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追放された制度設計官は、国が壊れるまで戻らない 〜有能すぎて追放されたが、もう誰も導かないことにした〜  作者: 影山クロウ


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第29話 基準のある場所

門をくぐったとき、

最初に感じたのは静けさだった。


役人の詰め所。

整えられた道。

掲示板に貼られた指示書。


「これでいい」


古くから集落にいた男は、

思わずそう呟いた。


迷わなくていい。

考えなくていい。

判断は、すでに決まっている。


「住居は、こちらです」


官僚は事務的に案内した。

口調は丁寧で、冷たいわけではない。

だが、雑談はない。


家は清潔だった。

水路は整備され、

危険箇所には赤い印が付いている。


「基準を超えた場合のみ、

 対応してください」


説明は明快だった。


「それまでは?」

「待機です」


最初の数日は、

何も起きなかった。


だから、安心した。


「……楽だな」


誰かが言う。

否定する声はなかった。


判断しなくていい。

失敗しても、

「手順どおり」で済む。


だが、

違和感は、少しずつ溜まる。


小雨の日。

水路の一部に、

嫌な音がした。


「今の、

 放っておいていいのか?」


男は、基準表を確認する。


——水位、基準未満。

——対応不要。


「……大丈夫、か」


その夜、雨は強まった。

だが、基準は超えない。


朝、水路は壊れていなかった。

ただ、

歪んでいた。


補修申請は却下された。


《基準未達のため》


男は、

胸の奥が、少し重くなるのを感じた。


数日後、

別の場所で、事故が起きた。


重機の操作ミス。

負傷者が出た。


「誰の責任だ?」

誰かが聞く。


返ってきた答えは、

即座だった。


「制度の想定外です」


それで終わった。


男は、夜、

灯りの下で、手を見つめた。


かつては、

自分の判断で、

水路を直していた。


今は、

判断する必要がない。


それなのに——

何かを置いてきた感覚が、消えない。


翌朝、掲示板に新しい紙が貼られる。


《安全基準、改定予定》


男は、それを見て思った。


——次は、

 もっと後になる。


遅れること自体は、

悪ではない。


だが、

遅れても、

 誰も困らない仕組みにいると、

 自分が、困る。


「……先生なら」


ふと、

あの北方の集落を思い出す。


焚き火。

帳面。

失敗を直していた夜。


男は、首を振った。


戻るつもりはない。

もう、選んだ。


だが、

選ばなくてよくなった場所で、

自分が少しずつ、

薄くなっていくのを感じていた。


門の外は、

今日も静かだ。


正しい場所。

基準のある場所。


それでも、

彼の胸の奥で、

小さな違和感だけが、

消えずに残っていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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