黙り込んでしまって黙々と歩いていたわけだ・・・。


「そ、そんなんじゃないもん!」

「うふふふ♪ いいのいいの。女の子はスキンシップしたがるくらいでないとね♪ やっとアラシもそういうことができるようになったのね!」


ボクは言い返せなかった。ボクがやってしまった効果が怖くて、カッちゃんの顔を見ることもできない。隣でスーッと大きく息を吐くのが聞こえた。


「じゃあな」


するとカッちゃんはボクにスポーツバッグを差し出しながら言った。上目遣いで見上げると白い歯を見せて照れくさそうに笑っている。素敵・・・って、あっ! この気持ちは女の子そのもの?


「うん。また明日!」


ボクは戸惑う気持ちを誤魔化すように、いつもの口調で別れを告げた。カッちゃんは、軽く右手を挙げると自宅の方へダッシュして行く。大きな背中なんだよなあ・・・男の子が頼りがいがあるように見えるのってこの背中のせいもあるかも・・・。


「なあに見惚れちゃっているのよ♪」

「え?」

「アラシ、いまのは完全に恋する乙女の目つきだったわね♪ さあさあ身体が冷えちゃうわ。女の身体に冷えは禁物よ。中に入って入って」


と言うと母さんは、ボクの両肩を抱きかかえるようにして家の中へと導いた。最近ますます身体に触れられることが多くなった気がするけど、これが女のスキンシップっていうものなのだろうか・・・。




その夜、ボクはなかなか寝付けなかった。

右を向いたり左を向いたり睡眠ポーズをいろいろ変えてみるのだが、止めどなく浮かんでくる雑念で頭の中がいっぱいになり、一向に睡魔がやってこない。うう~っこういうのを輾転反側っていうのだろうか。このままだと明日は一日寝不足だ・・・。


≪俺はオマエがどうであれ全力でオマエを守る≫

“トロ”“フワ”


≪俺はオマエがどうであれ全力でオマエを守る≫

“トロ”“フワ”


≪俺はオマエがどうであれ全力でオマエを守る≫

“トロ”“フワ”


カッちゃんのそう言い切った言葉が、ずっとボクの頭の中でリフレインし続けている。だから身体の中も“トロ”“フワ”の連続ですっかり火照ってしまっているのだ。こういう時、男だったら一発抜けばスッキリするのだけど・・・女の子はどうしているのだろう?


ボクだって女性器の構造については知らない訳じゃない。惑星ハテロマでヴェーラ博士から、しっかり女性の生殖器の仕組みについて講義を受けたから。でも、それは生殖活動についてのことだった。その・・・女の人がひとりでどう処理するか、なんて教えてはもらっていないのだ。


そういえばベルにもどうしているのか訊いたことはなかったっけ・・・。レーネにカーラ・・・ミーシャにパメル・・・サリナ・・・そしてレア先輩・・・可愛いローラ・・・彼女たちはいったいどうやっているんだろう? うわ~~~あ、妄想がどんどん膨らんでしまうぅ・・・。


でも、しかし。でもだ、しかしだ。ここはひとつ冷静に考えてみることにしよう。


ボクの身体には乳房がある。腰も括れているしお尻も膨らんでいる。さらには自前の卵巣と子宮が備わっていて、毎月しっかり生理も来ている。そういう意味では女体なのかもしれない。しかし女性であれば誰にでも付いているはずの“女の穴”はない。


ヴェーラ博士も「器官として体内に備わっているだけで本来あるべき目的には使えないんだからキミは女じゃないわ。キミには“構造的”に男の人を受け入れる入口はないんだし、男性器を自分の子宮で包み込んで精子を受け止めることができない以上、妊娠するわけがないのよ」って言っていた。“女の穴”がない以上、やっぱりボクは女じゃないってことになる。


男でも女でもない、よく分からない性のボクは、こういうモヤモヤしている時にはどうやって処理をしたらいいのだろう・・・。






「おはよう。あら? アラシ目が赤いわね」

「うん。夕べあんまり眠れなかったから」

「どこか具合でも悪いの?」

「・・・悩み、かな」

「うふ。恋の悩みね♪ ママに行ってご覧なさい。相談に乗るわよ!」

「そういうんじゃないんだもん・・・」


母さんは、ボクがカッちゃんに恋していると勘違いしているのだ・・・勘違い? ひょっとしたらそうじゃないのかも・・・。女の子でいたいという気持ちになれるかどうか、女の子に成りきることで試しているんだけど、ここのところ自分でも理解できない気分になることが多くなった。


