第2話 成功している追放
北方領へ向かう馬車は、驚くほど静かだった。
石畳を踏む音に乱れがなく、車輪の軋みもない。
荷の重みが均等に分散されている証拠だ。
アルトは、わずかに目を伏せた。
(……整っている)
北方領は、中央改革の試験地だ。
人は少なく、被害が出ても国全体には響かない。
理屈としては、完璧な配置だった。
検問所で馬車が止まる。
兵士が名を確認し、姿勢を正す。
「制度設計官アルト=レイヴン殿。
北方物流監督官としての着任、確認しました」
“制度設計官”。
その肩書きが、まだ彼を縛っていることに、アルトは少しだけ違和感を覚えた。
ノルディアの街は、穏やかだった。
市場に怒鳴り声はなく、倉庫に混乱はない。
人々は自分の仕事を理解し、淡々とこなしている。
――よく回っている。
視察を続けるほど、その印象は強まった。
帳簿は簡潔で、数字は揃い、決裁は早い。
改革案が想定した理想的な現場が、ここにはあった。
「こちらが新しい物流台帳です」
差し出された帳面を開く。
余計な説明はなく、必要な項目だけが並んでいる。
読みやすく、処理しやすい。
「いい仕事だ」
そう言うと、現場責任者はほっとした顔で笑った。
「中央の改革案のおかげです。
現場も、かなり楽になりました」
その言葉に、棘はない。
むしろ感謝に近い。
アルトは、否定しなかった。
実際、楽になっている。
無駄な工程が消え、判断は早くなった。
数日後、王都から届いた公文を見て、彼は静かに息を吐いた。
税収増加。
物流効率向上。
事故率、低下。
完璧な数字だ。
どこにも、問題はない。
部下が言う。
「すごいですよね。
アルト殿が王都を離れても、こんなに上手く回るなんて」
悪意はない。
気遣いの言葉だ。
「ええ」
アルトは、それだけ答えた。
それ以上、言えることはなかった。
倉庫を巡回していたとき、彼は足を止めた。
穀物袋が、無駄なく積まれている。
以前より、ずっと整然としている。
――詰めすぎだ。
袋同士の隙間がない。
湿気を逃がす余地が削られている。
「この積み方、基準ですか」
「はい。新しい基準です。保管効率が最大になると」
担当者の声は自信に満ちていた。
間違ってはいない。
基準上、完璧だ。
「……冬は?」
「例年どおり寒いですが、問題ありません」
アルトは、それ以上言わなかった。
今は、問題にならない。
問題にならないものは、誰も聞かない。
夜、宿舎で帳面を開く。
事故なし。損失なし。
“成功”の記録が並んでいる。
その余白に、彼は小さく書いた。
寒波時、底部損耗の可能性。
余白削減による長期影響、不明。
文字は小さく、静かだ。
まるで、誰にも見つからないように。
「……俺は、もう必要ないかもしれないな」
独り言は、部屋に吸い込まれた。
同じ夜、王都では改革の成功が語られていた。
「アルトがいなくても回る」
「いや、いない方が速い」
誰も、間違ったことを言っていない。
誰も、悪者ではない。
ただ一つだけ、確かなことがある。
――国は今、
“問題が起きなかった理由”を、
誰の功績としても数えなくなっている。
アルトは窓を開け、冷たい北風を受けた。
街は静かで、平和で、完璧だった。
完璧すぎるほどに。
彼は知っている。
この静けさは、永遠ではない。
だが、
そのとき誰も、
自分を思い出さないだろうことも。
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