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追放された制度設計官は、国が壊れるまで戻らない 〜有能すぎて追放されたが、もう誰も導かないことにした〜  作者: 影山クロウ


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第72話 仮説

セルマは、研究室に戻ってから三日間、ほとんど眠らなかった。


机の上には、写真と地図と報告書。

壊れなかった場所の痕跡だけを並べる。


共通点は、ない。


地質も違う。

人口も違う。

気候も違う。


だが、ひとつだけ揃っている。


——記録がない。


セルマは、椅子にもたれた。


「理論化できない現象は、存在しないのと同じ」


学生の頃、そう教えられた。


だが今、目の前にあるのは、

理論に収まらない現実だ。


助手が言う。


「論文化、しますか」


セルマは、少し考えた。


「あの人の言葉、覚えてる?」


「“止まる理由が人ごとになる”?」


「ええ」


セルマは、ペンを取る。


《非定型即応判断仮説(暫定)》


書いた瞬間、

胸がざわつく。


——違う。


だが、言葉にしなければ、共有できない。


彼女は、書き続ける。


・現場観察に基づく即時判断

・公式手順外の予防的措置

・記録を伴わない介入


読み返す。


整っている。

学術的だ。

通るだろう。


だが、

どこかが欠けている。


「……引き受け」


セルマは、小さく呟く。


あの女は、責任を語らなかった。

理論も語らなかった。


ただ、

立っていた。


セルマは、書き加える。


・判断主体が責任を直接引き受ける構造


その一文で、論は完成した。


発表は、早かった。


「新しい現場対応モデルの提案」


拍手が起きる。


質疑応答。


「再現性は?」


「訓練可能です」


セルマは、少しだけ迷いながら答える。


「観察力の育成が鍵になります」


「評価指標は?」


「事故未発生率の変化」


論は、通った。


数日後、

研修資料が作られる。


《非定型即応判断法》


セルマは、資料を見つめる。


整っている。

説明できる。

共有できる。


だが、

何かが、

静かに削ぎ落とされている。


同じ頃、

別の地域で、

研修を受けた作業員が、

斜面の前で立ち止まる。


「止まる、だよな」


彼は、周囲を見回す。

手順を思い出す。


観察。

評価。

報告。


彼は、報告を選ぶ。


承認待ちの間に、

雨が強くなる。


小さな崩れ。


怪我人なし。

対応迅速。


報告書には、こう書かれる。


《仮説適用中に発生した想定内事象》


セルマは、その報告を読む。


胸の奥が、冷える。


——違う。


理論は、間違っていない。


だが、

何かが、間に入った。


止まる前に、

考えさせてしまった。


セルマは、窓の外を見る。


遠くの空が、暗い。


あの女の言葉が、よみがえる。


「再現できたら、

 それはもう、

 同じじゃない」


セルマは、初めて、

自分の仮説を疑った。


理解は、救いのはずだった。


だが今、

理解が、

何かを遅らせている。


火は、

理論の中では、

燃えない。


それでも、

彼女はまだ、

手放せない。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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