第91話 大型現場
現場は、これまでと規模が違った。
ダム周辺の斜面。
広い。
長い。
複数班が同時に動く。
「ここで成果を出せば、完全に定着する」
上司は、そう言った。
停止判断基準は、
すでに全班に配布されている。
カイは、中央斜面の責任を任された。
土は厚い。
排水路は複雑。
過去に小規模崩落の履歴あり。
プレッシャーは、ある。
だが、
成功体験もある。
斜面の前で、カイは立つ。
土に触れる。
軽い。
水を見る。
流れは速い。
振動。
問題なし。
基準は、一項目のみ該当。
止めるほどではない。
だが、
胸の奥に、
わずかなざわつきがある。
——止まるか?
若手が聞く。
「どうしますか」
全員の視線が集まる。
カイは、
基準を思い出す。
数値は、問題ない。
角度も、許容範囲。
「……進める」
その声は、はっきりしている。
作業は進む。
別班では、
若手の一人が、
小さな排水の滞りに気づく。
基準外。
迷う。
だが、
自分の感覚を信じる。
「ここ、少し削ります」
誰にも報告せず、
小さく水を逃がす。
作業は続く。
夕方、
空が暗くなる。
予想より早い雨雲。
カイは、斜面を見上げる。
基準を再確認。
変化なし。
「問題ない」
だが、
雨は強まる。
中央斜面ではなく、
別の接合部で、
水が集中する。
そこは、
基準上は問題なかった。
だが、
地層が微妙に違っていた。
音がする。
鈍い、低い音。
カイは振り向く。
崩れる。
中央ではない。
少し横。
小規模ではない。
土砂が流れ、
作業員が巻き込まれる。
叫び声。
無線。
混乱。
止めた箇所ではない。
進めた箇所でもない。
基準に該当しなかった場所。
雨は、容赦なく降る。
若手が叫ぶ。
「担架!」
カイは、立ち尽くす。
止まった。
基準を見た。
判断した。
だが、
崩れた。
夜、
現場は封鎖される。
重傷者一名。
意識はあるが、深い。
報告書は、
まだ書かれていない。
カイは、
泥のついた手を見つめる。
——止まった。
——判断した。
だが、
引き受けていたか?
その問いが、
初めて、
言葉になる。
火は、
起きなかった。
代わりに、
土が崩れた。
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