第6話 誰の失敗でもない死
最初の報は、夜明け前に届いた。
北街道南端、医療中継所。
重症患者一名、死亡。
事故ではなかった。
戦闘でもなかった。
治療は行われ、手順も守られていた。
ただ、間に合わなかった。
アルトは報告書を読み、指が止まった。
患者は、肺疾患。
使われた保存薬は、南部で回収されたものと同じロット。
「……使えた、のか」
基準上は、使えた。
変質は軽微。効果は規定範囲内。
だから回収対象から外れ、現場に残った。
医師の判断は、正しい。
制度の判断も、正しい。
それでも、人は死んだ。
「投与後、反応が弱かったと報告されています」
部下が言う。
声は震えていない。
報告として、淡々としている。
「他に代替は?」
「ありませんでした。
輸送遅延で、次便は二日後」
二日。
肺疾患には、長すぎる。
アルトは、目を閉じた。
(……繋がった)
北方での微劣化。
南部での軽微変質。
回収判断。
輸送効率化による余白削減。
すべてが、正しく積み上がった結果だ。
彼は、王都へ緊急報告を送った。
これまでで、最も短い文面。
《死亡事例発生。
保存薬劣化と輸送遅延の複合要因。
制度設計上の余白不足が原因》
返答は、すぐに来た。
《因果関係未確定。
個別事案として処理せよ》
個別。
その二文字が、胸に落ちる。
個別なら、制度は無傷だ。
個別なら、改革は止まらない。
王都では同時刻、会議が開かれていた。
「死亡事例は確認した」
宰相ヴァルドは、資料を閉じた。
「だが制度違反はない。
現場判断の範囲だ」
誰も反論しなかった。
英雄セインが、少しだけ表情を曇らせる。
「……不運だった、ということですか」
「そうだ」
宰相は即答した。
「不運は、制度では防げない」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
唱えられなかった。
“防げない”ことにすれば、
誰も責任を負わずに済むからだ。
北方。
アルトは、死亡報告の最後の一行を見つめていた。
《医師の判断は適切であり、
手順に問題なし》
完璧な文章だった。
非の打ちどころがない。
だからこそ、
この死は、どこにも属さない。
夜、彼は帳面を開いた。
これまでの記録を、すべて並べる。
そして、初めて、ページの中央に太字で書いた。
《失敗》
その下に、続ける。
《だが、失敗として処理されない失敗》
ペン先が、震えた。
彼は思い出していた。
王都での会議。
自分がいた頃なら、
この事例は「制度見直し」に回っていた。
小さな死だからこそ、
次の大きな死を防ぐために。
だが今は違う。
死は“個別”に分解され、
制度は“成功”のまま維持される。
アルトは、深く息を吸った。
——これは、もう偶然ではない。
——だが、まだ“災厄”ではない。
災厄になるのは、
この死が忘れられたときだ。
窓の外では、街道を行く荷車の灯りが揺れていた。
変わらず、規則正しく。
国は、止まらない。
そして止まらないまま、
次の死へ向かって進んでいる。
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