第62話 立った理由
リエンは、聞かれるのが苦手だった。
「なんで、そんなことをしたんだ」
その問いに、答えられたことがない。
理由を探そうとすると、いつも遅れる。
考えている間に、壊れる。
だから、立つ。
それだけだった。
集落の朝は早い。
昨日の雨のあと、空気は重く、水の匂いが濃い。
貯水槽の前には、数人の大人が集まっていた。
皆、昨日より静かな水面を見ている。
年配の男が、リエンに声をかけた。
「……昨日のことだがな」
「どういう判断だったんだ」
リエンは、少しだけ考えた。
正確には、言葉を探した。
「壊れる前の音が、してました」
男は眉をひそめる。
「音?」
「水の音は、いつもしてるだろう」
「いつものじゃ、なかったです」
リエンは、それ以上言えなかった。
違いは分かる。
だが、説明はできない。
別の男が口を挟む。
「それで、もし壊れてたら?」
「責任は?」
リエンは、正直に答えた。
「……分かりません」
場が、少しざわつく。
「無責任だな」
「そういうのは、制度に任せるべきだ」
リエンは、俯いた。
否定はできない。
責任の話をされると、いつもそうなる。
だが、年配の男が、静かに言った。
「昨日、壊れなかった」
皆が、黙る。
「それだけだ」
「壊れてから、責任を探すより」
「壊れなかった方が、いい」
誰も反論しなかった。
リエンは、その言葉に少しだけ救われる。
だが、胸の奥は重い。
夕方、集落を出る前に、若い女が声をかけてきた。
「……あの」
「どうやったら、分かるんですか」
リエンは、足を止める。
「音とか、嫌な感じとか」
「私にも、分かるようになりますか」
リエンは、首を振った。
「教えられません」
女は、がっかりした顔をする。
リエンは、続けた。
「でも」
「止まることは、できます」
「止まる?」
「一瞬、足を止める」
「急がない」
「正しいかどうか、考えない」
女は、戸惑いながら聞いている。
「それで、分からなかったら?」
リエンは、少しだけ笑った。
「その時は、立たない方がいいです」
女は、何も言えなかった。
リエンは、集落を離れる。
名前は、聞かれなかった。
聞かれても、答えなかっただろう。
歩きながら、リエンは思う。
——理由なんて、後でいい。
——立たなかった理由は、誰も覚えてくれない。
だが、
立った理由を説明できなくても、
壊れなかった場所は、残る。
それで、十分だ。
リエンは、次の道で足を止める。
まだ何も起きていない。
だが、
ほんの少しだけ、
嫌な感じがした。
彼女は、しゃがみ込む。
——理由は、いらない。
火は、
また、
静かに起きている。
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