第68話 火は渡らない
リエンは、同じ場所に留まらなかった。
理由は、決まっている。
留まると、見られる。
見られると、意味が変わる。
朝、集落の外れで、
彼女は荷をまとめていた。
誰かに引き止められることはない。
名前も、役割も、なかったからだ。
そこへ、オルグが現れた。
息を切らしている。
珍しいことだった。
「……待ってくれ」
リエンは、手を止める。
「もう、
名前はつけない」
オルグは、最初にそう言った。
「概念化もしない」
「モデルにも、しない」
リエンは、黙って聞いている。
「ただ……」
オルグは、言葉を探す。
「見てきた」
「同じことをして、
壊れる場所と、
壊れない場所がある」
リエンは、答えない。
「俺は、
立てない」
オルグは、はっきり言った。
「責任を、
切り分ける癖が抜けない」
「引き受ける前に、
考えてしまう」
それは、初めての自己評価だった。
「だから」
オルグは、続ける。
「せめて、
邪魔はしない」
リエンは、少しだけ目を伏せた。
「……それで、
十分です」
オルグは、安堵したように息を吐く。
「教えてほしいとは、
もう言わない」
「だが、
見ていてもいいか」
リエンは、首を振る。
「見続けると、
真似します」
オルグは、苦く笑った。
「……だろうな」
短い沈黙。
風が、乾いた土を撫でる。
リエンは、背負い袋を担ぐ。
「ここは、
しばらく壊れません」
「でも、
次は分かりません」
オルグは、頷く。
「分かった」
それ以上、言葉は交わさなかった。
リエンは、歩き出す。
道は、二つに分かれている。
どちらへ行くかは、
理由で決めない。
少しだけ、
立ち止まる。
——嫌な感じは、ない。
右へ進む。
彼女の背中を、
オルグは、見送らなかった。
見送ると、
何かを期待してしまうからだ。
数日後、
その集落で雨が降る。
斜面は、持ちこたえる。
人々は、
理由を知らない。
だが、
誰かが言う。
「……
あの時、
直しておいて
よかったな」
誰がやったのかは、
話題に出ない。
別の場所で、
別の人が、
足を止める。
教えられていない。
名前も、知らない。
それでも、
同じように、
腰を下ろす。
火は、
誰にも渡らない。
だが、
確かに、
移動している。
世界は、
正しくならない。
それでも、
壊れなかった場所は、
今日も、
増えている。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




