第28話 分かれる者たち
朝は、いつも通りに来た。
鍬を持つ者がいて、
水路を見に行く者がいて、
焚き火の灰を片付ける者がいる。
だが、
視線の向きが違った。
集会所の前に、二つの荷が置かれている。
多くはない。
だが、生活の重さが詰まっている。
「……行くのか」
誰かが、ぽつりと呟いた。
答えは、返ってこない。
もう、話し合いは終わっている。
古くからいた男が、荷を背負った。
顔を上げ、集落を見回す。
「悪く思うな」
「悪くは思わない」
若者が答える。
「選んだだけだ」
男は、少しだけ笑った。
「若いな」
「そうかもな」
笑いは、続かなかった。
制度を受け入れる側は、三家族。
全体の半分にも満たない。
だが、要だった。
家畜の世話に長けた者。
水路を最初に整えた者。
皆、判断を多く引き受けてきた。
「もう、
毎回決めるのは疲れた」
誰かが言った。
責める声は、ない。
アルトは、少し離れた場所に立っていた。
見送る位置だ。
弟子が、低い声で言う。
「止めないんですか」
「止める理由がない」
それだけだった。
官僚の馬車が、ゆっくり近づく。
彼らは急がない。
選択が終わるのを待っている。
制度側に行く者たちは、
一度、アルトの方を見た。
「……先生」
呼びかけは、短い。
アルトは、頷いただけだ。
言葉は、必要ない。
ここで言えば、
どちらかの選択を軽くする。
それだけは、しない。
馬車が動き出す。
車輪の音が、土に沈む。
集落に、
空間が生まれた。
物理的な空き。
そして、
判断の空き。
若者が、息を吐く。
「……減りましたね」
「減ったな」
アルトは、集落を見回した。
仕事は、増える。
失敗の密度も、上がる。
だが、
引き受ける者だけが残った。
その夜、
残った者たちで集まる。
人数は少ない。
だが、静かだ。
「これから、
どうします?」
若者が聞く。
アルトは、初めて前に出た。
「制度は、
向こうで整う」
「ここは、
ここでやる」
誰も反対しない。
「楽にはならない」
「速くもならない」
「正しくもならない」
一つずつ、
確認するように言う。
「それでも、
直せる」
若者たちは、
黙って頷いた。
遠くで、
馬車の灯りが小さくなる。
あちらには、
基準がある。
責任は、分散される。
こちらには、
余白がある。
責任は、残る。
どちらも、間違いではない。
ただ、
同じ場所には、いられなかった。
アルトは、帳面を開いた。
《集落分岐》
《制度側移動:三家族》
《残留:六名》
そして、
少し考えてから、
こう書いた。
《引き受ける者が減ると、
余白は狭くなる》
ペンを置く。
夜風が冷たい。
だが、空は澄んでいる。
分かれた道は、
もう戻らない。
それでいい。
選んだ以上、
それぞれが、
それぞれの重さを
引き受けるだけだ。
火は、
少し小さくなった。
だが、
消えてはいない。
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