第65話 失敗
事故は、失敗と呼ばれなかった。
報告書の見出しには、こうある。
《想定内事象への適切な対応》
被害は小規模。
怪我人なし。
補償は即日。
制度としては、完璧だった。
会議室で、担当者が言う。
「フローは守られています」
「責任の所在も明確です」
誰も反論しない。
オルグは、資料をめくりながら黙っていた。
写真の中で、
水路の一部が崩れている。
ほんの少し。
だが、
**直ってはいない。**
上司が言った。
「今回の件で、手順の妥当性は確認できた」
「次からは、同様に対応しよう」
オルグは、思わず口を開いた。
「……同じ、ではないです」
視線が集まる。
「現場は、毎回違います」
「今回は、壊れる前に止まれたはずだ」
上司は、眉をひそめる。
「止まった結果、壊れたのか?」
「……違います」
オルグは、言葉を探す。
「止まる前に、
**考えすぎました**」
沈黙。
誰かが、小さく笑った。
「考えるのは、悪いことじゃない」
「ええ」
オルグは、頷く。
「でも、
考えている間に、
水は動きます」
その場にいた誰もが、
その意味を理解しなかった。
制度は、
考えることを前提にできている。
だが、
現場は、
待ってくれない。
会議は、結論なく終わった。
「手順は維持」
「記録を強化」
それだけだ。
現場では、
同じフローが、
別の場所にも適用された。
判断は、早い。
対応も、迅速。
それでも、
小さな崩れが続く。
壊れる。
補償する。
報告する。
直らない。
若い作業員が、ぼそりと呟く。
「……最近、
壊れてばっかりじゃないですか」
監督は、答える。
「壊れても、
対応できてる」
「問題ない」
それは、
嘘ではなかった。
だが、
どこかが、
確実に悪くなっている。
遠く離れた集落で、
リエンは、
斜面を見ていた。
雨は、まだ降っていない。
だが、
土の匂いが重い。
リエンは、
誰にも言わずに、
腰を下ろす。
石を外し、
水を逃がす。
理由は、
考えない。
——今だ。
作業が終わる頃、
空が暗くなる。
夜、雨が降る。
斜面は、
落ちない。
誰も、
それを知らない。
翌朝、
オルグは、別の報告を読む。
《小規模崩落:対応済》
同じ文言。
同じ形式。
彼は、目を閉じた。
——これは、失敗だ。
だが、
失敗として、
扱われない失敗。
オルグは、静かに呟く。
「……壊れない方が、
安かったはずだ」
その言葉は、
どこにも記録されない。
火は、
模倣されて弱った。
だが、
別の場所で、
また、
誰かが立っている。
失敗が、
世界を変えないなら、
壊れなかった場所も、
語られない。
それでも、
差は、
静かに広がっていく。
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