第31話 頼られるという罠
頼まれるようになったのは、
いつからだったか。
最初は、余白側だった。
「先生、
制度側が遅いんです」
「こちらが動こうとすると、
危険だと言われる」
次に、制度側が来た。
「北方の集落は、
管理が甘い」
「事故が起きる前に、
線を引いてほしい」
どちらも、正しい。
だからこそ、
危険だった。
アルトは、焚き火の前で、
二通の書状を並べて見ていた。
内容は違う。
だが、
求めているものは同じだ。
——決めてほしい。
弟子が、静かに言った。
「先生が言えば、
皆、従います」
アルトは、首を振った。
「それは、
終わりだ」
弟子は、言葉を失う。
「私が決めると、
引き受ける者が、
消える」
焚き火が、ぱちりと鳴る。
「頼られるのは、
善意だ」
「だが、
頼られ続けると、
判断は外に出る」
弟子は、拳を握った。
「でも、
今は混乱しています」
「混乱は、
選んでいる証拠だ」
アルトは、立ち上がった。
翌日、
両陣営の代表が集まった。
制度側の官僚。
余白側の若者。
双方に、緊張がある。
「先生、
調停を」
官僚が言う。
アルトは、静かに答えた。
「しない」
場が、凍る。
「なぜです」
「私は、
境界を示しただけだ」
余白側の若者が、
焦って言う。
「でも、
このままでは……」
「このままでいい」
アルトは、遮った。
「決めろ」
「自分の名前で」
官僚が、眉をひそめる。
「無責任だ」
「違う」
アルトは、官僚を見る。
「引き受けないのと、
引き受けさせないのは、
別だ」
沈黙。
「私は、
橋にはならない」
「橋になると、
誰も川を見なくなる」
その言葉は、
誰も反論できなかった。
会合は、
不完全なまま終わった。
誰も満足していない。
だが、
誰も逃げていない。
夜、弟子が言った。
「先生、
嫌われます」
「それでいい」
アルトは、焚き火を見つめる。
「好かれたままなら、
この世界は、
止まる」
風が吹く。
正しさは、
人を楽にする。
だが、
楽な正しさは、
判断を奪う。
アルトは、帳面を閉じた。
——次は、
彼らが、
自分で間違う番だ。
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