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追放された制度設計官は、国が壊れるまで戻らない 〜有能すぎて追放されたが、もう誰も導かないことにした〜  作者: 影山クロウ


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第79話 観測者

セルマは、決めた。


理論を止めることはできない。

撤回も、通らない。


ならば、

自分が止まる。


発表をやめる。

講義を減らす。

評価指標から距離を取る。


代わりに、

現場に立つ。


何もしないために。


最初の数日は、

落ち着かなかった。


目に入るものすべてを、

分類したくなる。

条件に当てはめたくなる。


湿度。

傾斜角。

水量。


「……違う」


セルマは、自分に言い聞かせる。


今日は、

観測しない。


ただ、立つ。


斜面の前で、

じっとしていると、

時間の流れが変わる。


遠くで、子どもが石を蹴る。

水面が、かすかに揺れる。

風向きが、わずかに変わる。


「……嫌な感じ」


言葉にした瞬間、

理論が入り込む。


セルマは、言葉をやめる。


ただ、

止まる。


隣で、農夫が不思議そうに見る。


「何してる」


「見てるだけです」


「何を」


セルマは、少し迷う。


「……壊れないかどうか」


農夫は笑う。


「壊れたら直すさ」


セルマは、頷く。


それが、普通だ。


だが、

壊れる前に、

誰かが立つ。


その瞬間を、

彼女は初めて、

理論抜きで待っている。


雨雲が近づく。


セルマは、

承認も、

チェックも、

報告も考えない。


ただ、

土の重さを手で確かめる。


昨日より、軽い。


その事実だけがある。


「……今だ」


彼女は、

杭を一本、打つ。


乱雑だ。

効率も悪い。


だが、

水の逃げ道はできる。


農夫が驚く。


「頼んでないぞ」


「分かってます」


セルマは、息を整える。


承認はない。

理論もない。

責任の所在も、曖昧だ。


だが、

雨が強まる。


斜面は、持ちこたえる。


農夫が、ぽつりと言う。


「……助かったのか」


セルマは、答えない。


証明はできない。

因果も、示せない。


だが、

壊れなかった。


夜、

セルマは机に向かう。


報告書は、書かない。


統計にも、入らない。


その代わり、

小さく一行だけ記す。


《立った》


それだけ。


理論は、観測する。

制度は、整理する。


だが、

火は、

観測の外で起きる。


セルマは、

初めて理解する。


観測者でいる限り、

火は起きない。


立った瞬間、

彼女は、

観測者ではなくなる。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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