惑星ハテロマでは地球帰還までのパートタイムのつもりだったから、女の子のふりはしたけど心の底から女の子になろうなんて考えなかった。見掛けを真似ることは上手にできるようになったけど、それはボクが観察できる範囲でのことだった。だから、女の子がひとりになった時にどういうことをやっているのかなんて全然知らないのだ。


思えば母さんは、何十年も女をやって来ているベテランなのだ。駆け出しのボクがコーチしてもらうのは当然かもしれない。そう思うと、悶々としているよりは教えてもらった方がいいと思えてきた。でも、さすがにちょっと恥ずかしい・・・。


「ねえ、ママ」

「なあに?」

「わたし・・・女の子の初心者でしょ?」

「そうね。生理になったのも、ついこの間だったしね」

「すっごく訊きづらいんだけど・・・女の子の身体のことで教えて欲しいことがあるんだ」

「そんなに改まったりして。いいわよ。娘に女の身体のことを教えるのは母親の務めだもの」

「あのね・・・女の子ってどうすると・・・気持ちよく・・・なれるのかな?」

「え? あっ、そうか。そうなのよね。急に女の子になったからアラシは何にも知らなくて当然なのよね。アラシの悩みってそのことだったのね! なんて純真無垢で可愛い子なのかしら」


母さんは感極まったように少し涙声になりながら言うと、ボクを抱き寄せて優しく頭を撫ではじめた。


「いい? 女の子の身体ってもの凄く感じやすく造られているの。アラシは男の子だったから身をもってその違いを実感できているのじゃないかしら?」

「そうね。肌がとっても敏感になっていると思う。まるで・・・そう、男の着ぐるみを脱いだような感じ」

「うふふ。男の着ぐるみかぁ。男の皮を1枚剥がすと女の子になるわけか。アラシの言うとおりなのかもね。女の身体は外界からの刺激に敏感にできているの。だから、こうして髪を撫でられているだけでもとっても気持ちいいでしょ?」

「うん」

「身体の感覚もだけど、心の感覚、感受性も敏感にできているのね。好きなひとに触れられるって思っただけで感じちゃうものなのよ」

「その・・・感じちゃうって、どういう感覚なの?」


そうボクが言ったので、母さんは当惑した表情をすると黙ってしまった。


「え? アラシは感じたことはないの?」


しばらくしてから母さんが尋ねた。とっても心配そうだ。


「・・・どういう感覚のことを言っているのか、よく分からないんだけど」

「ううん。言葉で説明するのって難しいんだけど、身体の芯がとろけちゃう感じ、かな」

「それって“トロ”“フワ”のことかな・・・」

「トロフワ?」

「うん。身体の奥の方がトロッとしてきて身体がフワッとする感じ・・・」


パアッと母さんが笑顔になった。


「そう! それよ! なあんだアラシ、女の性欲分かってるんじゃない♪ 不感症だったらどうしようと思っちゃったわ」

「・・・それのことを言ってるんだったら分かるかも。でも、女の人はそれだけで満足しちゃうものなの?」

「それだけじゃあ満足しないわね。つまり、アラシが知りたいのはSEXのことね?」


その後、母さんは女性がどうやって男性を受け入れるのか、そもそもどういうことをし合うのか微にいり細にいった事柄を説明してくれた。母親にSEXの講義をしてもらう息子って、いったいどういう顔をしていたらいいのだろう・・・。ボクは聞いていく内に真っ赤になって下を向いてしまった。




「というわけなの。分かった? あら? うふふ。恥じらっちゃってるのね! 頬をポッと染めて、ほんと可愛いんだから! でもね、アラシ。あなたもいずれはお嫁に行くことになるんだから、これは嫌でも知っておかなくちゃならない大切なことなのよ」

