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追放された制度設計官は、国が壊れるまで戻らない 〜有能すぎて追放されたが、もう誰も導かないことにした〜  作者: 影山クロウ


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第71話 すれ違い

セルマは、朝から歩いていた。


事故が起きていない地点を、順に辿る。

地図の空白を、足で埋めていく。


三つ目の集落で、足を止めた。


古い貯水槽。

縁の石が、新しくはないが、最近触れられた形跡がある。


「ここも、記録はありません」


助手が言う。


セルマは頷く。


「……いるわね」


その時、背後で砂利が鳴った。


振り返ると、若い女が立っている。

荷を背負い、視線は低い。


「何か、調べ物ですか」


落ち着いた声だった。


セルマは、一瞬で判断する。

——現地の人間ではない。


「ええ」

「最近、この辺りで補修があったと聞いて」


女は、少しだけ首を傾げる。


「壊れてませんよ」


「そう。それが不思議なの」


セルマは、石に触れながら言う。


「壊れていないのに、手が入っている」

「誰がやったのか、記録がない」


女は、沈黙した。


セルマは続ける。


「あなた、見たことない?」

「最近、立ち止まって何かしている人」


女は、ゆっくりと答える。


「立ち止まる人は、います」


「誰?」


「分かりません」


視線が合う。


ほんの一瞬。

だが、セルマは感じる。


——この人だ。


「あなた?」


女は、わずかに笑った。


「通りすがりです」


その言葉に、セルマの胸がざわつく。


「どうして、名乗らないの」


「必要ないからです」


「必要よ」

セルマは、思わず強く言った。

「残さなければ、広がらない」


女は、石を一つ持ち上げる。


「広げたいんですか」


問いは、静かだった。


セルマは、即答する。


「ええ」

「再現できれば、救える場所が増える」


女は、石を戻す。


「再現できたら、

 それはもう、

 同じじゃない」


セルマは、言葉を失う。


「なぜ?」


「止まる理由が、

 人ごとになります」


セルマは、ノートを握る。


「人ごと?」


「手順になります」

「正しさになります」

「命令になります」


セルマの胸に、わずかな違和感が走る。


だが、引かない。


「理論は、命令じゃない」

「共有のための道具よ」


女は、首を振る。


「道具は、使われます」


風が吹く。

水面がわずかに揺れる。


セルマは、一歩近づく。


「あなたのやり方を、否定しない」

「ただ、残したいだけ」


女は、静かに言った。


「残るのは、壊れなかった場所だけでいいです」


その言葉は、あまりに簡潔だった。


セルマは、初めて迷う。


「あなたは……怖くないの?」

「記録がなければ、

 存在しないのと同じよ」


女は、少しだけ考える。


「壊れなかったなら、

 存在してます」


それだけ言って、女は歩き出す。


「待って」


セルマが呼び止める。


「せめて、名前を」


女は、振り返らない。


「通りすがりです」


足音が遠ざかる。


セルマは、その背中を追わなかった。


追えば、壊れる気がした。


助手が小さく言う。


「……どうしますか」


セルマは、ノートを閉じる。


「追う」


だが、その声には、わずかな揺らぎがあった。


理解したい。


残したい。


救いたい。


その願いが、

今、

初めて疑われている。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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