第19話 教えないという選択
頼みは、丁寧だった。
北方の集落に、三人の客が訪れた。
交易都市の代表、若い官僚、そして記録係。
肩書きも、身なりも、控えめだ。
「あなたに、助言を願いたい」
代表格の男が言った。
声は低く、慎重だった。
「我々は、北方のやり方を参考にしようとしました。
ですが……うまくいかなかった」
アルトは、黙って話を聞いた。
「制度として“余白”を導入した。
現場判断を尊重した。
失敗も許容した」
男は、そこで言葉を切った。
「しかし、責任が消えました」
それは、嘆きではなかった。
事実の報告だった。
「だから、あなたに聞きたい。
どうすればいい?」
若い官僚が、続ける。
「どこまで任せ、
どこで止めるべきか。
その基準を、教えてほしい」
アルトは、集落の中を見渡した。
修理中の屋根。
干されている木材。
昨日の失敗が、まだ形として残っている。
「教えられません」
はっきりと、そう言った。
三人の顔が強張る。
「なぜです?」
記録係が、思わず口を挟んだ。
アルトは、少し考えてから答えた。
「基準は、
“ここで壊れたら、誰が直すか”です」
「……それを、
制度に落とせないでしょうか」
アルトは、首を横に振った。
「制度にすると、
直さない人間が決め始めます」
沈黙。
「余白は、
責任と一緒に置かなければならない」
アルトは続けた。
「切り離した瞬間、
それは自由ではなく、
無責任になります」
代表の男は、唇を噛んだ。
「だが、
全員が引き受けるのは難しい」
「だからです」
アルトの声は、静かだった。
「難しいことは、
広げてはいけない」
若い官僚が、食い下がる。
「あなたは、
世界が間違うのを、
見ているだけですか」
アルトは、目を上げた。
「いいえ。
私は、
“引き受けられる範囲”を、
越えないだけです」
そして、付け加えた。
「あなた方は、
間違える資格がある。
だが、
間違えた後に戻れる場所を、
まだ作っていない」
三人は、何も言えなかった。
夕方、彼らは集落を去った。
礼は丁寧だった。
だが、答えは持ち帰れない。
焚き火の前で、若者が聞く。
「どうして、
教えてあげなかったんですか」
アルトは、薪を足しながら答えた。
「教えると、
私の失敗になる」
若者は、首を傾げる。
「ここでは、
自分の失敗で済む。
外では、
誰かの失敗になる」
火が、ぱちりと鳴った。
アルトは帳面を開く。
今日の記録。
《外部より助言要請》
《回答:拒否》
その下に、一行。
《理由:
引き受けられない余白は、
害になる》
ペンを置く。
断ることは、
突き放すことではない。
まだ、
その段階ではないという判断だ。
夜は、静かだ。
だが、外の世界は動いている。
次は、
正しい国の“現在地”が見えてくる。
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