「ボクがお嫁に?」


思わずボクは素に戻ってしまった。でも母さんは気にせず話を続ける。


「そうよ。女になるって覚悟さえ決めたら、婦人科の村山先生がいつでも手術してくれるって言ってらっしゃるの。アラシの場合はおチンチンを取って、子宮までつなげる膣を形成することになるんですって。そうすれば完全な女性になれるわ。当然お嫁さんにもなれるのよ♪」


母さんはとっても嬉しそうだ。でも、ボクは逆に答えを見失ってしまった気がした。


「ということは・・・・逆を言うと・・・手術をしていない以上、いまのわたしって女じゃないんだ」

「なあに言ってるの。毎月生理が来ているんでしょ? 子供が産める身体である以上はあなたは女よ」

「でも、女なのにSEXは無理・・・」


それを聞いた母さんは「あら?」という顔をした。


「なあに? アラシは佐久間君といま直ぐエッチしたいの?」

「ち、ちがいます!」

「この子ったら、ま~た真っ赤になっちゃったわ♪ そうねえ~真面目な話、いまのアラシには佐久間君を受け止めてあげられる女性器が付いてないのよね。他の方法はというと・・・ママはしたことないけど、お尻の穴でする人もいるそうよ」

「ち、ちがうってば! カッちゃんとはそんなんじゃないんだから・・・」


そう言いながらもボクは、自分の肛門にそそり立つ男性器を挿入される状況を想像して、思わず顔をしかめてしまった。男のボクが男性器を身体で受けとめるって? ≪メリッ≫という音まで想像で聞こえてしまった・・・やっぱり無理・・・絶対、切れ痔になっちゃうよ。


「そうよね。佐久間君って背も高いし体格もガッチリしているから、男のあそこも大きそう。そんなのをアラシの可愛いお尻に入れられたりしたら凄く痛そうだもの。聞いた話だけど、ちゃんと性感を“開発”しなくちゃ登りつめることはできないそうよ。今すぐお尻で気持ちよくなれるものじゃないみたい」


母さんはそう話を締めくくった。


いまの身体のままでは、おっぱいの先っちょとか敏感な部分をいじったりすればそれ相応に高揚感はあるけれど、男の時みたいな“フィニッシュ”には至れないというのが結論だ。母さんの話だと、男性でもお尻の穴を“開発”していけば女性みたいな絶頂感覚を経験できるというのだけれど・・・。






「キリュウ君。ちょっといいですか?」


翌日昼休み、教員棟に面した中庭のベンチで弁当を食べていると、教員室の窓越しに声を掛けられた。


「あ、教頭先生」

「食事が済んでからでいいので、校長室に顔を出してもらえますか?」

「はい。もう食べ終わりましたから、すぐに参ります」


いっしょに弁当を広げていたヒカリちゃんメグミちゃんを見ると不思議そうな顔をしている。ふたりはハヤテのクラスメートで、ボクは女性らしい言葉づかいや仕草をコーチさせられていたのだ。


「ハヤテ君のお姉さんって教頭先生や校長先生とも親しいんですか?」

「親しい・・・ってわけでもないんだけど。たった1年でこんな姿に変わっちゃったでしょ? 学校に戻ってくるときにいろいろとご相談しなければならなかったものだから」

「やっぱり男の子が女の子として学校に通うのって手続きが大変なんですか?」

「まあ・・・まあそうなのかも。ゴメンネ。呼ばれちゃったから今日はここまで。じゃあ、またね」


≪はい。ありがとうございました!≫


弁当を片づけて可愛いアップリケのついた弁当袋にしまうと、ボクはベンチを後にした。


「失礼します」

「キリュウ君、食事中に呼び出して悪かったね。中庭に姿を見かけたもんだから」


校長室のドアを開けると、校長と教頭が待ちかねたようにボクを迎え入れた。勧められたので向かい合う位置のソファに、セーラー服の裾を整えながら浅く腰を掛ける。そんな様子を校長と教頭は眩しそうな表情で見つめた。


