第25話 線を引く
帳面は、軽くなっていた。
最初と最後の頁を失い、
残ったのは、途中の記録だけだ。
始まりも、結論もない。
それでいい。
アルトは、集落の集会所で人々を集めた。
弟子たちだけではない。
近隣から様子を見に来ていた者、
噂を聞いて立ち寄った者もいる。
数は多くない。
だが、耳は真剣だった。
「教えは、残さない」
開口一番、アルトはそう言った。
ざわめきが起きる。
「だが、
線は引く」
人々は、黙った。
「余白は、
正しさの代わりではない」
「制度の代用品でもない」
アルトは、床に帳面を置いた。
「余白は、
判断を早めるためのものでも、
自由を広げるためのものでもない」
一人が、恐る恐る聞く。
「では、
何のためにあるんですか」
アルトは、少し考えてから答えた。
「失敗を、
引き受けるためです」
その言葉に、
何人かが息を呑んだ。
「引き受けられないなら、
使うな」
「迷うなら、
制度に戻れ」
「戻ることを、
恥だと思うな」
それは、
拡張ではなく、制限だった。
「私のやり方を、
真似するな」
はっきりと言う。
「やるなら、
自分の名前でやれ」
弟子たちが、視線を交わす。
「私は、
設計を渡さない」
「渡せば、
免罪符になる」
アルトは、帳面を持ち上げ、
真ん中の頁を開いた。
「ここにあるのは、
答えじゃない」
「判断の跡だけだ」
そして、床に置く。
「必要なら、
見ろ」
「だが、
正解は、
どこにも書いていない」
沈黙。
だが、それは重くない。
誰もが、
何を受け取ったかを
理解していた。
夜。
焚き火の前で、
弟子の一人が言った。
「先生は、
もう何もしないんですか」
アルトは、首を横に振る。
「する」
「ただし、
設計はしない」
弟子は、戸惑う。
「それは……」
「線を引く」
アルトは、焚き火を見つめた。
「越えそうな場所で、
越えるなと言う」
「それだけだ」
炎が、静かに揺れる。
世界は、
正しくはならない。
だが、
壊れ方は選べる。
アルトは、
帳面の表紙に、
最後の一文だけを書いた。
《これは、
設計書ではない》
そして、
それ以上、何も書かなかった。
余白は、残った。
だがそれは、
広がるための余白ではない。
引き受ける者だけが、
踏み込める境界だった。
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