第33話 都合のいい思想
噂が広がるのは、いつも早い。
「北方で、
制度と余白をうまく併用しているらしい」
成功談は、細部を削ぎ落とす。
危うさは、伝わらない。
数日後、
見慣れない一団が集落に現れた。
身なりは整い、
言葉遣いは柔らかい。
商業連合と名乗った。
「我々は、
効率化の専門家です」
代表の男は、笑顔で言う。
「あなた方のやり方に、
強い可能性を感じました」
若者は、警戒しつつも話を聞いた。
「判断は現場で」
「責任は組織で」
「基準は最低限」
男は、紙に図を描く。
「これが、
最も無駄のない形です」
見れば、確かに合理的だ。
判断の負担は減り、
失敗の影響も抑えられる。
「余白は、
“自由”じゃない」
男は言う。
「資源です」
その言葉に、
若者の胸がざわついた。
「管理すれば、
最大化できる」
若者は、即答しなかった。
その夜、
弟子たちで集まる。
「怪しくないか」
「でも、
今の折衷より楽になる」
「失敗しても、
個人が責められない」
言葉は、
魅力的だった。
翌日、
商業連合は試験導入を始めた。
水路、倉庫、
作業の割り振り。
判断は、
数値で示される。
「判断効率、
前月比一二%向上」
誰も怪我をしない。
誰も叱られない。
成功だ。
だが、
違和感は、
別の形で現れる。
ある作業で、
小さなミスが起きた。
木材の選定違い。
すぐ直せる。
「誰が決めた?」
誰かが聞く。
返ってきたのは、
奇妙な答えだった。
「モデルです」
空気が、止まる。
「……モデル?」
「はい。
推奨判断に従いました」
責める相手がいない。
若者は、
胸の奥が冷えるのを感じた。
夜、
一人で帳面を開く。
《商業連合方式導入》
《判断効率:向上》
そこまで書いて、
手が止まる。
《責任:——》
また、書けない。
その時、
焚き火の向こうに、
アルトの姿が見えた。
近づいてはこない。
ただ、見ている。
若者は、
思わず声をかけそうになり、
やめた。
これは、
自分の判断だ。
商業連合の男は、
満足そうに言った。
「いいでしょう?」
「誰も、
引き受けなくていい」
その言葉に、
若者は、はっきりと違和感を覚えた。
——引き受けなくていい。
それは、
この場所が、
最も避けてきた言葉だった。
成功は続いている。
だが、
失敗が起きたとき、
誰がそこに立つのか。
若者は、
まだ答えを持たない。
焚き火は、
静かに燃えている。
便利な思想は、
いつも、
少し遅れて牙をむく。
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