第64話 模倣
オルグは、報告書を書いていた。
形式は、いつもと同じだ。
現場名、規模、投入人員、所要時間。
最後に、改善点。
だが、その紙面には、
どうしても埋まらない空白があった。
《判断理由》
オルグは、ペンを止める。
——理由が、ない。
いや、正確には、
**聞き取れなかった**。
「嫌な感じがした」
「今じゃないとダメだった」
それを、そのまま書けるはずがない。
オルグは、ため息をつき、
別の書類を引き寄せた。
《簡易現場対応フロー(試案)》
1.現場確認
2.危険度チェック
3.仮対応
4.経過観察
順序は、正しい。
誰が見ても、納得できる。
オルグは、満足そうに頷いた。
「……これなら、使える」
翌週、そのフローは、
商業連合の下請け現場に配られた。
「最近、事故が減ってるらしい」
「それを真似する」
理由は、それだけだった。
若い作業員が、紙を見て言う。
「これ、判断は誰が?」
現場監督が答える。
「フローに従え」
「考えるな」
その言葉に、誰も疑問を持たなかった。
数日後、
別の地域で、同じような水路補修が行われた。
チェックは済んだ。
手順も守った。
記録も残した。
だが、
作業の途中で、
水の流れが変わった。
「……あれ?」
誰かが声を上げた時には、
もう遅かった。
小規模な崩れ。
怪我人は、出なかった。
即座に、
補償の手続きが始まる。
「想定内だ」
「対応は、正しい」
そう報告される。
オルグは、現場写真を見つめていた。
——同じことを、したはずだ。
だが、
壊れた。
なぜか。
フローを見直す。
手順に、抜けはない。
「……違う」
オルグは、小さく呟く。
あの時、リエンは、
フローを見ていなかった。
チェックも、
評価も、
記録もしていない。
ただ、
**止まっていた**。
オルグは、拳を握る。
「模倣した、つもりだった」
だが、
真似したのは、
形だけだった。
判断の前にある、
一瞬の静止。
それを、
どこにも書けなかった。
報告書の最後に、
オルグは、こう書いた。
《原因不明》
それは、
現場で最も嫌われる言葉だ。
だが、
今の彼には、
それしか書けなかった。
遠く離れた場所で、
リエンは、
別の道を歩いている。
誰にも見られず、
誰にも真似されず。
そして、
また一つ、
壊れなかった場所が増える。
オルグは、書類を閉じる。
——使えると思った。
——だが、使えなかった。
その失敗は、
彼の中に、
重く残った。
火は、
形を真似た瞬間、
弱くなる。
それでも、
消えたわけではない。
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