第26話 制度は、静かに近づく
変化は、いつも静かだ。
それは脅しでも、要請でもなく、
書類の形でやってきた。
北方の集落に届いたのは、
都市国家連盟の公印が押された一通の通知だった。
「貴集落の運営方式について、
公的調査の対象とする」
文面は丁寧で、
拒否を想定していない書き方だった。
弟子が、紙を握りしめる。
「先生……
これ、
研究じゃありませんよね」
「違うな」
アルトは即答した。
「これは、
管理だ」
集落の外れでは、
いつも通りの作業が続いている。
畑を耕し、
壊れた柵を直し、
判断は現場で下されている。
だが、それは
「記録されない異常」になりつつあった。
数日後、視察団が到着した。
官僚二名、
法務担当一名、
記録係。
学者はいない。
「安全確認です」
法務担当が言う。
「基準が存在しない判断は、
事故の温床になります」
アルトは、反論しなかった。
「基準はあります」
「書類が?」
「いいえ。
人です」
官僚は、眉をひそめた。
「それは、
制度とは呼べません」
「ええ」
アルトは頷いた。
「だから、
制度にしない」
その言葉で、
視察団の態度が変わった。
「では、
危険を放置していると?」
アルトは、少しだけ考えた。
「危険は、
常にあります」
「ただ、
誰が引き受けているかが
見えるだけです」
法務担当は、即座に言った。
「それは、
責任の集中です」
「違います」
アルトは否定する。
「責任の明示です」
話は、平行線だった。
視察団は、帳面の写しを要求した。
アルトは、断った。
「これは、
運営資料ではありません」
「では、何だと?」
「判断の痕跡です」
その言葉は、
書類に落とせなかった。
夜。
集落の集会で、
人々が集まる。
「これから、
どうなるんだ?」
「制度に組み込まれるのか」
「それは……」
アルトは、前に出なかった。
代わりに、弟子が口を開く。
「先生は、
決めないそうです」
ざわめき。
アルトは、静かに言った。
「決められるのは、
ここに残る人間だけだ」
「外から来た基準は、
引き受けられない」
誰かが、恐る恐る聞く。
「拒否したら?」
「管理される」
「受け入れたら?」
「壊れる」
沈黙。
「だから」
アルトは続けた。
「選ぶ」
それだけだった。
その夜、
王都の方角で灯りが揺れていた。
正しい国。
正しい制度。
正しい管理。
それらは、
決して悪意ではない。
だが、
余白を嫌う。
そして今、
その手が、
この場所に伸びてきている。
アルトは、帳面を閉じた。
——これは、
私の戦いではない。
だが、
引き受けるかどうかを
決める瞬間は、
もう近い。
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