「それで、ご用件はなんでしょうか?」

「実は、君にお願いしたいことがあるんですよ」

「もう既に受験案内のパンフレットで協力しましたが?」

「それは分かってますよ。おかげであのパンフレットは大好評でした。例年なら大分余るのに全て出てしまって在庫が一つも残っていませんから」


≪トントントン≫


ノックして入って来たのはゴルフ部監督の大多だった。


「おっキリュウ。オマエも呼び出されていたか」

「これはどういうことでしょうか?」


と言ってボクは校長と教頭の顔を順に見比べた。


「キリュウ君。大多先生から聞きましたよ。今度の関東大会で着用するユニフォームの件で揉めているそうじゃないですか」


ボクはそれを聞いて直ぐに大多を睨んだ。校長先生たちに言いつけるなんて最低だ! 大多は目を合わせないようにして顔をポリポリ掻いている。


「監督にも言いましたが、関東高等学校ゴルフ協会から女子の格好を求められたのはあの試合だけです。関東大会男子枠への出場が認められた以上は、男子としてプレーします」


大多はいかにも困ったように「ね?」と肩を竦め、校長と教頭は困ったように顔を見合わせた。


「そうは言っても男子のユニフォームでは、その、君の体型に合わないのでは?」

「ご心配にはおよびません。ちゃんと仕立て直してもらいますから」


3人はため息を吐いている。


「男子としてプレーするのはいいですが、着替えはどうするつもりなんです?」


ふっと思いついたように教頭が言い出した。


「そうだぞ。キリュウが構わなくったって男子ロッカーで着替えるわけにはいかんだろうが! それにトイレはどうするつもりなんだ?」

「それは・・・」


確かに、いまのこの身体では男子と一緒という訳にはいかないかも。もし生理が始まっちゃったりしたらナプキンも交換しなくちゃならないし・・・。


「我を張っとらんで、その姿どおりの女で行け!」

「・・・じゃあロッカーとトイレだけは」


ボクは、仕方なく返事をする。


「そこまで妥協したのであればどんなもんでしょう、女子のユニフォームを着てはもらえませんか?」

「それとこれとは違います!」

「オマエ、本当に頑固だな」

「嫌なものは嫌なんです!」


そう言い切ると、3人はまたため息を吐いた。


「キリュウ君。実は協会からも強い要請が来ているんですよ。関東協会ばかりではなく全国協会会長さんからも電話がありましてね、決して参加条件ではないが女子のユニフォームで出場をお願いしたいと」


と校長が言い出した。


「あの格好だと一緒の組の連中から完全に女扱いされちゃうんです!」

「いいじゃないか。女だと思って甘く見てくれる方が相手にスキができて付けこめるぞ?」

「正々堂々と戦うのみ! 第一“相手は関係ない。ゴルフは自分との勝負だ”って言ったのは監督でしょ?」


大多は苦虫を噛み潰してしまったような表情だ。


「キリュウ君。関東大会の競技会場まではどういう格好で行くつもりですか?」


話柄を変えるように教頭が言い出す。


「それは・・・」


ボクはしまったと思った。学校の部活として正規競技会に参加するということは、学校名の分かる決められた服を着用するのが当たり前。特にゴルフは大人でもジャケット着用を求められる紳士のスポーツなので、学生にとっては正装である制服を着用することになる。


「キリュウ君の制服はセーラー服でしたね?」

「・・・はい。でも」

「でも、じゃない!」


にわかに大多が元気になってしまった。


「セーラー服で会場に入って、女子のロッカールームで着替えて、出てきたら男子のユニフォーム、ですか? それはちょっと変でしょう」

「・・・はい。でも」

「でも、じゃない! キリュウ」

「いいですか? 君は正式な学校の課外活動として競技会に参加するのですよ。君はわが校の全校生徒を代表して出場する選手なのです。確かに参加するのは男子競技ですが、選ばれたのはキリュウ君、君だからなのです。あるがままの姿、いつもの学校生活の姿で出場すればいいんですよ。なにも男子枠だからって無理して変装までして出場する必要はないのです」


変装なの? 校長先生の指摘にびっくりしてしまった。いまのボクが男の格好をすると変装になってしまうんだ・・・ちょっとショック。


「キリュウ君。君の気持ちは分からなくもありませんが、ここはひとつ学校行事だと割切ってもらえませんか? 当日は私も先生たちも会場に行ってキリュウ君の晴れ姿をしっかり応援しますから。いっしょに勝利を目指しましょう!」


結局、ボクは言いくるめられてしまった。関東大会ではやっぱり女子のユニフォームを着なくてはならなくなったのだ。どうも女体化してから押しが弱くなってしまっている気がする。


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