第36話 決めないという選択
事故の翌日、
集会所は静かだった。
怒鳴り声も、
責める声もない。
その沈黙が、
一番、重い。
「……今日は、
何からやる?」
若者が口を開く。
返事が、遅れる。
誰かが、
視線を逸らす。
「水路の補修は?」
「基準は……」
「基準内だ」
言葉が、止まる。
以前なら、
ここで誰かが言った。
——今、直そう。
——俺がやる。
今は、
誰も言わない。
倉庫の崩落が、
空気を変えた。
直せなかったのは、
建物ではない。
判断の流れだ。
制度側の担当官が、
通達を持ってきた。
「当面、
追加判断は控えてください」
「事故調査が終わるまで、
現状維持を」
誰も、反論しなかった。
商業連合の男も、
穏やかに言う。
「今は、
動かないのが最適です」
「数字が示しています」
余白側の若者は、
拳を握る。
動かない。
決めない。
それは、
一番安全な選択だ。
だが、
安全すぎる。
小さな問題が、
積み上がる。
壊れかけた柵。
詰まりかけた水路。
違和感のある音。
どれも、
今すぐではない。
だから、
誰も引き受けない。
夜、
焚き火の前で、
若者が呟く。
「……俺、
決めるのが、
怖いです」
アルトは、
すぐに答えなかった。
「怖くなったのは、
良いことだ」
若者が、顔を上げる。
「え?」
「怖くなったのは、
責任の重さを
知ったからだ」
アルトは続ける。
「だが、
怖さだけで
止まると、
世界は、
腐る」
若者は、
黙って聞く。
「決めない判断も、
判断だ」
「ただし……」
アルトは、
言葉を選ぶ。
「決めないまま
続けると、
引き受ける場所が
消える」
翌日、
商業連合が新しい提案を出した。
「責任管理部門を、
設けましょう」
紙には、
美しい言葉が並ぶ。
《判断記録》
《責任分散》
《事後対応保証》
「事故が起きても、
個人は守られます」
誰かが、
ほっと息を吐いた。
若者は、
紙を見つめる。
——守られる。
——だが、
誰が立つ?
アルトは、
その場では何も言わなかった。
帳面に、
一行だけ書く。
《恐怖が、
判断を止め始めた》
火は、
弱くなっている。
だが、
まだ消えてはいない。
次に来るのは、
怒りでも、
悲しみでもない。
便利な解決策だ。
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