第63話 見ていた者
リエンが作業を終えた頃、太陽は少し傾いていた。
水路は、まだ流れている。
だが、流れ方が変わった。
それに気づいたのは、
彼女だけではなかった。
少し離れた場所で、
男が腕を組んで立っていた。
背は高く、服は実用的。
現場慣れした立ち方だ。
「……終わったか」
リエンは、顔を上げた。
知らない男だ。
「終わりました」
男は、水路を一瞥する。
視線が、石の配置と水の逃げ道をなぞる。
「非効率だな」
リエンは、何も言わない。
男は続ける。
「この規模なら、
もっと簡単な方法がある」
「人手も、時間も、半分で済む」
リエンは、黙って道具を片付ける。
男は、少し苛立ったように言った。
「聞いてるか?」
「俺は、現場監督だ」
「こういうのは、慣れてる」
リエンは、ようやく答えた。
「壊れません」
男は、眉を上げる。
「……何だ?」
「今のやり方でも、壊れないって言いたいのか」
「はい」
男は、小さく笑った。
「結果論だ」
「再現性がない」
リエンは、石を一つ持ち上げて言う。
「ここ、昨日より湿ってます」
「だから、今です」
男は、その石を見る。
確かに、少し重い。
だが、それだけだ。
「それを、どうやって判断した」
リエンは、答えられない。
男は、内心で舌打ちする。
——やはりだ。
感覚だけで動く人間。
管理できない。
だが。
水路は、落ち着いている。
昨日の雨でも、耐えた。
男は、リエンを見る。
「……名前は?」
リエンは、首を振る。
「通りすがりです」
男は、ため息をつく。
「そういうのが、一番困る」
リエンは、少しだけ視線を上げる。
「困る、とは?」
男は、言葉を選ぶ。
「評価できない」
「記録できない」
「使えない」
その言葉に、
リエンは小さく首を傾げた。
「使う、とは?」
男は、答えなかった。
代わりに、名刺を差し出す。
「商業連合だ」
「今後も、同じことをしてるなら」
「話がしたい」
リエンは、名刺を見ない。
「話すことは、ありません」
男は、少し驚いた。
「協力の話だぞ」
「君のやり方は、役に立つ」
リエンは、静かに言った。
「役に立つなら、
もう立ってます」
男は、言葉を失う。
その沈黙の間に、
リエンは荷を背負った。
「じゃあな」
男は、背中に向かって言う。
「……なぜ、そこまで拒む」
リエンは、立ち止まらずに答えた。
「見られると、
変わるからです」
男は、その言葉を理解できなかった。
だが、
彼女が去った後も、
水路は静かだった。
男は、その場に立ち尽くす。
——非効率。
——説明不能。
——だが、壊れない。
男の中で、
小さな引っかかりが残る。
それは、
評価できない違和感。
そして、初めての感情だった。
——見てしまった。
リエンは、
すでに次の道を歩いている。
だが、
火は、
彼女の後ろだけでなく、
男の胸の奥にも、
小さく灯っていた。
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