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追放された制度設計官は、国が壊れるまで戻らない 〜正しい改革が、なぜ人を殺したのか〜  作者: 影山クロウ


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第22話 止めなかった結果

村は、近かった。


北方の集落から、半日ほど歩いた場所にある小さな集落だ。

交易路から外れ、人口も少ない。

それでも、人は穏やかに暮らしていた。


「そちらのやり方を、

 少し取り入れたいと思ってまして」


村の代表は、そう言って頭を下げた。

敵意も、打算もない。

純粋な不安だけがあった。


「最近、判断が遅れてな」

「雪が降ってからでは、

 直せるものも直せなくなる」


話を聞いていたのは、アルトではなかった。

弟子の一人――風車の修理を任された若者だ。


「先生は……?」

と、村人が尋ねる。


若者は、少しだけ視線を逸らした。


「先生は、

 “持てる範囲でしか持つな”と」


それ以上は、言わなかった。


村人たちは、頷いた。

理解したつもりになった。


それが、最初のズレだった。


彼らは裁量を欲しがった。

だが、責任までは欲しがらなかった。


数日後、雪解け水で川が増水した。

例年より少し早い。


「今のうちに、堰をいじろう」


村の若者が言った。

制度では、まだ“対応不要”の水位だ。


「勝手にやっていいのか?」

「余白だろ?」

「北の集落は、

 こういう時に動くらしい」


誰も、止めなかった。


作業は急ぎ足だった。

設計は簡素。

経験は浅い。


堰は、持ちこたえた。

……一度は。


夜、さらに水位が上がり、

仮設の補強が崩れた。


流されたのは、

一人の作業者だった。


命は助かった。

だが、脚を折った。


村に、静かな混乱が広がる。


「誰の判断だ?」

「決めたのは……」

「皆で、だ」


責任は、宙に浮いた。


翌日、アルトが呼ばれた。


雪の残る道を歩き、

負傷者のいる家に入る。


男は、布団の上で目を閉じていた。

苦しみはある。

だが、生きている。


家族が言った。


「怒ってはいません」

「でも……」

「誰に、

 何を言えばいいのか、

 分からなくて」


その言葉が、

アルトの胸に残った。


外に出ると、村の代表が頭を下げた。


「判断が早すぎました」

「いえ」

アルトは、首を振る。

「判断は、

 早くも、遅くもありません」


代表は、戸惑った。


「では……」

「引き受けられなかった」


それだけだった。


村人の一人が、声を荒げる。


「だが、

 あんたの集落では、

 同じことをやっている!」


アルトは、その目を見た。


「違います」


はっきりと、否定した。


「ここで堰を直した者は、

 自分で直しますか」

「……それは」

「ここで、

 “やる”と決めた人間は、

 責任を持って

 次の判断をしますか」


答えは、出なかった。


沈黙が、村を覆う。


アルトは、弟子の方を見た。

若者は、唇を噛みしめている。


「君は、

 何を言った?」


若者は、正直に答えた。


「……

 先生の言葉を、

 少しだけ」


アルトは、目を閉じた。


それが、

止めなかった結果だ。


その夜、北方の集落に戻り、

アルトは帳面を開いた。


《近隣村模倣事例》

《裁量のみ導入》

《結果:負傷者一名》


ペンが、止まる。


そして、初めて

そこに一行を書き足した。


《原因:

 止めなかった》


書き終え、

深く息を吐く。


弟子が、恐る恐る尋ねた。


「……先生」

「大丈夫だ」


アルトは、焚き火を見つめたまま言う。


「これは、

 君の失敗ではない」

「でも」

「私の判断だ」


止めなかった。

教えなかった。

線を引かなかった。


それも、判断だ。


夜は、静かだ。

だが、世界は少しだけ、

硬くなった。


余白は、希望ではない。

扱いを誤れば、

人を傷つける。


アルトは、帳面を閉じた。


次は、

線を引く話になる。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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