第56話 それでも残るもの
朝は、
音が少ない。
鳥の声と、
焚き火の名残だけ。
若者は、
火を見下ろしていた。
昨夜の火は、
もう灰になっている。
「……
今日、
どうします」
同行しているもう一人が聞く。
若者は、
少し考えてから答えた。
「下流に行く」
「水路、
嫌な曲がり方してた」
言い切りだった。
アルトは、
何も言わない。
それが、
合図だった。
三人で歩き出す。
途中、
古い標識の残骸を見つける。
文字は、
読めない。
「昔は、
ここも
管理されてたんですかね」
若者が言う。
「されてた」
アルトは答える。
「だから、
壊れた」
若者は、
歩きながら
その言葉を反芻する。
昼前、
水路に着く。
確かに、
流れが偏っている。
今すぐではない。
だが、
放っておけば
来季には崩れる。
若者は、
即座に腰を下ろす。
「……
今、直す」
同行者が、
辺りを見る。
「先生、
どう思います」
アルトは、
少し離れた場所に立ったまま言う。
「聞くな」
「決めろ」
若者は、
一瞬だけ
アルトを見る。
そして、
頷いた。
杭を打ち、
水の逃げ道を作る。
手際は、
以前より良い。
迷いが、
減っている。
アルトは、
近づかない。
手も、
出さない。
ただ、
見ている。
作業が終わり、
若者が息を吐く。
「……
これで、
しばらくは大丈夫です」
同行者が、
頷く。
「判断、
悪くなかった」
その言葉を、
アルトは遮らない。
夕方、
歩き出す前に
アルトが言った。
「ここから先、
私は、
別の道を行く」
若者が、
足を止める。
「……
え」
同行者も、
驚いた顔をする。
「どこへ」
「決めていない」
アルトは、
静かに答えた。
「私がいると、
判断が、
私に寄る」
若者は、
すぐに理解した。
だから、
言葉が出ない。
「火は、
もう起きた」
「ここからは、
人を
残すだけだ」
若者は、
拳を握る。
「……
俺、
まだ、
不安です」
「不安でいい」
アルトは、
初めて、
はっきりと言った。
「不安がある限り、
判断は、
人に残る」
短い沈黙。
「名前は、
名乗るな」
「だが、
隠れるな」
若者は、
深く頷いた。
「立て」
「一人で」
アルトは、
それだけ言って
背を向けた。
引き止める言葉は、
出なかった。
必要ないからだ。
同行者が、
小さく言う。
「……
行っちまいましたね」
若者は、
空を見上げる。
雲は、
流れている。
「……
残ったのは、
判断だけだ」
アルトの背中は、
すぐに見えなくなった。
名も、
記録も、
残らない。
だが、
火は残った。
若者は、
道具を担ぎ直す。
次に行く場所は、
決めていない。
だが、
立つことだけは、
決めている。
——それでも、
残るものは、
人ではない。
——態度だ。
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